飛躍する者、させる者・3
クルストファン王国、王都クラストリル。
国の西部、魔王軍との前線からは距離の離れた場所に位置し、交通・経済・産業、その他ありとあらゆるものの要所として据えられている巨大都市である。
その人口も一千万を優に超え、敷地規模も広大であるここはその反面として外敵からの防備に対して薄いという欠点があった。
王都まで攻め込まれることはないだろう、その奢りが防衛力の低下、つまり都を囲む防壁を形骸化させ、都市の拡大による防壁の増設も形ばかりの張りぼてと揶揄されるほどに意味を成さないものだった。
だがこのクルストファン王国の規模を考えればそれもやむなしと言えるかもしれない。国の至るところに要塞と呼ばれるほど強固な防壁を巡らせた街があり、砦も数多ある。王都を差し引いても防衛力は世界最高と呼んで差し支えないものだ。
魔王軍の襲来に対しても当初は国境で食い止めることができるだろうと高を括り、そして実際にネアンストールを始めとした一帯で魔王軍を抑えることに成功しているのだから、莫大な費用を要する防備の強化に手を出し兼ねているのも仕方がないと言える。
それはともかくとして。
今、王都は、国の中枢は二つの勢力が激しく対立し日々喧喧囂囂の騒ぎとなっていた。
かたや魔王軍に対して反攻作戦を断行し、領土を奪還すべしという強硬論。
かたや国力を蓄え、十二分な戦力を保持できるまで待つべきだという慎重論。
歴史的勝利を飾ったネアンストール防衛戦より湧き上がった反攻作戦への気運の高まりが国全体を揺るがしているのだ。
そして当の防衛戦を彩った英雄、ゲイルノート・アスフォルテを擁するアスフォルテ伯爵とその勢力は意外なことに慎重論を唱えていた。
戦闘を生き抜いたゲイルノート・アスフォルテや次席レイン・ミィルゼムを始め、居合わせた者たちやその係累たちは実際に戦場で起こっていた危機、すなわち魔力枯渇を重く見ており、少数精鋭による広域殲滅魔法の危うさを指摘している。
魔法使いの主流派が慎重論を唱えているのだ。
対して剣を振るう者たち、魔導士隊と対をなす騎士団の面々は強硬論を唱えている。
一見逆なのではと考えるかもしれないが、先の防衛戦以来魔法使いの立場が躍進し、騎士団の発言力を上回る様相を見せてきていた。それに焦った騎士団陣営が自らの影響力を取り戻し更には魔法使い陣営を上回るために、大きな結果を残そうと考えたのだ。
それが反攻作戦による領土の奪還である。
最前線ノーフミルの街を守護する筆頭騎士兼防衛軍最高指揮官グラスト・アームストロングを中心として騎士団陣営、そして中立派の大部分を取り込み、今や国王すら無視できないほどの巨大勢力となっていた。
もはや反攻作戦の実行は秒読み段階に来ている。
そうした中、アスフォルテ伯爵領を預かるトサント・フォン・アスフォルテ伯爵は国王より召喚を受け、王宮内にある王の私室の一つへと参上していた。
対するのはクルストファン王国国王、リューリヒ・フォン・クルストファンその人。
鷲鼻の厳しい形相に豊かな白髭を拵え、大柄な体躯をソファに預けている。それは見る者を萎縮させるような威風堂々とした佇まいであった。
そこでは次のような会話が交わされたという。
「トサントよ。これ以上は余とて抑えられんぞ。程なくして下知を下すことになろう」
「はっ。それは仕方なきことと存じます、陛下。なにぶん騎士団派のみならず国民の中でも盛り上がっておりますれば」
「主の息子が大層な勝利を挙げよったからのう。損害率を見たが完勝も完勝。まさに歴史的な勝利ぞ」
「ありがたきお言葉。息子が聞けばさぞ喜ぶでしょう」
「じゃがのう、トサント。一つならんこともあるのう」
「……例の鍛治師のことでございましょう」
「うむ。かの『重量杖』なるものを作り出した少年鍛治師とやら。よほどの才を持つ逸材なのであろう。それを王立魔法研究所を差し置いて抱え込むのはどうかのう?」
「は。息子は『束縛せず自由にさせることが最も良い結果を齎す』と申しておりましたゆえ。また息子の持つ才能とて抜きん出た特別な物でありますれば、その言葉を疑う必要は無いと判断してございます」
「ふむ。『あらゆる武具の性能を最大限まで引き出す』、そして『人、物の潜在能力を見抜く』才能か。並ぶもの無き稀有な才能よの」
「それゆえ私は息子に全幅の信頼を置いておるのでございます。叶うのであればすぐにでも当主の座を譲りましょうぞ」
「残念ながら叶えてはやれぬな。軍には英雄の力が必要だ。そして余にはまだそなたの力が必要なのだ」
「なんと勿体なきお言葉。このトサント、感激に胸が震えておりまする」
「しかしだ、トサント。一つ確かめたいことがある。どうにもそれが引っかかるのだ」
「引っかかる、とは? 私にお答えできることでしたら何なりと」
「それはの、主らは何を待っておるのか、じゃな」
「なるほど、やはりお見通しでしたか」
「当然じゃな。積極的な反対もせず、時間稼ぎに徹しておる。少し知恵の回る者なら誰にでも分かろうというもの」
「これは手厳しい。実は息子よりこのように言われております。『程なくしてモッチーは騎士の力を大いに引き上げる代物を作り出すでしょう。それがあれば憂いは消える。故に父上にはそれまでの時間稼ぎをお願いしたい』と」
「ほう、断定しおったのか。あの魔法使い筆頭にそこまで言わせるとは。余もその鍛治師に興味が湧いてきたわい。……ならば少しばかりその時間稼ぎとやらに付き合ってやろうかの」
「陛下のご高配、誠に有り難く存じます」
この会談が行われている頃、ネアンストールでは上を下への大騒ぎが起きているなどまだ彼らには知りようが無いことであった。
騒ぎの中心はネアンストール防衛軍駐屯地にある訓練場。
そこでは十人の騎士たちが倒れ伏し、その真ん中で重厚な鎧を着た偉丈夫が身の丈ほどの大剣と特異な形状の盾を構えて仁王立ちしていた。
「ひゅう。やるもんだねえ、Bランク冒険者ってのも。一応ウチの精鋭を揃えたんだが」
「どの騎士も単独でAランクモンスターと渡り合えるほどの面子だ。いささか常識外れな光景を見せられたことは確かだな」
魔法使い次席レイン、そして筆頭のゲイルノートは一つの提案から始まったこの模擬戦の結果に苦笑をする他なかった。
それもこれもモッチーがこう言い出したからだ。
「まあ実際に見た方が早いですよ。ウチのパーティーリーダーを呼んでくるんで、模擬戦にしましょう」
初めは大層な自信があるものだと軽い気持ちで了承したのだが、それも最初の一人が瞬殺されるまでだった。
相手がBランク冒険者だという事実に慢心していたのは確かだろう。だがそれでも勝負に手を抜くような騎士ではなかったのだ。
それにあまりにも速い動き。身体強化魔法を用いても到達することすらできない圧倒的な速度、一撃で剣を吹き飛ばす膂力。まさに異常の塊。
そして過剰とも言えるはずの十人の騎士をけしかけた結果がこれだ。
「こんな光景は前に一度神殿の聖域で見た時以来か。教会の連中に聖光領域のブーストを殊更に自慢された時のな」
「……ふむ。レイン、正にその通りかもしれんぞ。このような非常識、聖光領域くらいでなければそう簡単に説明がつかん」
「おいおい、あれは範囲限定型の大規模魔法陣じゃなかったのか? どうなんだ、少年?」
そこでようやくモッチーに話が振られてくる。
俺は二人の知識に関心しながら頷きを返した。
「確かに聖光領域を組み込んでいます。俺は魔法が使えないのでハッキリと断定はできませんが、今のラインさんは上級魔法相当の身体強化を行っているはずです」
ついでに聖光領域が元々二メートルほどの魔法陣であることを伝えておく。それだけで彼らは納得し理解したようだ。
「なるほど。聖光領域を起動できる鎧とはこれまた常識外れもいいところだ。……王立魔法研究所の奴らが見たら腰を抜かすだろうな」
「はっ、そりゃ違いねぇ。なんせその鎧を実現させようと何年も研究してきてるんだ。しかもいきなり完成形。反応が楽しみってもんだ」
もともと王立魔法研究所は魔法や魔法陣のみならずそれに僅かでも関わるものはなんでも研究してきた一大組織だ。当然、騎士の強化を見込める聖光領域をどうにか利用できないかとあらゆる実験を重ねてきていた。
ふむ……その実験のデータとか手に入ったら何かに利用できそうだ。
俺は少々逸れた思考をしつつ二人に訂正を入れる。
「いや、この鎧はまだ完成形じゃないんですよ。燃費を改善するために蓄魔力型魔法石を組み込む予定です。まあ入手のアテが無いんですけどね」
「蓄魔力型魔法石……だと?」
俺の言葉にゲイルノートさんが怪訝な顔を見せる。
「はい。……え、何かおかしいことでも言いました?」
「おかしい……そうだな。どちらかと言えば意外と言うべきか。モッチーの技術力であればその程度容易に作れるものだと思ったが。……なるほど、まだ作り方を知らんのか」
「ええ。結構書籍とか探してみたりしたんですけどね。現物にもお目にかかってないんですよ」
「そうか。確かにあれは一般に公開されているわけではない。それこそ王立魔法研究所にでも行かなければ製法を知ることはできんだろう」
「へえ……王立魔法研究所か」
てことは一度そこに行く必要があるわけか。それに研究所っていうくらいだから相当な知識を溜め込んでいるだろうし。
「モッチー、必要なら軍で取り寄せよう。現物も備蓄の中にあるはずだ」
「いいんですか!?」
「ああ。どのみちあの鎧を採用するのであれば蓄魔力型魔法石が必要になるのだろう。そうなれば軍の方でも製法を知っておく必要があるからな」
なるほど、確かに軍の技術部でも製造を試みるから作り方の分からない物があったら駄目なわけか。それならお言葉に甘えてしまおう。
こうして俺はあっさりと求めていた蓄魔力型魔法石の製法を知ることになった。
「それでモッチー、あの盾はどんな機能がある? 刺突用か?」
鎧についてひと段落すれば次は特徴的な盾に興味が移る。下端に突起のついた特徴的な形だ。
「あれは……そうだ、レインさん。ちょっとAランクモンスターレベルの攻撃を撃ってもらっていいですか?」
「おいおい、無茶言うなよ少年。Aランクモンスターの攻撃ってのは防御せず回避するのがセオリーってものだぞ」
「いや。レイン、言う通りにしてみろ。防げないというのであれば初めから提案などせん」
「その通りです。一応、バンキッシュファング相手で試してあるので遠慮なくどうぞ」
「しゃあねぇな」
倒れ伏した騎士たちがヨロヨロと退場し、ラインさんが手持ち無沙汰でこちらを伺っていたので俺はジェスチャーで防御を指示する。
それだけで察してくれたラインさんが盾を地面に突き刺して防御の構えを取った。
「ほう。あのように盾を固定するための突起か」
「はい。そしてあの状態であれば盾は『壁』として認識されます」
「壁……?」
ゲイルノートさんが眉を顰めたのと同時、レインさんの杖から巨大な炎の蛇が放たれる。
中級魔法、フレイムストライク。
蛇を模した炎の渦が獲物に食らいつく魔法。その真価は込める魔力によってその規模を自由に操作できるところだ。
初級魔法のような小規模のものから、目の前に起きているーーキングファングすら喰らい尽くすかのような上級魔法相当の威力にまで。
ラインさんが盾の中に仕込まれた防御結界を起動する光が見える。
「あれは……防御結界か!」
「はい。防御結界は『壁』の概念を持つ物体を起点に防御フィールドを作り出す魔法陣です。単純に盾を構えるだけでは『壁』にはなりませんが……」
「地面に固定することで『壁』としての機能を持たせる……。なるほど柔軟な発想だ」
見ている先で防御結界がフレイムストライクを完璧に防ぎきる光景が見えた。
ラインさんにはもちろん防具や盾にも損傷は一切見当たらない。実演としてはパーフェクトな出来。
「ただ欠点としては盾がひしゃげてしまうと内部の魔法陣が支障をきたして機能を喪失してしまうことですね。いざという時に機能しなければ大きな隙を晒すことになってしまいます」
この辺はラインさんから指摘されたことだ。防御結界を過信して起動しようとした時、使えませんでは致命的な結果を引き起こしかねない。
「ふむ。確かにその通りだが、それを加味してもなお防御結界を使える利点は非常に大きい。見たところ扱う人間によっては更に強力な攻撃も防げるだろう」
「魔力を込めるほど強力な結界が張れますからね。……実のところその欠点を補う案を思い付いてるんですけど、蓄魔力型魔法石が手に入ったらまた持ち込みますよ」
そう。今回の実験によって得られた結果により、一つの大きな事実が判明したのだ。俺にとってはそれが一番大きな収穫だった。
「ほう。相変わらずモッチーは想像を超えてくるのだな。鎧といい盾といい、今回齎した技術だけでも十二分に驚嘆に値するのだがな」
「はい。でも俺は鎧と盾、その二つだけだと言った覚えはありませんよ。まだここからが本番です」
「………………まだあるのか」
ゲイルノートさんが言葉を詰まらせながら絞り出した台詞に頷きを返す。
ここからが今後重要になってくる内容だ。もちろん魔法銀のことも踏まえて。