突き進む者たち・4
約束の休日、俺は馬車に乗ってネアンストールの外へと狩猟に出ていた。
「へえ、今回の狩猟目的はキングファングか。死神とまで恐れられていたモンスターももはやお得意様だね」
そう言って笑みを見せるのは“赤撃”の誇る万能イケメンお兄さん、ツーヴァさんである。
モッチーが死にかけた戦いから戦争と続いて狩猟したAモンスターを相手に恐れなど全く無い。むしろ余裕さえ浮かべていた。
それは他のメンバーも同じである。
もはやナンバーワン重戦士となったラインさん、美人ヒーラーのレイアーネさん、最強美少女魔法使いのティアーネ。
そして今回同行している“猛き土竜”の皆も落ち着いた様子だ。
「のう、モッチー殿。何故今回はキングファングを狙うのかの?」
「確実に発見できるとは言えませんよね」
ノルンさん、セレスティーナさん。二人に問いかけられて俺は今回の目的を振り返る。
「今回スルツカさんの戦いを見るのがメインだったんですけど、実はツーヴァさんの新装備案がほぼ完成したのでキングファングの素材が必要になったんです。なので同時にやっちゃえばいいかなって」
ツーヴァさんが普段身につけているキングファングの毛皮を用いた防具は軽くて丈夫。その上防御力も高いので新しい軽鎧にも毛皮を使おうと考えたのだ。
しかし死神なんて名のモンスターの素材がそう易々と市場に流れているはずもなく。だったら取ってくればいいと開き直った次第だ。
「それでツーヴァさん、今回お願いしたことは大丈夫ですよね?」
「もちろんさ。この鎧と鞘、使い勝手をしっかりと確かめてみせるとも」
そう、今回は突貫で作った試作品を渡してあり、ツーヴァさんに装備してもらっている。すでに積層型をティアーネにチェックしてもらっており、ツーヴァさん向けの調整を施してある。
そして当然、“猛き土竜”のメンバーが装備に食いついてきた。
「モッチー殿、今回はどんな代物を作り上げたのか聞いても良いかの?」
「鎧はともかくとして鞘はどういうことでしょう?」
「ふひっ、どうせまた斜め上の発想なの」
「おい、どうせってなんだどうせって」
いつものように失礼なミーナにツッコミを入れ、ふと視線に気付いてその方を見ると珍しくスルツカさんがこっちに注目していた。
珍しい。いつもは会話に興味無さそうなのに。
ちなみに筋肉達磨はラインさんと張り合うのに夢中で見てすらいない。ノルンさんが溜め息を吐くのはいつものことだ。
「今回の軽鎧は『聖光領域』を採用した軽戦士向けの装備になってます。ラインさんの使っている重鎧に比べると『聖光領域』の出力はやや劣りますし、防御力は格段に下がりますけど、その分重量が軽く動きを阻害しないので細かな動きや継戦能力は高いはずです」
「ほう。確か鎧の体積に比例して性能が変わると認識しておったのじゃが、『聖光領域』の出力は近いところまで発揮できるのかの?」
「ええ、ちょっとした仕掛けを施しましてね。体積の少なさを刻印でカバーしたんですよ」
鎧の体積と表面積の差から計算すると約八割程度の出力になる見込みだ。しかも増えた面積分、魔力許容量に大きく割いたので、装備者の魔力次第で重鎧を超える瞬間出力を得られるようになっている。
これがガジウィルさんと考えた軽鎧の姿だ。
コンセプトは『当たらなければどうということはなかろう』。防御を捨て、攻撃一点集中した特化鎧である。
「これはまた随分と思い切っておるのう」
「ええ。どれも中途半端にして劣化品になってしまうよりはピーキーでも特化した方が差別化を図れますからね。ただ個人的には満足出来ないんで、これから色々取り込んで進化させていく予定です」
「ふむ、素晴らしい向上心じゃの」
ノルンさんが関心して頷き、他のメンバーが興味深げにツーヴァさんの着ている軽鎧を観察する。注目されてツーヴァさんが珍しく居心地悪そうにしているのが新鮮だ。
「それで鞘の方なんですけど、内部に刻印を入れてエンチャントを発生させるようにしました。鞘に入れている状態で魔力を込めると刀身にエンチャントをかけられるようになっていて、エンチャントが切れても鞘に戻して魔力を込めるだけで復活できるようになってます」
「ふむ。エンチャントの発生装置にしたということじゃな。しかもその説明では魔法剣でなくともエンチャントをかけられると受け取れるのう」
「その通りです。もちろん魔法剣に上乗せすることもできますから汎用性については間違いないと思います」
媒体としては特定の魔法を発生させることしかできない魔法剣であるが、外部からの魔法は受ける。主にエンチャントを重ねるのは一般的な使い方であるので、今回鞘からエンチャントを込める方法も問題なく機能した。ただ剣と鞘がなんらかの魔法的繋がりを持っていた場合には上手く機能する保証はない。これは要検証であるが、さすがに過密日程だったこの四日間だけでそこまで調べるのは無理だった。
「ふひっ、それで何のエンチャントが使えるなの?」
ミーナの問いに俺はニヤリと笑って「当ててみろ」と返す。
「ふひっ、モッチーの頭の中なんて分かるわけないなの」
「ふむ。儂は『耐久強化』を予想しておるが」
「私は『エンチャント・シャープネス』で切断力アップだと思います」
ノルンさんやセレスティーナさんの答えにチッチッチッ、と指を振ってツーヴァさんに目配せする。
意図を理解してくれたツーヴァさんが頷き、二本の鞘に魔力を込めエンチャントを発生させた。
「答えはこれだよ」
そう言ってツーヴァさんが引き抜いた二本の刀身には青い膜が纏わりついている。それはポピュラーな魔法。
「ほう、エンチャント・ウォーターかの。確かに常時エンチャントできるのであれば消耗を抑えられるゆえ継戦能力が上がるのう」
「いえいえ、ノルンさん。エンチャントはそれ一つではないんですよ」
「なんじゃと? よもやダブルエンチャントなのかの?」
「はい。両方とも同時に『耐久強化』が施されていますよ」
ツーヴァさんが答えながら刀身の峰を打ち合わせるとカンカンと硬質な音が鳴った。
うん、音だけじゃどう変わったのか分からないな。
「それではノルン様の予想が当たったのですね」
それにビックリドッキリをこの程度で終わらせるつもりは俺にはない。試作品だからこそ突き抜けろ。詰め込んでこそ試作品だ。
俺は内心反応を楽しみながら答えを告げる。
「いや。実はセレスティーナさんの答えも正解ですよ」
「え?」
「実は右手に持ってる剣、あれにはさらに『エンチャント・シャープネス』も付与されてます。トリプルエンチャントになってるんですよ」
そう。どうせならいくつまでエンチャントを同時に仕込めるかも確かめてみようと思ったのだ。
魔力消費との兼ね合いからさすがにクワトロエンチャントは断念したが、トリプルならまだ実用性があるのではないかと予想した。だから今回は二本の鞘をそれぞれダブルとトリプルに分けている。
そしてダブルエンチャント、トリプルエンチャントにおいてそれぞれのエンチャントがどう機能するのか、多く魔力を込めるとどれがどのように効果を発揮するのか、魔力の食い合いは起きるのか。そういったことを検証し、今度は魔法陣の刻印の大小による性能操作を確かめたいと思っている。
これは杖の時のように切断力や耐久性、属性付与などをどのような割合で振るのかを操作できるかどうか調べるためだ。これによってパワータイプやテクニックタイプなど、それぞれの戦闘スタイルに合わせた調整が可能になるだろう。
「ふひっ、相変わらずぶっ飛んでるなの。頭のネジがどこかおかしくなってるなの」
「ふははは、褒め言葉として受け取ってやるよ。感謝するといいぞ」
「ふひっ、褒めてもらった側が感謝するのが普通なの。ミーナに感謝の気持ちを述べるといいなの」
「あ、なるほど。……ってなんでだよ! ミーナこそネジが飛んでんじゃねえのか!?」
いつものようにやいのやいの騒ぎつつ、二つのパーティーの馬車はネアンストールを遠く離れて南東の森の深くまで進んでいくのだった。