飛躍する者、させる者
魔法剣の鋳造に成功した時点でロックラックとの契約はひとまず終了したことになる。
だがモッチーはいまだ彼の工房で修行を続けている。それは双方の利益が一致した結果ではあったが、当のモッチーはただ単純に契約満了に気付いていなかっただけだったりする。
とどのつまりはロックラックの意思で修行の続行を決定したのだ。彼はモッチーの持つ才能、そして発想力を利用する心算だった。
そしてもう一人、モッチーの才能を認め興味を持った男がいる。
ロックラック工房の一番弟子、ガジウィルである。
彼はもともと防具職人であったが、自らの技術を高めるため、そして限界を超えるために異なる技術を学びに弟子入りをしていた。
一番弟子であることを当然と考え、剣を極めることも自分にとっては通過点だと確信している。その彼が認めた。モッチーは自分と同類である、と。
驚異的とも言える吸収力を面白がり、防具作成の指導を買って出た彼は早速とばかりにモッチーに頼み込まれ、実験と称した魔境に足を踏み入れることになったのである。
「で、もう防具まで手を出してるのか」
Bランクパーティー“赤撃”のリーダー、重戦士ラインは呆れとも驚きとも取れる微妙な表情で鎧を手に取った。
寸法を測りたいと言ってきた時はまた何かやらかすのかと期待半分不安半分だったが、こうして出来上がった金属鎧を見て乾いた笑いがこみ上げてきていた。
見たところかなり質の高い防具である。
見た目についてはオーソドックスという特に面白味もない様子だが、モッチーの自信有り気な表情とどこかイタズラっぽい笑みがラインの不安をかき立てていた。
「ささ、ラインさん。試運転しましょう。せっかく休みを貰ってきたんですから」
「お、おう。いつになくやる気だな、モッチー。戦うのは俺なんだがよ」
「もちろん分かってますって。まだまだ試してみたい装備があるんでパパッとこなしちゃってください」
「……まだ、まだ?」
一瞬、聞き間違いを疑ったがモッチーの飛び抜けっぷりはこれまで散々経験してきている。買い込み然り、杖然り、魔法薬然り。
そのモッチーがまだまだ、なんて言いやがるんだ。言うからには本当にあるんだろうよ、どうせまたとんでもねえモンがな。
「それでモッチー、防具ってのは命を預ける道具なわけだからな。一応性能だけは聞いておきたい。見た感じでは高品質に見えるんだがよ」
「はい、鋳造品としては最高品質だと思います。その点は一番弟子のガジウィルさんの監修なので安心してください」
「へえ、最高品質か。……最高品質、か。……おかしいな、俺の感覚がおかしくなったのか? ここは驚かなきゃおかしいはずなんだがよ」
Aランクに上がるためには高品質な武具を揃える必要があり、そのために一年以上の時をかけてきた。
今まで一般に流通していたのは凡庸な品ばかりで、その中からほんの僅かでも優れた品を見つけようと努力してきたのだ。
そんな目的の品が手に入ったら驚愕と共に大喜びするのは間違いない。……間違いなかったはず、なのに。
「分かる、分かるよライン。その気持ちは良く分かる」
「ツーヴァ」
「僕だって喜ばしいことだと頭では認識しているけど、どうにも感情が追いついてこなくてね。現実感とかそういうことじゃなくて、本当にこれが喜ぶに値する代物なのかどうか分からなくなってしまったんだよ」
「ま、ティアの杖に比べたら地味よね〜」
物珍しげに鎧を覗き込んでいたレイアーネが的を射る発言をする。
そう、それなのだ。
これまで現行品の何倍もの力を持った化け物みたいな杖を作っているのだ。そのモッチーがたかだか最高級品レベルの代物で自信ありげな顔をするだろうか。
……とてもそうは思えない。なにせあの杖でさえ通過点に過ぎないのだから。
「ふっ。ふははは。ふははははははっ!」
その時妙に演技くさい三段笑いが聞こえる。もちろんその声の主はモッチーだ。
「いつからこの鎧がただの鎧だと錯覚していたぁっ!」
…………は?
「な、なんだってー」
棒読みの台詞が飛び出す。その出どころはなんとティアだった。
普段なら絶対無いはずの口調とリアクションに俺もツーヴァもレイアーネも驚きの目でティアを見る。
相変わらず眠たそうな目だが、どこかやり切ったような満足感を出していた。
「くうぅ〜、やっぱそういう反応が良いよなぁ。あ、約束通りちゃんと『門前亭』の食べ放題に連れてってあげるからな」
「ん。楽しみ」
あ、こいつスイーツで有名な高級喫茶で買収してやがったのか! あそこで食べ放題するのに銅貨どころか大銅貨何枚いるんだよってレベルだぞ。台詞一つに大金使ってんじゃねぇ!
思わず心の中でツッコミを入れたが、本題から逸れることに気付いて軌道修正を図ることにする。
「……で、モッチー。この鎧がただの鎧じゃ無いってのはどういう意味だ?」
ついつい頭を抱えてしまったのは仕方ないだろう。
「よくぞ聞いてくれました。実はこの鎧にはとある仕掛けが施されているんです。……いやあ、見かけで分かりにくくするのにはちょっと苦労したんですよ」
「いや、苦労話なら後にしろ。で、仕掛けってのは?」
「それはですね。身体強化魔法をブーストするための魔力回路と魔法陣が仕込まれてるんですよ。鎧の着用者の身体強化に反応して自動で発動する仕組みです」
……身体強化魔法のブースト、だと!?
「ちょっと待てモッチー、何とんでもないこと言ってるんだ。身体強化魔法のブースト!? 鎧に!?」
「そうだよモッチー君、鎧にエンチャントをかけるのならまだしも着用者を直接強化だって!? 意味、分かってて言ってるのかい!?」
「え、だって剣士は身体強化が必須なんですよね。真っ先に強化すべきポイントでは?」
駄目だコイツ……事の重大さを全く理解してねぇ。
身体強化魔法をブーストすれば強くなれる。……ああその通りだ。紛う事なき正論だ。
だがな、身体強化ってのは己の才能が全てだ。身体の内側で作用する魔法だから杖を使って発動することはできない。回復魔法とは違ってな。
つまり発動媒体の無い身体強化は最大でも中級魔法でしかない。だからこそ剣士は武器や防具の性能、そして技を持って強い敵と渡り合ってきたんだ。
強くなるには装備を充実させ、力と技を磨く。それが常道だった。
そう。常道……常識。
……ああ、そうだ。モッチーは常識をぶっ壊して飛び抜けるヤツだった。
「だが身体強化のブーストなんて可能なのか? 身体強化ってのは……」
「身体の内側に作用する魔法だから杖でブーストできない、ですよね。けど教会で使用されている聖光領域って魔法陣はそれを可能にしているとありました」
「ああ。大掛かりな魔法陣だ。その魔法陣の中でなら唯一可能らしい……おい、まさか」
「そのまさかです。本に載ってたので縮小させて組み込みました。その鎧に組み込んでる大きさでも上級相当の魔法にブーストできるらしいので、ちょちょいと魔法陣を重ね掛けして上積みしときましたよ」
「……………………おい」
たっぷりと固まってからようやくツッコミを入れる。常識を超えるどころか更に上乗せまでしてくれたらしい。もう驚きすぎて何がなんだか分からなくなってきた。
聖光領域は本来、二メートルほどの大きさの魔法陣とのことだ。それを数十メートルの空間に作用させるために巨大化させ、身体に負担が来ないよう効力を落とす魔法陣を重ねがけしたものが一般的に俺たちが知るもののようだ。
理屈は分かった。となると気になってくるのはこの鎧の実用性の方だが。
「でよ、モッチー。この鎧でどのくらい強くなれるんだ?」
「それを実験しに行くんですよ。けど中級レベルから上級レベルに上がるならAランクくらい簡単に倒せるんじゃないですか?」
「いや、ティアと一緒にするなよ。上級って一口に言ってもピンキリだぞ」
「それもそうか。じゃあラインさん、早速行きましょう。今日中にあと二つ試したい装備があるんで」
「「「は?」」」
ラインとツーヴァとレイアーネの声が重なる。
どうやら俺たちはまだまだモッチーという男の本当の凄さを理解していなかったらしい。