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実験を始めよう

 ネアンストールの町が勝利に沸く中、“赤撃”と“猛き土竜”は“赤撃”の拠点で祝勝会を開いていた。


 酒が入り、上機嫌なラインさんがジョッキを掲げて叫ぶ。


「俺たちの勝利に、乾杯!」


「「「乾杯!」」」


 大人の男たちがジョッキを掲げて応え、上機嫌な笑い声を上げた。


 今日ばかりはレイアーネさんも家事をこなす気力が無かったので、帰り道に各々買い集めた屋台物をテーブルに広げてつついている。


 俺は例によってティアーネと並んでジュース片手に食事を摂っているのだが、今回は反対側に座ったミーナから執拗に絡まれていた。


「ふひっ、お酌をさせてやるなの。ミード希望なの」


「別に嬉しくもなんともないから。えっと、ミードはどれだっけ……これか。あんまり飲み過ぎるなよ」


「ふひっ、潰れるようなヘマはしないなの。何されるかわからないなの」


「妄想だろ。誰がミーナに手を出すんだよ」


「ふひっ、イタズラの話なの。何を勘違いしてるなの。ぷぷ、なの」


「お前なぁ……」


 酔ってるのか素なのかよくわからない絡み方に少々辟易としつつ、まあでも慣れたなととりとめもない感想を抱いていた。


 それにミーナも功労者だからな。最後は本当に助かったし。


「それにしてもミーナの魔法、シャドウスワンプだっけ? すげえ範囲に効いてたな」


「ふひっ、範囲魔法はミーナの得意分野なの。それに杖も優秀だったなの」


「そうなのか。ちなみに上級魔法とかって使えるの?」


「ふひっ、ミーナをなめるななの。お茶の子さいさいなの」


「へえ。じゃあそのうち見せてくれよ」


「ふひっ、仕方ないなの。ミーナに夢中になっても知らないなの」


「ならないって」


 なんでまあこんなに自信満々なのかは知らないけど、確かに黙ってれば十分可愛い見た目してるからな。黙ってれば、だけど。


 くいくい、と反対側から袖を引っ張られる。


「ん? どうしたティアーネ?」


「上級魔法いっぱい見せる」


「へ?」


「私も見せる」


 いつもの眠たそうな表情がちょっぴりとだけムキになってる気がする。ティアーネってミーナと仲良くなかったかな?


 てかそもそもパーティーメンバー以外と喋ってるところを見たことないようなあるような。うーん、どうなんだろうか。他人を嫌うような子には思えないけど。


「おう、ありがとう。カッコイイやつ頼むな」


「ん」


 返事に満足したのかティアーネの表情が柔らかくほころんだ。


 はうっ!?


 ティアーネが見せる無垢な子供のようなふにゃっとした笑顔が俺の脳髄を直撃する。


 なんだこの爆発的可愛さは!? ティアーネってこんな表情もできるのか!


「ふひっ、天然物はやばいなの。モッチー、ティアーネを寄越せなの。ミーナが飼うなの」


「はあ!? 誰が渡すか!」


「ふひっ、なら奪い取るまでなの。ティアーネ、お菓子あげるからこっちおいでなの」


「子供か!」


 俺たちがギャアギャア言い合っている間に、こんな時でも壁に寄りかかって静かに食事を摂っていたスルツカさんが静かに玄関へと移動していた。


 俺がたまたまそれに気づいたそのすぐ後でドアがノックされる音が響く。


 今は夜も更けていて、緊急でもない限り訪問者など考えられない。せいぜい騒音に苦情を言いにくる近隣住民くらいだが、今は町中がお祭り騒ぎの喧騒を引きずっていて目くじらを立てるものもいないだろう。


 大人組が騒ぎを止めてスルツカに合図を送る。


「何者だ?」


 果たしてドアの外にいたのは軍服を着た数人の男達だった。


 年の頃はみな二十代前半といったところか。国防軍の若い衆といった感じだ。


「ここは冒険者パーティー“赤撃”の拠点で間違いないか?」


「ああ」


「そうか。では鍛治師モッチー並びに冒険者パーティー“赤撃”に対しゲイルノート・アスフォルテ筆頭閣下より贈答品がある。有り難く受け取るが良い」


「贈答品?」


 スルツカさんが“赤撃”のリーダーであるラインさんにアイコンタクトを送る。それを受け取ったラインさんがこっちに水を向ける。


「おう、モッチー。指名だ」


「え? いや、“赤撃”も対象じゃないですか」


「ばっか、俺たちゃオマケだよ。なんせ国防軍のトップと繋がりがあるのはお前だけなんだからな。大方あの化け物杖のお礼ってやつだろう」


「……ああ、重量杖! そういえば渡したんだった」


 となると俺が応対しないと話が進まないわけか。


 なら。


「あの、俺がモッチーです。贈答品ってのは?」


「ほう、君が。若いな」


 いや、あんたも若いだろう。少なくともラインさんたちより年上には見えないぞ。


「運び入れろ。くれぐれも丁重にな。倒したら筆頭閣下に恥をかかせることになるぞ」


「はっ!」


 果たして運び入れられたのは二つの樽だった。


 ラベルには中身の書かれた紙がそれぞれ貼られているが、俺にはそれが何を指しているのか分からなかった。


「それと鍛治師モッチーに伝言がある。『改めて礼をしたい。二日後の夜に“琴吹の宿”へ来て欲しい』とのことだ。確かに伝えたぞ」


 そう言うと兵士たちは撤収していく。後に残されたのは謎の樽が二つだけだった。


「樽って……パターン的に酒とか?」


「うおおおっ、酒だと!? 飲ませろおおぉぉ!」


 酒の単語に反応したウルズさんが突撃して紙を見る。


「なんだ……“木漏れ日”に“清涼”? なんだこりゃ?」


「なに、“木漏れ日”に“清涼”だと!? まさかその樽全部か!?」


 知っているのかライン!?、とばかりにウルズさんがラインさんを見る。


 果たして答えは今までで一番上機嫌な表情を見せるノルンさんからだった。


「ほほっ、これはこれは大変珍しいものにお目にかかれたのう。“木漏れ日”に“清涼”といえばあの自然美しいアスフォルテ伯爵領で作られる最高級のワインとエールのことじゃ。作られる数は少なく、貴族であっても簡単には手に入らない幻のお酒じゃぞ」


「うおおおっ、幻の酒だとおおおぅ!? 今すぐ開けろおおぉ!」


「これ、落ち着かんか馬鹿弟子が。所有権はモッチー殿にあるのじゃぞ。まずはきちんと断りを入れてからじゃ」


 ええと、それって飲むのはハナから確定してるってことですかねノルンさん。ま、俺は酒は飲まないし全然構わないんだけど。


 それよりもノルンさんが非常に生き生きしてて好々爺感が溢れ出している。そんなに好きか、酒。


 大人組を始めレイアーネさんやセレスティーナさん、ミーナも酒に群がって大味見大会が始まった。


「うおおお、うめぇえ!?」


「うはは、モッチー様様だな!」


「よっしゃあああ宴会だああああ!」


 ウルズさんとラインさんが中心になって馬鹿騒ぎが始まる。


 酒宴はまだまだ始まったばかりだ。






 そして二日後。


 歴史的勝利に沸いていたネアンストールの町も落ち着きを取り戻し、普段の日常が戻ってきている。


 その夜、俺は“琴吹の宿”という居酒屋へと足を運んでいた。ゲイルノートさんの伝言で指示されていた場所だ。


 入り口をくぐると中は広々としていてテーブル間の感覚も広く、非常にゆったりとした作りをしている。事前に聞いていたネアンストールで一番の高級居酒屋というのも頷けるというもの。


 そして中は軍服を着用した男達で満席になっていた。貸し切りなのだろう。


 その奥の席で飲んでいたゲイルノートさんが入店した音に気づいて振り向いた。


「お、来たなモッチーよ。こっちだ」


 三人で囲む席には斜に構えたような金髪のイケメンと先日酒を届けてくれた軍人の青年が同席している。


 ……なんかあの金髪の人、既視感があるような。どこだっけか?


「ま、立ち話もなんだ。座るといい」


「はい、では失礼します」


 金髪のイケメンとなんかエリート感漂わせてる青年がジロジロと観察してくる。二人ともゲイルノートさんと同席してるってことは偉い人なんだろうか。


「まずは改めて先日の礼をさせてもらう。モッチーのお陰で我々はネアンストールを守り抜くことができた。一同深く感謝している。本当に助かった」


「えっ、あ、その俺は杖を渡しただけで……そこまで改まって言われるようなことじゃ」


「謙遜はいらん。あの杖が無ければここにいる皆は今頃魔物の腹の中だ。それどころかこの町すら魔物の温床に成り果てていただろう。あの時のモッチーの行動が歴史を変えたのだ」


「お、大袈裟な……」


 そりゃまあ俺の杖が戦局を変えたってのは事実だけど、それも扱う人間がいてこそだし、礼ならもう十分なくらい受け取ったし。……昨日の朝の混沌ぶりは忘れることにしよう、うん。女性陣がしっかり避難できていたのは不幸中の幸いだったんだ、うん。


「ま、筆頭殿。褒めそやすのもいいが我々の紹介もまだじゃあないか。とりあえず話を進めてくれねえか?」


「……一理ある。モッチー、この男が魔法使い次席レイン・ミィルゼムだ。今回の戦いでは俺と共にあの重量杖を使い魔物を殲滅した」


「レインだ。あのじゃじゃ馬はなかなか骨が折れたぜ。なんせ威力の割に制御補助が無いときた。危うく本気を出して壊しちまうとこだったぜ」


「……え? あの杖でもまだ性能が足りなかったんですか!? ってことはゲイルノートさんも」


「ああ。モッチーにはこれから更に高い性能の杖を作ってもらいたい。それとこっちの若造も紹介しておく。一昨日に会っているな? 我が魔導士隊のホープ、モルティア・クスハン。四つの属性を使い分けるマルチエレメンタルだ」


「よろしく、鍛治師君」


「は、はあ……」


 エリート感溢れる青年は実に自信に満ちた表情をしている。その割に嫌味な印象を受けないのは北欧系の顔立ちとブロンドの髪が外国人感に溢れていて、日本人の俺には純粋にカッコ良くて善悪の印象を抱かないからだろう。


「ほう、マルチエレメンタルにあまり興味を示さないのだな。ダブルは大勢いるが、クアドラプルともなると世界でも数えるほどしかおらんぞ」


 へえ、そうなのか。確かにティアーネやレイアーネさん、ミーナにスルツカさんと二属性を持つ人が身近にいるけど、それ以上の人は見たことがない。……いや、正確には……


「まあ、属性の種類だけなら俺は全属性使えるんで」


「……は?」


「エンチャントしか使える魔法が無いんですけどね。まあ飾りみたいなもんですが」


「ちょっと待て、全属性だと!? そんなもの聞いたことなどない。本当かどうか見せてくれ」


 ゲイルノートさんもレインさんもモルティアさんも一様に目を見開いている。特にモルティアさんの表情が名状しがたいものになっていた。


「見せるのはいいんですけど、エンチャントなので武器がないと」


「ああ、それもそうだな。よし、総員! 帯剣しているものは整列し抜刀せよ!」


 ゲイルノートさんの合図に酒に興じていた軍人たちがあっという間に並んでいく。そして胸の前に剣を掲げて静止した。


 うわ、壮観だな。やっぱ訓練されてる軍人ってカッコいいな。


「えっと、それじゃあエンチャントをかけていきますね。エンチャント・ファイア。エンチャント・ウォーター、エンチャント・ロック、エンチャント・ウィンド、エンチャント・ライト、エンチャント・ダークネス、エンチャント・アイス、エンチャント・ボルテクス、エンチャント・ホーリーライト、エンチャント・シャープネス、エンチャント・…………」


 改めて思うけどやっぱりエンチャントって種類が多いな。エンチャントしか使えないってかなりのハンデだと思ってたけど、これだけ使えるのならまあマシなのだろうか。


「ほう……。本当に全属性、それどころか複合属性すら扱えるとは。エンチャント限定にしても前代未聞だ」


「あ、やっぱりそうなんですか。仲間にも言われました」


 しかしまあ途中からモルティアさんの表情がみるみる暗くなってったけど大丈夫かな。クアドラプルが相当自慢だったんだろうなぁ。


「ふ、ふふ……。これは思わぬところで良い薬を見つけたものだ。モルティア、上には上がいる。良く分かったろう。これからは持って生まれた才能に溺れずクアドラプルの強みを磨くことに腐心するのだな」


「は、はい! 筆頭閣下!」


 まだ動揺が抑えられていないモルティアさんだったが、ゲイルノートさんの訓示に平静を取り戻したらしい。どうやら都合よくダシにされてしまったようだ。


「またモッチーには助けられてしまったな。このモルティアはクアドラプルという希少な才能を持った故、それ任せで魔法を扱うクセがあったのだ。磨けば光ると言うに、なかなか耳を貸さなくてな」


「そうなんですか。確かに複数属性を同時に操れたら面白い戦い方ができそうですよね」


「ほう、例えばどのような?」


「本当にできるかどうかは試していないので分かりませんけど、例えば風の魔法で相手を閉じ込めて火の魔法で酸素を燃やし尽くして呼吸できなくするとか、水の魔法で広範囲を水浸しにして雷撃で一網打尽にしてしまうとか……」


 話し出したら止まらずとはオタクの性か。俺は反応が良いのをいいことにゲーム知識のアイディアを次々に話していった。それはもうイキイキと。

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