レグナムの地竜
「へえ、じゃあ最近はずっと“猛き土竜”と共同で探索してるんですか」
「ああ。さすがに魔王軍の勢力圏に深く入れば魔物の密度も上がってくるからな。用心に越したことはねえ」
ラインさんの返答に俺はそういうものか、と頷く。
ここのところ高ランク冒険者はレグナムって隣町周辺の調査依頼が入っているらしい。キングファングの捜索も並行して行っているのだが、どうも上手くいっていないようだ。
「てなわけでな、ここからしばらくはこの依頼にかかりっきりになっちまうからモッチーの同行は無しだ。さすがにお前さんを敵地の只中まで連れて行ってたら英雄様に殺されかねん」
「さ、さすがにゲイルノートさんもレインさんもそこまでは……しなくも、ないというか絶対止められるだろうなぁ」
「だな。門番辺りには間違いなく制止するよう通達が行ってるだろうよ。モッチーは軍に顔が広いから見逃されることもねえな」
「ですよねえ」
いくらなんでも強行突破してまで危険地帯に乗り込む度量はないので、諦めと共に享受する。
「……残念」
とはいえラインさんの返答に何を隠そう一番しょんぼりしたのはティアーネだった。彼女は見るからに落ち込んでおり、よほど一緒の狩りを楽しみにしてくれていたのだと分かる。
その姿を見るとなんとしてでも一緒に行ってあげたいとは思うのだが、流石に危険地帯まで足手まといがノコノコ付いて行ってしまっては迷惑どころか危険が増すだけだ。こればっかりは諦めるしかない問題だろう。
しかしただ送り出すだけというのもなんだか味気ないというか、せめて何かしてあげたいとも思うもので。
「それならせめて魔法薬くらいはしっかり持って行ってください。部屋の収納棚にストックしてあるんで、遠慮せずにどうぞ」
最近は魔法銀の作成に魔法石を使うことが多いとはいえ、魔法薬にもそれなりに回してはいた。なにせ普通に手に入れようと思ったら希少な上にぼったくり価格だから勿体ないことこの上ないというもの。
「おいおい、また溜め込んでたのか。まあそういうことなら遠慮なく持ってくが……いいのか?」
「いいもなにも魔法薬ケチって万が一でもあったら意味がないじゃないですか。というか普段から持ってってもらって構わないんですよ?」
「そうか。じゃあそうさせてもらうか」
パーティーリーダーが頷けばそれはパーティーの意思ともなる。こうしてモッチーの在庫大放出が確定した。
うん、あまり遠慮なく使われたら無くなりかねないし、これからはちょっとばかり生産量を増やしておこうかな。
モッチーはこのように決意したのだが、実際に部屋のストックを見たラインら仲間たちがあんぐりと口を開くほどに在庫が溜まりまくっていたのはご愛嬌である。
ロックラック工房ではここのところ変化があった。
というのも親方自らなんらかの研究をしており、機密事項だからと弟子たちを弾き出している。
更には兄貴分でもある一番弟子ガジウィルも新入りモッチーと共に怪しげな研究会に入り浸り。
そうなると夕刻からは纏める人間が欠けることになり、他の弟子たちは手が空いてしまった。
だからといって弟子が先に仕事を切り上げて帰るわけにもいかず、かといって生産指示は蔑ろ。むしろ勝手にしろと放置状態。これではどうすればいいかわからないと仕事がストップしている。
じゃあどうするか。それが修行である。
親方やガジウィルを見習い、兄弟子たちが弟弟子たちを監督する形で鍛治修行をし始めたのであった。
これによって弟子たち全体のスキルアップがなされており、少ないながらも着実にロックラック工房の地力アップに繋がっていた。
閑話休題。
ここのところモッチーとガジウィルの二人は新たな装備開発に余念が無く、今日もまた試作品の一つを仕上げていた。
ガジウィルが右腕にガントレットを装着する。
「じゃあ魔力を流すぞ」
「はい、お願いします」
ガントレットの外側、盾の形のレリーフが発光し、そこから光の膜が飛び出す。
それはレリーフから五十センチほど離れた場所で静止し、円形の板状となった。
「お、ちゃんと起動したな」
「ですね。どのくらい魔力込めました?」
「起動確認だから大して込めてねえな。感触的にはもっとガッツリ込めても大丈夫そうだ」
そう言ってから今度は更に光量を増し、分厚い円盤を作り上げる。
『シールド』。特に捻りも属性もない初歩的な防御魔法だ。
これは自身で構築して使用することもできるし、今ガントレットに仕込まれているように魔法陣にも落とし込まれていて、所謂入門的な立ち位置になっている。
しかし侮るなかれ。単純な魔法ではあるもののそれゆえ効果は素直に発揮され、魔力効率も高い。もちろん『防御結界』に比べたら効率はガタ落ちするが、初級魔法にそこまで期待するのも酷というもの。
総じて評せば難度の低さの割にコストパフォーマンスの良い魔法だ。
モッチーはシールドを何度か殴り付けてみて感触を確かめる。
「へえ、意外と丈夫そうなシールドですね。本気で殴ったらこっちが痛い目をみそうだ」
「まあな。少なくとも鉄の盾よりは丈夫だろうよ」
少なくとも起動が確認できた時点で試作は成功したと言える。
だが刻印魔法を入れること自体はすでに他でやっているので、どちらかといえば確認に近い意味合いでの試作。モッチーにもガジウィルにも達成感を味わうには程遠かった。
ひとまずの完成をみたことで、二人はここから本番へと移る。
「ではガントレットはひとまずプロトタイプが完成ということで良さそうですね。これはこのままテストに回すとして、ここからが本題です」
「ああ。俺からすればどこから手をつければいいかさっぱり分からんのだがな」
「そうですね。杖の機能を持った剣。……言いにくいな、なんか適当に名称作ります?」
「む。面倒だな……単純に杖剣でいいんじゃないか?」
「杖剣……ん〜、なんか俺のイメージだと別の物が浮かんじゃうんですよね」
「ほう、どんなやつだ?」
「仕込み杖です。スティックの中に細い剣が入ってて、暗殺なんかの用途に使うんだっけかな。要は剣を持ってることをカモフラージュする武器です」
「暗器の一つってわけか。確かにそれならイメージと違うわな。しかし魔法も使える剣だからと安直に発想すれば魔法剣で被るわけだ。ふむ………………魔法……魔導……魔導剣。どうだ?」
「魔導剣。いいですね、それで行きましょう」
安直と言えばそれまでだが、名称なんかであれこれ悩んでも仕方ない。即決し、次は二人がかりでどのように魔導剣を形にしていくかを考えていく。
だが魔力回路と魔法陣に魔力の流れを奪われると魔法が上手く発動できない……この問題を解決するのはさすがに二人をしても容易ではなく、しばらくはああでもないこうでもないと頭を捻り続けるのだった。
そして魔導剣の思考と試行を繰り返す日々を送る中、ネアンストール国防軍の中で一つのイベントが開催されようとしていた。