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ネアンストール攻防戦・9

「国防軍は圧倒的に優勢だ!」


 その知らせは瞬く間に臨時キャンプ地に広まった。


 数で劣る国防軍だが、未だ防壁を破られてはいない。防壁前に詰める魔物の数はもはや防壁を超えられる戦力ではないだろう。


 そのような報告に湧き立つキャンプ地だが、主導陣は戦勝ムードに浸ることはなく、むしろ一つの危機感を抱いていた。


 ギルド長、スレイニンはその憂慮を口にする。


「広域殲滅魔法の使用は確認されてはおらんか。形跡はあったそうだが……魔力切れ、ということかもしれんな」


「うむ。おそらく魔法薬の過剰使用で中毒寸前になっておるのじゃろうの。問題はあとどのくらい耐えられるのか、じゃが」


「最後まで防壁を守り抜くことができる……などとは楽観的に過ぎる、のだろうな。我々も最後の一押しをする必要があるな」


 会議はほぼスレイニンとノルンの二人が話し合う形になっている。残りのラインを含む三人は時々口を挟む程度で、基本的には聞きに徹していた。


 そんな中、スレイニンの視線がラインへ向く。


「“赤撃”に確認したい。広域殲滅魔法は使えるか?」


 ラインは禿頭を撫で、内心でやはり来たか、と呟いた。


「使えるっちゃあ使えるが。ティアは魔法薬を使い過ぎててな。一発。保って二発だろう」


 本心としてはここまで獅子奮迅の活躍を見せてきたティアーネにこれ以上の無理はさせたくない。本人は平気なふりをしているが、限界が近いのは明らかだ。


 このまま前線から離れて撤退したい、という考えが根底にあった。


 だがそれをおくびにも出さず、努めて平静に答える。


「ふむ。一つ、案があるのだが検討してもらえるだろうか」


「ほう、まずは聞いてみようかの」


「まず……」


 スレイニンの提案に皆が目を丸くした。









 ここネアンストール防壁での戦いは最終局面へと入っていた。


 筆頭ゲイルノート・アスフォルテ及び次席レイン・ミィルゼムは魔法薬過剰使用により戦闘続行不可になっており、後は真正面からのぶつかり合いを見守ることしかできないでいる。


 彼ら二人が放った広域殲滅魔法は数多の魔物を屠ったが、それでも千を超える魔物が残っていた。その中にはAランクモンスターの姿がいくつも垣間見え、ここまでの奮戦とは裏腹に劣勢へと傾こうとしている。


「せめてAランクモンスターだけはなんとか始末せねばならんな」


「だがどうするね? 我々は倒せて一体といったところじゃないか。優秀なる我が軍に祈るしかあるまいよ」


 魔法薬過剰摂取の中毒は体内の魔力が制御不可能になり荒れ狂う状態のことだ。これ以上摂取すれば二度と元の状態には戻らないだろう。体内魔力が安定化するまでは休息が必要だ。


 少数ではあるがモッチー謹製の新型杖を持った魔法使いたちが上級魔法で強めの魔物を間引いてはいるが、彼らも魔力の限界が近い。Aランクモンスターを相手にするのは少々重たいだろう。


 まさに運に頼るしかない、そんな状況で。


 彼らは奇跡を見た。





 突如として戦場に現れた暴風雪。


 吹き荒れる竜巻は魔物の中を縦横無尽に駆け抜け、狙ったようにAランクモンスターを巻き込んでいく。





「なんだ……水と風の複合上級魔法“トラッキングブリザード”? そんな高難度広域殲滅魔法を使える魔法使いなど……」


「しかもあんな規模だ。耐えられる杖なんてあるわけがねえ。あるとしたらこの杖だけだ」


「ああ。常軌を逸したこの重量杖でなければ…………いや、いる。他にこれほどの杖を手にしている魔法使いが」


 ゲイルノートの頭にとある冒険者パーティーの名が浮かんだ。それはこの重量杖を作った少年が所属しているところ。


(ウチの魔法使いもその杖くらいの性能じゃ実力を発揮できなくて作り直したんですよ)


 そして作り出されたのがこの重量杖。そしてこれをさらに調整した代物を持った魔法使いが、いる。


 ツキが向いた。


 ああ、間違いない。この戦いは我々が勝つ。


 ゲイルノートは確信を持って断言する。


 守備隊はこの状況を押し返すに十分な力がある。Aランクモンスターが悉く打ち倒された今の状況ならば。








 その頃、冒険者たちは必死に退却を行なっていた。


「ティアーネ、大丈夫か!? なんかすげえ魔法使ってたけど!」


「……ん、たぶん」


 俺はフラフラになったティアーネを背負い、ツーヴァさんの後ろを懸命に走っている。


 “猛き土竜”を含めた魔法使い陣は俺と固まって走り、左右をラインさんとセレスティーナさんが固め、後ろはスルツカさんとウルズさんが殿を受け持ってくれていた。


 ギルド長が提案した作戦。それは敵陣営に切り込み、急所となる場所に広域殲滅魔法を打ち込んで逃げるといういわゆる撹乱作戦だった。


 冒険者陣営ができることは残り少ない。ならば魔物陣営の注意を引き、ネアンストール防壁への圧力を減らす。


 後は総員生きて逃げ延びるだけだ。


「モッチー、スピード上げろ! 囲まれるぞ!」


「ええっ、これでも全力なんですけど!」


「ええい、馬鹿みたいなパワーあるくせに鈍足かよ。ドワーフかお前は!」


「いやいやみんなが速すぎるだけですって! Bランクパーティーを基準にするのは乱暴すぎじゃないですか!?」


 ラインさんと言い合っている間も絶え間なく魔物たちが攻撃を仕掛けてくる。


 俺だってレベルアップ補正でオリンピック選手並みのスピードで走っているのだが、高レベルの冒険者のステータスはそれを軽々と凌駕していた。


 というか後衛の魔法使い陣まで俊足っておかしくね!? しかも平気で魔法までぶっ放してるし!


 それになんだかこっちに向かってくる魔物がやたらと多い気がする。他の冒険者たちにはパラパラとしか襲いかかってないのに、こっちには親の仇かってくらい殺到してきてる。めっちゃ怖い。


「ぬう、マズいの。想定していたよりも向かってくる魔物の数が多いわい」


「ふひっ、ノルン爺がこんな作戦に賛成するからなの。“赤撃”が一番危ないのは分かってたなの」


「師匠もミーナも口より手を動かしてください!」


 窘めながらレイアーネさんがウォーターランスを乱れ撃ちする。ここまで魔物が密集していれば細かい狙いなどつけずとも次々と命中していった。


 それでも強めの魔物には効いていない。回復職のレイアーネさんの攻撃性能が足りてない証拠だ。


 戦場にいたAランクモンスターを射程圏に捉えるために敵陣営の深くまで侵入していたせいで未だ突破すらできていない。それでもあと少しのところまで来ている。


 ここさえ突破すればなんとか切り抜けられるはず。


 だがその希望を抱いた時、ラインさんが焦った顔を浮かべ叫んだ。


「うおおおっ、なんでまだこんなもんが残ってやがるんだ!」


 俺たちの前に三メートルを超す巨大蜘蛛が立ち塞がる。


 未だ生き残っていたAランクモンスター、パラゼクトスパイダー。それは蜘蛛系魔物の中でも最強格の存在だった。


 先行していたツーヴァさんが接敵し、吐き出される粘糸を回避する。


「ティアーネが戦えない時に!」


「ツーヴァ、ここは俺たちで引き受けるぞ!」


「……了解だよ、ライン。ティアーネばかり目立っては僕たちの面目が丸潰れだからね」


 すかさずラインさんが前に出てツーヴァさんの援護に回る。二人は刹那の判断で死地を選んだ。


「ラインさん、ツーヴァさん!」


「駄目じゃ、モッチー殿。二人の覚悟を無にしてはならん」


「でも……」


「耐えるのじゃ。主はなんとしてもここから生き延びねばならぬ。儂らの誰を犠牲にしてもの」


 俺たちはそれを驚きの目で見遣り、それでも非情にも二人を見捨てる選択肢しか取れないでいた。


 だが、嬉々として死地に残る選択を行う者もいる。


「はっはー、ラインに良い格好されて黙っちゃいられないな。俺が手伝ってやろう!」


「ウルズ! ……この馬鹿弟子が!」


 足を止め、援護に向かったのは赤髪の巨漢。


 ラインたちと戦闘を繰り広げるパラゼクトスパイダーを背後から急襲する。跳び上がり、背中を力づくで殴り付けた。


 振り返った巨大蜘蛛が吐く糸を背中を蹴って回避する。着地を狙って踏み付けてくる脚を曲芸のような体捌きでかわしていく。


「ははっ、ノロマが! 図体だけで大したことはないな!」


「調子に乗るなウルズ。腐ってもAランクモンスターだ。本気で行くぞ」


「俺一人でもぶっ倒してやるさ。見てな!」


「おいっ!」


 ウルズは静止に耳を貸さず、拳を握って懐に潜り込む。激しく動き回る多脚を回避しながら頭部へと肉迫し、顔面へと拳を振り上げる。


 だがその瞬間、吐き出された粘糸がウルズの拳を絡めとりその動きを封じた。


 前脚がウルズを蹴り上げる。


「うごっ、がっ!」


 激しい衝撃に吹き飛ばされ、脳を揺さぶられて倒れ臥す。だがパラゼクトスパイダーは粘糸を巻き上げウルズの身体を引き寄せていく。


「ぐっ、な、舐めやがって……」


「この馬鹿が! だから言っただろうが!」


 踏み付けを転がることで辛くも回避したウルズだが、そこから次の行動へ移ることができない。だが割り込んだラインが大剣で無理矢理粘糸を断ち切り、束縛から解放させた。


 しかしラインの大剣は粘糸に絡め取られ、手から引き剥がされる。ラインは盛大に舌打ちした。


「ちいっ、これだから蜘蛛系は面倒なんだ!」


「全く同感だね。ウルズ、ひとまず魔法薬で回復するんだ。態勢を立て直すよ」


「うおごふっ」


 ウルズを抱え起こしたツーヴァが体力回復薬の蓋を開けて瓶口を口に押し込んだ。吹き出しそうになりつつもなんとか嚥下する。


「てめえツーヴァ! 何しやがる!」


「それはこちらの台詞だよ。貴重な魔法薬なんだ。代金は後で請求するからね」


「うぐっ、ぬうぅ……」


 “赤撃”が残した五つの魔法薬の内の一つなのだ。さらに言えばツーヴァが携帯していたのは魔力回復薬と合わせて一つずつしかない。体力回復薬はラインが持つ一つを残すのみ。


 こうなってはモッチーが持つ残りの魔法薬も各自多めに分配しておくべきだったと後悔してしまう。


 だがパラゼクトスパイダーから放たれる粘糸がツーヴァの思考を吹き飛ばした。


 猛烈な勢いで吐き出され続ける粘糸は執拗にツーヴァを追いかけ逃げ道を塞いでいく。余計なことを考える暇など無い。文字通り命がけで間隙を縫っていく。


「させるかよぉ!」


「おらぁ!」


 ツーヴァを救うべくラインとウルズが果敢に攻撃を仕掛ける。だが何本もの脚が激しく振り回され取り付くことができない。


 脚に攻撃を加えてみるものの返ってくるのは硬い感触のみでダメージを与えた手応えすら無かった。


 まずい。この状況はまずい。


 “赤撃”も“猛き土竜”も急速に力を付けたとは言え、それは魔法使いに限った話。肝心の前衛陣はセレスティーナを除いて実力は変わっていなかった。


 所詮Bランクの冒険者。


 体捌きや経験で渡り合うことが出来ても武器の性能というどうにもならない部分で決定的にAランクに届かない立ち位置。


 この拳が脚を砕けたなら。


 あの剣が脚を斬り裂けていたなら。


 この盾が敵の攻撃を容易に防ぎ止めることができるのなら。


 その()()()が幾度も、幾度も、今までもこれからもずっと続いていく。それは彼らに諦めに近い空虚感を与え、そして決定的な隙を与えることになってしまった。


 ツーヴァの逃げ道が、無くなる。


「しまったっ!」


 避けきれず、ツーヴァは左足に粘糸の直撃を食らってしまった。


「ツーヴァ!」


「ツーヴァ!」


 パラゼクトスパイダーが粘糸を巻き上げ、ツーヴァの身体を引き摺る。


 ラインとウルズは粘糸を断ち切るため駆け出そうとするが、割って入ってきた低級魔物たちに襲われ足止めを食らう。


 その間にパラゼクトスパイダーが複数の脚でツーヴァを踏み付け、捕食の態勢に入った。


「くそっ、こんなところで僕は!」


 剣を振り上げて抵抗するものの、顔を狙って踏み付けてきた脚を防御して折れてしまう。


 パラゼクトスパイダーが口を開け、ツーヴァを喰らいにかかる。


 もはやこれまで……。


 ラインが、ウルズが、ツーヴァの名を叫ぶ。


「くそおおおおぉぉぉぉ!」


 戦場にツーヴァの声が響いた。

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