ネアンストール攻防戦・5
進軍する魔王軍は多種多様な魔物で構成されている。
ゴブリンやオークといった人型、ウルフ系にモンキー系、スネイク系やバード系と数えるのも億劫になるほど。
ランクにしても最低のDランクから普段は滅多に遭遇しないAランクに至るまで揃っている。不幸中の幸いはその上位、一軍すら壊滅させるというSランクの魔物が見当たらないことか。
それが平原を埋め尽くすように向こう一キロに渡って迫ってきていた。
その前線が弓の射程に入ろうかと、まさにその瞬間。
突如として魔王軍のど真ん中を眩い閃光が突き抜けた。
「ふはっ、っ、ハ、ハハハ…ハーッハッハッハッハ!!」
ネアンストール防壁に笑い声が響く。
ゲイルノート・アスフォルテは抑えきれない愉悦に己を抑えることが出来ず、常に無い高笑いを上げてしまった。
それも仕方がないことだろう。
ゲイルノートの放った上級広範囲殲滅魔法・光子聖域が魔王軍を一条に引き裂いたのだから。
上級魔法であるディバイン・ロードは範囲指定された地面を起点に超高密度の光線を吹き上げる魔法。それは幅十メートル長さ五百メートルの道を作り上げる。
足元から吹き上がる光に魔物たちは抵抗する間も無く蒸発して絶命していく。
静まり返る国防軍。
高笑いを上げるゲイルノート。
そして進撃の足が鈍る魔王軍。
「いつになく舞い上がっているじゃないか筆頭殿。その重量杖とやらはそれほどの性能かい?」
レイン・ミィルゼム。次席である彼は隠し切れない好奇心はそのままに、しかし努めて冷静を装った態度で問いを投げた。
ゲイルノートの手にあるのは三つの魔法石が杖の先に取り付けられた大型の杖。果たしてそれはモッチーが彼の仲間のために試作した重量杖だった。
「全くふざけた性能と言ってもいい。既存の十倍以上……それも威力と魔力許容量に特化した破壊力重視。なるほどこれだけ偏っていれば扱いきれぬのも無理無い話だ。……くくっ、おかげで俺がこれを手にすることになったのだから感謝せねばならんがな」
「ま、確かにどれほど偏っていても筆頭殿になら扱えないなどとは有り得ないことだがね。俺にも試し打ちさせてくれるんだろう?」
「ああ。もとより俺一人ではあれを殲滅し切るだけの魔力は無い。魔法薬の過剰摂取で中毒などゴメンだからな」
「それなら遠慮なく。全力を出し……て万が一杖が壊れでもしたらことだからな、無茶はしないさ。だからそんな怖い顔で睨まんでくれよ」
ゲイルノートは稚気に逸るレインに呆れつつも交戦が始まった眼下を見据える。
弓矢と魔法によって近寄る魔物を片端から撃ち抜き、防壁をよじ登ってくる魔物には投石を行う。兵士の中に剣士は数多いが、出番はまだ先だ。
「どうせなら完勝を目指してみるのも面白いか。どれ、一つ目障りな連中を炙ってやろうか」
レインは重量杖を受け取り、眼下の大群に向けてその先を傾けた。
ゾグリと身を震わせるほどの魔力がレインの身体から吹き上がる。それは杖を伝い急速に収束していく。
「くはっ、なんだこのじゃじゃ馬は! 制御補助が欲しいなんて思ったのはコイツが始めてだぜ」
暴れ馬のように乱暴に収束する魔力を纏めつつ、それを思い描く魔法の形へと変形させる。
それは赤い霧。広く一定範囲を覆うように広げていくイメージ。
防壁に押し寄せる魔物たちの間を霧がすり抜けていく。そして。
紅蓮の焔が爆発した。
おおよそ五百メートル四方に渡って炎が魔物を炙っていく。生命力の低い魔物は焼け死に、そうでない魔物も大きなダメージを受けて倒れ伏し、そこを目敏く弓矢や魔法がとどめを刺していく。
「く、ははっ。……ああ、筆頭殿が、くくっ、高笑いするのも頷ける。なんだこれは? なんだこれは? くはは、全く意味不明だ。なぜこんなものが存在しているんだ!?」
堪え切れずついにレインまでも哄笑を漏らし、正門の上は戦場にありながらまるでそぐわない空気を纏っていた。
だが彼らの動きは止まらない。
魔力回復薬を手に、固定砲台の役目を全うするべくこれから彼らは眼前の敵に向け広範囲殲滅魔法を放ち続けるのだ。
それはネアンストールの町に警報が鳴り響き、ゲイルノートが愛馬に跨ろうという時だった。
「ゲイルノートさん!」
転げるように飛び出してきた少年の声に動きを止めざるを得なかった。
いつもならば任務を最優先し、わき目も振らずに馬を飛ばしていただろう。だが彼に抱いた特別な敬意がゲイルノートを押しとどめた。
「なんだ!? こちらは急ぎだ!」
「俺も乗せて…俺の拠点に向かってください! 渡したいものがあります!」
「時間がない、とにかく乗れ!」
馬に跨り、モッチーを後ろに引っ張り上げる。すかさず馬を走らせた。
「渡したいものとはなんだ」
「杖です。さっき話した仲間のための試作杖……それを遊ばせておくわけにいかない」
「杖!?」
「はい。性能ではゲイルノートさんの持ってる新型杖が比較にならないほどの破壊力があります。ピーキーですけど、使いこなせればきっと戦局すら変えられると思います」
「っ!?」
それは抗えない誘惑。
戦局を変えられる杖がどのようなものなのか。戦局を変えるために魔法使いに求められるものはなんなのか。
それはすでにゲイルノートが自身で答えを出していた。
広域殲滅魔法の連打。
それこそが新型杖を使い捨てにしてでも成したい奥の手ではなかったか。
モッチーの言う戦局を変えられる杖はそれを成しうる杖。広域殲滅魔法を放つに耐え、戦局の変化を、そして勝利を約束するであろう杖。
そんなとんでもない物を渡したいと言う。
腹は決まった。決まらないわけがない。
ゲイルノートはモッチーの誘導に従い彼の拠点へと馬を向ける。
この巡り合わせは偶然か、それとも必然か。
モッチーの作りし杖はあるべき場所、持つべき者の手へと渡っていく。
歴史の転換点。その舞台を彩る役者は、揃った。