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飛躍する者、させる者・6

「というわけで魔法銀の鍛造を研究したいんですけど、親方、力添えをお願いできませんか」


 時間が止まるとはこういう時のことを言うのだろう。


 俺は目の前で固まるロックラック親方を見ながらそんなことを考えていた。


 魔法銀については親方と一番弟子ガジウィルさんの三人の秘密なので、今この場にいるのはそのメンバーだけだ。人払いもバッチリである。


「親方、小僧の発想は理に適っています。刀身に直接刻印し表面をメッキで保護する。メッキ時の魔法銀の融解は刻印起動による耐久性アップによって回避する。……なるほどこれなら鍛造による魔法剣の作成は可能でしょう」


 研究メンバーの一員として協力してくれているガジウィルさんが後押しし、ロックラックさんの意識を呼び戻した。


 実のところ鍛造についてはまだ鉄を練習中なので試行錯誤するにはまだ早いと思っている。そこですでにマスターしている親方を巻き込んでしまえと考えたのだ。


「なるほど。刻印の上に鉄を被せるのではなく、剣の形を作ってから刻印を入れるか。逆転の発想とはまさにこのことだな」


 大きく頷き、ロックラックさんは研究を引き受けてくれた。それにガジウィルさんも協力してくれることになった。


 これで鍛造の手法が確立されるまで別の実験に手を付けられる。


 俺はひとまず話を終わらせると炉を一つ借り、レインさんの試作剣の製造に入った。


 型を作り、溶かした魔法銀を流し込んで固める。もちろんハンマーでぶっ叩いて圧力をかけ、内包している空気を叩き出す。これで後は冷えて固まるのを待ち、刻印を掘り鉄をメッキし、柄や鍔、拵えを順次用意していくのだ。


 問題は魔法銀が鉄と同じ手法で鋳造できるのか、という部分だったがそこはあくまで金属。特に問題は発生しなかった。


 だが魔法石と同様の性質を備える以上、何らかの魔法や魔力操作によって内包する魔力が霧散してしまう危険は孕んでいるので注意が必要だろう。


 そうして出来上がった直刀を柄と同じ素材で作った鞘に入れ、抜き差しの具合を確かめる。……ここでも鍛治師スキルが足を引っ張って実戦的な抜刀、要するに居合的なヤツができなかったので、ガジウィルさんにそれっぽい感じでお願いしたのだが。


 そして肝心の魔力回路と魔法陣だが、メッキを施した上でも機能することが確認できた。これもまた何かに応用できる性質と考えていいだろう。


「よし。これで一応完成か」


 一通りの確認を終え、デザインが理想通りになっていることに満足し、納品に向かう。


 試作品とはいえ性能は実にシンプルだ。耐久性の向上と魔力許容量の増加に重点を当て、消費魔力低減や威力向上といった部分はまるまるカットしている。


 簡単に説明すれば魔力を込めれば込めるほど硬くなる剣なのだ。


 刀身部分の面積の都合上、上級でも弱めの強化しか見込めないが、普通の鉄剣とは比較にならない耐久性を発揮する。技量次第ではかなりの硬さの魔物相手でも渡り合えるだろうと計算している。


「すみませーん、届け物を持ってきましたー!」


「うむ、話は聞いている。通ると良い」


 駐屯地では、昨日の今日だからか顔パスで門をくぐることができた。しかも身体チェックも無しだ。……良いのかそれは?


 そして勝手知ったるとばかりに……というよりも中のことはぜんぜん分からないので、記憶を頼りにゲイルノートさんの執務室に向かう。


 案内無しでもいいのかな。というか直接ここに来ていいんだろうか。


「すみません、モッチーです。入っていいですか?」


「ああ。入ってくれ」


 なんとなく不安になりながらノックをすると、すぐに返答が来た。


 やはり門衛から連絡が行ってたようで安心する。


 執務室にはすでにレインさんもいて、視線が試作剣に固定されている。隠し切れない興味の色が浮かんでいた。


「急な要求ですまないな。すぐに王都へ使者を送りたかったのだ」


「いえ、気にしないでください。それより早速ですけどこの剣をどうぞ。試作なので見た目はシンプルですし、細身で上級でも弱めの耐久強化になりますが、技量次第で幅広い魔物に対応できるはずです」


「ほう。モッチーにしては控えめだな」


「俺はレインさんの剣技を知りませんし、魔法でいくらでも対処できると思ったので護身用くらいがちょうどいいのかな、と。ただ既存の剣よりは確実に高い性能を発揮しますよ?」


「もちろんそれは信頼している。どうだレイン、我慢も辛かろう。手に取ってみろ」


 ゲイルノートさんが促し、食い入るように剣を見ていたレインさんがハッとしたように手を伸ばした。


 鞘を掴み、持ち上げ、重さやバランスを確かめる。


 そして柄を持ちゆっくりと剣を引き抜いていく。


 現れたのは何の変哲もない普通の剣。いや、片刃であることは一般的には普通ではないが。


 細身で長さも1メートル半ほど。切っ先は鋭く研ぎ澄まされており、それが突きを重視した形状であることが読み取れる。


 また真っ直ぐ伸びた刃も恐ろしく研がれており、斬り裂く能力も十分信頼できるであろう。……ゴクリ、と唾を飲み込む音が鳴った。


 それを見てゲイルノートさんが笑みを浮かべる。


「やはり剣士だな、レイン。剣を振るう方が性に合っているのではないか?」


「茶化さないでもらえないか、筆頭殿。それに俺はどちらの道も極めるつもりなんでね、剣士だとか魔法使いだとか型にハマるつもりはないね」


 軽快なやり取りに俺もちょっとほっこりする。この二人はいつも仲が良いなぁ。


 てか剣も魔法も使うってゲームに出てくるあれみたいだな。


「じゃあレインさんって魔法剣士みたいな感じなんですか?」


「おいおい、魔法剣士ってのは少し遺憾だな。ニュアンスとしては近いかもしれんが」


「へ? 遺憾って……なんでですか?」


「いいか、少年。魔法剣士ってのはどっちつかずの代名詞みたいなもんだ。剣士は杖を持たない。その状態で魔法を使ってどうなる? 大して威力のない目くらまし程度にしかならねえ。それに魔法を使いながら身体強化を扱えるか? そんなんで魔物を倒せるか?」


「なるほど、だから中途半端ってわけですか。確かに杖が無かったら中級魔法が精一杯なんでしたっけ」


 発動媒体である杖があってこそ威力のある魔法を放つことができるのだ。そもそも無手で上級魔法が使えるんなら杖なんて持たないか。


 …………、杖?


「あれ、もしかして……」


「どうした?」


「少年?」


 杖ってそもそも魔法石を使って魔法の威力を上げるためのものだよな。軸の部分って魔力を伝達するためだけのものだし、魔法石が全てと言ってもいいかもしれない。


 ここでちょっと視点を変えてみよう。


 高威力の魔法を放つために必要なのは何か。それは魔法石である。そして刻印によってその性能を上げることができる。


 魔法石……それと同等の性質を持つものを俺は知っている。


「魔法銀。もしかして魔法の発動媒体になる、とか? だったら魔法銀で作った剣は杖の性質も兼ね揃えている……なんてことは」


「「!!!」」


 考えてみれば杖と魔法剣の違いなんて形状だけと言ってもいい。……いや待て、本当にそうか?


 杖は柄が魔力を魔法石に伝達する役割を持っている。


 魔法剣の場合は……魔法銀で作った魔力回路が鍔の魔法陣と柄頭の魔法石の両方に魔力を伝達する機能を持っている。


 同質……と言えるのか?


 いや。それは違うと俺の中の何かが教えてくれる。きっと鍛治師スキルの力だろう。


 確か魔法剣は魔法の発動媒体にはならないはずだ。魔法石があるのに、なぜ?


 魔法銀で作ったからと言って発動媒体なり得るのか?


「筆頭殿、ちょっとこの剣を()()もらえるか?」


「ああ。…………む。残念ながら杖としての能力は無いな。どうやら一般の魔法剣と同じく魔力回路と魔法陣に魔力の流れを奪われるせいで魔法が乱されてしまうようだ」


 俺が思考に没頭する間にゲイルノートさんたちは魔法剣を検分していたようだ。


 その中の一文が俺の思考を更に加速させる。


「てことは杖がわりにはならないってことだな?」


「ああ、そうなる。残念ながらな」


 魔法が乱される……魔力の流れを奪われる?


 どうしてそうなるんだ?


 魔法陣、もしくは魔力回路に自動で魔力を誘導する機能が付いているってことだろうか。


 どっちにその機能が付いているんだ?


「そういうことだ、モッチー。やはりこれは魔法剣であるようだな。…………モッチー?」


「おい、少年? どうした?」


 そういえば新しい鎧、魔力回路も魔法陣も両方組み込んであるのに身体強化以外の魔法を使える……なんで使えるんだ?


 聖光領域は確か身体強化魔法を自動で検知してブーストするって話だった。……身体強化魔法以外には反応しない仕組みがある?


 じゃあ魔法剣の場合はどうなんだろう。魔法剣を持ってても魔法を使えるらしい。ただ杖のように魔法剣で魔法をブーストすることはできない。


 違いは何だ?


 ああ、駄目だ。情報が足りない。色々実験しないと。


 けど鍛治師スキル先生のおかげか、杖の機能を持った魔法剣が作れるってことはなんとなく分かる。たぶん、間違いない。


「おい、モッチー!」


「っへ!? は、はい、なんですか!?」


 そこでようやく俺の意識が思考の海から浮上する。


 見ればゲイルノートさんとレインさんが呆れたような怒ったような表情をしていた。


「……どうやら頭がおかしくなったわけでは無いようだな。瞬き一つもせず、微動だにしなかったぞ」


「正直不気味な絵面だったな。で、何かあったのか?」


 またやらかしたか……。


 どうもこっちの世界に来てから思考に没頭する癖がついてしまったかもしれない。


「すみません、色々と考えてたら止まらなくて。けど、杖と魔法剣の両方の性質を兼ね揃えた武器、作れると思います。今はまだあれこれ実験が必要ですけど」


「言ったな。スキルの恩恵か?」


「たぶんそうです。それでもし作ったとして、実用性はありますか?」


 ゲイルノートさんへの問いだが、答えたのはレインさんだ。


「ある。間違いなくな。もちろん性能次第なのは当然だが、剣一本で近距離から遠距離まで対応できる上に、複数の敵への対処も格段に向上するはずだ。それに採れる選択肢の増加はそのまま戦闘力の増加に繋がる。ああ、なんなら杖の機能を持つ盾ってのも良いかもしれん。攻撃を重視するか、防御を重視するか。各人の能力によってどちらに機能を付与するかを選択させるのも面白いな」


「なるほど、そういう方法もいいですね。ブーストさえできればどこに機能を持たせても良い……あ、それなら何も武器に拘らなくても、例えばガントレットとか防具そのものを杖に、なんてのも良くないですか?」


「ほう、さすが少年。やはり目の付け所が違うね。なるほど形を自由に選べるというのは、文字通り自由なのか。だが魔法銀では相当の体積を用意しなければ思うような性能を発揮できないんだったか。その辺りのバランスもよく考慮する必要があるな」


「ええ、そうですね。場合によっては魔法銀そのものに手を加えてみることも考える必要があるかもしれません。もっと魔法の発動媒体に適した形に改良できるかもしれませんし」


「くっくっ、なかなか恐ろしく発想を巡らせるじゃないか。ならもっと強度の高い魔法銀なんてのも選択肢に上がるわけだ」


「素の性能が高ければそれだけブーストの恩恵も高くなりますからね。とはいえネックは重量になりますか。いくら性能を上げるためとはいえ重過ぎて動きが鈍れば本末転倒もいいところですし、身体強化で補うにしても燃費が悪くなりますよね」


「確かにな。瞬間的な爆発力は圧倒的だろうが、すぐに息切れしてしまっては具合が悪いか。それでも欠点に勝るほどの有用性はあるだろうがな」


「となるといっそのこと仮想敵に合わせて何種類も使い分けるくらいの方がいいかもしれないですね。前に言ってた用途に合わせた杖を何本かってやつのフル装備バージョンみたいな感じで」


「ほう、前は断ってくれたじゃないか。だが作るというのであればありがたく発注させてもらう」


 剣も魔法も一流なだけあってレインさんと次から次へと話を膨らませていく。


 なんならもう腰を据えてじっくり話し合おうか。いろいろ参考にして今後の方向性を固めていきたいしな。


 俺はすっかり討論モードに突入していたのだが、そこに冷や水をさす人がいた。ゲイルノートさんだ。


「落ち着け、二人とも。今日はあまり時間が取れないのだ。追々じっくり話し合う時間は用意するからその辺にしておけ。それからレイン、抜き身の剣を持ったまま興奮するな。示しにならん」


 その指摘に剣を握りしめたままだったレインさんが慌てて鞘にしまう。そして丁寧な仕草で机に戻した。


 俺も頭が冷えてきて、レインさんが王都に向かう準備をしているのを思い出す。そういえば急な依頼だったっけ。


「モッチー。レインが王都から戻れば一度、会談の場を設けよう。そこに技術部の者たちも寄越して大々的に議論しようじゃないか。そしてレイン、道中で試作武具の使用感を確かめておいてくれ」


 ゲイルノートさんの言葉でこの場はお開きになり、レインさんは王都行きの準備、そして俺はロックラック工房に戻ることになる。


 それぞれが近く行われる会談に想像を膨らませながら。

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