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レグナムの地竜・7

 レグナム近郊にて竜が猛威を振るっている頃、ネアンストール防衛軍ではレイン・ミィルゼム始め多くの軍人たちが頭を抱えていた。


 その状況を作り出した原因でもあるモッチーは苦笑しつつ、隣にいるレインに問いかける。


「えっと、これで何人目ですかね?」


「52人だ。そろそろウチの精鋭も打ち止めだな」


「52連勝……って一対一じゃないから対戦回数だけで見たら6連勝でしたか。ちょっと強すぎじゃないですかね」


「ああ、流石に筆頭殿が並ぶ者無しと評するだけはある。だがここまで一方的にボコボコにされてしまってはウチのメンツが丸潰れだ」


 目の前では八対一の戦いに勝利したクルストファン王国次席騎士メリオン・フェイクァンが次の対戦相手を要求しているところだ。


 今日はメリオンから発注された装備一式の納入日であり、その軽鎧と五つの鞘を手にした彼が模擬戦を所望することはモッチーならずともここ防衛軍の誰にでも容易に想像できていたことである。


 そのため騎士連中はメリオンとの戦闘を覚悟し入念に準備を整えていた背景があった。


 ちなみに最高責任者であるゲイルノート・アスフォルテ筆頭魔法使いはレインに丸投げして早々に執務室に退避している。君子危うきに近寄らず、といったところか。


 レインの言う通り、精鋭ーー試作した重鎧等の装備群をベースとして軍部で製作された最新装備を身に付けたエリート騎士たちはついに底を付いており、最初の方に手合わせした可哀想な騎士たちが再び処刑台へと押しやられている。


 向かわせる者たちも向かわされる者たちも誰もが必死な形相だ。


「俺なんかには見てても全然分からないんですけど、メリオンさんって相当ヤバいんですか? みんなやりたくなさそうですけど」


「そうだな。これが実力が拮抗した者同士の模擬戦であればここぞとばかりに力を振るうのだろうが、相手は戦闘狂の次席騎士。実力も飛び抜けている上に手加減も無しときた、生き残るだけで必死なんだろうよ」


 一応、メリオンは致命者になる攻撃はしないよう心がけており、事実として騎士生命を奪われるような攻撃を受けた者はいない。そもそも回復魔法がある以上、単に重傷程度では取り返しのつかない事態にはならないのだが。


「だからといってこれが単なる模擬戦に収まらないことは間違いない。そもそも国家最強の騎士を相手にできるんだ、得るものは多い。嫌がりながらも逃げ出す者がいないのはそれが理由だな」


 メリオンが自分を追い込むために行っている多対一によってその才能を遺憾なく発揮し、相対する騎士たちはその高みを身を持って体感する。自分勝手な模擬戦に見えて、実はWin-Winなやり方であることは間違いがない。


 モッチーはコマ落としで誰が何をしているのか全く分からない戦いを見ながらなるほど、と呟いた。


 てか前はグレイグさん一人に負けたけど、装備さえあったらここまでガラッと変わるのか。前にラインさんが才能の差がはっきりするって言ってたけど、こういうことなのかな。


 などと考えていると、七戦目もメリオンの圧勝で終わった。


 と、ここで一旦メリオンから休憩が言い渡される。彼は軽く頭を振って滴った汗を払うとこっちへやってきた。


 先に口を開いたのはレインだ。


「使用感はどうだったかな? 少年が手ずから作製した最新装備の」


 対してメリオンは満足げに頷き、猛禽のような視線をモッチーに向けてくる。


 ビクッと身構えたのは仕方ないだろう。


「世界が変わる様を肌で感じました。これまで私が踏み込み剣を振るっていたその間に、今では数メートルの距離を詰め、間合いに引き込み一閃できている。同じ時間を使っているはずが、その濃さには雲泥の差があります」


「それはそうだろうね。身体強化がブーストされれば速度が上がる。速度が上がれば選択肢が増える。齎される恩恵は計り知れない」


「しかしながら問題を孕んでいないわけでもありません。確かに速度が上がり手数も増え、総合的な身体能力の向上によって戦闘能力自体の上昇は目覚ましいものがあると言えるでしょう。ですがそれがそのまま魔物を相手にしても同様であるとは言えません」


 あれだけ無双していたメリオンであるが、考察の内容は冷静だ。驕ることなく客観的に自己判断を下している。


 メリオンは剣を抜き、刃に指を滑らせる。


「魔物の硬い外殻を断ち切るためにはどうしても剣に魔力を集中させる必要があり、攻撃の瞬間には身体強化への魔力を絞り転用させる必要があるでしょう。つまり最も危険な接近時に十全な身体強化を行えない欠点があるのです」


「それは確かに考えていた。だがそれでも今までよりも高い身体強化を維持できるだろう。鎧の性能にも左右されるが、最低でも四割は固いと見ている」


「は。私の体感でも同様です。とはいえ攻撃の瞬間のみ身体強化を弱めるのでは感覚がズレるのはもちろん致命的な隙を見せることにも繋がりかねません。これは提案ですが、常時発揮する身体強化は最低限の四割から五割増しに抑えておくべきではないでしょうか」


「なるほど、無理のない運用をしろということか。確かに安全マージンを考えれば的確な指摘ではあるし、戦力増加を数値として見た際に個人差が少なくなり計算もしやすくなるな。……よし、その提案を採用しよう。訓練も再考が必要か」


 トントン拍子で話が進む中、モッチーは聞き手に徹しながらなるほどと感心していた。


 性能を上げればそれだけ強くなれると思っていたけど、剣士は細かいところまで注意を払って調整を加えないといけないらしい。これが魔法使いなら杖だけを強化していればそれで良かったが、なるほど接近戦は俺が考えてるほど簡単なものではないのか。


 やっぱり色んな人の、それも最前線で戦う人たちの意見って重要なんだな。外から見ているだけで頭の中で計算しているだけじゃ見えてこない部分があるってことか。


 前にみんなで会議して色々な視点を学んだけど、本当に氷山の一角というかほんのちょっとしか理解してなかったみたいだ。


 ……ということは実は魔法使いも杖だけを強化していても不十分?


「魔法使いの装備といえば杖とローブに帽子、アクセサリーあたりが定番だっけ。アクセサリーは十分な効果を発揮させる方法が分からないから、手を加えるとすれば服の方だけど、布だし素材を変えるくらいしか思い付かないんだよな。耐久性の高いやつで防御力を上げても後衛に意味無さそうだし、じゃあ何を変えるかってなったら着心地くらいしか無さそう。てかそれじゃ強化でもなんでもないし、そのくらいならもうとっくに研究されてるはず。せめて金属製だったら魔法陣を入れてなんか強化できるんだけど、布だからなぁ」


 魔法陣は平面上に存在していなければ効果を発揮しない。それは魔力回路によって分割配置している場合でも個々の魔法陣がそれぞれ平面上になっていないといけないのだ。つまり簡単にはためいて魔法陣が機能しなくなってしまう布では採用することができない。


 じゃあ特化した軽鎧を装備させればいいという発想に至るのだが、やっぱりテンプレートを外したくないという性が頭を悩ませていた。


 とはいえ他に理由が無いわけでもない。


 随分と前にアクセサリー類をまとめ買いした時のように、本来見向きもされない物が確かな効果を発揮できるようになれば大幅な技術革新が起こるだろうことは間違いないからだ。


 布や小物をマジックアイテムとして機能させる。これはモッチーにとっての至上命題でもある。


 可愛い女の子に可愛い装備を着せるための努力は惜しまないのだ。


 その少々邪な野望とてモッチーの執念によって一つの結実を結ぼうとしていた。


「いや、そうか。なにも布だけで服を作る必要は無いのか。部分部分に魔法陣を入れたプレートを配置して魔力回路で繋げばなんとかなるかもしれない」


 服の内側に仕込めば目立たないし、立体的に見せることもできるからコスプ……もとい可愛らしさが前面に出た装備が作れるかも。


 性能を考えれば魔法銀を使うのがベストだけど、重さがネックになりそうだ。けど銀糸だけで魔法陣を機能させようとするとせっかくの魔法石のブースト分が得られなくなる。……いやいや待て待て、そもそも固体ならなんでも良いんだから魔法石をそのまま使えばいいじゃんか。


「そうすれば重さが非常に軽減される上に万が一破損しても取り替えも用意で整備性が高い。何より製造コストも抑えられて量産も容易、か。よし、この方法で一つ進めてみるとするか」


 頭の中で今後の段取りを組み立てつつ、採用する魔法陣や目標とする性能値などを考察していく。




 こうして軍人や技術者たちが着実に一歩ずつ、ところにより数歩以上を進めており、ネアンストールは地力を高めつつある。


 だが。


 彼らが迫る脅威を知るのはまだ少しの時間を必要としていた。

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