実験を始めよう・3
ネアンストールでの戦いからふた月が過ぎた。
修行、杖の製作ともに順調で、“赤撃”のみんなも順調に狩りをこなしている。
順風満帆だ。
そして俺は兼ねての約束通りに“赤撃”のみんなと狩りに出かけていた。
「にしてもまさか門衛に止められるとはな。モッチー、あの軍人知り合いなのか?」
「ええ。知り合いってか魔導士隊の隊員さんです。杖の発注を受けてるんですよ」
「杖? ……ああ、なるほど。狩りしてないで早く作れってことか。あれほどの性能を待たされるのはずいぶん苦痛だろうからな」
くつくつ笑うラインさんに苦笑いを返し、俺は作業の進捗を確認する。
発注された杖は全部で三十二本。そのうち納品済みは二十二本。残り十本はまだ手を付けられていない。
「ゲイルノートさんとレインさんの分、やたらめったら時間かかっちゃって。お陰で二週間も手間取りました」
「一本当たり一週間か? おいおい、モッチーでもそこまでかかるなんてどんな杖だよ」
「師匠のデザインが精巧過ぎて、ほんの僅かなズレでも印象が変わっちゃうんですよね。それに軽さを求めながら重量杖以上の性能を実現するとなるともう神経使う作業でなかなか進まなくて。ちなみに重量杖の五割増しの性能にしてやりましたよ」
「待て。待て待て待て待て。なんだその自重しない数字は。てことはあれか。通常の十五倍か!? ティアの杖の倍近い性能か!?」
「そうなりますね。今回の戦いで得られたAランクの魔法石を回してもらったんで、使いまくってやったんですよ。ちなみに重さは重量杖レベルになりましたけど」
「とんでもねえことするなあ……」
ゲイルノートさんは威力と魔力許容量に極振りした単体撃滅魔法特化仕様に。レインさんは全体を伸ばしつつ範囲拡張性能を高めた広域殲滅魔法特化仕様になった。
確実に敵を倒す慎重さと多くの敵を相手取る大胆さ。二人の性格の違いが見えて面白い……のだが。
「けど二人とも用途別にもう二本ずつ作ってくれって言ってきて。さすがに断ったんですけどね」
「ばっ……なんちゅう贅沢な。貴族ってのは遠慮を知らんな」
俺たちは揃って溜め息をついた。
なにせ修行の後は短い時間を使って実験に費やすつもりだったのに、杖作製に忙殺されて全く進んでいない。アイディアだけが募る一方だ。
早く実験したい、などと考えていると向かいの女性陣から声がかかった。
「それでモッチー君。お姉さんちょーっと気になることがあるんだけど」
「はい、なんでしょうレイアーネさん」
「それだけの杖を作るのなら当然それ相応の報酬があるはずよね?」
「確かにそうですね」
「どのくらい貰えるのか聞いてもいい?」
「……ああ、えっと。まあ白金貨四枚でした」
「は、白金貨!?」
「ひゅう。大金持ちじゃねえかモッチー」
白金貨は日本円換算で約三億円。それが四枚で十二億。もはや宝くじの中でも最高額レベルだ。
ちなみにエルネア王国で国王様にも一枚貰ったし、ネアンストールでも刻印技術なんかを売って大金を手に入れていたので所持金は白金貨五枚を超えていたりする。
金銭感覚がおかしくなりそうだ。
「ただ残念ながら魔法石を報酬にもらうのはできなかったんですよね。Aランクの魔法石があればティアーネの杖をもっと強化できたんですけど」
「いや、それでも十分過ぎる額だろうよ。お前は一体どこを目指してるんだ」
「そりゃあもちろん最強の装備を作ることですよ。な、ティアーネ」
「ん。期待」
会話を交わしながら馬車は先行するツーヴァさんの馬に付いて森へと入っていく。
二月前の戦闘で付近の魔物をあらかた殲滅したため、馬車は森の奥深く、馬車道の終着まで進む。そこにはいくつもの馬車が停まっていた。
どうやら獲物が少な過ぎて狩場がどんどん奥へと流れていっているらしい。お陰で木樵の人たちは道の拡張に大忙しなのだそうだ。
場所が決まり、それまで会話には参加してこなかったツーヴァさんが声をかけてきた。
「さて、雑談は終わりだよモッチー君。狩りの要領は忘れてはいないね?」
「もちろんですよ。そもそも俺の役目はほとんどないですからね」
「はは。それもそうだね。ならポカをしたら今夜はモッチー君の奢りでいいかな?」
「うえっ!? もしかして聞き耳立ててたんですか!? さ、酒はダメですよ、酒は!」
「よし、じゃあ決まりだね」
あの夜の酒乱だけは繰り返してはならない。樽を枯らすほどの深酒を許してはならない。絶対にだ。
俺たちはいつも通りツーヴァさんを先頭にラインさんが殿を受け持つ形で進んでいく。
なぜか今日はいつもよりティアーネがすぐ横にぴったりくっついていたが。
「それじゃあ今日はモッチー君の奢りということで。乾杯!」
「「乾杯!!」」
ツーヴァさんの陽気な掛け声に大人組がジョッキを掲げる。
どうしてこうなった。どうしてこうなった!?
「モッチーがエンチャントを忘れたから」
「うぐっ……。けど酒! 酒だけは禁止していたはず。どうして当たり前のように注文してるんだ」
「解体失敗してダメにしたから」
「うごっ……。だって骨があんなに脆いとは思わないじゃんか。普通手で折れる!? 折れないでしょ!?」
「モッチーの筋力が異常」
「ぐぐっ……」
くそぉ、まさか骨から肉を引き剥がそうとしてポキリとやってしまうとは。その骨が素材として売れる物だったとは。無念。無念だ。
あああ、今日も馬鹿騒ぎが始まるんだろうか。あの地獄絵図が再現されるんだろうか。そして代金はどのくらいかかるのだろうか。
「どんまい」
「ティアーネは優しいなぁ……」
「みんな優しいよ?」
「そうだね。普段はね……」
酒って人を変えるんだな。格言だわ。
こうなってはもう無事に済むことを祈るしかないな。ってもうみんなお代わりしてんじゃんか、一気飲みしたのか!?
ってかいきなりお代わり十杯注文するとか飛ばし過ぎだろう!
俺ががっかり肩を落としている間にも大人組はどんどん酒を流し込み、ティアーネはせっせと食べ進める。
「今日はよく食べるな、ティアーネ」
「ん。いっぱい食べろって姉さんが」
「他人の金だからってレイアーネさん……。けどティアーネにだったらいくらでもご馳走しちゃうよ俺は」
「ありがと、モッチー」
にへ、と笑うティアーネに力の無い笑みを返す。
可愛いなあティアーネ。食べてる姿は小動物みたいだ。
こんなに小さくて可愛いのにAランクモンスターを簡単に倒してしまうんだもんなぁ。ほんと人って見かけによらないもんだ。
「モッチー」
ティアーネから活力を補充していると綺麗なオッドアイが問いかけてきた。
「どうした?」
「実験って何をするの?」
「ああ、実験か。色々とあるんだけどまず手をつけようと思ってるのは二つだね」
おそらくあと二週間もすれば依頼された分の杖は作り終えるだろう。ああ、そういえばミーナにも杖を作らなきゃならないな。
デザインは自分で描いてくれてるから問題ない。
「まず一つ目は剣士用の杖」
「? 剣士に杖はいらない」
「ああ。だから厳密には杖じゃなくて補助装置だな。身体強化の魔法がもっと強くなれば単純に強くなれるだろう?」
「ん」
「まずは雛形を作ってみて実用性があるかどうか確かめたい。それで実用性があるなら、次はどういう形にするかを決めるつもり」
「楽しみ」
「ああ。できたらいの一番に見せてやるからな」
「ん」
くぅ〜、素直可愛い!
どうやったらこんなにスレないで可愛く育つんだ。ファンタジー最高! ちっちゃ可愛いオッドアイ少女最高だ!
「もう一つは?」
ニマニマしているとティアーネがコテンと首を傾ける。
「そうだった。もう一つは合金の作製だな」
「ごーきん?」
「ああ。合成した金属のこと。俺のいた世界では用途に合わせて色んな種類の合金が作られてたんだ。その中にはこっちで主流の鉄より硬くて武具に適したものがある。レシピは知らないけど、あれこれ試していけば運良く見つかるかもしれない」
「ごーせい」
「ああえっと、合成ってのは混ぜ合わせることだよ。ほら、ティアーネだって水属性と風属性を合成して氷雪魔法を使ってるだろう?」
「ん。理解」
「それでさ、鉄より強い金属が作れたら今よりもっと強い武具が作れるだろう? もしかしたらAランクの壁も越えられるかもしれない」
「!」
鉄を炭に入れて炭素と化合させるのも合金の一種らしいけど、その程度の強さじゃAランクモンスターに歯が立たないのは確認済み。
ギルド長が持ってたような良質の武器でも真っ向から打ち合えるほどでは無いようだ。肉質の柔らかい場所を狙って攻撃するか、損壊を覚悟で打ち込むかのどちらかになっているらしい。
当然、優秀な武器を使い捨てにはしないので後者が一般的だ。
「正面から戦って折れない、摩耗しない合金を見つけなきゃな」
「ん。期待」
杖を全て仕上げて実験を始める。
そのためには知識と材料と時間が必要だ。ネックとなるのは知識だけど、今はそれよりも。
「うはははは、酒だ! 酒を持ってこーい!」
「負けないよ、ライン。僕にも十杯追加してくれ!」
「お酒はもっと味わって飲まなきゃダメよ、二人とも。私はエールとラムとミードを追加でお願い」
あの酒飲みたちが羽目を外し過ぎないように祈ろう。