実験を始めよう・5
「ふーん、軍属ねえ。モッチー君は色々な肩書きが増えていくんだね」
昼の食堂で俺はいつものようにローンティズさんと昼食をとっている。
最近は他の弟子たちとも話す機会が増えてるけど、相席するのはもっぱらローンティズさんだ。
「望んでそうなったわけではないですよ。やりたいことをやろうとしたらそうなっただけで」
「それは嫌味かい? それほどの幸運に恵まれる人なんてそうそういないよ」
「あ、いや、そういうつもりじゃなかったんですけど」
「冗談だよ。それにしても合金を作ろうだなんて突飛な発想、一体どこから出てくるんだい?」
「それは……その。鉄より強い金属が無いなら作ればいいって感じで」
「ふうん。若さなのかな、そういうのは」
危ない危ない。つい日本生まれなのをポロリするところだった。
ここでは一応エルネア出身ってことになってるし、一応知られない方が良いらしい。“赤撃”のみんなが言うには、だけど。
なんか人とは違ったり知らないことがあったりすると恐怖心を与えてしまい敵対される可能性があるとかなんとか言ってたけど、なんかよく分からん。けどまぁ喋らなければいいってなら喋らないでおけばいいだけだ。
「親方が溶鉱炉を一台使わせてくれるんだってね。あれ、稼働させるのに結構な費用かかるらしいよ」
「え、そうなんですか。大食いなのか、溶鉱炉って。なんか申し訳ないなぁ」
「そういう契約だったんだろう? なら結果でお返しするのが男ってものさ」
「結果……」
「モッチー君ならきっとすぐに出せると思うけどね。なんせすでに世界を変えるほどの結果を出してるんだから」
「なんだろう、誇らしいやらプレッシャーなのやら」
「ははっ、謙遜は君の癖なのかな。それに実はもうある程度の当たりを付けているんじゃないのかい? でなければ行動に移そうとはしないからね」
確かにローンティズさんの言う通り、ある程度は合金のレシピについて当たりを付けている。厳密には少し違って使えそうな金属に心当たりがある、といったところなのだけど。
というのもロボット系のアニメやゲームをしている時に超合金ってのが出てきて、何かと思ってネットでちょっとだけ調べたんだよね。難しくて理解できなかったけど、確かニッケルとかクロムとかタングステンとかを混ぜ合わせて作るんだよな。
主原料は鉄? タングステン? まあよく分からないけどそれっぽい配合率を試してみたらそのうち上手くいくだろう。たぶん。
けどここで重大な問題があって。
俺、ニッケルとかクロムとか、タングステンも名前しか知らないんだわ。
「で、とりあえずありったけの金属を集めてみたわけだね」
「はい。知り合いに鍛治師ギルドの長と交渉してもらってなるべく多くの種類を集めてもらったんですよ。まあ例によって代わりに合金のレシピが見つかったらすぐに売ってくれと頼まれましたけど」
「鍛治師ギルドの長ってあのマインフォール・バルトロかい? ……そうか、君の仲介をしたのがギルド長だったか。相も変わらず金の臭いには敏感な人だねえ」
今日の修行が終わり、いよいよ本日は初の合金実験だ。
とりあえず鉄を軸にして適当に金属を混ぜてみようと思う。確かうろ覚えの知識だと三割くらいが混ぜ物で炭素が少ない方が良いんだったっけ?
まあとりあえずやってみてから考えよう。どのみち数をこなさなきゃいけないんだから、何から始めるかなんてどうでもいい。
まずは二種類から始めるか。三種類だと試行回数が跳ね上がるし、簡単な合金を探してみるとしよう。
鉄を軸にして熱に強いと言われている金属を適当な割合で混ぜてみる。一パーセントから開始だ。
「じゃあ炉の使い方は僕が教えるから、モッチー君は見て覚えていってね」
「はい、よろしくお願いします!」
ここから俺の実験が始まるのだ。気合いを入れていこう!
結論から言えば拍子抜けなほどあっさりと新たな合金は発見できた。
ネット知識で得た配合率が効果的だったのもあるが、何より融点に達してしまえば短時間で合成できたからだ。
「たったの三日で成功するとは。合金の作成ってこんなに楽なものだったかな」
「混ぜ合わせるだけだし、あらかじめ配合率に目星をつけていたらこんなものじゃないですかね。たぶん他の合金もあっさり作れると思います」
「普通は目星なんて付けられないと思うけどね。聞いた話だと気が遠くなるくらい虱潰しにするとか。その労力を嫌って合金探しは行われていないらしいよ」
そういえば原子とかを理解するまでは合金の発見なんて偶然でしか無かったんだっけか。前の世界でも百年くらい前から進み始めたってなんかのサイトで見た覚えがある。その情報が正しければだけどね。
「しかし鉄と似た性質を持ったまま熱に強い金属か。試しにエンチャント・ファイアをかけてみても脆くならず劣化もしない。これは親方が大喜びしそうだね」
「なんでですか?」
「熱に強いってことは火や雷系の魔法剣に向いているってことだよ。特に火属性の魔法剣なんて材質の問題で手を出さない分野だった。それがこの合金で解決してしまうのさ」
鉄は高温で融解する。たとえそこまで温度が上がらなくても熱によって脆くなり変形・劣化を招く。戦闘中に折れるなど頻繁に起こってきたことだ。だから基本的に剣に火を纏わせるのは愚策と言われてきた。
例え炎を纏った剣が強力な武器だとしてもだ。
「たぶんこれよりもっと熱に強い合金はあると思いますけど」
「そうかもしれないけど、だからと言ってこの合金の価値は薄れたりしないよ。まずは親方に報告しよう。成果を見せるんだ」
「え、あ、はい。わかりました」
珍しく舞い上がっている様子のローンティズさんに連れられて稼働中の一番炉に移動する。
そこでは頰傷の偉丈夫が弟子たちと共に剣を打っているところだった。
茶髪の巨漢、一番弟子のガジウィルさんが俺たちに気付いてジェスチャーを送ってくる。離れてろ、の合図だ。
「モッチー君、今は邪魔しちゃいけないみたいだ。少しの間待機してよう」
「はい。ところであれって魔法剣を打ってるんですか?」
「そうだよ。モッチー君ももうすぐ教わることになるね。なんせ普通の剣ならもう打てるし」
「は、はあ。まあ型に流し込むだけみたいなものですし」
正直に言えば俺の抱いていたイメージと違ってて拍子抜けしたくらいだ。刀鍛冶みたいに槌で叩くのではなく、西洋剣みたく型に嵌めたら終わりといった具合。
確か鉄の質が良ければ折り返しとか要らないとかなんとか見た気がするけど、この作り方って西洋剣みたく叩きつける用途に近いはず。日本刀のように純粋に切断に特化したやり方じゃないだろう。
勝手な自論だけど、魔物の強靭な外殻や外皮に対抗するには斬れ味こそ重要だと思うんだ。叩きつけても磨耗するばかりだし、結局は切り裂いてなんぼだ。なら斬れ味を求める方が理にかなっているに違いない。
それと同時に素材や加工とは違う外的要因で強化できる魔法剣は間違いなく必須となる。と、思う。
そして目の前では求めていた魔法剣を今まさに作っている。見逃しては勿体ない。
……の、はずなのだが。
「普通の剣と工程が変わりませんね」
「そう見えるかい? そうだろう、確かに一点を除けば同じ工程だからね」
「一点?」
魔法剣と通常の剣の大きな違いは魔力回路にある。具体的には鍔に刻む魔法陣と柄頭に取り付ける魔法石を結び付ける何らかの仕掛けが施されていることだ。刀身部分にはなんら違いはない。
つまり柄の部分こそ魔法剣の肝と言える。
「魔法剣の作成っていうのは型を作った段階で九割がた終わっているのさ。柄の部分に魔力回路を設置してその上から鉄を流して固めたらお終いさ」
「……つまりその魔力回路そのものこそが魔法剣の全てとも言えるわけですね」
「そうだよ。そして最大の秘密でもあるわけさ」
ふむ。大方予想通りだけど……ちょっと拍子抜けというか。
もっとこう特別な手順やら素材やらを使うもんだと思っていたんだけどな。
「なんだかガッカリした顔してるね。もっと特別な手順を期待したかい?」
「……まあ、そうですね。もっと魔法的な何かがあると思ってました」
特別な魔力の込め方があるとか、魔法を使って造型するとか。
なんらかの魔法的アプローチ……これも実験対象に加えるとするか。
それにしてもこういう作り方ならわりと簡単に大量生産できそうなものだけど、なんで魔法剣って高額で少数しか生産されてないんだろうか。需要はあると思うんだけど。
そこのところをローンティズさんに尋ねてみたのだが、
「確かにそう考えるのも無理はないね。けれど魔力回路に使っている原料に問題があるんだよ。とある特別な合金を使っているんだけど、それがべらぼうに高いのさ」
「え。特別な合金?」
「そうさ。鉄と銀と何かを使った合金なんだけど、その詳しい製法は知られていない。エルネア王国のとある工房でのみ生産されている稀少品さ」
「エルネア王国……」
その製法は厳重に秘匿されており、極一部の者のみが知っている。エルネア王国にとってその合金は重要な戦略物資であり、収入源でもあるため公開に応じないのだという。
人類の危機だってのにまあセコいヤツもいるもんだなぁ。
そうこうしているうちに剣の鋳造は終わりに差し掛かる。あとは柄と鍔を拵えて表面をコーティングするだけだ。
ここで一旦手が止まるので俺たちは親方であるロックラックさんの下にお邪魔する。
一瞬だけ怪訝そうな顔を見せたロックラックさんだったが、すぐにその表情は鳴りを潜めた。
「どうしたローンティズ。それに小僧。何か問題でもあったか」
そう言いながら複数の角度から剣を眺めていたが、すぐに地面に放り投げる。
からからん、とぞんざいに捨てられた刀身が地面で数度跳ねた。
俺はその扱いに慌てて声をかける。
「え? どうしたんですか、そんな乱雑に」
「……失敗作だ。それよりもそっちの要件を言え」
茶髪の巨漢、ガジウィルさんや他の弟子たちは落ち着いてその様子を見ていた。どうやら今回だけではないらしい。
ローンティズさんも特に動揺することもなく何事もなかったかのように報告を始めた。
「親方、朗報です。モッチー君が熱に強い新たな合金を発見しました」
「……!」
くわっと目を見開いたロックラックさんがローンティズさんの持っていた合金のインゴットを掴み取る。そしてじっくりと色々な角度から観察し始める。
「その合金を剣に成型してエンチャント・ファイアをかけたのですが、変形や劣化といった症状は起こらず機能を損なうことはありませんでした。しかしどのくらいの温度まで耐えられるのかについてはまだ検証が済んでいません」
「性質は鉄とほぼ同じか?」
「はい。硬度や耐久性は鉄とほぼ一致するものと見受けられます。要検証ではありますが」
周囲で聞き耳を立てていた弟子たちからどよめきが上がる。そこには快挙への喝采が多分に含まれていた。
だがロックラックさんの表情には厳しさと憎々しさに近い形相が浮かぶ。それは俺に向けられている。
「……やってくれたな小僧」
「え?」
振り絞るように吐き出された言葉に、虚を突かれた俺は戸惑いを隠せなかったのだった。