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実験を始めよう・2

 そして小一時間ほど経った頃、ようやく俺は聞いておかないといけないことがあったのを思い出した。


「そういえばゲイルノートさん、発注してもらった杖のことなんですけど」


「ああ。もう出来たのか?」


 ゲイルノートさんも思い出したらしく身を乗り出してきた。


「いえ、まだ全く手を付けてません。作る前に確認しておくことがあったので」


「確認しておくこと、か。いいだろう。それが杖を作るのに必要なのであればな」


「はい。ではまずは意匠やどのような性能にしたいかについて意見を頂けますか」


「意匠は分かるが……性能?」


「はい。魔法陣の内部刻印はその性質上、複数の魔法陣を重ね掛けして性能を底上げすることが可能です」


「それは理解している。軍に納入されたものの中には制御補助に秀でたものや魔力許容量に秀でたものもあったからな。つまりはどの分野を伸ばすのか、ということか」


「はい、それもありますが……もっと正確には威力・制御・範囲拡張・魔力許容量の四つの分野をどのような割合で伸ばすのかについてです」


「どのような割合で……だと? そのようなことまで自由に出来るのか?」


「もちろんです。それが内部刻印の最大の強みですよ」


 俺の言葉にゲイルノートさんだけではなくなぜかレインさんやモルティアさんも思考に浸かり始めた。


 その間に俺は給仕の人を呼んで紙とペンを用意してもらう。そこにいつものように四つの項目を記す。


「モッチーよ。あの重量杖から調整を加えたという杖はどのような性能配分にしてあるのか参考に聞いても良いか?」


「ええ。ティアーネの杖は重量杖より少し性能を落としてますけど、配分は威力に六、魔力許容量に三、制御に一の割合にしてあります。やっぱり制御に割かないとフルでは扱いきれないみたいで」


「くくっ、あの重量杖のピーキーさではな。俺はともかくレインとモルティアは制御補助が必要だろう?」


「言ってくれるね筆頭殿。例えどんな杖だろうとすぐに扱ってみせるさ」


「強がるな。ムキになって壊せば大損だぞ」


 二人の軽快なやり取りにほころんでいると、ふと聞き逃せないフレーズに気づいた。


「あれ、作るのはゲイルノートさんに二本でしたよね?」


「ああ、あれは俺とレインの分だ。こいつにも作ってやらんと拗ねるからな」


「なるほど。ではゲイルノートさんとレインさんの二本を発注ということですね」


「それなんだがな。せっかくだからモルティアの分も頼めるか。欲を言えばここに集まっている魔導士部隊に行き渡らせたいと考えている」


「へ?」


 それって……ここにいる軍人ってみんな魔法使いなの? 三十人くらいいるけど?


「ここにいる顔触れは軍の魔法使いの中でも特に才能に優れた選りすぐりばかりだ。此度の戦いでも新型杖を用いて大いなる戦果を挙げた強者でな。モッチーも顔くらいは覚えておいて損はないぞ」


「はあ。けど全員分となるとどのくらいかかるか分かりませんよ。それこそ俺じゃなくて軍の技術部?とか他の鍛治師にも発注した方がいいんじゃ」


「モッチー。俺も少しは調べてある。新型杖はともかく重量杖レベルの代物となると並みの技術者では製作すら出来ん。内部刻印の難易度が高すぎるのだ。軍部では技術者を複数動員しても早くて半月を試算している」


「……半月」


「ましてや民間の鍛治師となれば製作できる者を見つけるだけでも一苦労だ。育成するにも非常に時間がかかる」


 ああ、そういえば重量杖はキングファングと戦ってレベルが上がった後に作ったやつだから内部刻印がより緻密で複雑になってるんだった。


 てことはそれで難易度が高いってなら今のティアーネの杖を見たら卒倒しかねないな。……うーん、やっぱり俺が作らなきゃならないんだろうか。


「現状で他にいないってことなら仕方ないですね。けど俺は鍛治の修行があるんで全員分揃うまでどのくらいかかるか分かりませんよ」


「引き受けてくれるか! ならば皆の者! 聞き耳は立てていたのだろう。これから紙を配るので氏名と希望する性能を記入しろ」


「あの、ゲイルノートさん。トータルの性能は重量杖クラスにするんですか?」


「可能か?」


「もちろん。でも魔法石の方が入手のアテが無いんですよ。軍から回してもらえませんか?」


「いいだろう。Aランクの魔法石も可能な限り回そう。それで我々の杖を製作してくれ」


「分かりました、引き受けます」


 俺はゲイルノートさんと固く握手を交わし、改めて軍の会計局から見積もりや重量杖などへの報酬が支払われることになった。先日の酒はあくまでゲイルノートさん個人からの謝礼だったらしく、軍部は別とのことだ。


 それと重量杖だが今回の戦争の勝利をもたらした品として王都へと運ばれたらしい。なんでも王都の技術者たちによって解析され新たな技術の発展に向けた研究に利用されるそう。


 ネアンストール防衛に必要ではないかと思ったのだが、新たな杖の入手目処がついている、まあぶっちゃけ俺が新しいのを作るから別にいいのだそうだ。


 というか一通りの研究が終われば宝物庫に入るらしい。やべえガチ国宝になっちゃったよ。軽い実験のつもりだったのに。


 そして俺は魔導士部隊の面々との顔合わせという名の酒宴に呑み込まれるのだった。









「それでしばらく酒は見たくないってかい? 僕としては高級酒にありつけてお偉い様方に懇意にしてもらえる環境なんて羨ましい限りだけどねぇ」


「はぁ……ローンティズさんは酒を嗜むからそう思うんですよ。素面のまま行き過ぎた酒宴に巻き込まれる苦労を理解して欲しいですよ」


「はは。モッチー君が成人してるのに断酒してるからだろう? 慣れてしまえば何も問題ないさ」


 俺はロックラックさんの鍛治工房でローンティズさんと昼食をパクついている。ローンティズさんはまだ馴染んでいない俺に気を利かせてくれてる優しい人だ。


 この国、というかこの世界では一般的な成人年齢は十五歳らしく、そこから五年間の準備期間を経て改めて二十歳で成人と認められるのだそう。


 要するに十五歳になったら成人の仮免許状態なわけで、形式的には成人として扱われるので飲酒も可能ということらしい。


 俺は朝から日の入りまでロックラックさんについてまず剣の鋳造から学んでいる。ざっくりといえば溶かした鉄を型に流し込む工程だ。


 そして日の入り後はまだ工房は動いているが俺はそこで終わりになる。軍部からの依頼を考慮してもらった結果だ。


 なので日の入りからは作業場の一部を借りて杖の製作作業へと移る。残念ながらローンティズさんの補助は得られないので単独作業だが。


 そうして丸一日を働き通し、夜遅くに拠点に帰って就寝する。そのサイクルを続けていた。


「それにしてもモッチー君の知識と成長スピードは素晴らしいね。親方も感心していたよ」


「へ? ああまあ知識に関しては少しかじっていたので」


 鋳造や鍛造などの鍛治に関してはテレビで見た知識やゲームで出てくる小ネタなんかの情報が記憶に残っていたからだ。それに異世界転生物なんかじゃ鍛治をするパターンも多いし、自然と覚えたんだよね。


 だからこそ実験したいことも多いのだが、軍部からの依頼を消化するためになかなか時間を作れないでいる。


 うーん、もどかしい。


「それで依頼の杖はどのくらい完成したんだい?」


「今は十本程度ですよ。量産タイプ……って表現はおかしいか、部下の人たちの分は割とすんなり行ってるんですけど、ゲイルノートさんとレインさんの二人は求める水準が非常に高いので悩んでいるところです」


「ほう、そんなにかい。モッチー君が手間取るのなら相当強い杖なんだろうね」


 なにせ二人とも重量杖を上回る威力と魔力許容量、範囲拡張を要求しているのだ。そのくせ外見は士気に影響が出るからと威厳のあるものを指定している。威厳のある杖ってどんなだよ。高校生に分かるかい!


 というわけで主に意匠に時間を費やしていたのだった。聞くんじゃなかった、ホントに。


「意匠かぁ。僕でよければ力になってあげたいところだけど、決まったデザインを組み合わせるのは出来ても新しいものを生み出すのは苦手なんだ。すまないね」


「いえ、お気持ちだけで十分ですよ」


「モッチー君の周りにはデザインが上手い人はいないのかい?」


「“赤撃”のみんなや“猛き土竜”のみんなはどうも苦手みたいで。自分が欲しいデザインだけはしっかり提示するんですけどね」


 主にミーナとかミーナとかミーナとか。二十種類も描いて渡して来られても困るぞ。二十本作れってか!?


「それじゃあ職人関係はどうだろう。杖関係とか、服飾関係なんかの人は?」


「俺はネアンストールに来たばかりですよ? そんな知り合いなんているわけ……あ」


「どうしたんだい?」


「師匠がいた」


「師匠?」


 この翌々日、休みの日に俺は久し振りに師匠の元を訪れることにした。






「いやああぁぁん、モッチーちゃんじゃないのお! お久しぶりねぇ元気してたかしらぁ?」


「え、ええ師匠。ご無沙汰してます」


 師匠。それは俺に皮防具の作り方を教えてくれている解体屋のゴリアンヌさんだ。


 抜群にメイクが上手く、女性らしい気遣いや言葉遣いをし、防具のデザインが秀逸で一目置かれるほど。


 そこだけ聞けば実に魅力的だが、その実は二メートルの巨漢、筋骨隆々のマッチョマンだ。おまけに解体屋なので鉈を握るのである。夜道で出会ったら間違いなくチビる。


「今日は久しぶりに修行しに来たのかしらん? 本業の方はパパパッと終わらせちゃうわよぉ」


「いや、本業優先でしょうに。って今日は修行じゃなくて相談に来たんですよ」


「相談……! やだ、モッチーちゃん。みなまで言わなくても大丈夫よ。私に任せなさいな。バッチリ素敵なプレゼントを選んであ・げ・る」


「へ? プレゼント?」


「やだもう惚けちゃってぇ。姫ちゃんに渡すプレゼントに悩んでいるのでしょう? もう、いじらしい子ねぇ」


「はあーっ!? いや、違いますって! それは自分で選ぶ……ってそうじゃなくて別件です、別件!」


 何を言ってるんだこのオカ……師匠は!?


 全く恋バナの匂いを嗅ぎつけたらいきなり暴走する癖は治してくれよな。てか完全に妄想からスタートしてるし。嗅ぎつけどころかねつ造だし。


 俺はなんとか師匠の暴走を抑えて本題へと入る。


「杖の意匠?」


「はい。威厳のある杖を指定されたんですけど、なかなかデザインが決まらなくて。師匠なら何か思い付くかなって」


「あらん、それで私のところに来てくれたのぉ? もう、弟子のためなら私頑張っちゃうわよ!」


 顔の横に両手でグーを上げる乙女ポーズをした師匠が自信満々に請け負ってくれた。


 これで一安心だ。師匠ならきっといいデザインを作ってくれるに違いない。


 俺は一安心して師匠と打ち合わせに入るのだった。

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