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レグナムの地竜・2

 その日、ネアンストール国防軍内にはざわめきと喧騒が混在していた。


 最前線ノーフミルより王国No.2である騎士次席、メリオン・フェイクァンが訪問しているのだ。


 細身ながら引き締まった肉体、黒髪黒目でややのっぺりした顔立ち。高身長ではあるが軍の精鋭と並べば突出しない程度。


 だがその眼光だけは猛禽を思い浮かべるほど鋭い物だった。


「これはこれは。歓迎するよ、次席騎士メリオン・フェイクァン」


「有り難く歓待頂戴する。魔法使い次席レイン・ミィルゼム殿」


 七人の騎士を供に従えたメリオンに対応したのはレイン。相手の階級に合わせ、同格の者が出迎えた形。


 これは対応する階級に差があっては要らぬメッセージを与えかねないとの心配りから定例化されていることである。高い階級の者が出迎えれば舐められ、低い階級の者が出迎えれば侮辱と受け取られるのだ。


 だが言葉遣いの上ではメリオンが一段低い立ち位置にいる。それは彼の身分に理由があった。


 クルストファン王国騎士次席メリオン・フェイクァン。


 元は平民であり、類稀な剣術を持って次席に上り詰めた文字通りの天才剣士であり、かつて魔法使い筆頭ゲイルノート・アスフォルテにして比類なき剣の天才と言わしめた才覚の持ち主である。


 その剣は獰猛にして果敢。息を切らせぬ怒涛の攻めで反撃を許さず打ち倒していくのだ。


 彼には大きな特徴があった。


 それが両の腰に下げた五本の剣である。彼の圧倒的剣技は剣の消耗も圧倒的であり、戦いの中で次々と使い捨て交換しながら攻めるのだ。


 そしてもう一つ、彼には切っては離せないポイントがある。


「ところで此度のそちらの功績でもある剣・鎧・盾。あれらはすでに実戦配備しておられるのか?」


 来た。


 レインはわずか身構える。この問いが決してこちらの配備状況を知るためのものではないと理解しているからだ。


 これが他の者から出た問いであれば我が軍の視察や裏になんらかの悪意が込められたメッセージであったりするのだが、ことこの男に限ってそのような間接的なやり方ではない。もっと単純。短絡。


「いや、生産体制を整えたが全体への配備完了まではまだしばらくかかる。今は実験的に複数部隊に持たせてデータを取っているところだ」


 戦術・隊列・連携・補給。これ以外にも調整し訓練せねばならないことは多い。どこまでの役割を持たせることができ、どこまでの成果を見込めるか。それを戦術として取り入れた場合にどの程度の駒として扱えるか。


 なにぶん『重量杖』を始め戦力の拡大が突飛過ぎる。各部隊長から戦術指揮官に至るまで運用のノウハウなど蓄えていようはずがない。


 そしてここでその貴重なデータに興味を示すのが普通だ。……普通だが、ことこの男はその普通の概念から外れている。それも厄介の方向にだ。


「ほう、ならばせっかくのこと。その成果のほどをこの剣にて確かめてみたいのですが」


 やはり来た。


 レインは頭を抱えたくなる衝動を堪え、努めて無表情を装う。


 そう、このメリオンの厄介なる特徴。それが異常なまでの“戦闘狂”である。


 眼前に敵あらば殴り込み、強者と聞けば喧嘩を売り、暇さえあれば幾人もの騎士を捕まえ相手をさせる。三度の飯より戦いが好きという根っからの戦闘民だった。


 しかも並の騎士なら束になろうと敵わないのだからこれまたたちが悪い。頭を抑えようものなら周囲の人間ごと打ちのめし、質に満足できなければ無理やり数をかき集めて打ち倒す。戦闘欲が発散されるまでは衝動のままに戦い続けるのだ。


 だがそれだけ暴れようと相手に手心を加える理性はあり、戦闘続行できない相手は追撃しないし、職務とあればピタリと戦闘を止める。まさに理性的判断のできる狂人。


 これはやはり止めるだけ無駄か。また厄介なヤツを寄越してきたものだな。


 嘆息し、仕方ないと頭を切り替え可哀想な生贄を選択する。


「では最も試作装備を使いこなしている者を呼んでやろう。おい、グレイグ・ヌンフェイルを召集しろ」


 哀れな人柱の元に部下を走らせ、そこでもう一人面白そうな人物が思い浮かぶ。


 ふむ、この戦闘狂を見て何かまたとんでもない発想でも得るかもしれんな。


 その人物は今日のメインイベントにおける最重要人物である。むしろその一人のためだけに今日の催しが開かれると言っても過言ではない。


「よし、誰か筆頭殿の執務室まで走れ。“少年”を引っ張ってこい」


 すわ新たな獲物かとメリオンが舌舐めずりをするが、こればかりは期待に添えない。なぜなら非戦闘要員だからな。


 さて、常識外同士が掛け合わさったら何が起こるか。楽しませてもらおうかね。


 未知への期待に胸を膨らませるのは、もしかしたらグレイグがこれから被るであろう不幸から目を背けるためだったのかもしれない。









 モッチーが呼び出しを食らって軍の訓練場に足を運んだ時、すでに人だかりの山が出来ていた。


 聞いた話では騎士団派の偉い騎士とネアンストール防衛軍の騎士とで模擬試合を行うらしい。


 見学しようにもどこに割り込めばいいのか。そう頭を悩ませていると、すぐに人だかりの中から魔導士部隊の人が来てレインさんのいる特等席に案内してくれた。


 まあ特等席って言ってもレインさんに遠慮してぽっかりと空いた場所ってだけなんだけど。


「来たな少年。せっかくだから王国最強騎士の手並を見学するといい」


「え、最強騎士?」


「そうだ。あの五本も剣を持ってる男が王国騎士次席のメリオン・フェイクァン。剣の腕にかけては他の追随を許さねえ才能を持ってるとは我らが筆頭殿の言だ」


「へえ……五本ってまた変わってるなぁ。でも、最強騎士なのに次席なんですか?」


「そりゃあれだ、奴が平民出身だからな。貴族の面子ってヤツだ」


「なるほど。いわゆる面倒くさいから首を突っ込まない方がいいヤツですか」


「分かってるじゃないか」


 そうやって軽口を交わしながら向き合う両者を観察する。


 一人はグレイグ・ヌンフェイル。試作装備軍を新たにモッチーが製作し直し、その中でも運良くラインと同じ超高性能装備を回してもらえた幸運者だ。


 背負う大振りな大剣は耐久力と切断力に特化し、魔力許容量を高めたことで込める魔力次第で圧倒的性能を発揮する。


 そして身に纏うは『聖光領域』に特化した重鎧。防御力を犠牲にすることで身体強化のブースト装置としての機能を拡充させる設計がなされている。


 これは重鎧で『当たらなければ問題なし。攻撃こそパワーだ』とのモッチー理論を実践するための試作装備。しかもそのピーキー装備を無駄に超高性能にしてしまう辺りモッチーの遊び心が遺憾なく発揮されてしまっていた。


 そして対する騎士次席メリオン・フェイクァン。


 見たところ装備は一般的な騎士服。防具を身に付けてはおらず、五本の剣を腰に挿すのみ。騎士服はそれなりに丈夫な衣服ではあるが、あくまで衣服の延長であり防具とはとても言えない。つまり防御力は無いに等しいのである。


 しかしその表情には不敵な笑みと獰猛な眼光が張り付いていた。


「あの人、相当な自信ですね。こっちの試作装備ってかなり尖ってるやつで扱える人なら正直洒落にならない性能を出すはずなんですけど。普通に考えて瞬殺ですよ、瞬殺」


「まあな。さしもの最強騎士とは言え根本的な性能が段違いならどうしようも無い。……普通ならそう考える」


「そうではないかもしれない?」


「そうかもしれないし、そうでないかもしれない。さあ、少年も来たし始めるか」


 レインさんが手を挙げると審判役の騎士が開始の合図を出した。


 先に動いたのはメリオン・フェイクァン。


 剣を手に正面から殴り込みをかける。と、見せかけて身体強化にあかせて剣を投げつけた。


 これにはグレイグ・ヌンフェイルも虚を突かれる。と思いきやその姿がブレるようにしてかき消えた。


「えっ、消え……!」


 投擲した剣を追うように迫っていたメリオンが急ブレーキをかける。その手にはすでに次の剣を抜いており、


 後方を振り返りながら剣を一閃。


 ガキィン……


 硬質な音。と同時にメリオンの剣が弾き飛ばされた。


 そこには振り抜いた大剣を更に切り返して追撃を入れるグレイグの姿。


 決まった。


 誰もがそう確信する中、再び硬質な音が響く。


 剣が吹き飛ぶ。それは瞬時にメリオンが抜いた剣が一合保たずに弾かれた物だった。


 だが再びグレイグが剣を切り返し、振り抜く前に。


 メリオンが神速の居合を持って抜いた切っ先が反撃する。


「ま、また消えた」


 と思ったら少し離れたところにグレイグの姿があった。咄嗟の判断で後方に跳躍していたのだ。


 次の瞬間にはメリオンの眼前で大剣を振り下ろしている。


 モッチーの目には二人の戦いを目で追うことなど不可能だった。


 グレイグはまるでコマ落としのように出現と消失を繰り返し、そのたびにメリオンが縦横無尽に剣を振る。硬質な音がしたかと思えば剣が飛び、次の瞬間には次の剣が振るわれる。


 なんとかメリオンの姿を追うことで戦っているらしいことが判別できる程度だった。


 しかしながら隣の剣士は普通ではない。


「ほう、あのふざけた速度に対応するか。しかも太刀筋を見切り受け流している。尋常じゃないな」


「レインさん、見えてるんですか?」


「まあな。だが同じように戦えと言われても無理だ。目で追うだけで精一杯だ」


 しかもその目まぐるしいスピードの中で腕にダメージが入らないようギリギリのところでグレイグの大剣をいなしているのだとか。なるほど確かにまともに打ち合えば膂力が違いすぎるせいで腕が折れかねない。もしくは剣ごと叩き斬られているだろう。


 レインでも一合で戦闘不能に追いやられるほどの攻撃。それを息切らせぬほどの連撃で繰り出してくるグレイグは驚異的だが、中級レベルの身体強化でそれに対応しているメリオンの剣技、そして身体能力は驚愕に値した。


 しかしこの戦いはすぐに終わりを迎える。


 メリオンの五本目の剣が弾き飛ばされ、降参したのだ。


「ちょ、エグい……レベル高すぎて全然分からなかった」


 さすが軍人と言うべきか。ラインさんやツーヴァさんもあれだけのスピードは出せないし、ましてや逆にそれに対応できる剣技も持ち合わせていないだろう。


 こう言ってはなんだが、ラインさんやツーヴァさんがこのグレイグという騎士に勝てるとはとても思えなかった。それほど圧倒的に見えたのだ。


「ま、これだけの力を齎したのは少年だがな。グレイグもよく使いこなしている」


 モッチーが感心している中、周囲の騎士たちが飛ばされた剣を拾い集め、グレイグとメリオンの二人が向かい合って礼を交わす。


 案外と想定通りの結果に終わった……そう思っていたが、まさかの台詞が当のメリオンの口から放たれた。


「さあ、もう一本と行こう」


 周囲がポカンと呆気に取られる中、レインさんが思わず天を仰いだのだった。

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