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実験を始めよう・6

 鍛治師ロックラック。


 齢四十にしてクルストファン王国でも一二を争う魔法剣の鍛治師として大成し、当代最高と名高い魔法剣を打った傑物である。


 だがかつてその一振りを完成させた時から彼の歯車が狂い始めていた。


 何度打とうとあの領域へと辿り着くことができない。過去の自分が成し得た成果に劣る品ばかりが出来上がる現状に苛立ちを募らせた彼はやがて自らを見失い始め、酷いスランプへと陥ったのだ。


 弟子たちへの指導の傍ら、感覚を取り戻すために幾度も剣を打つがそのどれもが納得のいく出来にならない。


 たとえそれが一般に流通する魔法剣より優れたものであっても、彼の中に生まれた最高という虚像が彼自身を苦しめ続けていた。


「あれから俺はずっと道を見失っている。自分自身の過去に怯えながらな」


 エールの入ったグラスを傾けながらロックラックはポツリと零した。


 その向かいには彼の親友である鍛治師、ドンキノルウィルが筋肉で膨れた小さな身体を椅子に預けている。


「またその話か。お前は優れた魔法剣を打つことができる。それじゃ不満なのか?」


「鍛治師が妥協をしてどうする。最高を目指さねば技術者の魂が死ぬ」


 ここ何年も繰り返されたやり取り。


 ロックラックの技術に惚れ込んだドンキノルウィルは少しでも彼が立ち直る手助けになればと根気よく相手を続けていた。


 だが今日はいつもと流れが違う。


「俺はもう過去の人間なのかもしれん」


「おいおい、何を腑抜けたことを言ってるんだ。王国有数の鍛治師の名が泣くぞ」


 いつもは愚痴りながらも向上心だけは隠さない前向きな言葉を使っていた。


 だがこんな弱気な発言は初めて聞く。


 ロックラックは懐からインゴットを取り出して机に置いた。それは一見鉄に見えるが、その光沢から違うということはすぐに理解できた。


「それは?」


「見習いの小僧が作り出した合金だ。鉄と同じ性質でありながら熱に強い特性を持っている」


「おい……そりゃあ」


 ドンキノルウィルにもその価値は容易く理解できる。魔法剣の鍛治師にとって垂涎の代物だったからだ。


「三日だ。ヤツはたったの三日でこれを作り上げた」


「三日……だと? 確かギルド長からの紹介で修行に来たと聞いたが。本職は杖だという話ではなかったのか」


「ああ、俺もそう思っていた。鳴り物入りで来るだけのどでかい成果を挙げているしな。それに鋳造を覚えるのも早く、鍛治の知識もそれなりに持っていた。鍛えればガジウィルと共に次代を担う人材になるやもしれんと考えていたが」


「話を聞く限りでは確かにそれだけの器があるのではないか。ガジウィルも才能では君に引けを取らん。いずれ共に大成するだろう」


 ガシャン、と乱暴にグラスが叩きつけられた。勢いで中身が机に飛び散る。


 ロックラックは唇を噛み締め、絞り出すように言葉を紡ぐ。


「……小僧はまだ遥か先を見ている。この合金ですらヤツにとってはただの踏み台ですらないのだ」


「それは……随分と大きな話だな」


「普通なら鼻で笑って終わりだ。だがそれだけの実績をあの若さで積み重ねている。そして……そして……その才能は……おそらく……」


 ロックラックは震える手でグラスに残っていたエールを嚥下した。


 じっとグラスを見つめ、続く言葉を飲み込もうと葛藤する彼は恐怖にも近い形相で唇を震わせる。


 ドンキノルウィルは脳裏に浮かんだ続きの言葉を口にする。


「君を遥かに超える、か」


「やめろ! そんなことが……そんなことが認められるか! たったの三ヶ月で……まだ魔法剣を打ったことすらない小僧に負かされるなど」


「プライドが許さない」


「ち………………何も言うな。俺はそれを認めるのが怖い。今まで積み上げてきたものが失われるような気がして恐ろしいのだ」


 頂点を目指すものが敗北を認めた時、それは意志を砕かれる時と同義である。


 そして再び強い意志を抱いてまた頂点へと歩を進めることができる者はほんの一握りでしかないのだ。


 ドンキノルウィルは考える。


 目の前の才能は飛び抜けていたゆえに敗北を知らずここまで登りつめたのではないだろうか、と。自分こそが一番だと、頂点を極めるのは自分だと強く信念を持ち続けてきたのだと。


 だからこそ初めて敗北を経験した時、自らの心が折れてしまうと本能的に察してしまったのではないか。再び立ち上がることができないと思ってしまったのではないか。


「それでも君は行動しなければならない。魔法剣の鍛治師として名を成し、何人もの弟子たちを抱え、その少年には修行をつける契約をしているだろう。立ち止まることは許されないはずだ」


「分かっている。だからこそこうして息抜きに愚痴を聞いてもらっているだろう」


「そうだな。それでどうするんだ。その少年の才能が際立ってるからといって何か変わるのか?」


「……鍛造をやらせる」


「! ……鍛造をか!?」


 鍛造。鍛治に関わるものなら当然知っていて然るもの。それどころか当たり前のようにこなしているものだ。


 普通ならば鍛造を教えることはさして不思議ではない。むしろ至極当然と言える。


 だが、こと魔法剣に至っては別だ。


「鍛造では魔法剣を打つことは出来ない。魔力回路を損なってしまうからだ。なのに鍛造を教えるというのか?」


 契約では魔法剣の打ち方を教えるだけのはずだ。もちろん実験と称して設備を貸し出すことも含まれているが、一般的な鍛治技術に関しては教える義務などない。


「それでもだ。鍛造の方が鋳造よりも斬ることに特化した剣を打つことができる。ゆえに一般的に剣は鍛造、魔法剣は鋳造と住み分けされてきた」


「ああ、その通りだ。鋳造で造る剣は叩き潰すに近い性能になるからな。人間相手ならともかく魔物相手では鍛造の方が向いている」


 そこまで考えて不意にロックラックの考えを悟る。


「まさかその少年なら鍛造で魔法剣を打つことができるとでも……」


「夢物語だと思うか? だがあの小僧はこれまで魔法石の内部刻印、複数の魔法石の接続、そして新たな合金の作成……どれ一つとっても革新的な発明を成してきた。可能性があるのなら試してみるのが一番だろう」


「なるほど。別に失敗したところで君の懐は痛まない。逆に成功したならば得るものは莫大、と。随分と都合のいい博打だな。むしろタダ乗りじゃないか?」


「ふっ。すでに一つ手にしたんだ。今更だ」


 ロックラックは合金のインゴットを手に取り、ニヤリと笑みを浮かべる。その顔には先ほどの焦燥とは違う、新たな感情が見え隠れしていた。


 なるほど、簡単に潰れるほどヤワな男じゃない、か。


 ドンキノルウィルは飽くなき向上心を見せる天才にさらなる畏敬の念を抱くのだった。









「小僧、今日から鍛造の修行に入る。鋳造のように簡単に会得できると思うなよ」


「はい!」


 翌日、ロックラックさんから言い渡された指示に俺は内心でガッツポーズを上げた。


 よっし、やっぱ鍛治と言えば鍛造だよな。日本の魂、ジャッパニーズ・K・A・T・A・N・Aも鍛造だもんな!


 くう〜、俺に剣の才能があったら絶対に専用の刀を造るんだけどな。居合斬りとか超憧れるぜ。


 ……いや、待てよ。セレスティーナさんなら刀がぴったり合うんじゃないか?


 超絶和風美少女だし、女武士スタイルが似合うに違いない。


 よし決めた。セレスティーナさんに刀をプレゼントしよう。それで武士コス……もとい日本の魂の良さを知ってもらおう。


 あ、そういえば魔法剣を打つ約束もしてたっけ。なら合体させて魔法剣の日本刀、って言いにくいな、魔法刀でいいや。魔法刀をプレゼントしよう。


「おい小僧。突っ立ってないで早く来い!」


「あ、はい! すみません!」


 こうして俺はウキウキで修行に向かったのだが、そこで待っていたのは想像を超える難行だった。


 精錬、鍛錬、成型、焼き入れ、ヤスリがけ……。細かく分類すればもっと工程が多い。そしてそれぞれに管理項目が多く覚える事柄が多いのだ。


 そして出来上がる剣は鋳造のものと比べ切断力、硬度、しなやかさなどが高い。反面、耐久性が低く少量の損耗で機能を喪失してしまう。鋳造の剣と違い鈍器として扱うには少々問題があった。


 それでも魔物と相対するには鍛造の剣の方が優れているだろう。


 初日はまず説明を聞きながら見ることから始まる。一つ一つがどのような意味を持つのか、なぜそれを行うのかを聞きながら工程を覚えていく。


 そのついでにコツや技を見て盗むのだ。


 本来なら何年も何十年もかけて会得する鍛治技術をこれから極めていくために。


 この日が鍛治師モッチーにとって本当の意味での一歩を踏み出すことになったのだと後々回想することになるのだった。

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