実験を始めよう・7
世界が変わる日とは時に何の脈絡もなく唐突に起こることがある。
きっかけはロックラックさんの一言だった。
「小僧、試しに魔法剣を打ってみるか?」
「え、いいんですか? 確か合金がべらぼうに高いって聞きましたけど」
「そういう契約だっただろう」
鍛造の修行を始めて三日ほど、動きやコツなんかを自分だけじゃなくて周囲すら驚くほどのスピードで習得し始めていた俺にそんな提案があった。
俺個人としては鍛造の修行がある程度終わってからだと思っていたのだから、降って湧いたようなチャンスだ。
実のところあぶく銭の力で合金を手に入れて自作しようかなと考えていたので、大手を振って製作できるのはありがたい。内緒で造って怒られても嫌だからね。
とはいえ魔力回路を作るのがメインだから、今の俺なら簡単にできるだろう……そんな風に気軽に考えていたのだが。
俺は鍛治師スキル先生の力を完全には把握していなかったのだ。
合金を保管している部屋で。
かつて魔法石の内部刻印を思い付いた時やノルンさんの杖を見た時の直感。知識の無いはずの俺が刻印技術を確立できた時のように。
魔法銀と呼ばれているそれを手に取った俺は気付いてしまった。
「あれ……これ魔法石が合成されてる?」
「何!?」
その場にいたロックラックさん、そして補助役として呼び出されていた一番弟子のガジウィルさんが目を見開き強烈な眼光を血走らせた。
突然の反応に動揺する俺を他所に、倉庫の扉がノックされる。
「すいやせん、親方! 今後の生産方針について確認を……」
「後にしろ! そしてしばらく誰もここに近づけるな! 破った者は破門とする!」
「へ……へい! 了解しやした!」
ロックラックさんが鬼気迫るように弟子を遠ざけ、ガジウィルさんが扉向こうの様子を確認する。
「親方、今なら誰もいません」
「よし。……小僧、今後容易く口を滑らせるな。これは忠告だ」
「りょ、了解です。けど何かマズいことでも言いましたかね?」
「マズいなんてものじゃあない。……その魔法銀に魔法石が合成されてるってのはどういうことだ」
「えと、この合金から魔法石の感触がしたんですよ。……ほら、いつも内部刻印してるから何となく分かったって言うか」
「何となくで分かるのならとっくに誰かが気付いていたはずだ。小僧、一体何を隠している……。いや、今そんなことは重要ではないな」
説明に窮した俺はとっさに誤魔化したのだが、鍛治師スキルのことは別に言っても良い気がする。いやまあ本当に鍛治師スキルのおかげで気付いたのかはわからないけど。
ロックラックさんの言葉をガジウィルさんが引き継ぐ。
「いいか、新入り。この魔法銀の製法ってのは厳重に秘匿されてるんだ。それこそエルネア王国の総力でな。これまで様々な国、機関が躍起になって解析を試みていたが銀と鉄を使っていることくらいしか判明していなかった。現状、エルネア王国がその製法を独占している」
それは前にローンティズさんにも聞いた。その合金のおかげでエルネア王国は小国でありながら裕福なのだと。なるほど俺に白金貨をポンと渡すわけだ。
様々な鉱石を混ぜ合わせて似たような効果が少しでも発揮できないかとあれこれ試行錯誤しているが、なるほど魔法石は鉱石じゃないから発想に無かったようだ。
「本当にその魔法銀が魔法石を含んでいるのなら、お前は国家機密を暴いたことになる。もしそれにエルネア王国が気付けばどんな反応を起こすか、想像してみろ」
「えと……悔しがる?」
「能天気か! もし苛烈な者が向こうにいた場合、お前を消そうとするかもしれん。周りの人間も狙われる可能性すらある」
「うげっ」
「だから検証してそれが正しかった場合、慎重に行動しなければならない。少なくとも俺たちの手には余る」
ガッツリと釘を刺されてしまった俺は魔法銀については何も喋らないでおこうと心に決める。まあ検証は内緒でやるけど。
そして俺はガジウィルさんの補佐を借り、ロックラックさんの指導のもとで魔法剣の製作を始める。
せっかくだからと新合金を使って炎の魔剣を作ろうとなったのだ。
魔力回路の型を一から作成し、炉で魔法銀を溶かして流し込み回路を作成する。そして今度は回路を嵌めた剣の型に新合金を流して剣を打つ。
最後に柄と鍔を作成し、完成だ。
「補佐はいらなかったんじゃないか?」
とはガジウィルさんの言。
まあなんせ魔力回路の型や鍔の魔法陣を削る作業なんかは工芸スキル持ちの俺には朝飯前だ。それに筋力が馬鹿高いから力仕事は余裕だし、炉の使い方もそれなりに習熟してる。
実際、大した苦労もなくアッサリと打てたわけだ。
性能については一般的な魔法剣に毛が生えた程度。ロックラックさんの打つそれに比べたら劣る。
というのも剣の性能は型に流し込む際にいかに空気を含まず密度を上げるかにかかっているのだが、これは機械でも使わない限り一定にはできないことだ。
ロックラックさんでも性能にムラが出るのはそれが理由で、最も難しい部分と言えた。
……というのは俺のネット知識から引っ張ってきたそれっぽい理由付けで。
じゃあ機械っぽいアプローチ、つまり圧力をかけてやれば強度が上がるのでは。
そう考えて実験の時間に空気の抜け道を作った金型を用意して、溶かした鉄を流し込んでデカいハンマーで叩いてみたところ。
「わーお。結構良い感じ」
ロックラックさんが打つレベルの鋳造剣が出来てしまった。
ついでに神経質なくらい砥石で研いでみたところ、剣の性能が上回ってしまった。どうしてこうなった。
まあ鍛造の剣に比べたら劣るから純粋な剣としては使えないな。
そして続いての実験は魔法銀の作成だ。
鉄と銀、そして魔法石の合金と思われるのでそれっぽい配合率で試してみた。
の、だが。
「魔法石……溶けねえ。ってか蒸発して消えるんだが。……固体から気体だから昇華だっけ? まあいいや。なんか条件でもあんのかな。媒介が必要とか」
疑問に思ったのはほんの僅かな時間。
すぐに解決策を思い出した。
「そか、杖の時みたいにスライムの粘液に溶かしたらいいんだな」
魔法石は純粋な魔力の結晶だ。溶かすためには魔力の受け皿を用意しなければならない。そうでなければ霧散してしまうのは自明の理であった。
ということは魔力を通し易い金属である銀は魔力の受け皿としての機能を持っていないということになる。
……つまり魔法銀は内部の魔力が抜けてしまったらただの金属になってしまうってことか。てことは魔力が霧散しないように安定化の仕掛けを施さなきゃいけないわけで。
ならその仕掛けはどこにあるのか。
魔力回路そのものが安定化のための魔法陣なのではないだろうか。
「いや、まずは魔法銀からだ。自作できれば安上がりだし」
いくらなんでも同時にあれもこれもこなせないので一つずつ始めよう。
鉄と銀、そして魔法石を溶かしたスライムの粘液を炉で熱して溶かす。そして出来上がった合金を検査し、魔法銀との相違を調べるのだ。
結果はやはりビンゴだった。
耐久性や強度についてはまだ配合率が悪く劣っているが、試しに魔力回路を作成してみたところ正しく機能した。
「これはやらかしたな」
本当に国家機密を暴いてしまったらしい。恐らく配合率も鉄を増やして銀を減らせば辿り着くに違いない。
うーむ。このまま続けていいんだろうか。……いや今さら辞めても仕方ないか。
そして二十度目の配合パターンでついに俺は魔法銀を作成してしまった。
「ヤバイな。とりあえずロックラックさんに相談するにしても本当に命狙われたらどうしよう。ハゲるわこんなん」
現代っ子の俺がそんな状況なんて経験あるわけないし、対処法だって知ってるわけがない。
……とりあえず次だ、次。
魔力回路が安定化のための魔法陣なのではないか、という予想だ。
これを検証するのは簡単。同じ回路を魔法石内に刻印すればいい。
さっさと内部刻印を済ませ、魔法を……使えないので拠点に帰ってからティアーネに内緒で協力してもらう。
何故かすごく嬉しそうに協力してくれたけど、それは置いといて、結果はノーだった。アッサリと魔法石が消費されていったのだ。
ということは魔力回路は安定化の機能が無いことになる。では一体何の機能があるのか。とりあえず魔法陣同士を繋ぐ機能があると思うんだが。
でも繋ぐったってどういう理屈で繋ぐんだろうか。普通は魔法陣同士が魔力を食い合って上手く機能しなくなるはず。
ということは魔力の配分? だとしたらこの回路でいくつもの魔法陣を繋いだ場合はどうなるんだろう。
「とりあえず並列と直列で試してみるか」
十個の魔法石に安定化の内部刻印を施し、それぞれを半分に分けて魔力回路を用いて直列と並列で接続してみる。
またまた例によってティアーネに協力してもらって魔法で魔法石が消費されるかどうかを調べてみることに。
結果はオーケーだった。
並列にしろ直列にしろ魔法石が消費されることなく正しく魔力が分配されたのだ。
結局理屈はよく分からないけど使えるな、これ。デカい魔法陣で囲わなくてもいいってんだから形が自由に決められるってことになるし。
有効活用するなら防具かな。全身に魔法陣を分割して配置できるから、動き易さを維持しながら特殊機能を付与できるわけだ。
盾もありだ。……戦斧とか槍とかでも使えるか。他にもメイスに杖も流用できるわけだから、一気に作れる幅が広がったな。
てことは次に重要なのは付与したい機能に必要な魔法陣を知ることだけど。
「こんなこともあろうかと道中で買い漁ってた甲斐があったな」
エルネアからこっち、書店に寄るたびに呆れられるくらいの書物を集めてきたのだ。もちろん魔法陣に関する書も揃えている。
下準備は整ったと言えるのではなかろうか。
「さて、魔改造の時間だ」
この日、また一つ世界が変わった。
鋳造に対する新たな手法、魔法銀の製法の解明。それは些細な変化でしかない。
最も重大な変化。
後に付与武具と総称される、特殊効果を付与する新たな武具の形がここに生まれたのである。




