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飛躍する者、させる者・8

 ネアンストールの町から王都クラストリルまでは馬で三日の道のりだ。


 クルストファン王国魔法使い次席であるレイン・ミィルゼムは部下を連れ、総勢十名で王都を目指している。


 途中の町で宿を取り、王都の手前にある中継宿泊地点まであと少しというところで、初めて魔物と遭遇していた。


 Bランクモンスターであるオルトロスポイズナーの群れ。大型で双頭の犬の魔物で、牙や爪、二股に分かれた尻尾の先の針に毒を持つ危険な存在である。


 身体能力が高く群れを作る性質からAランクに近い扱いを受けており、突発的な遭遇であればまず逃走を選択するのが常識だ。


 だが、今ここにいる者たちにそんな常識など当てはまるものではない。


 レインは素早く敵勢力を把握するとすぐさま指示を飛ばす。


「総員、荷馬車を守れ。俺を中心に防衛体制を取る。そして騎士グレイグ・ヌンフェイル。お前には存分に暴れる機会をやろう」


「!!」


 指示を受け、プレートメイルを着込んだ大柄な騎士が驚愕に目を見開く。指示の内容を的確に理解したからだ。


 単独で殲滅して来い。


 一見、無茶振りに聞こえるだろう。そして本来ならば無茶どころか死んでこいと言っているに近い命令だ。


 だが騎士グレイグは逆に力強く拳を握ると獰猛な笑みで頷いた。


「はっ。()()()()()()()()()()!」


 その手には()()()()()()()()()()()大剣が握られている。


 それどころか彼の纏う鎧も内部に複雑な魔法陣と魔力回路が仕込まれた重要な『試作品』なのだ。


 実はゲイルノート・アスフォルテ魔法使い筆頭からの指示で、モッチーから齎された試作品の使用感を確かめる目的で体格の合う騎士が選ばれた。それがこのグレイグである。


 上司であるレインやゲイルノートがいわゆる話の分かる人間だったため、こうして移動中も機密である装備を身に付けることを許されており、またその力を存分に振るう機会を望んでいることもレインのみならず同行する者たちには筒抜けであった。


 グレイグは身体強化を発動する。


 ほとんどタイムラグ無しに鎧に仕込まれた聖光領域が自動発動し、グレイグの身体を超越感が駆け巡る。


「おお……。おおおおおっ!!」


 それは無意識に出た咆哮だった。


 地を蹴る。たったそれだけの動きでグレイグの身体は数メートル先まで()()する。


 勝手が違い過ぎる。感覚の調整をしなければ。


 だがグレイグとて熟練の騎士。二歩目には力加減を理解し、三歩目を踏み込んだ時には聖光領域を支配化においていた。


 オルトロスポイズナーを視界に収め、大剣を構える。


 手探りながらも大剣に注ぐ魔力を調整しつつ、脇を抜けつつ一閃。


 ズパッ


 常には無い手応えを感じると共に、オルトロスポイズナーの身体が上下真っ二つに分かたれたのが分かった。


 ……なんだこれは。こうまで容易く斬り裂けるというのか。


 動揺しつつも身体は次なる獲物に向けて無意識に動き出している。


 グレイグは注意が逸れたことで疎かになった魔力コントロールを掌握し直し、魔力配分の最適化を意識しながら襲いくるオルトロスポイズナーを捌いていく。


 自身ではおそらく自覚してはいないであろう。その動きは防御態勢を固めている騎士たちが驚愕するほど素早く力強いものだ。さらに魔力消費の最小化すら達成しつつあり、その練度の高さを証明していた。


 一振り一振りで確実にオルトロスポイズナーを仕留め、瞬く間にその数を削っていく。また防御態勢を取っている騎士たちも着実に仕留めており、さらには逃走を図る個体の進行方向に魔法を放って阻止することまで行っていた。


 この場で殲滅する。その強い意志が現れている。


 やがてオルトロスポイズナーはその数を減らし、最後の一頭となった。


 ゆっくりとレインが前に出る。


「さて、最後くらいは俺にやらせてもらおうかね」


 すかさずオルトロスポイズナーを取り囲むように隊列を切り替え、背後にはグレイグが陣取った。もはや完全に逃げ場などない。


 レインは試作剣を抜いた。


 実際、本人としてもここまでよく自制できたと自画自賛していたくらいなのだ。


 一番試し斬りをしたかったのはレイン・ミィルゼムに他ならない。なにせグレイグの装備とは違ってこの剣はレイン専用の一振りなのだから。


 無雑作に距離を詰めるレインに対してオルトロスポイズナーは毛を逆立て強烈な威嚇を返していた。


「確かに俺の家の流派は突きが主体だがね」


 呟き、同時にオルトロスポイズナーが動く。


 飛び掛かり、強靭な前脚から繰り出される毒爪の一撃がレインを襲う。


 一瞬、レインの身体がブレたように見えた。


 次の瞬間にはすでにすれ違い、剣を鞘に収めようとしている。


「このくらいのことはやってみせるさ」


 オルトロスポイズナーが着地をし、そして。


 二つの首がゴトッ、と地に落ちる。


 一顧だにせず、噴き出す鮮血を背に剣を収めるその姿は、騎士たちが思わず見惚れるほど堂に入ったものだった。


 だがオルトロスポイズナーの背後に、レインの正面にいたグレイグはその実を見ていた。


 抑えきれない愉悦に歪んだ口元、いつまでも感触を確かめるように柄を掴む手。


 芝居掛かったような台詞や動きは決して格好を付けるためにしたことではないのだ。ただ純粋に、部隊長として冷静を装った結果として出てしまっただけなのだと。


 しかし見ていたのがグレイグだったからこそ、そこに共感が生まれていた。


 圧倒的とも言える力を得て、自分も幾度も愉悦に浸りそうになるのを自制していたから。グレイグが耐えられたのはコントロールを掌握すればするほどどんどん高みに登っていく感覚を得て、自らの向上に意識を向けられたからに他ならない。


 しかしレインは違う。想像した結果を望み、自分の意志で動き、果たして想像した結果を出した。……否、想像外の手応え、そして快感。それは想像を遥かに超える代物だったに違いないのだ。


 似ているようでほんの少しの違い。だが本質的に同じ感覚を共有していたからこそ、グレイグはレインの心情を正確に理解していた。


「お見事でした、隊長。素晴らしい斬れ味でありますね。よもやシャープネスが付与されているのでしょうか?」


「いや。これはシンプルに耐久強化のみが施されている。斬れ味は剣そのものの力だ。……くくっ、信じられるか? 少年曰く、これはあくまで護身用であるらしいぞ」


「なんと贅沢な護身用具でしょうか。世界中の騎士が身銭を切ってでも手に入れたい品でありましょうに」


 Bランクモンスターであるオルトロスポイズナーの首をああまで容易に斬り落とすことができるほどの斬れ味だ。抵抗に負けない耐久性を持ち、技量次第でまるで藁束のように斬り裂いてしまえるほどの性能。魔力を込める必要があるとはいえ、それ以上のリターンを与えてくれる至極の一振り。


 ……いや、これはまだ至極とは言えないのか。


 なぜならこの剣も大剣も、あくまで()()()なのだから。


 これを打った鍛治師は一体どれほどの高みを目指しているのか。一体どれほどの高みを見据えているのか。


 グレイグはこの場にある世界を変えるほどの試作品の数々を見て一つの想いを抱く。


 知りたい。この鍛治師の辿り着く先を。


 それが彼の将来を決定づけることになるのはまだ、誰も知らない。









 実はこのレイン・ミィルゼム一行の到着を最も待ち望んでいたのは何を隠そう、現アスフォルテ伯爵家当主であるトサント・フォン・アスフォルテその人である。


 魔王軍への反攻作戦の慎重派の旗頭として立つ彼は国全体の機運の高まりに反して影響力の維持が難しくなっており、先の見えない労苦に神経をすり減らしていた。


 そこに突如として齎された息子よりの報告により、ようやくこれで一息つける……などと楽観したのも束の間、その報告の続きにあった文言に大きな溜め息を吐く結果となる。


 それは今後の武具、そして爆発的な魔法薬の需要を見据え早急な技術者の育成に尽力して欲しい、という内容だった。


 当然、反攻作戦に備え先んじて各領地でも育成に力を入れ始めていたのだが、ゲイルノートの文面では更に高度かつ大々的な育成・生産が必要とあったのだ。


 それを国王陛下に奏上し、国家事業として、そして他国を巻き込み全世界一丸となった推進を目指すべきだとされている。そうなると他派閥への根回しを含めて大きく動かなければならなくなるのだ。


 大前提として今回齎される新たな騎士への『力』というものが皆を満足させるに値するものでなければならないが、息子の見立てがこれまで誤りだったことなど一度とて無い。であるならばそこの懸念などするだけ無駄というものだろう。


 それにしても先の戦争で革新的な『重量杖』なるものを生み出し、ものの数ヶ月で今度はそれに匹敵するほどの剣士用装備を作り上げるとは……少年鍛治師と言ったが、一体どれほどの才能を持った原石だというのか。


 これは確かに陛下でなくとも興味をそそられる。


 トサントは彗星のように現れ、瞬く間に国家の趨勢を左右する存在となった少年を改めて強く意識することになった。

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