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ネアンストール攻防戦

 クルストファン王国は広大ゆえ魔王軍と争う地は三箇所を数える。


 その中でもネアンストールの町は最も激しく争う場所であり、王国軍より魔法使い筆頭、そして魔法使い次席が派遣されている。


「今回の軍勢はこれまでよりも大規模という話だ。おそらくこれまで類を見ない激戦となるだろう」


「はっ、いいねえ。望むところじゃないか。好きなだけ暴れられるってもんだ」


「レイン・ミイルゼム。遊びではないのだぞ」


「くくっ、あんただって俺と同じ穴の狢だろうに。なあゲイルノート・アスフォルテ筆頭殿?」


「何?」


「俺らほどの魔法使いなら皆そうだ。杖が俺らの力についてこれねぇ。だから本来なら使えるはずの魔法が使えずフラストレーションが溜まっている。溜まったものは発散させないといけねぇ」


「…………」


 それは彼らのみならず一流と呼ばれる魔法使いたち全てにおいて共通している問題だ。


 魔力量、魔力の制御、魔法の構築。それらに高い能力を持つ魔法使いでも上級魔法を放つには杖の補助が必要不可欠。だが上級魔法ほどの魔力圧を耐えられる杖がなかなか無い。それが大規模魔法であればなおさらだ。


 そして筆頭、次席である彼らの全力に耐えうる杖など世界のどこを探しても存在し得ないのである。


 筆頭ゲイルノートは驚異的な自制心によって現実に耐えているが、次席レインは己の苛立ちを隠そうともしていない。


 世の魔法使いたちから見れば次席レインの方が正しい反応といえた。


 とはいえネアンストールの人々の命が脅かされる事態に於いて不謹慎と言える発言なのは事実。それがネアンストール防衛軍のナンバー2の発言であればなおさらだ。


 そのためゲイルノートはレインを窘めたが、内心では彼の言葉に同意している。杖の制約ゆえ優秀な魔法使いはいかに早く多く中級魔法を連打出来るかが重視されているが、本来出し得る最大火力を叩き出すためにはどうしても上級魔法を使わなければならないからだ。


 ゲイルノートとて何度も考えていたのだ。自分に見合う杖さえあれば、と。


 だからこそレインに強く言えないし、嗜めることしかできないでいた。王都でもここでも部下を抑えることが一番悩ましい仕事だ。


 しかしこの日、彼の、彼を筆頭とした数多の魔法使いたちが長年の悩みから解放されることとなる。そしてこれまで優秀な魔法使いの指標とされていたものが大きく変革することとなった。


「アスフォルテ様、ミイルゼム様、大変です!

 徴収された杖の中からこのような物が」


 慌てた様子で執務室に入ってきた部下が一本の杖を提出する。


「なんだこれは。魔法石の中に刻印が入っているぞ」


「ほう、しかもこりゃ安定化の刻印じゃねえな。魔法石自体も変わったものじゃねぇ、一般的な性能のヤツだ。使い捨てか?」


「だがこれは……」


 二人は自らの持つ知識から杖の性質を推測するが、明らかに彼らの持つ杖と同性能を持つことが分かる。


 そして手に取ったゲイルノートは杖の潜在能力に気付いた。


「これは威力と魔力許容量に特化してある。総合力では私の杖と同程度だが、その二点に於いては確実に上回っているようだ」


「ああん? じゃあ何か、上級魔法を平気でぶっ放せるってのか?」


「おそらくは。我らの全力には耐えられないだろうが、これまでより高い威力を発揮するのは間違いないだろう。……惜しむらくは使い捨てであることか」


 刻印の中に魔力安定化の術式が無い以上、魔法石の消耗は抑えられない。何度か魔法を放てば刻印が削れて機能しなくなるだろう。


 しかし報告はさらに続く。


「いえ、それが。その杖は使い捨てなどではなく、何度使用しても機能を損なうことはないのです」


「なんだと?」


「杖の先端をご覧下さい。魔法石との接点に魔力安定化の刻印が刻まれていることがお分かりいただけますでしょうか」


「……確かにある。だが、魔法石内の刻印と同時に機能するものなのか?」


「はい。技術的な理論は分かりませんが、魔法石をカバーしている部分に銀糸を組み込むことで、全体を一つの魔法陣として機能させているのだとか」


「むう。私の知らぬ間にこのような技術が生まれていようとは」


 これまで国軍魔法使い筆頭としてあらゆるツテを使って杖に関する技術に神経を尖らせてきた。その彼をしてもこのような革新的な技術について欠片も情報を得られていなかったのだ。


 となればこれは突然生まれた最新技術であることは間違いない。しかもこのネアンストールの町で生まれたもの。


 そしてもう一つ。


 等級の高い魔法石を使えばさらに高い性能の杖が作れることは自明の理。


 ならば。


「備蓄にAランクモンスターの魔法石がいくつかあったな。それを使って杖を作らせよ。それとこの技術を生み出した者を調べろ。どういった人物なのか興味がある」


「はっ、かしこまりました」


 退出する部下を見送り、ゲイルノートは改めて杖を手に取った。


 いくら軍とはいえそう簡単に貴重なAランクモンスターの魔法石を出すことは出来ない。出現数が低い上、これまで軍備のために多数使用してきたからだ。


 だが確実に成果を保証されるのだから迷うことはないはずだ。それにこれから新たな杖で手に入れれば良いだけのこと。


「一つ、金に糸目をつけずに作らせてみるのもいいかもしれんな」


「だったら俺のも作らせて欲しいもんだね、筆頭殿?」


「金に見合う代物だったらな」


 それにしてもこの杖を作ったのはどのような人物だろうか。


 名を成すような鍛治師であればある程度の情報や知古がある。その自分でも全く心当たりがない。そもそもが既存技術を極める者たちであり、開発者ではないのだから当然ではあるが。


 いずれ深く付き合うかもしれない人物だ。その素性や性質を知っておく必要がある。


 それに。


「魔法使いの自力が底上げされるのなら……」


 新たな時代が始まるのかもしれない。


 ゲイルノートはふと頭によぎる大それたイメージに苦笑した。







 そしてそれは翌日のことだった。


 Aランクモンスターの魔法石を使った新型杖が国防軍へと納入され、ゲイルノートの元へと届けられる。


「……ぬう」


 手に取った彼はその性能を瞬時に把握し、背筋の震えるような戦慄と身の内から湧き上がる衝動に震えた。


 クルストファン王国でも最高と名高い彼の杖と比べ、あらゆる面で同等か高い性能を保持している。それに威力に関しては倍を超えるに違いない。それはもう完全上位互換と言っても過言ではない。


 試し撃ちをしてみたい。この世界最高の杖で。


「この杖の開発者についても情報を得られました。この町で冒険者をしている“赤撃”のメンバーで、モッチーという名の少年です。現在は鍛治師見習いとして鍛治師ロックラックの工房で修行中であるようです。出身はエルネア王国となっています」


「ほう、少年と。それにエルネアの者か」


 部下からの報告にはいささか信じがたい部分が含まれていたが、出身や性別、年齢如何などは問題ではない。重要なのはこれからどれだけの成果を上げ、国の、ひいては人類の利益に寄与するかだ。


 部下を退出させ、次席のレイン・ミィルゼムを呼び出す。


 果たして呼び出したレインの腰にはすでに提出された新型杖と同一のものが差されていた。


「おい、レイン」


「やあやあ筆頭殿。この杖は実に素晴らしいものだ。量産の暁には魔物など物の数ではないね」


「納入された備品に勝手に手を付けるな。部下への示しにならん」


「固ぇことは言いっこなしだぜ。どのみち一本は俺が手にすることになる。それにだ」


 レインは新型杖を抜き、その先をゲイルノートへと向ける。


「こんな最高の杖(おもちゃ)を前にしておあずけなんてあんまりだと思わないか?」


「……それには同意するがな。杖を俺に向けるな、不快だ」


 普段は軽薄で自分勝手でありながらも最低限の礼儀は守る男である。それが昔に戻ったかのような稚気を見せている。舞い上がっているのがありありと分かった。


 さもありなん。


「で、どうだった。その杖の性能は」


「威力は倍以上。魔力許容量も数割高い。制御、範囲共に同等以上。俺たちの持つ杖はもうお払い箱だ」


「一度手にすれば二度と戻れんか。……くく、かく言う俺も手に持っただけで同じ思いを抱いたぞ。この杖を手に入れるのに少なくない金を使ったのだがな」


「俺とて同じだ。だが上級魔法を連発してもビクともせず、使い捨てにするなら広範囲殲滅魔法すら放てる性能。迷う方がおかしいってもんだ」


「それほどか。ならば複数用意しておく必要があるかもしれんな」


 今回は激戦が予想される。場合によっては広範囲殲滅魔法を連発する事態も想定され得るだろう。その際、確実に高威力を発揮できるこの新型杖が活躍するのは想像に難くない。


 どのようなパターンを考慮しても、新型杖が不必要になる事態を想定することなどできない。また数量を絞ることについても同様に。


「レイン、魔王軍の侵攻は近い。今の内に杖に習熟しておけよ」


「筆頭殿こそ加減を間違えて壊しちまわんようにしてくれよ。勿体ないからな」


「誰に向かって言っている」


「っ」


 一瞬、ほんの一瞬だけ鋭くなった眼光にレインが怯む。だがそれもわずかなことで彼は肩を竦めて退出していった。


 それを見送るゲイルノートは自身の変調を自覚して苦笑を浮かべた。

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