飛躍する者、させる者・2
「ライン、そっちに行った。止めてくれ!」
「ああ、任せろ。ついでに実験といこうか」
ツーヴァさんに気軽に返答したラインさんが目にも止まらぬスピードで獲物とレイアーネさんの間に割り込んだ。
敵はバンキッシュファング。Bランクの魔物でキングファングを一回り小さくした劣化版みたいなやつだ。
ラインさんの鎧に施された聖光領域が身体強化魔法を飛躍的にブーストし、重戦士でありながらツーヴァさんをも容易く上回る速度を発揮する。
当然スピードだけではない。純粋な筋力の底上げだ。その膂力も今までとは桁違いとなっている。
そしてもう一つ、彼は新たな武装を所持していた。
縦長の丸みを帯びた長方形の盾。その下端には両サイドに下へ突起が備え付けられている。
それは刺突にも使えるが、本来の用途は別にあった。
「ぬん!」
掛け声一発、盾を地面へ突き刺す。
これが突起の用途。完全なる防御の構えをするためのスパイクなのだ。
「来い、バンキッシュファング。俺の新たな力で真っ向から受け止めてやるよ」
バンキッシュファングの突進は並みの冒険者なら一撃で弾き飛ばしてしまう。一回り小柄だが、その分速度に秀でており、最高速での突進の威力はキングファングに勝るとも劣らない。
しかしラインさんには漲る自信があった。
キングファングと戦った経験、聖光領域の効果、そして盾の安定感。それらから十分に防御可能だと判断している。
とはいえ材質は鉄。受け止めることができても一発でひしゃげてしまう。それでは本来の機能を発揮できなくなってしまう恐れがある。
だからモッチーは空気を読まずに指示を送る。
「ラインさん、盾に魔力を注いでください! 思いっきり!」
「ぬおっ!? わ、分かった!」
気勢を削がれつつもすぐさま反応して指示通りに魔力を注ぐ。
次の瞬間、バンキッシュファングの巨体がラインさんの盾へとぶち当たる。
……ことは無かった。
メゴォ、とおおよそ判断できない鈍い音が響く。
バンキッシュファングは盾の前面へと現れた透明なシールドに突っ込み、突進のエネルギーによって自らの頭部を押し潰したのだ。
「…………は?」
ラインさんが惚けたように口を開ける。
「…………なんだい、その防御壁」
ツーヴァさんが絶句する。
「…………まさか防御結界?」
レイアーネさんが目を丸くしつつもその正体を看破する。
そう、これは拠点防衛用に作られた防御魔法陣なのだ。それを盾の中に仕込んで発動できるようにしていた。
「うんうん、Bランクモンスター相手なら余裕だな!」
俺は成果に満足していたのだが、俺の護衛に専念してくれているティアーネが訂正を入れる。
「モッチー、攻撃力はAランク」
「マジで? ならAランクモンスターと真正面から戦えるかもしれないってことか。防御性能は問題無さそうだ」
「ん」
「てことは後は使い勝手だけど。ラインさん、もう少し試してみて感想を教えてください」
呼びかけるとラインさんが鬼のような形相でこっちを振り向いた。
全身をわなわなと震わせて衝動を抑えている様子。
「てめぇモッチー、あんなもん仕込んでたんなら先に言えってんだ! こっちは命張ってんだ、危ねえだろうが!」
「えっ。……はい、すみません」
しまった。実験に夢中になるばっかりにちゃんと気を遣えていなかった。
確かに命を預ける道具にはちゃんと説明が必要だ。それに来る前にもラインさんに言われたばかりだったのに。
……やらかしたなぁ。
「全く心臓に悪い。だがまあ……大した盾だよ、こいつは。で、これ以上はビックリドッキリ機能は付いて無いんだろうな」
「はい、まだ実験段階の試作品なので。いずれは耐久性の向上を付与する予定です」
「……一応言っておくが、今のは冗談のつもりで言ったんだぞ。まだ機能を付ける気かお前は」
「もちろんですよ。どんな機能が付けられるか、どれくらいの機能が付けられるか、どれくらい向上が見込めるか。色々試していってステップアップさせていく予定です」
今はまだこの程度の装備しか作れないけど、いずれ必ず誰もが度肝を抜かれるような最強の装備を作るために。
そして今回の実験は鎧、盾、そしてもう一つある。
「お前の向上心はよーく分かった。んでよ、モッチー。ずっと聞こうと思ってたんだが、お前が背負ってる大剣も新しい武器とやらか?」
そう。俺はずっと使えもしない大剣を背負っていたのだ。
この大剣こそ実は一番重要な最後の実験道具。
「そうです。両手剣ですけど片刃で重量もそれなりにありますよ。コンセプトは『敵を一撃で斬り伏せる』です」
「一撃ったって剣をデカくすりゃいいってもんじゃねえ。モッチーは剣士じゃねえから分からんかもしれんが、重たい剣じゃあ剣速が鈍ってむしろ切断力は低下する。ぶん殴るなら向いてるがな」
「もちろんそうでしょうとも。でも逆に考えれば重たい剣でもそれを振るえるだけの膂力があれば切断力は落ちないでしょ? 同じ剣速が出せればいいんですから」
「簡単に言いやがる」
ラインさんが溜め息をつく横でツーヴァさんが一つの事実に気付く。
「ああ、そういうことか。ライン、その鎧の聖光領域だよ。あの大剣は聖光領域との併用を前提として設計されてるんだ」
「その通りです、ツーヴァさん。しかもただの大剣じゃなくて魔法剣ですよ。剣そのものにも切断力を高める仕掛けが施されています」
それも刀身を見れば驚くこと受け合いのそれこそビックリドッキリ大剣だ。伊達に身の丈以上の大きさをしていない。
「魔法剣か……モッチー、分かってると思うが」
しかしラインさんを始め戦士系の人たちは身体強化に使う魔力を減らすのを嫌う。魔法剣を使う人間が少ないのは単に値段だけではなく身体強化魔法がどうしても弱くなってしまうからだ。
「もちろんその辺も想定済みです。そこもほら、聖光領域が解決してくれるんですよ。なんせ身体強化にかける魔力が少なくて済むんですから」
「む……」
「身体強化と魔法剣。そして鎧に盾と魔力を配分する先が多くなって困難だとは思いますけど、強さを求めるなら避けて通れない道だと思います。なんせ身体強化だけ強くなっても武器が弱けりゃ戦えませんし。まともにぶった斬れる武器……必要になると思いませんか?」
「そりゃあ確かにそうだがな」
「まあ今回はあくまで俺の実験に付き合うってことでよろしくお願いします。なんせこの大剣ばかりは上手くいくかどうか未知数なんですよ」
「なんだそりゃ?」
俺は背負っていた大剣を下ろし、鞘から抜く。
そこから現れた刀身に“赤撃”の皆が息を呑んだ。
色は眩いばかりの銀。肉厚で重厚なフォルム。研ぎ澄まされた刀身。
それだけでも目を奪われるほどの威力があるが、それ以上に目を惹かれるのはその峰にあった。
「きれい」
「だろ?」
ティアーネの呟きに俺は同意の言葉を投げる。
自分でもなかなか良く出来たと思える出来栄えの魔法陣だ。峰いっぱいに彫り込んで偶然にも芸術的な仕上がりっぽくなった。
「刀身に刻印……常識はずれなことをするな。鍔迫り合って削れでもしたら事だぞ」
「そうだね。まあモッチー君のことだからその辺りも対策を考えてるんだろうけど」
ツーヴァさんがこっちを意味有りげに見たので頷いておく。これはあくまで試作品なので、完成版はここから更に鉄で被膜を付けて保護する予定だ。
「それにしても綺麗な輝きね。鉄には見えないわ。綺麗な銀色……あら?」
レイアーネさんが刀身に手を伸ばしてあることに気付く。見た目の光沢もそうだが、手触りにも違和感を覚えたようだ。
「ねえモッチー君、これ材質は何で出来ているの? 鉄でもこの前見せてくれた新合金でも無いわよね」
「はい。実はこれ、刀身全てが魔法銀なんですよ」
「魔法銀?」
レイアーネさんはピンとこなかったようだが、“赤撃”きっての万能お兄さんはすぐに理解したようだ。
表情を青ざめさせて恐る恐る口にする。
「魔法銀といえばエルネア王国が独占販売してる異常に高価な合金だよ。魔法剣には必須と言われていて、高騰の原因になっているんだ。柄の部分に僅かに使用するだけでも目が飛び出るような値段になるのに、この刀身全てが魔法銀ならゆうに金貨を超えるはずだよ」
金貨は銭貨百万枚分。日本円にして三千万円にも及ぶ。
それを超えるというのだから“赤撃”メンバーの驚きも想像できるというもの。
とはいえ何故かあまり驚かない子もいるわけで。
「モッチー、お金持ち」
「おう、偶然な。ところで皆にはオフレコにして欲しい話があるんですけど、絶対に誰にも喋らないって約束してもらえますか?」
「なんだ今さら。というかこのタイミングで来られると嫌な予感しかしないが……話してみろ。口の軽いヤツはいないぞ」
ラインさんのお墨付きをもらって俺は魔法銀についての秘密を話すことにした。正直に言えば自分で抱え込むのが怖かったのだ。
「実はこの魔法銀、俺が作ったんです。だから原価は安いし、いくらでも量産できます」
皆が驚きの表情を浮かべる中、ツーヴァさんは事の深刻さを理解して額に手を当てて天を仰いだ。
そしてゆっくりと深呼吸する。
「モッチー君、とんでもないことを暴露してくれたね。まだ知らない方が気が楽だったよ」
「ちょっとツーヴァ、どういう意味なの?」
「レイアーネ、説明するよ。魔法銀っていうのはエルネア王国が製法を独占している。そして価格も好きに設定できるわけだから、これまで莫大な利益を生み出してきた重大な資金源なんだ。当然他国もその製法を解明しようとスパイを送り込んだり独自に研究を進めていたんだけど、今までついに見つからなかったんだ。……今までは、ね」
主に国や技術者の間では常識となっているこれらの事実。だがその常識は今、壊された。
「製法が解明された今、それが広まればどこの国でも魔法銀を製造することができてしまう。そうなったらエルネア王国は重要な資金源を失い、多大なる損害を被ることになる。……当然、指を咥えて見ているはずがないよね?」
「それって製法が広まる前にモッチー君の口を封じようとするってことかしら?」
「そうだね。もしこのことが向こうに漏れれば、だけど。そして先に製法を広めたとして、発見者であるモッチー君が報復の対象にならないなんて保証はどこにもないわけだ」
ここでようやく他のメンバーにも深刻さが伝わる。
報復の対象がモッチー一人とは限らない。その周りにいる人間に及ぶかもしれない、と。
「こりゃあまた……望みもしないところで厄介の種が転がっていたな。ただまあ、知らずにいるよりはずっと良い。それにだ、解決策なんてもんは解決できそうな人間に丸投げしてしまえばいい」
禿頭を撫でながらラインさんがそんなことを発言した。
全然ピンとこなかったが、ツーヴァさんにはきちんと伝わったらしい。
「なるほどね。魔法使い筆頭を巻き込んでしまえばいいのか。彼にとっても魔法銀の製法は十分すぎる利益になる。軍の、それに伯爵家の力でいくらでも対応してくれるだろう」
「ああ、なるほど。その手があった!」
ようやく俺はピンときた。
そもそもなんでこんな単純なことに気付かなかったのだろうか。視野狭窄に陥っていた自分が馬鹿みたいだ。
貴族にお願いするならリターンを示せばいい。
ノルンさんやミーナに言われたことだ。魔法銀の製法だったら十分すぎるリターンになる。交渉材料にもってこいだ。
「あー、スッキリした。皆に話して良かったですよ。よし、悩みも解決したことだし、ラインさん、さっそく試し斬りしちゃってください。バンキッシュファングの死体でもその辺の木でも真っ二つにしていきましょう!」
「途端に元気になったな。……まあいい、確かに性能が気になっていたところだ。試してみるか」
大剣を受け取ったラインさんが無造作に近場の木に近づいていく。
混乱もあったが、こうして俺は予定通りに実験を消化していくのだった。
「あ、モッチー君。バンキッシュファングの解体、よろしくね」
「え、無しの流れだったのでは」
……概ね、予定通りに。