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実験を始めよう・4

「ふひっ、なかなか良い出来なの。褒めてやるなの」


「はいはい、ありがとうよ」


 ついに最後の一本、ミーナの杖を仕上げた俺は夜遅くに“猛き土竜”の拠点にお邪魔した。休みがまだ少し先だったからだ。


 幸いにも皆がまだ起きている時間で、俺は歓迎してもらえたのだが。


 やはりこやつは一癖あるらしい。


「ふひっ、左右の羽を光と闇の属性石で使い分けてるなの。なかなかやるなの」


「それBランクでなかなか値が張ったんだからな。ぶつけて壊すなよ?」


「ふひっ、問題ないなの。モッチーだと思って大切にしてやるなの」


「待て。その言い方は誤解を招く。てか壊れでもしたら傷付くからヤメロ」


「ふひっ、冗談の効かないヤツなの。ならティアーネだと思って大切にするなの」


「なおさらやめい!」


 ミーナの杖は天使の羽を模した意匠を採用することにした。魔法少女っぽくて可愛いのはいいのだが、ぐらつかないよう固定するのに少し苦労した。


 とはいえミニスカ魔法少女スタイルのミーナにならきっとフィットするに違いない。見た目で癒されてもいいだろう。そう、見た目だけなら癒しになるはずだ。


 そしてミーナの杖を物珍しげに眺めるノルンさん。


「のう、モッチー殿。この杖はどの程度の性能かの?」


「えっと、通常の七倍くらい……ですかね。威力重視の構成になってます。てっきり範囲拡張を伸ばすと思ってましたけど」


「ふひっ、必要ないなの。範囲拡張を伸ばしても活かす機会なんてそうそうないなの」


「そうじゃの。先日の戦争のように大多数の魔物と対峙することなど冒険者には疎遠じゃて」


 なるほど、普段の狩りだとあの時みたいな広域魔法は使わないのか。そりゃそうか。


「魔導士隊の人たちは範囲拡張を伸ばす人が結構いましたけどね。やっぱり広域殲滅魔法を思いっきりぶちかましたいみたいで」


「ふひっ、それが普通なの」


「そうじゃの。じゃがどのような性能にしたのかは口外せんようにの。実力を測れてしまうからの」


「なるほど、注意します」


 確かに見る人が見れば威力と制御の割合を見てどのくらいの魔法が使えるか分かるし、魔力許容量なんてまんま最大火力だもんな。


 てか魔導士隊の人たちって精鋭って言ってただけあってみんな重量杖レベルを使いこなすもんな。制御補助の割合も低いし、おそらく最低でもティアーネ以上の魔法使いばかりだと思う。


 そんな連中を相手しようだなんて考えるヤツっているのか? 杖も行き渡ったし、戦力で言えば間違いなく世界最高だぞ。


 戦場に乱舞する広域殲滅魔法の嵐……おおこわ。下手な国なら余裕で滅ぶわ。たぶん。


「ふひっ、そろそろ大きな動きが来そうなの。ミーナたちも忙しくなるなの」


「そうじゃの。随分と腰が軽くなったじゃろうからの。()()()()のはそう遠くはないじゃろうて」


「なんのことですか?」


 相変わらずこの二人は思考が先行してるなぁ。やっぱ頭いいんだな。


「ふひっ、攻守交代なの」


「領土奪還。つまりは逆侵攻じゃよ」


「!」


 それってつまり防衛力が上がったから攻勢に出る余裕が生まれたってことか。


「じゃがモッチー殿はますます忙しくなりそうじゃのう」


「ふひっ、馬車馬のごとく働かされるなの。束の間の平穏を楽しむといいなの」


「えっ、何ですかその不吉な予言は。やっと杖の納品が終わったところなのに」


 ほんと、これからが本番だというのに足踏みは勘弁して欲しいところだ。もう三ヶ月も立ち止まったんだからさ。


 けどもし国から命令されたら断れないんだよな。困ったな。なんとか阻止できないもんか……


「うーん、ゲイルノートさんあたりに頼めばなんとかしてもらえないかな」


「ほほっ、確かに地位も影響力も大きいじゃろう。じゃがの。貴族に対して軽々とお願いなぞするものではないぞ」


「へ?」


「モッチー殿が求めておるのは後ろ盾であろう? いくら杖の開発者とはいえ、好意だけでは貴族は動けんのじゃ。いつどこで足をすくわれるかわからんでの」


「ふひっ、貴族社会はドロドロなの。モッチーの頭みたいに単純じゃないなの」


「なにおう!?」


「……それでじゃ。万が一モッチー殿がなんらかの失敗をしてしまえば、後ろ盾となっている者は他の貴族から責められ、地位が揺らぐ事態ともなり得る。故に、じゃ」


「ふひっ、それ相応の見返りを用意してやればいいなの。ギブアンドテイクなの」


「ギブアンドテイク……」


 つまるところ後ろ盾になることはギャンブル要素があるのだから、相応のリターンを提示して乗らせろと。


 なんだ、鍛治師ギルドの時と同じか。


 でもゲイルノートさんが食いつきそうなリターンってなんだろう。杖はもう作ったし、金なんかはいっぱい持ってそうだからたぶん意味ないよな……


「まあダメ元で聞くだけ聞いてみるか」


「ふひっ、失敗したらまた晴れてデスマーチの始まりなの」


「嫌なこと言うな!」


 苦笑いのノルンさんとニヤニヤ笑うミーナを背に、俺は“猛き土竜”の拠点をお暇したのだった。









「ふむ、なるほど。懸念していることも望むことも理解した」


 修行の後、『琴吹の宿』へと向かった俺は目当ての人物を発見して早速とばかりに相談を持ちかけた。


 今日はレインさんと二人で杯を傾けていて、周りも幾人か魔導士隊の人たちの姿を見つけた。


「はっ、何かと思えばその程度の悩みか。鍛治師なんだったら仕事と割り切って作ればいいだろうに」


「いや。事はそう簡単ではないな。レイン、納入された杖を見て何も気付かなかったのか?」


「ああ? そりゃあの重量杖すら凌駕する逸品だ。内部刻印もより複雑化していたな」


「それだ。重量杖の刻印ですら技術部が手を焼いていたほどなのだ。それを超える複雑さに卒倒する者も現れてな、もはや匙を投げんばかりだ」


「それほどか」


「つまり、現状では杖の発注は全てモッチーに行く可能性が非常に高い。そうなれば修行どころでは無くなるだろうな」


 うええぇ……やっぱりそうなのか。発注全てってどんだけの量だよ。魔法使いが一体どれだけいるかは知らないけど数百とかってレベルじゃないだろう。余裕で年単位の作業じゃないか。


 やっぱり受け入れ難いよな、そんな話は。


「なんとかなりませんかね、それ。今すぐにでも実験したいことが山ほどあるんですよ」


「ほう、実験か。また新しい技術か?」


「ええ。今度は戦士系の人の強化を目指してます」


「興味深い。それに山ほどと言ったな。一つや二つではないのだな?」


「はい。今から取り掛かれるものからまだまだ知識を貯めなきゃどうにもならないものまでそれはもう沢山」


「ふむ……」


 ゲイルノートさんは思案するように目を閉じる。


 そしてしばらくの沈黙の後、口を開いた。


「モッチー、軍属になる気はないか?」


「軍属……軍人ですか?」


「ああ。と言っても戦場に出ろというわけではない。技術顧問として形だけでも在籍すれば軍が後ろ盾になれる。その代わりにこちらからある程度要請することもあるが」


「うーん……それだとあまり状況が変わってないような気がするんですけど。どのくらい拘束されるんですかね」


「それはある程度なら俺の一存でコントロールできる。週に一度、杖を作る程度になるだろう」


 それなら別に構わないか?


 重量杖レベルなら二日程度使えば終わるわけだし、残りの五日間は自分の自由に使える。それに軍の後ろ盾ってデカいよな。


 損は無い……ような気がする。


 こんな時にノルンさんがいたら頼りになるんだけどな。一人で来たのは失敗だったかな。


 頭を悩ませていると金髪のイケメン、レインさんが堪え切れずと笑い声を上げる。


「くくっ……ははは。交渉事が下手だなあ少年。それでよく貴族に交渉しようとしたもんだ」


「うぐっ」


「ま、一人で来た度胸は褒めてやってもいいが。そもそも平民が次期伯爵様に直談判して門前払いされていないんだ。その時点で自分の立場と価値を理解できないか?」


「立場と価値、ですか」


「そうだ。お前は鍛治師見習いでもなければ新人冒険者でもない。ネアンストールを救った英雄であり、我々魔法使いの宝なのさ」


「な、なんか恥ずかしいですね」


「ばっか。どしっと構えろ少年。俺たちはお前が利益をもたらしてくれる限り味方だ。少々の便宜くらい図ってやるさ」


「それって役に立たなくなったら簡単に切り捨てるってことですよね?」


「よく分かってるじゃないか。それが貴族ってもんだ」


 怖い。貴族怖い。


 てことは今は信用しても良いってことなのかな。ああいや、もしかして丸め込もうとしてるのかも。ってそれは穿ち過ぎか?


 ダメだ、やっぱり俺、交渉とか向いてないわ。駆け引きみたいなことできねえ。


 本当に騙そうとはしていないんだろうか。明らかに損をする取り引きなんじゃないだろうか。軍属って実はヤバかったりしないだろうか。


「モッチー。何に悩んでいるかは大体想像がつくが、どう結論を出そうが、軍と、ひいては国と関わらずに済むなどという結果は決して得られないぞ」


「えっ」


 ゲイルノートさんの言葉がグサリと刺さる。


「レインも言ったことだが、モッチーは自分の価値を理解していない。考えてもみろ。どうして軍や国が君を放っておくのだ?」


「えっ、それは……」


「常識を変えるほどの技術を生み出し、戦局を変える杖を作り上げた。あまつさえその杖は他の者には真似ができないときている。さて、どこに君を手放す要素がある?」


「うぐっ。けど、俺はまだやりたいことが山ほどあって……」


「それはあくまで君の都合だ。我々には我々の都合がある。クルストファン王国、そして人類には悠長に構えている時間などない。今も世界の各地で魔王軍との戦争は続いているのだ」


「ついでに言えば国王陛下からの勅命が出てしまえば従うしかない。だから少年にも時間がないわけだ。結論を引き延ばせば手遅れになるぞ」


 確かに国王からの命令に背くわけにはいかないし、大量生産の命令が出てしまったら年単位は拘束されかねない。それは回避したいところだ。


「だからこその技術顧問だ。要はあの杖を作れる人間が他にいれば解決するのだからな。形式上、技術者育成のための顧問として軍に所属すれば一応の解決はするだろう」


「他に作れる人はいないんじゃ」


「ああ、新式の刻印に関してはな。しかしかの重量杖のレベルに関してはかろうじて作成可能だ。そして現状ではそれで構わない」


「どういうことですか?」


「我らに作ってくれた新式の杖だがな、あれは性能が高すぎるのだ。はっきり言って並み大抵の魔法使いには扱えんだろう。そしてそれを扱える人間は現状、ほとんどいない」


「はっ、なんせそれだけ才能あるヤツらはすでに手にしてるしな」


 前世代とも言える刻印を用いた重量杖はティアーネでも持て余すほどだった。そしてその彼女を超える才能を持つ人間など限られている。


 要は最高性能の杖を要求する魔法使いはほんの一握りなのだ。


 一般の魔法使いに関しては軍の技術部が作成できるレベルの杖でも十分なのだという。


「あれ、それなら初めから俺には大して発注が来ないんじゃ」


「そう判断できない者もいる、ということだ。最高の杖を揃えたらそれだけ強くなる……そのような短絡を起こす者がな。そして残念ながら陛下も簡単にはその主張を無碍にできん」


 国の上層部には魔法に疎い者がいる。そして彼らは影響力を持っている。それが一見最良に見える()()を生むのだという。


 はぁ……ほんとみんないろんなことに気を回してるんだな。全然ついてけねえ。


 けど実際問題として俺が忙殺される可能性はかなり高いわけで。しかも早く決めないと手遅れになるっぽいらしい。


 やっぱり選択肢はそれしかないのかな……


 俺が選択しなければならないのは。









「これでまんまと少年を抱え込むことに成功したわけだね、筆頭殿?」


「俺は一つの選択肢を与えたに過ぎん」


 モッチーが去った後、ゲイルノートとレインは静かに酒を傾けていた。


「そう言う割には随分と好待遇じゃないか。そんなにお眼鏡に叶う才能を持っているのか?」


「ああ。あれほどの才気は後にも先にも現れることはないだろう。たかが後ろ盾程度で良好な関係を得られるのなら安いものだ」


「後ろ盾程度、ね。高級酒を樽で贈ったのも報酬額を吊り上げたのも良好な関係とやらを築く一環かい?」


「それは貴族の見栄だ。報酬をケチっては家格に傷が付くからな」


「ほう。それは難儀なことで」


「……だが。下心が無かったと言えば嘘になる。俺はあの才気の輝きを見た時から惚れ込んでいるからな」


「お熱いこった。ま、かく言う俺も重量杖を手にした時は似たような気分だったからな。これからも同じような驚きを重ねるのかと思うと楽しみで仕方がないね」


「そこだ。モッチーはこう言っていたな。知識を貯めなければどうにもならない物もある、と」


「ああ。だから鍛治の修行をしているんだろう?」


「確かにそうだが、それだけではないだろう。魔法に関する知識、魔法陣に関する知識、魔物に関する知識……ありとあらゆる知識が必要なのではないか」


「そうかもしれないが。……まさか筆頭殿は()()()()世話を焼いてやるつもりか?」


 ゲイルノートはしばし盃を見つめ、静かに口にする。


 レインは無言の返事に小さく笑みを浮かべた。

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