飛躍する者、させる者・5
「うはははは。モッチー、また大層な仕事を請けてきたな。次期子爵様の剣を打つなんてな」
軍の駐屯地からの帰り道、えらく上機嫌なラインさんがそう切り出した。
「次期子爵?」
「なんだ知らなかったのか。ミィルゼム子爵家。剣の名門として有名な一族だぞ」
「へえ。なんでそんな人が騎士じゃなくて魔法使いの次席をやってるんだろう」
「そりゃあ剣に勝るほどの魔法の才能があるからだろうよ。噂では英雄レイン・ミィルゼムは魔法と剣、双方に優れた王国最強戦士と言われてたらしい。少し前までのことだけどな」
「マジですか。けど今は違うんですか?」
「ああ。というかお前が変えた。魔法使いの地力が上がり、今度は剣士の地力を上げた。今までとは評価の仕方も変わるし、剣も魔法も個人差がハッキリするだろう。その時に最強のままでいられるかは分からんからな」
「なるほど」
これまでは剣も魔法も上限がハッキリしていたから両方できるレインさんが最強って言われてたのか。けどその上限が取り払われたらどっちかに専念してても最強になれるかもしれないと。
うーん、俺からしたらあの新しい杖を平然と扱えるあたりゲイルノートさんに勝てる人物なんて思い浮かばないけどなぁ。
てかあの杖でも性能に不満あるとかもう化け物だし。キングファングを楽々屠ってたティアーネが可愛く見えるくらいだ。いや、実際めちゃくちゃ可愛いけども。
ああ、そういえば最近修行と実験ばかりであんまりティアーネと話してなかったような。昨日だって久しぶりだったし。
今日は『門前亭』でゆっくりデートしよう。そう、デートだ。誰が何と言おうとデートなのだ。ふはははは。
「まあミィルゼム家の剣を打てるなんざ鍛治師にとっちゃあ栄誉みたいなもんだ。良かったな!」
「いや、良かったなって言われても全然ピンとこないですし。にしてもご機嫌ですね、ラインさん」
「まあな。モッチーのおかげだぞぅ? はっはっは!」
「うぐっ」
実はさっき。報酬の件でゲイルノートさんたちと話してる時に何か欲しい物があるかと聞かれ、ついラインさんのジェスチャーが目に入って咄嗟に『酒』と言ってしまったのだ。
やられた。完全にやられた。意識の隙を突かれてしまった。
もちろんゲイルノートさんたちは上機嫌だから二人揃って酒を提供してくれることになり、後日拠点に運ぶと請け負ってくれたのだ。
そこからラインさんはやたら上機嫌だし、俺は俺でレインさんに打つ剣をどうするか頭を悩ませる結果になるし、しかも明日中に納品だから期限が短いし。
今日の夜にだいたいの構想を仕上げといて明日の朝一から突貫作業だな。
ああ、ラインさんの武具一式も新しく作り直さなきゃ。今回の実験装備は軍に渡したし。……蓄魔力型魔法石の現物も貰えたから更に魔改造する必要がありそうだ。
どうせなら誰も真似できないくらいのヤツを作ってみたい。
「なんだまた悪巧みでもしてるのか? 今度は何を作ろうってんだ」
「ラインさんの装備ですよ。燃費改善版を作るって話したでしょう」
「ああ、そういえばあの試作品は魔力消費が馬鹿にならんかったからなぁ。三点セットをフルに使えば長くは保たねえ」
「そうですね。ラインさんくらいならある程度の時間は戦えますけど、魔力量の少ない人はあっという間に空っけつです」
そのため聖光領域の運用を蓄魔力型魔法石で補助する予定なのだ。更に大剣と盾に関しては消費魔力低減のための魔法陣を増設できないか構造を見直すつもりだ。
うーん、忙しいなこれは。明日からまたデスマーチになりそう。
「あ、そうだ。ちょっとゴリアンヌ師匠のとこ寄ってもいいですか?」
「ああ。それなら俺は先に帰ってるからな」
「ラインさんも来たらどうですか。鎧のデザインに注文があれば師匠と相談して決めてもらって構いませんから」
「いや……ちょっとゴリアンヌは苦手でな。デザインは任せるから気にするな」
そう言うとそそくさと退散していく。気持ちは分からないでもないから何も言うまい。
俺は苦笑いで見送るとゴリアンヌ師匠の仕事場へと向かった。
もはや勝手知ったるなんとやら。作業場を抜けて居住スペースへ入る。
「師匠。ご無沙汰してま……」
そこで見た光景に俺は思わず悲鳴を上げそうになった。
バスタオル一枚に身を包んだ巨漢が正座してメイクをしていたのだ。
ご丁寧に胸まで隠し、口紅を広げるために口をパクパクさせている。その目がギョロリとこっちを見ていた。
「あらモッチーちゃん。ごめんなさいねお化粧中で。ちょっとだけ待っててもらえるかしら」
「う……うっす」
撤退の二文字が頭に浮かばず、次第にいつものバケモ……オカマッチョが出来上がっていくのを眺めることになった俺は盛大にSAN値が削られていくのを自覚する。
いや、パーツパーツの化粧は抜群に上手いんだこの人は。ただ素材のせいで出来上がるのがとんでもない代物なだけで。
そう自分の中でなんとか現実を理解しようと奮闘している間にゴリアンヌ師匠のメイクが終わる。
「お待たせ。血抜きが下手だったせいで結構残っててね、盛大に被っちゃったのよ。臭いは付いちゃうし服も汚れちゃうしで最悪だったわ。冒険者は腕っ節だけ良くてもダメね」
「ああ、そういえば俺も解体の大事さは教えられましたよ」
「モッチーちゃんのところはノルンの爺様がしっかり指導したラインちゃんとレイアーネちゃんがいるからね。それで今日はどういうご用件?」
ある程度の裁縫技術は習得してしまったので師匠も今までみたく修行かと聞いてこなくなってしまった。それはそれで寂しいような。
「実は剣を打つことになりまして。レインさん、あー、魔法使い次席のレイン・ミィルゼムさんの剣なんですよ。で、結構な家柄らしいのでデザインの相談に」
「あら! 英雄様の剣を!? モッチーちゃんってば随分と買ってもらってるのね」
「ラインさんにも似たようなこと言われました。名誉なことだとか。それで杖のときみたいに剣のデザインを考えなくちゃならないんですよ。でまあ、師匠が一番かな、と」
「うふふ、私に任せておきなさい。バッチリ素敵な剣を考えてあげる」
「さすが師匠」
いくら鍛治師スキルがあるとはいえ、デザイン系にはスキルの恩恵がない。決められたデザインを再現するのは工芸スキルで対応できるんだけどね。
俺は今回作る剣の性質について師匠に伝えておく。
魔法石を使わない魔法剣であり、柄頭や鍔に制限が無いこと。刀身部分に刻印を施し、その上からメッキのようなコーティングを施す予定なので刀身が膨らむかもしれないこと。片刃で、極力無駄を省き突きに適した形が望ましいこと。
そして材質は鉄より僅かに重いことを伝えておく。銀の方が鉄より重たかったのだ。なので合成した魔法銀も鉄より重たいのである。
ある程度打ち合わせした結果、直刀が選択された。
反りがほとんど無いため斬撃には向かないが、ミィルゼム家の剣術は斬り結びを嫌い、体術で攻撃を回避して一撃を見舞うというスタイルを確立している。
これは魔物という明確な敵が存在し、剣による戦いを求める上で辿り着いたスタイルだ。その剣術は広く騎士や冒険者の間にも広まり、大多数の騎士がミィルゼム家の門下生というほど。
使われる得物はレイピアやエストック、バスタードソードと突きに特化したものがメインだが、分派した流派ではロングソードなど正統派の剣も使われている。
「意外と片刃の剣って普及してないんですね」
「そうねえ。ほら、刃こぼれしても反対側が使えるじゃない? 実用性を求めた結果が両刃みたいよ」
「あ、なるほど。魔物って硬いですからね」
突きを求めるためには先端を固くしなければならない。これは日本刀においても採用されているので、あの形を参考にできるだろう。
そして拵えについてはシンプルな形状を採用する。柄は杖と同じ木材を使って魔力の通りを良くし、鍔は小さく指が出ない程度。柄頭にはミィルゼム家の家紋を彫る予定だったが、鋳造の急増品であることと、後日改めて鍛造での作成を試みる予定なので、そちらの完成版に彫ることにした。
とはいえあまりにもシンプル過ぎるのではないかと考え、柄頭に小さな穴を開けて紐飾りを付けられるようにする。
全体の形としては反りの無い日本刀に近くなったか。
これが完成すれば本物の日本刀の再現が一歩近付くかもしれない。……滾るぜ。
「うん、シンプルな試作品とはいえ英雄様に献上するには問題無いかしら。あのミィルゼム家の剣だものね、下手な飾り付けは禁物よ」
「はい、そうですね。また渡す時にでも要望を聞いておきます。完成版の方も師匠にデザインをお願いしますね」
「はーい。どんどん任せちゃってね」
「さすが師匠。ならもう一つお願いが……」
俺は安請け合いしてくれる師匠にラインさんの鎧のデザインもお願いする。
なぜか大喜びする師匠を横目に暇乞いをし、俺は拠点へと向かうのだった。