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レグナムの地竜・6

 火蓋を切ったのは竜の咆哮だった。


 大気を破裂させたかのような轟音が身体を打ち据えてくる。


 ラインは思わず盾に仕込まれた防御結界を起動させようとしてしまうが、理性の力で衝動を抑え込んだ。


 これはただの音だ。攻撃ではない。


 他のやつらは……大丈夫だ。伊達に修羅場をくぐっちゃいない。


 まずは落ち着け。冷静になれ。


 気を付けるべきは馬鹿でかい体躯から繰り出される馬鹿げた威力の攻撃。腕の一振りで地面が抉れるってほどだ、防御結界で防げるかどうかすら分からねえ。


 ならまず避ける。盾は万が一の保険だな。大剣もどうせ使い物にならねえからいらない。つまり魔法剣一本で戦うのがこの場でのベストだ。


 その判断にて今は大剣は馬車に残し、魔法剣と盾のみを装備していた。


 ラインは盾を背中に固定し、剣を抜く。そして竜の動きを注意深く観察する。


 懸念していた前脚の振り下ろしは来ず、なにやらこちらを睥睨して観察しているように見える。だが魔物の行動が本当に予想通りになるわけでもなし、いかなる前兆をも見逃すまいと神経を張り巡らせた。


 気付いたのは息を吸うような動作を見せたこと。


 当然のことながら息を吸えば次は吐く動作が来る。竜が吐くのは何か。


「ブレスだ! 散開しろぉ!」


 一番前にいる自分が動けばブレスを誘導してしまう。そうなれば回避先にブレスが来るかもしれない。避けるのは自分が最後だ。


『聖光領域』をフル稼働し、タイミングを計る。


 果たして放たれたのは直視すらできないほど眩い閃光。


 危機感に従い全力の退避をしたラインのいた場所を閃光が迸った。


 何か焼けるのとは違う蒸発するような初めて耳にする音を引きながらはるか先まで突き抜けていく。


「うあ……っぶねえ! 一体どうなっ……」


 体勢を立て直したラインが見たのは遥か遠くまで抉れた地面。腕の一振りなどとは比べ物にならない、そのあまりの威力に言葉を失ってしまう。


 あんなもん防ぎようがねえじゃねえか! どうしろってんだ!


 心の中で毒づきながら頭の中でブレスの危険度を最大値に引き上げた。


 ここからどのように戦って時間を稼ぐか。いや、生き残るのか。そのための戦略など考慮する時間も検討する時間もない。ただ、避けることだけを考えなければならない。


「……だがブレスは予備動作がある。しっかり注意してりゃあ躱せる。まだ始まったばかりだ、諦めるのはまだまだ早い」


 再び竜が動く。


 わずか左前脚の踏み込み一つで距離を詰め、反対の前脚を振り上げる。


 警戒していたなぎ払いが来る!


 どっちに避ける? 右か、左か。それとも後ろに飛ぶか?


 いや、ここは前に出る!


 ラインは脇下目掛けて一気に加速し、脚の一振りを潜り抜けた。


「とりあえず一発……貰っていけ!」


 後方で轟音と砂煙が巻き起こる中、魔剣に魔力を注ぎ脇腹へと思い切り振り下ろす。


 硬質な音と手に伝わる衝撃。


「ぐっ……いっでぇ!」


 渾身の一撃は無念にも鱗で弾かれ、僅かな傷すらつけることが出来なかった。


 なんという硬さ。なんという防御力。


 幸い、耐久強化が施された刀身にも傷一つなく、機能を損傷してはいないようだ。


 手が痺れているラインを無視するように竜は反対側にいるツーヴァへと視線を向けた。再び、左前脚を振り下ろして叩き潰そうとする。


 だがツーヴァは速度に勝る軽戦士であり、瞬間的な身体強化ならばラインの重鎧を上回っている。それゆえその一撃を躱すのは至極容易なことだった。


 竜は巨体ゆえ攻撃範囲が広く威力も洒落にならない。だが、この速度であれば十分に回避可能だ。


 しかしながらラインの魔法剣が通用しないのであればツーヴァの鉄剣など試すまでもなく役に立たないだろう。


 となれば自ずと攻撃の役目は魔法使いの少女二人へと絞られる。


「ツーヴァ! 俺たちは竜の注意を引いて回避に専念するぞ! それと攻撃が通りそうな部位も探してくれ!」


「了解だ、ライン!」


 指示を出し、竜の視界へと動きながら自分が他にも何か役割が持てないか頭を回転させる。


 その間にティアーネが動く。


 圧倒的な魔力の高まり。本気の……いや、今までよりも激しく大きな魔力の唸り。


 彼女が持つのはモッチーがAランクモンスターの魔法石をふんだんに使い、“重量杖”をも超える性能を持たせた化け物のような杖。


 “赤撃”の中で間違いなく最高威力を持つその杖から最大級の一撃が放たれる。


「アブソリュート・ブリザード」


 杖から放出される吹雪が竜を包み込んだ。


 本来であれば広域殲滅魔法だが、相手が百メートルの巨体。スケールで見れば単体攻撃魔法に見えてしまうから感覚がズレてしまいそうだ。


 アブソリュート・ブリザードは吹雪の吹き荒れる範囲から一気に熱量を奪い取り凍結させる魔法。これで竜は全身を凍らされ……


 竜の咆哮が響く。


 吹雪が吹き散らされ、変わりない竜の姿が浮かび上がった。


「チッ、レジストされたか。……ったく楽に勝たせてはくれねえかよ」


 相手がAランクモンスターであれば十体や二十体くらい纏めて倒していただろう一撃すら無傷。ダメージを受けた様子など見て取れない。


 しかも竜の意識がティアーネに向いている。おそらく最も脅威になる相手だと認識したのだろう。


 動き出そうと首を巡らす竜。だが唐突に頭の周りを漆黒の闇が包み隠した。


 これは……ミーナの闇魔法か!


 恐らく視界を奪う類の魔法なのだろう。首を動かすのに合わせて闇が纏わり付き、視界を潰す。


 非常に強力な時間稼ぎだ。


 感嘆を込めてミーナを見ると、ニタニタと笑いながらドヤ顔を返してきた。


 ……ったく、相変わらず素直に感謝しづらいヤツだなアイツは。


 とはいえミーナの存在がとてつもなく大きいことは否定する理由がなく、サムズアップで応じる。


「よし、このまま可能な限りネアンストールに向けて後退するぞ!」


 ネアンストールまで二十キロ近くあるとはいえ、望みを繋ぐためには向かう他無い。このような何もない平原では身を隠すことさえままならないのだから。


 それにもし奇跡的に防衛軍が出てきてくれるのならば距離が近ければ近いほど早く助けが来る。


 この竜を倒すのとネアンストールまで逃げ切るのとどちらの方が可能性があるかなど考えるまでもないだろう。


 全員が後退し、稼げた距離はおおよそ二百メートルほど。


 そこで魔法の効果が切れ、竜の視界が取り戻される。すぐにこちらを発見し、雄叫びを上げた。


「来るぞ! 俺たちで隙を作ってミーナの魔法で時間を稼ぐ! ネアンストールまで繰り返しゃあこっちの勝ちだ!」


 激しい地響きで再び迫りくる竜。


 狩る者と狩られる者。これはまだ両者の長い戦いの始まりに過ぎない。

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