ネアンストール攻防戦・7
それは冒険者たちの間を縦横無尽に駆け回っていた。
出会ったら死を覚悟しなければならないAランクモンスター。
「キングファング……!」
かつて本気で死にかけた相手。見間違えようはずがない。
鉄壁の防御に冒険者たちはなすすべもなく逃げ回るしかできない。だがギルド長の指揮によって魔物の迎撃班とキングファングへの陽動班で統率されていた。
「こりゃあヤバいヤツが出張ってきたもんだ。どうだティア、やれるか?」
「ん。倒す」
だが“赤撃”に焦りはない。
レイアーネさんがティアーネの頭をローブの上からポンポンと撫でた。
「さ、モッチー君の杖の本当のお披露目ね。二人の力を見せてあげなさい」
「ん。一発で決める」
ティアーネが魔法の構築へと入る。
身体から吹き上がる魔力が急速に杖へと流れ込む。普通の杖なら耐えられないほど高密度の魔力が杖を伝い、杖の補助を得てその先に収束していく。
それは周囲の人間を、魔物をも、キングファングですら身を震わせるほどの魔力の高まり。
「ティアーネ、キングファングがこっち来た!」
危機を感じたキングファングが進行方向を変え、ティアーネへと突っ込んでくる。だがティアーネは臆せず、真っ直ぐに杖を獲物へと翳した。
「アイシクルコフィン」
それは単体撃滅用上級魔法。
キングファングの体の周りに青い格子が形成される。瞬きの間に格子は透明な壁へと変わり、
キングファングを氷の棺が閉じ込めた。
ピクリとも動かぬ巨体。光を失った眼。
「え? 倒、した?」
「ん。ばっちり」
ティアーネが小さい拳を向けてくる。俺はあっけに取られながら拳を合わせた。
ざわめきが周囲を支配する。当然だ。死の象徴が一瞬にして死んだのだから。
「さすがは上級魔法ね。Aランクモンスターすら一撃だなんて」
「上級魔法……。ってあれ本当に死んだんですか?」
「ええ。眼球が凍ってるのはレジストできずに体内まで凍ってる証拠よ。もう動くことはないわ」
氷の棺は熱を全て奪い取ることと氷による束縛の二段構えで、レジストされてもある程度の足止めが出来る便利な魔法らしい。
とはいえ魔法防御力の高いキングファングすらレジストできない魔法。その威力は計り知れない。
「ま、キングファングを倒せる杖って当初の目的は達成ってとこかな」
氷の棺を前に固まる俺の視界に見知った顔が映った。
「ほっほ。よもやとは思ったがモッチー殿の杖は尋常でない性能じゃの。感服したぞい」
「ノルンさん」
それは“猛き土竜”の熟練魔法使い、“先導者”のノルンさんだ。
「本当に助かったわい。キングファングは数だけ集めてもどうしようもないからの。ところでティアーネよ、アブソリュート・ブリザードを使う魔力は残っているかの?」
「アブソリュート・ブリザードって確かクレイウルフに使った広域殲滅魔法……でしたっけ。ティアーネ、いける?」
「……ん。魔力回復薬」
「ああ、そっか。はいこれ」
俺は鞄から取り出してティアーネに渡す。彼女はそれを飲むとまだ戦いの続く前線に歩みを進めた。
他の“赤撃”メンバーは俺たちのもとに集まってくる。
「儂らは一度態勢を立て直す必要があったからの。本当に良いタイミングで来てくれた」
「ま、礼は後だなノルン爺。状況の説明を頼む」
「そうじゃの。全てを把握しておるわけではないが、かなりのパーティーが壊滅なり逃走なりしておるようじゃ。まだ戦い続けておるのは儂らの他には少数じゃろう」
「ふむ、やはりな。通りで途中から音が少なくなったわけだ」
うわ、そうなのか。音とか全然気付かなかったぞ。
「何より補給のない状況ではの。武器は摩耗し、魔力は尽き、魔法薬尽き。一度休息を取り今後の作戦を練ろうとしておったところであのキングファングじゃ。生きた心地がしなかったわい」
「そりゃまた良いタイミングだったな」
ちょうどその台詞と共に魔力の高まりを感じて皆が振り向く。
そこではティアーネの放った広域殲滅魔法が魔物の集団を一網打尽に仕留めるところだった。
「ほほ、やはりティアーネの才能は際立っておるの。必ず大成するじゃろうて」
「ええ、自慢の妹ですから」
レイアーネさんが妹の代わりに胸を張る。いや、“赤撃”のみんなが同じ気持ちだ。
俺たちはノルンさんに促されてギルド長のもとへと向かった。ティアーネの手で数を大きく失った魔物たちは他の冒険者たちの手で瞬く間に討ち取られ、すでに束の間の休息が訪れていたからだ。
向かった先では“猛き土竜”のメンバーが待っていた。
「おう、来たかライン。しぶとく生き残ってやがるな」
「お疲れ様です、“赤撃”のみなさん。危ういところを助けていただいてありがとうございます」
「ふひっ、命びろいしたなの」
“狼藉者”ことウルズさんにセレスティーナさん、そしてミーナ。みな怪我などは見当たらない。
だけど一人足りないような。
「あれ、スルツカさんは?」
いつもの寡黙忍者がいない。まあ忍者ってのは俺が勝手に呼んでるだけだけど。
俺の問いにはなぜかツーヴァさんが答えてくれた。
「モッチー君は気付かなかったかい?」
「へ?」
「スルツカなら始めからずっと僕らを尾行してたよ。厳密にはモッチー君を、かな。そうだろうスルツカ」
後ろを振り返るツーヴァさんにつられて俺も振り向く。少し後ろの方でそのスルツカさんが立っていた。
「そうだ」
スルツカさんは一言、頷くとそのまま黙り込む。いつも通りの寡黙スタイルだ。
「えっと、俺を尾行って……え、なんで?」
「それはの、儂がスルツカに指示したんじゃよ」
ネタばらしはノルンさんからだった。てか“赤撃”のみんなは気付いていたらしい。なぜ俺に教えてくれないんだ……。
「モッチー殿だけは死なせるわけにはいかなかったからの、いざという時はモッチー殿を連れて逃げる手筈じゃった」
「え、マジですか?」
「ほほ。万が一の保険、ということじゃ。そなたは自らの立場をいまいち理解しておらぬようじゃからの」
「立場って……」
ってことは“赤撃”のみんなも“猛き土竜”のみんなも俺のために動いてくれてたのか。くそ、なんていい人たちなんだ。
そして周りで各々休息を取る中、ギルド長を始め有力な冒険者パーティーからリーダー格が集い、話し合いとなった。パーティー全員が参加しているのは“赤撃”と“猛き土竜”の二つだ。
この集まりを仕切るのはもちろんギルド長のスレイニン・シェイルクラフト。
「まずは“赤撃“の皆にお礼を言わせてくれ。危ういところを助かった」
返事の代わりにラインさんが顔の前に手を挙げた。礼は受け取った、という合図らしい。
「そしてこれからのことだが……現状を把握しようか。まず魔王軍の様子だが、規模の割にこちらへの攻撃が薄い。理由は定かではないが、国防軍が善戦してくれているからだと信じたいところだな」
それはそうか。ここからネアンストール防壁の様子は見えないし、目の前の魔物たちの様子から類推するしかない。
「あ、そうか」
「どうした?」
つい漏らしてしまった呟きが聞かれてしまった。ギルド長がこっちをジロリと睨みつけてきた。うわ、怖え。
「いや、その国防軍が善戦ってのは多分合ってるっていうか。そうなるようにしたっていうか」
「なんだモッチー、どういう意味だ?」
俺のはっきりしない言い方にラインさんが説明を求めてくる。周りの目も一斉に集まってきた。
「あー、前にティアーネに作った重量杖あるじゃないですか。あれをゲイルノートさん……魔法使い筆頭に渡したんですよ。だからきっと広域殲滅魔法を連発して片っ端から殲滅していってるんじゃないかと」
「……おい、モッチー。重量杖ってあのとんでもない杖だよな。通常の十倍以上の性能を発揮するってやつ」
「え、ええ。それです」
「それを国防軍の魔法使い筆頭に渡した? いつの間に……というかそんな化け物杖を魔法使い筆頭が使ったら……」
「……………」
「……………」
“赤撃”と“猛き土竜”が言葉を失くしたことで静寂が場を包んだ。彼らの空気が他の冒険者たちに何となくだが事態を悟らせたのだ。
そんな中で口を開いたのはスレイニンだ。
「その重量杖とやらはそっちの魔法使いが持っている特徴的な杖みたいなものか?」
水を向けたのはティアーネの持つ最新杖だ。先ほどの活躍ぶりを見ていればその杖が高い性能を持つことは容易に理解できるからだろう。
「えっと、これはティアーネ専用に調整しているので通常の八倍くらいですね。重量杖はこれより高い性能があって、ほぼ完全に威力特化した代物です」
「その杖ですらあのキングファングを一撃で下すほどなのに、それより高い性能とは……。いや、問題はそこではない。それほどの杖を国防軍が手にしたとなればこの戦いの前提すら変わることになるな」
魔物を数十、数百体屠れる広域殲滅魔法。それを魔力の続く限り放ち続けることができる杖。
ならば当初の懸念であった数の差が完全に埋まる。いや、それどころか逆転すらしているかもしれない。
「俄かには信じ難い……ことではあるが、目の前でその光景を見せられれば信じないわけにはいかんな」
そこにノルンさんが言葉を乗せる。
「ギルド長殿。今、時代は急速に変わろうとしておる。儂らは歴史の転換点に立ち会っておるのじゃよ。そしてそれを作り出したのはそこにいるモッチー殿。ティアーネの杖がその証明じゃ」
「歴史の転換点、か。確かにその通りかもしれん」
「儂ら老骨はこの新たな時代、新たな世代を守るのが役目じゃ。モッチー殿をかような場所で失うわけにはいかん」
「確かにな。得難い人材であるのは間違いない」
年配二人で頷き合い、妙な連帯感を作り上げている。
「やるなノルン爺。上手いことギルド長を丸め込んだ」
ぼそっとラインさんが耳打ちしてくる。
「どういうことですか?」
「どうもこうもいざとなったらモッチーの護衛に使うつもりなんだよ。実力はピカイチだしな」
ああ、そういうことか。さすがあの鍛治師ギルド長と交渉するだけあって巧みだ。
そして会議はギルド長と“先導者”ノルンが中心となって進むことになる。