レグナムの地竜・8
始めこそ善戦していたかに見えた“赤撃”だが、早くも窮地に陥ろうとしていた。
「くそっ、こっちを見やがれトカゲが!」
ラインは竜の脇腹に剣を打ち付けつつ叫ぶ。
返ってくるのは恐ろしく硬い感触と痺れる痛み。視線を奪うには至らない。
「おい、てめえ! 無視してんじゃねえ!」
振り下ろし、突き、力任せの攻撃を繰り返すがもはや竜がラインに注意を向けることはない。
竜が咆哮と共にブレスを放つ。その標的はーーティアーネだ。
「ティア!」
眩い閃光の中で、辛くも射線上から退避するローブ姿が見えた。上手く回避してくれたらしい。
ミーナの魔法で時間を稼ぎつつ退却していたが、やがて痺れを切らしたかティアーネとミーナを集中して狙うようになってきた。
どうやら脅威度の一番高い人間と最も煩わしい人間を排除しようとしているのだろう。
だが“赤撃”にとってはたまったものではない。現状においてその二人こそまさに生命線とも言えるのだから。
今やラインとツーヴァは注意を引くという己の役目を果たすことができておらず、ただ闇雲に動き回り攻撃を試みているのみであった。
このままではティアーネかミーナ、そのどちらかが竜の攻撃に捕まってしまう。回復役にレイアーネがいるが、そもそも即死してしまってはどうしようも無い。
「ツーヴァ、何か、何かないか!? 竜の弱点になりそうなところは!」
「駄目だライン、全身が強固な鱗で覆われていて隙が無い。どこを攻撃しても感触は同じ、参ったねどうも」
「ってことはやっぱあそこしかねえってことか」
「ああ、そうだろう。正直自殺行為だと思うんだけど」
「他に選択肢があるとでも?」
「思わないね。……どのみち二人に何かあったら全滅だ。僕たちこそ真っ先に命を捨てなきゃね」
二人で示し合わせ、悲壮な決意を固める。
鱗の無い場所。弱点となり得る部位。
つまり、眼球。
ただえさえ正面は危険なのにその最も警戒される場所に飛び込もうというのだ。まず無事には済まないだろう。
それでも。
仲間は絶対に死なせねえ。
ラインは自身に課した決意を新たに魔法剣を握りしめる。
そして。
「っし、行くぞ!」
初っ端から身体強化を全開にし、竜の顔面へと突貫する。
しつこくティアーネを狙う両腕を掻い潜り、巨大で鋭い牙の並ぶ頭部へと肉迫。
ギョロリ、とその眼球がラインを捉えた。
竜が顎門を開き首を振り回す。
「弾き飛ばそうってか!」
掻い潜ろうとすれば顎門に捕まり終了、飛び越えようにも一歩間違えば無防備なまま吹き飛ばされかねずリスクが高い。
ならばと大きく後退して攻撃範囲から逃れる。
だが竜の意識は今確実にこちらに誘導できた。眼球を狙うのは間違っていないはずだ。
「ツーヴァ、これならいけるぞ! 一撃をもらわないよう気を付けろよ!」
「君こそね!」
逆サイドからツーヴァが接近し、竜がそちらへと腕を振るう。だが機動力に優れた軽戦士を捉えることができず、顔面への肉迫を許す。
煩しげに頭部を振るが、ツーヴァは跳躍を選択し竜の頭を飛び越えた。
「チャンス!」
素早く反転し、身体強化を底上げして加速する。
同時に竜が首を再び振り返しツーヴァを捉えようとするが、同じく大きく後退して距離を取って回避した。
「っとと、焦りは禁物、だね」
一見チャンスに見えてもどこに危険が潜んでいるか分からない。そもそも重量が半端じゃない竜の体だと掠るだけでも重症になりかねないのだ。完全に、安全を確保した上でないととても攻撃まで移れない。
ここでミーナの闇魔法が放たれる。
竜の頭部へと纏わり付いた闇が視界を奪った。
「よし、今のうちに後退だ! 出来るだけ距離を稼げ!」
幾度となく繰り返された動き。数百メートルの後退をし続け、すでに稼いだ距離は二キロを超えている。だがまだ十五キロ以上の距離があり、始まったばかりだと言っても過言ではない。
だがすでにラインとツーヴァは一歩間違えば死が待つ危険な賭けを強いられている。僅かな判断ミスすら許されず、強烈に自身を律し続けなければならない。故に精神の消耗は激しく、今の僅かなやり取りだけでもじわりと汗が滲んでいた。
長引くほどどこで足を掬われるか分からない。だからこそ出来るだけ万全の状態を維持した方がいいだろう。
「レイアーネ、すまんがこまめにヒールかけてくれ。ちとキツイ」
「……分かったわ。気を付けてね」
「ああ。こんな序盤でくたばるわけにいかねえからな」
ラインの覚悟を察し、レイアーネは言葉を飲み込み無難に返す。ラインとツーヴァに命の綱渡りをさせる他に選択肢などなく、回復しかできない自身の力の無さに歯噛みしていた。
それでも少しでも万全な状態を維持するためにヒールをかけ、体力やスタミナを回復させる。
そこからは眼球狙いが功を奏し、順調に後退を繰り返すことに成功した。
すでに半分以上の距離を稼ぎ、未だ脱落者もいない。
だがラインとツーヴァは度重なる極限の攻防によって疲労がピークに達しつつあり、脂汗を流しながら肩で息をしている。崩れるのは時間の問題だった。
ティアーネは幾度も広域殲滅魔法を放っていたため魔法薬の使用が嵩み、限界が間もなく訪れるだろう。
そしてミーナとレイアーネはまだ余裕があるものの三人と役割を交換することもできず、ジリジリと不利になっていく戦況に甘んじることしかできないでいる。
このままではネアンストールまで辿り着くことはできない。詰みの二文字が脳裏にちらつき始めていた。