レグナムの地竜・4
パーティー“赤撃”はその日、同じくパーティー“猛き土竜”と共にレグナム周辺の調査へと向かっていた。
かつてのネアンストール攻防戦より魔物の数が減少していたため、レグナムに近い場所まで冒険者の狩り場が広がっており、すでに軍部の手を借りて馬車道が伸びつつある。
また南東の森はすでに東部へと抜ける道が開通しており、レグナム奪還の折には本格的な開発のための作業路として活用される予定だ。
さらに北部の山間部へも調査の手が伸びており、比較的標高が低いこともありこちらは早々に調査が終わりつつあった。
北部の山間、東部の平野、南部の森林。この三つのフィールドにおいて今は東部のレグナム周辺区画が最も情報が不足しており、それにより危険地帯とされている。ここに足を踏み込むのはAランク冒険者くらいしかいない。……いや、厳密にはそこにBランクの“猛き土竜”もプラスされるが。
ラインら混合パーティーは斥候としてスルツカとツーヴァを先行させる形で陣形を組み、ヒーラーであるレイアーネを真ん中に守る形となっている。ミーナもヒーラーではあるのだが、モッチー謹製の杖によってAランクモンスターすら突破できる攻撃力を有しているため、アタッカーの一人としてカウントされていた。
そもそも九名のパーティーでヒーラーが一人というのはこの世界において偏りがあるとされているが、ことこの混合パーティーにおいては突出した実力の個々人がいるため被弾が少なく、被弾を考慮した中長期戦にもつれ込むことがほとんどないためレイアーネ一人でも手持ち無沙汰になりがちなくらいだ。
さらにモッチーの在庫ストックから遠慮なしに持ち出されている魔法薬によってゴリ押しもできるため、総合的に見てもかなり高い水準でバランスが取られていた。この魔法薬については他のパーティーでは到底不可能な特殊パターンと言えるだろうが。
総じて飛び抜けた戦闘能力と継戦能力を持った屈指の実力となっており、ネアンストールはおろか世界にも類を見ない突出した混合パーティーとなっていた。
「……む」
異変に最初に気付いたのは先頭を行くスルツカだ。
手信号でツーヴァに合図を送り、そしてツーヴァが後ろのメンバーに停止の信号を送る。
「どうかしたかい、スルツカ?」
「巨大な何かが見える。それにこちらに向かってくる冒険者が数名」
スルツカの指差す先、レグナムの門近くから走ってくる五人の冒険者たちが見えた。そして門から身を乗り出す何か長いもの。
「……あれか。長い首らしい何かだけど、少し遠すぎて判別できないね」
「どうする」
「とりあえずラインとノルンさんに相談しよう。もしかすると厄介な魔物かもしれない」
「分かった」
合流のサインを送ってから少ししてパーティーメンバーたちが合流してくる。その頃にはレグナムにいた何かは門から姿を現していた。
逃げる冒険者たちが豆粒ほどにしか見えないのに巨大なシルエットが浮き彫りになっている。
爬虫類を思わせる長い体躯。長い首、長い尻尾。背中からは体躯に見合わぬ小さな一対の翼。
それを見て皆が押し黙る。
初めに口を開いたのはラインだった。
「…………ありゃあ竜だな。体長は百メートルといったところか。どんくらいヤバいヤツかは分からねえが、少なくとも冒険者が手に負える相手じゃねぇはずだ。確実にSランク以上の魔物だろうよ」
「そうじゃのう。ワシらがすべきことは速やかにネアンストールへと帰還し、あの竜の存在を報告することじゃ」
ノルンが同意し、他のメンバーたちも賛同した。今回ばかりは“狼藉者”ウルズも口を挟まない。恐らく到底実力が及ばないことは理解できているのだろう。
全員が速やかに撤退へと移る中、ぽそりとティアーネが呟く。
「あのパーティーは大丈夫?」
「ふひっ、運が良ければ助かるなの。気にしてないですたこらさっさなの」
「心配」
「ふひっ、なら無事を祈っててあげればいいなの」
冒険者同士の繋がりなど稀薄なものだ。顔見知りで仲の良い相手ならまだしも、関わりのない赤の他人のために危険を犯すような性分など命を縮めるだけ。
あくまで自己責任。それが冒険者というものだ。
だから運悪く竜に遭遇したあのパーティーは自らの手で尻を拭わなくてはならない。
なおも心配げにチラチラと後ろを振り返るティアーネを急かしつつ走る一向だったが、最後尾を走るツーヴァが焦った声を上げる。
「まずい、竜のスピードが速すぎる。もうあの冒険者たちが追いつかれそうだ!」
竜の挙動を注意深く観察していたツーヴァはそこで戦慄が走る光景を目撃した。
後脚で蹴り出した竜が上半身を持ち上げ、倒れ込む勢いのまま右前脚を振るったのだ。
舞い上がる砂煙。吹き飛ばされる冒険者たち。
弧を描くように地面が抉られ、地響きが轟音となって伝わってくる。
「何があった、ツーヴァ!」
「前脚を振るっただけで地面が抉れた! あの冒険者たちは……駄目だ、倒れたまま動かない」
ラインに答え、警戒を最高レベルにして竜の様子を観察する。
竜は周囲に顔を寄せるたびに何かを咥えて持ち上げ、丸呑みにしていく。……確認するまでもなく冒険者たちだろう。
「どうやら全員喰われたみたいだ。こっちが標的にされないようペースを上げよう」
冒険者たちを喰った竜はその場から動かず周囲をキョロキョロと見回しているようだ。
ここから竜まで相当離れているから見つかることも無いとは思うが、一刻も早くこんな危険地帯から離れてしまいたい。少なくともあの竜の脅威が取り除かれるまでは調査どころではない。
その後、竜が見えなくなるまで撤退した二パーティーは整備された馬車道まで退き、停車させていた二台の馬車に乗り込む。
隣にもう一台馬車があったが……おそらくもう所有者のいなくなった馬車だろう。
無言で見送り、馬車道を足早に進む。
先に口を開いたのはツーヴァ。
「まいったな。相当な化け物だよ、あれは」
膂力だけでもAランクモンスターの比ではない。それこそキングファングすら足元にも及ばないだろう。
「竜って言や、あれか。大昔に東方の国を滅ぼしたって話があったな」
ラインが禿頭を撫でつつ記憶を起こせば、それにノルンが続く。
「そうじゃ。小国とはいえ単体相手にすら歯が立たなかったという。城壁を軽々と壊し、ブレス一つで軍隊を焼き払ったそうじゃの」
「なんだあ? んなもんがなんでレグナムなんぞにいやがんだ。てか今までネアンストールを襲ってこなかったのはなんでだ」
赤髪の筋肉達磨ウルズが苛々を隠さない態度で問いを投げつける。
これが強がり……竜に怯えた自分への苛立ちだと付き合いの長い面々には容易に理解できた。
「それは儂にも他の誰にも分からんじゃろうの。そもそも国を滅ぼした竜と同じ個体なのかすら分からぬし、いつからレグナムに巣食っていたのかすら不明じゃ」
ここ最近レグナムに来たのか、それとも昔からいたのか。伝承にあるように眠りの期間が長くこれまで起きなかったのか、そもそもレグナムの防衛戦力として縛り付けられているのか。
仮説だけならばいかようにも想像はできるが、どう想定するにも一切の証拠も事実も持っていないため、推測の域を出ず考えるだけ無駄と言えるだろう。
ただ一つ判明しているのは脅威である竜がレグナムに巣食っているという事実のみ。
ジッと後方を見つめ、ラインがノルンに水を向ける。
「なあノルン爺、ネアンストール防衛軍の戦力であの竜に勝てると思うか?」
「それはなんとも言えんのう。伝承通りならこれまでの戦力であればほぼ間違いなく勝てなかったじゃろうが、今は状況が違うからの。モッチー殿のおかげで今や飛躍的な戦力増強が果たされておるはずじゃ。故に少なくとも過去の結果など当てにはならんじゃろう」
「勝てる見込みがあるかもしれない、ということか?」
「要は竜に通用するだけの力があるかどうかじゃ。あの巨体、更には強固な鱗、おそらく相当な魔法のレジスト能力もあるはず。それらを超える威力の攻撃力を有しておるのか。そして巨体から繰り出される膂力、軍隊を焼き払うというブレス、これらを防ぎ止める防御力を持つのか。……実際に戦ってみなければ分からんじゃろうの」
竜を屠るためには防御を打ち破る攻撃力が必要。つまりモッチーが作り出した武具がそれだけの力を発揮するのかどうか、それが分水嶺と言える。
二人の会話を耳にしたティアーネが杖を握りしめ、小さく呟いた。
「攻撃力……」
魔法石をAランクモンスターのものに一新し、ひと回り以上の強化が為された杖はかつての“重量杖”を上回る性能を発揮するだろう。
そんな妹に声をかけようとしたレイアーネがふと聞こえた音に意識を取られる。
見れば他のメンバーたちも音に気付いて後ろを振り返っていた。
「足音? それに、振動……?」
呟いたレイアーネはその音と僅かずつ大きくなっていく振動に果てしなく嫌な予感を覚える。それは皆がそうだった。
姿が見えないほど離れた場所から足音と振動が届くなど、それはもう相応の巨体を持つ存在だと主張しているようなものだ。
程なくして視界に遠く映るは山のような巨体。
それはレグナムの地で見た巨大な魔物。
竜。
それが一直線に向かってきていた。