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鍛治師スキルはチートの香り・7

 鍛治ギルド。


 冒険者ギルドに次ぐ規模を誇る職人の統合体である。職人を取りまとめ、各方面との交渉をする窓口としての性質を持ち、魔王軍との戦争が長期化している現在において多大な影響力を持っていた。


 そのため本来であれば国からの、国王からの勅命であっても“例外”という“意見”を通すことができる。


「ただし相応の見返りというものが必要となる。それも相手にとって魅力的な代物がな」


 テーブルに両肘をつき、組んだ両手に顎を乗せ、俯き気味の角度から睨むかのように見上げてくる男。


 クルストファン王国鍛治ギルド・ネアンストール本部ギルド長、マインフォール・バルトロ。


 初老で黒髪にところどころ白色が混じっているが、鋭い眼光も身に纏う空気も老いを感じさせない力強さを見せている。相当な遣り手なのだと直感させられた。


 そしてテーブルの横では黒髪に分厚い髭を蓄えた恰幅の男が立っている。頰には見るからに痛々しい火傷痕があり、値踏みするような視線でこっちを見ている。


 ロックラック、と名乗った彼は凄腕の鍛治師なのだそうだ。


「そこで国に献上する現物が必要だ」


「ふむ、では先日の一本を提供しようか」


 この場に付いてきているのはノルンさんとスルツカさん。忍者は壁に寄りかかって微動だにしないので、俺に代わって交渉しているのはノルンさんだ。


 ノルンさんは最初に試作した杖をテーブルに置き、緊張感のない顔で笑んでいる。そこにはマインフォールさんの眼光に臆した様子はまるでない。


「献上するのであれば最上の代物が相応しい」


「なるほどのう。しかし最上の素材を使わねば最上の代物は作れんわい。モッチー殿の名誉の為に用意してくれるのかの?」


「…………」


「今回提供する技術に関してはその権利を全て譲るという契約じゃったろ。ならばお主らの抱える職人に作らせて名を上げさせるのが良かろう」


「それを望むのか?」


 マインフォールさんの目が俺に向けられる。


 やべ、正直ノルンさんに全て任せるつもりだったから何も考えてなかった。下手なこと言って交渉に差し障ったら駄目だし、慎重に答えないといけないな。


 ええっとなんだっけか。献上する杖を他の鍛治師に作ってもらうって話だっけ。


 名を上げるって有名になるってことだよな。でも別に有名になってもならなくてもどっちでもいいんだよな。


「有名になりたいわけではないので。他の人が作ってくれるんなら楽だし」


「……いいだろう」


 僅かに間を空けたあとマインフォールさんは頷き、引き出しから書類を取り出した。


 異世界のイメージとは違って結構真っ当な紙だ。そこにはビッシリと文字の羅列が並んでいる。


 頭の痛くなりそうな量だが横から手に取ったノルンさんがじっくりと時間をかけて内容を精査し、頷く。どうやら納得のいく内容だったようだ。


「ではこれで契約といこう。署名を」


「ほれ、モッチー殿」


「はい」


 俺は間違えて日本語で書かないように気をつける。


 こっちの世界の文字はヨーロッパ系の文字を弄ったような形をしている。文法は日本語っぽい感じだけど発音も単語も全然違う。


 要はまるきり知らない言葉なのだが、俺もケントも読み書き会話がキッチリできていた。おそらくは俺たちの持つ来訪者スキルが良い仕事をしているのだと思われる。


 そしてその紙はジッとテーブルの横に立っていた鍛治師・ロックラックに回される。彼の下で修行する旨が契約書に含まれており、連立でサインする項目があった。


 そして恙無くサインが終わり、マインフォールさんへと戻る。そして契約は完了と相成った。


 それを確認するとギルド長の表情が一気に砕けた物に変わる。


「いやはやノルンよ、実に愉快な若者だな」


「え?」


 突然口調まで変わったので俺は思わず声を上げてしまった。


「そうじゃろう。儂も権利などいらんと言われた時は開いた口が塞がらなかったわい」


「若者であれば承認欲求が強いのが当たり前だからな。しかし派生した技術を全て還元しろなどと強欲なところもあるのだな」


「そうじゃの。それに杖だけに飽き足らず剣も盾も鎧も全て作ろうとしておる。向上心の塊じゃな」


「前途有為な若者は歓迎だ。それで新しい技術は魔法石の加工技術だけなのか? 他にもあったら買い取ろう」


「ふむ、あるにはあるのじゃが。モッチー殿、売り込んでおくかの?」


 水を向けられたが、俺は二人のペースについていけなくてぽかんとしていた。なんでこんなに雰囲気がガラリと変わったんだ?


 俺が何に驚いているのかを察してノルンさんが説明をくれる。


「ほっほ、儂とマインフォールは旧知の仲での。懇意にしている鍛冶屋の弟子じゃったんじゃよ」


「それがいつの間にかこのような立場になるとは。月日が経つのは早いものだ」


 和やかなムードを見るに仲が良いのだろう。そこで俺は初めて緊張を解いた。


「新しいかどうかは分かりませんけど、閃光弾とか音爆弾、それにその杖よりも性能の高い杖の作り方とかですかね」


「ほう、これよりも性能の高いものとな。ノルンからそのような物について聞かされてはおらんが」


「儂も知らんかったのじゃが、昨日それを見せられての。性能はその杖よりも遥かに高い。モッチー殿によれば五倍以上になるとのことじゃ」


「五倍だと!? この杖でも今ある物の中でも最高クラスの品質というではないか。それ以上となるともはや国宝になるぞ」


 昨日も見た反応が繰り返される。鍛治ギルドから見ても驚嘆に値するレベルだったらしい。


「小僧。もしや複数の魔法石を接続したのか?」


 そこに無言を貫いていたロックラック氏が口を挟んできた。しかも的確な指摘だ。


「その通りです。魔法石を増やせばそれだけ性能が上がりますからね」


「…………どのようにして繋いだ?」


「それは」


「モッチー殿」


 解説を始めようとしていた俺をノルンさんが止めた。穏やかな表情だが、目だけは真剣だ。


「そこから先は買い取りを終わらせてからじゃ。ただで渡すのはもったいないじゃろう」


「ノルンよ、余計な口を挟みおって」


「そのために儂はここにおるんじゃからの。お主はただで根こそぎ盗みかねん」


「ひどい言われようだ」


 マインフォールさんは肩を竦めて苦笑いをしている。なるほど、口を滑らせて情報をかすめ取ろうとしていたのか。油断ならない人だ。


 とはいえ放っておいても誰かしら思い付くだろうし、別に対価とかいらないんだけどね。


 それからノルンさんが金銭での売買契約を纏めて俺は一通りの技術を伝えることになった。途中で秘書を呼んでメモのため最初から説明し直すことになり、中でも魔法陣を立体的に構築するところは結構細かく聞かれた。


 マインフォールさんやロックラックさんも真剣な表情で耳を傾けてくれている。そうなると俺もテンションが上がってできるだけ細かく伝えていった。


 そして理論上では大型化することで魔導兵器が作れるだろうことを付け加えておく。手間の掛かるものは鍛治ギルドがやってくれないか、という下心付きだ。





 鍛治ギルドを出た俺はノルンさんとスルツカさんと別れ、ロックラックさんに彼の経営する鍛冶場へと案内されている。


 ネアンストールの町は上から見ると卵のような楕円形をしている。西側が少々細く、東は膨らんだ曲線だ。


 他の町との交易における玄関口である西側地域は工芸品や衣料品、食料品などを商う店舗、また鉱石を入手しやすいことから鍛冶場が集中しており、特に南側は工業地域の様相を呈していた。


 ロックラックさんの鍛冶場もこの工業地域にある。外観は少し手入れの行き届いていない感じだが、ゴリアンヌ師匠の解体場より更に広く、四本の煙突からもうもうと煙を吹き上げている。


 工業地域の中でも面積が広く、炉の数も抱えている鍛治師の数も多い。それだけ腕を評価され、名を上げていることが伺えた。


 中に入ると幾人もの鍛治師たちが慌ただしく動き回っている。その熱気は入り口まで吹き付けてくるほどだ。


「親方、お早いお帰りで!」


「お帰りなさい!」


 ロックラックさんに気付いた作業員たちが立ち止まって頭を下げる。そして隣にいる俺に訝しげな視線を向ける。


「おい、なんの騒ぎだ。なぜ炉をフル稼働している?」


「国からの召し上げでさぁ!」


「魔物の侵攻が近いって話でやす!」


 回答するとそのまま作業を再開する鍛治師たち。


 そういえば赤撃や猛き土竜のみんなもそんな話をしていた気がする。それで納品用の武具を急いで生産しているのだろう。


「モッチー、どうやら急ぎの仕事が入ったようだ。お前の修行に付き合ってやる時間はない。また出直して……いや、待て。ローンティズはいるか!」


「ローンティズならガジウィルの兄貴の添いで一番炉っす」


「よし。モッチー、お前はお前に出来ることをやれ。魔法石は必要な数集めさせる」


 それってつまり杖を作れってことか。


 早速修行を始められると思っていたけど、状況を考えれば仕方がない。


 こうして俺は初日からデスマーチに巻き込まれることになるのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] これ伝える技術が人間同士の戦争にも使われる可能性考えてないのかなぁ
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