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ネアンストール攻防戦・10

 それは影だった。


 戦場を疾風のように駆ける影。


 魔物の襲撃を神業のように避けながらその時をずっと待ち続けていた。


 悟られてはならない。


 魔物を倒して注意を引いてもならない。


 倒せるはずの敵をいなしながら、その男はただひたすらにその瞬間を待ちわびている。


 そしてその瞬間は、来た。


 ヤツがどれほど視野が広く動きが速く複数の敵に対処できようと。




 獲物を捕食する瞬間だけは周囲への注意が薄れる。




 男は切り返し、神速を持ってヤツへ迫る。


 Aランクモンスター、パラゼクトスパイダーのその頭部へと。


 まさに“赤撃”のツーヴァを喰らおうとしているその頭部へと。


「殺った!」


 バスタードソードを突き込む。


 眼球から脳へと。二メートルに及ぶ長剣は確実に致命傷を叩き込んだ。


「「「ギ、ギルド長!?」」」


 ツーヴァが、ラインが、ウルズが驚愕する。


 彼らをもってしても近くに潜伏していたスレイニンを察知することができなかったのだ。それもバスタードソードを振るうその瞬間まで。


「早く脱出しろ。他の魔物に囲まれたら逃げ道が無くなるぞ」


 バスタードソードを抜き取ったスレイニンは周囲の魔物へと躍りかかる。その一閃、一閃が確実に急所を射抜く一撃だ。


 ラインたちはその手際を呆気に取られて見遣るが、すぐに気を取り直してツーヴァの救助へと移る。Aランクモンスター、パラゼクトスパイダーはもう生命活動を停止していた。


「ええい、剣は諦めるしかないな。ツーヴァ、お前のもだ。とにかく逃げるぞ」


「ああ。命あっての物種だからね」


 無事だったツーヴァの一振りを粘糸を剥ぐのに使い、ウルズが怪力を発揮して脚を退ける。


 助け出すまでの時間はスレイニンが稼いでくれていた。


「ギルド長、こっちはオーケーだ! 脱出する!」


「分かった。後ろは任せておけ」


 彼らはウルズを先頭に、仲間たちの背を追いかけて駆け出す。






 一方、モッチーたちは魔物の群れを抜けたところで速度を落としていた。


 追ってくる魔物を処理しつつ、可能な限りギリギリで踏みとどまる。


「のう、あやつらを待つにも限界があるぞい。儂らまで呑み込まれては意味があるまいて」


 そんな状況にノルンが苦言を呈す。


 俺たちはラインさんたちが戻るのを信じて戦い続けている。魔力の続く限り、体力が保つ限り、俺たちはここで待ち続けるつもりだった。


「すみません、あと少しだけ」


「モッチー殿。儂らは自らの身を守るだけで精一杯なのじゃぞ」


「分かっています。でも、もう少しだけ……」


「……致し方ないのう」


 実質、今の俺たちの中で戦えるのはノルンさんとミーナ、セレスティーナさんの三人だ。レイアーネさんは援護が精一杯で、スルツカさんは俺の護衛に専念してくれている。そして俺とティアーネは戦う術を持たなかった。


 “赤撃”が機能していない今、“猛き土竜”に乞うことしか俺に手段が無かった。


「モッチー、私も戦う」


「ティアーネ……」


 ティアーネが俺が持っている杖に手を伸ばすが、その手が震えているのが見えた。


 とても戦えるような状態じゃない。魔力だってもう枯渇寸前だし、魔法薬だって中毒寸前でもう使えないじゃないか。


「駄目だよ、もう限界じゃないか。これ以上無理したらもう魔法が使えなくなるかもしれないんだろう?」


「でも」


「ティアーネはまだまだもっと強くなれる。だからここで終わっちゃ駄目だよ」


「それでもいい」


「良くない! そんなの……俺は嫌だ」


「モッチー……」


 ティアーネが手を引っ込める。


「助けたい」


「俺だって……でも……」


 何もできない。


 俺に戦う力があったら……Aランクモンスターを倒せる力があったら……


 でも俺は鍛治師で……。武器は扱えないし魔法だって使えない。


(作ってやる。魔王を倒す最強の武器とみんなを守れる最強の防具を)


 俺は……俺のやるべきことは……


「ふひっ、しぶとい奴らが見えたなの」


 思考に沈んでいた俺の耳にミーナの陽気な声が届いた。虚を突かれてキョトンとしてしまう。


「は? 見えたって何が?」


「ふひっ、命知らずの三バカなの。ギルド長もいるなの」


「えっ!? どこ、どこだ!?」


 ミーナの指差す先、魔物が高密度でひしめく場所でちらちらと覗く姿。


 ティアーネがキュッと強く抱きついてくる。


「ラインさん……ツーヴァさん……」


「生きてる」


「ふひっ、ウルズは眼中に無いなの。人徳の問題なの」


 ミーナがくつくつと笑う横で皆が慌ただしく動き始めた。


「合流次第すぐに離脱するぞい! 引き連れておる魔物の数が厄介じゃ。容易ではないぞ!」


 ノルンさんの指示に皆が頷き、ラインさんたちとの間に立ちはだかる魔物へ攻撃の密度を上げる。


 一方でミーナは手を止めてなぜか俺の前に近づいて来る。どこか不敵な笑みが俺を見上げていた。


「ふひっ、魔力回復薬を寄越せなの」


「ああ。魔力が切れたのか?」


「ふひっ、それとティアーネの杖も寄越せなの」


「ああ。……はあ!?」


 つい反射的に頷いてしまってから素っ頓狂な声を上げる。


 予想外の要求で困惑したが、まさかそのまま借りパクしようとしてるわけじゃないだろうし、落ち着いて考えればティアーネの杖を使わず宙に浮かせておくのは勿体ないことに今更になって気付いた。


「ティアーネ?」


「ん」


「了解。ミーナ、壊すなよ?」


「ふひっ、要らない心配なの。ミーナを見くびるななの」


 杖を交換し、ミーナは魔法の構築へ入った。


 その身体から溢れ出す魔力は素人でも分かるほど激しく強いエネルギーを内包している。


「おいおい、ミーナも天才ってやつなのか? それともこれが魔法使いの標準!?」


「ふひっ、ミーナはただの美少女じゃないってところを見せるなの。惚れ直すといいなの」


「自分で美少女とか言っちゃうのかよ。ってか惚れ直す以前に惚れてねぇし!」


 馬鹿な会話を挟みつつも練り上げられた魔力は闇属性を帯び、そして形を成した。


 四方八方へと闇が広がる。


 俺たちの逃走経路を除き、見渡すレベルの広さまで地面が暗闇へと変質した。


 その闇の上を走る魔物たちの動きがガクンと落ちる。


 ここまで俺たちに並走し、また追いついていた魔物ですらジョギング並みの速度まで低下している。よく見れば闇に脚が沈んで取られているのが分かった。


 これなら追いつかれる心配はない。


 その魔法を見てティアーネが正体を看破する。


「中級のシャドウスワンプ」


「影の……沼? だから動きが遅くなったのか」


「ふひっ、正解なの。とっととトンズラするなの。長居は無用なの」


 俺たちがとって返すタイミングでラインさんたちも無事合流を果たし、“赤撃”と“猛き土竜”、そしてギルド長はこの戦場からついに脱出を果たす。


 こうして俺たちの戦いは終わりを迎えたのだった。









 ネアンストール防壁での戦いはついに終結を迎える。


 大多数の魔物とAランクモンスターを欠いた魔王軍は冒険者たちの命がけの作戦により混乱をきたし、防壁への圧力がグンと下がった。


 これにより疲弊していた国防軍に余裕が生まれ、各個撃破による掃討が可能になったのである。


 そしてその一時間ののち、ついに最後の魔物が討ち取られた。


「終わったな」


「ああ、筆頭殿の言った通りだったね。本当に俺たちにツキが向いたようだ」


 ゲイルノート・アスフォルテ並びにレイン・ミィルゼム。立て続けに広域殲滅魔法を放ち続け、ついには魔力切れで動けなくなった二人の下に部下から掃討完了の報告が届く。


 知らせを受けた時は血の気が引くほどの脅威を感じ、命を捨てる覚悟まで決めた。


 それが終わってみればどうか。


 魔力が切れた時はヒヤリとしたが、冒険者たちの助けもありついには退けることができた。


 防壁のどこも破られず、報告された死傷者の数もこれまでの防衛戦に比べて圧倒的に少ない。


 完勝。そう言えるのではないだろうか。


「変わるぞ。流れは、確実に」


 ゲイルノートの呟きはレインの耳にすっと入った。


 この戦いの結果はすぐに王都へと届けられることになる。戦いの顛末、それに勝利をもたらした技術、そしてそれを成した人物の名と共に。




 この日、クルストファン王国に激震が走った。


 歴史的な勝利を讃える声があちこちで上がり、そしてネアンストールを守り抜いた二人の魔法使いが英雄として祭り上げられる結果となる。


 魔法使い筆頭ゲイルノート・アスフォルテ。


 魔法使い次席レイン・ミィルゼム。


 彼らはクルストファン王国の誇る英雄としての歩みをこの日、踏み出したのである。






 そしてこの日は同時に人類の歴史に初めて鍛治師モッチーの名が刻まれた日でもあった。

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