鍛治師スキルはチートの香り・6
今回の狩りの目的の一つにティアーネの杖の調整が含むことになっている。
ざっくりと表現するならばバンバン魔法使って違和感発見しようぜ、だ。
他の新型杖所持者たちは特に調整の必要を言わなかったので、俺はティアーネを専属でチェックする。ちなみに杖は重いので新型杖をティアーネが、重量杖を俺が持っている。
二日続けての大所帯ではあるが、前日に役割分担をしったり決めていたらしく自然と隊列が組まれていた。俺は馬車で大人しく、が役目らしい。
なので、暇だからと久し振りに音爆弾を作ることにした。
音響波を発する刻印魔法を組み込んだ魔法石のことで、だいぶ前に二つ作ったきりだった。それなりに役に立つし、練習にはもってこいだ。
魔法石の魔力漏出を止める刻印に音響波を発する刻印を重ねがけし、表面に小さくトンネルをくり抜く。ちょうど携帯電話のストラップを取り付ける部分の形だ。
そしてそこに銀糸を通して結びつけ、最後に魔法石をカバーするために布で包んで完成だ。
「モッチー殿、それは?」
ナチュラルにこちらの馬車に乗り込んでいるノルンさんがやはり食い付いた。完成するまで待っていたのだろう、好奇心を隠し切れないようだ。
「音爆弾です。音響波を発する道具ですね。音に敏感な魔物をスタンさせたり、囮として注意を引く、誘き寄せるなんかの手段にもなります」
「ほう。銀糸を繋いでいるのは……なるほど、遠隔起動するための魔力の導線というわけか。面白いものを考えるのう」
はは、着想は某ハンティングゲームなんですけどね。だいたいがゲームとか漫画からの知識です、俺の発想じゃありません。
「良かったら差し上げますよ。構造も単純だし、いくらでも量産できますから」
「ほほ、そうか。ではありがたくいただくかの。……ふむ、こういった道具ならばスルツカに持たせるのが良いかの」
ああ、あの黒尽くめの斥候さんか。確かに忍びっぽいし爆弾とかのアイテムが似合いそうだな。
てかスルツカさんなら忍びになれそうな雰囲気あるよな。寡黙だし、役目に忠実そうだし、黒尽くめだし。よし、決めた。スルツカさんは忍者だ。これから忍者だと思おう。
「それなら他にも便利そうなアイテムは考えてますよ。閃光弾とか苦無とか。苦無に関しては風属性の人が使うとさらに効果アップって感じになると思いますが」
「ほう。ちょうどスルツカは風属性と闇属性を扱えるぞ。それらの道具はどういったものじゃ?」
「まず閃光弾は言葉の通り光を発するアイテムですね。音爆弾と性質が違うだけでモノは同じです。
苦無は投げナイフみたいなものですね。中に切断の刻印を入れて銀糸で繋ぎ、遠くから急所に突き刺して電撃を浴びせるという寸法です」
前のキングファングとの戦いで着想を得て閃いたのだ。突き刺した剣に電撃を送り込むのが誰にでもできれば便利だし、それに特化した武器があってもいいと思ったのだ。
「ふむ、なるほど。面白い発想じゃの」
「とりあえず閃光弾はすぐに作れるので後で使い勝手をチェックしましょう。便利そうならこれも売り込めばいいですし」
「そうじゃな。しかしてモッチー殿はまるで金の成る木じゃのう、あやつが食い付くのも分かるわい」
「あやつ?」
「こっちの話じゃ。では閃光弾とやらの作製をお願いしようかの」
「了解です」
光属性の魔法石があればより効果が高いものが作れるだろうけど、試作だし構わないだろう。
俺は閃光を発する魔法陣をベースに魔力安定化の魔法陣を重ねがけて刻印していく。
ネアンストール防壁を抜けた馬車はやがて魔物の巣食う森へと侵入し、今回の探索開始地点となる馬車の停車場所を決める頃には閃光弾は完成していた。
音爆弾と閃光弾をスルツカさんに預けて使い方と効果を説明する。今回現れる獲物に合わせて使ってみる予定だ。
スルツカさんとウルズさんが先頭を行く。斥候のスルツカさんは分かるがウルズさんはどうして何も持ってないんだろうか。
「ウルズは武器を扱うのが下手での。身体強化にあかせて拳で戦っておるのじゃよ」
「いや、そんな馬鹿な」
俺と並んで歩くノルンさんが説明してくれる。拳って……籠手とかメリケンサックすら付けてないし。よくそれで今まで生き延びてこれたな。
二列目にはツーヴァさんとレイアーネさんとミーナの三人。
そして俺とノルンさんとティアーネ。
一番後ろにセレスティーナさんとラインさんが並ぶ。
これだけの人数が揃うと安心感が半端ないな。何が来ても瞬殺だろう。……っと、フラグを立てちゃいかんな。反省。
ちなみに今回はティアーネの杖の調整と音爆弾、閃光弾の試用と共に目的がもう一つある。
それが後ろを歩くセレスティーナさんの戦いを観察するためだ。魔法剣による戦闘がどういったものなのか知っておく必要がある。
それは事前にみんなに伝えてあるので上手く役割を配分してくれるだろう。
しばらく歩いた後、スルツカさんが魔物を発見した。
Cランクモンスター・クレイウルフ。体調一メートルを超える狼で、足元の土を浅い泥沼に変えて踏み込んだ敵の足を止める能力を持つ。しかも向こうは泥沼の上を歩けるために一度嵌れば一方的に嬲られてしまう。
それが三十頭近く。群れの規模を加味すればBランク相当だ。
「おっしゃあ、肩慣らしにはちょうどいいぜ!」
現れた獲物にウルズが両の拳を打ち合わせ、飛び出した。
目にも留まらぬ速さでクレイウルフに肉薄すると上段から右拳を振り下ろす。
ゴッ、と鈍い音と共にクレイウルフの頭部が爆散する。続けざま裏拳で迫っていた個体の側頭部を打ち据えた。錐揉みしながら吹き飛び、木にぶつかって動きを止める。
「はっはーっ。ぬるい、ぬるいぞぉ! さあ次はどいうぉっ!?」
「ウルズ、素人じゃないんだから沼に足を取られないでくれるかな!?」
泥沼に足を突っ込んで転倒したウルズにクレイウルフが飛び掛かり、焦った顔のツーヴァさんが援護に向かう。
横合いから身体の捻りを加えた一閃でクレイウルフの首を切り落とす。
すかさずレイアーネさんが二人の周囲に水の槍・ウォーターランスを六本展開して牽制し、その間にツーヴァさんがウルズさんを泥沼から引き抜いた。
それを見てウォーターランスをクレイウルフに向けて射出するがあっさりとかわされてしまう。
「やろう、片っ端から叩き潰してやる!」
体勢を立て直したウルズが怒りを露わに再び突撃の姿勢を取った。
しかし俺の真横から飛び出した怒声がそれを引き止める。
「やめんか馬鹿弟子が! クレイウルフの対処法は何度も教えたじゃろうが!」
ノルンさんだ。こめかみをピクピクさせて目も三角になっている。弟子の不始末が腹に据えかねているらしい。
「鶴翼に陣を組み、接近するものを押し返すのじゃ。しとめるのは魔法使いに任せよ!」
すでにラインさんとセレスティーナさんが前に移動して陣形を組んでいる。ノルンさんの指示はほとんどウルズさんに向けられたものだ。
クレイウルフは足元を泥沼に変える厄介な能力があるが、あくまで足元だけだ。セーフティーエリアを作り、そこから遠距離攻撃で戦えば泥沼の影響を無視できる。
俺は説明を受けてなるほど、と感心した。
前線では前衛陣が迫ってくるクレイウルフを殴り飛ばし、斬り伏せる。両脇から回り込もうとする個体にはノルンさんとミーナ、レイアーネさんが魔法を撃ち込む。
ノルンさんの放つ地属性魔法・石槍は素早い構築と高速の射出により的確に急所を射抜き、ミーナの放つ闇属性魔法・影刃がいくつもの角度から斬り刻む。
どちらもタイプは違うとはいえ見た目にも鮮やかな手並みだ。
そして俺はセレスティーナさんに注目する。
彼女は魔法剣に電撃を纏わせ、襲いくるクレイウルフと斬り結ぶたびに命を刈り取り、また急所を外した個体も身体を痙攣して倒れ伏したところを一突きで仕留める。
なるほど、エンチャント・ボルテクスと同じ効果を発揮する魔法剣だったのか。有用そうだし今後の製作リストに入れておくか。
ちなみに俺は何もしていないわけではない。
すでにラインさんとツーヴァさん、スルツカさんの剣にエンチャント・ウォーターを付与して刀身を保護している。少しくらい離れていても問題なく付与できるので楽なものだ。
そしてこの戦場の主役はティアーネだった。いや、主役というか死神というか……俺は彼女の力を始めて目にすることになる。
交戦開始時に重量級杖を手にした彼女はひたすら魔力を練っていた。
それが開始してわずかな時間にもかかわらず隣にいる俺やノルンさん、それどころか離れている前衛陣すらゾクリと身を震わせ振り返るほどの魔力の高まりをみせている。
「下がれ! こいつはヤバい!」
ラインさんの叫びと前線が一気に後退するのは同時だった。巻き添えを回避するため、ティアーネを軸にの陣形を組む形に切り替える。
“上級魔法でBランクモンスターを何十匹も氷漬けにした”
話には聞いていた魔法が見れるかもしれない。俺は期待に胸が熱くなる。
果たしてティアーネが放ったのはまさしくその通りの魔法だった。
「アブソリュート・ブリザード」
吹雪が、放たれる。
扇状に極寒の風雪が突き抜けていく。それは視界の全てを染め、木々の向こうへと広がる。
そして。
全ての熱が消えた。
全ての音が消えた。
全ての命が消えた。
後に残されたのは氷の彫像たち。そして凝結した大気中の水分がキラキラと舞い散っている。
「……うおぉ、すげぇ。これが上級魔法か」
俺は感動に打ち震えていた。これが本物の上級魔法か。今まで見たヤツとは桁違いの威力だ。
「ん。過剰」
ティアーネは何事も無かったように頷くと重量杖を俺に手渡した。俺は新型杖を代わりに渡す。
「性能を上げすぎたか?」
「ん。威力は半分でいい」
「了解。ならそれで調整しておくよ」
なるほど、流石に威力特化しすぎてティアーネでも持て余してしまうのか。
あれ、みんながこっち見てる。どうしたんだ?
「モッチー殿……。なんてものを作ってしまったんじゃ」
「へ?」
「ふひっ、爆裂どころじゃないの。とんでもないなの」
「ティアーネの魔法の才も相当じゃが……高位の魔法使いの力を引き出せばこうなるのじゃな……」
ノルンさんやミーナに限らず、皆が驚愕で目を見開いている。
「みんな前に同じ魔法を見てるんじゃなかったですか?」
「いや、モッチーよ。見てるのは見てるんだが……威力はこの半分どころか三分の一以下だったぞ」
「え、マジですかラインさん。てことは三十の三倍以上だから……前に言ってたBランクのアースジェネラルモンキーを百匹くらい殲滅できるレベルですか?」
「そうなる。場合によっちゃ百二十匹の群れをまるごと潰したかもしれん」
「うわぁ……」
なにそれチートじゃん。ティアーネってガチの天才だったのか。
チラっと様子を窺うと眠たそうな目で見返してくる。うん、可愛い。今日も綺麗なオッドアイだ。
少しして氷の世界を調べていたスルツカさんとツーヴァさんが戻ってきた。
「すごいね、百メートルくらい先まで氷漬けだったよ。あと先の方でクレイウルフが四十六頭いたよ。どうやら群れの規模を読み違えていたみたいだね」
ツーヴァさんによると第二陣として控えていた群れの残りが巻き添えを食って氷漬けになっていたらしい。つまり七十頭を超える群れだったのか。すごい規模だな。
「ぬう、前のアースジェネラルモンキーといいクレイウルフといいやたらとデカい群れに遭遇するもんだな。ノルン爺、どう見る?」
「偶然、にしては規模が大きいの。これは近々侵攻があるかもしれん」
「やはりそうか」
ラインさんとノルンさんの間で不穏な会話がかわされる。
どうやら魔王軍の侵攻の前にはこういった前触れが見られるのだとか。専門家によると統率しやすい群れを作る魔物を後方から招聘しているのだとか。
確かに軍として指揮するならそういった魔物の方が向いていそうだが。強い魔物を集めた方が強そうじゃないか?
そう思ったが、強力な魔物は仲間意識が薄くナワバリ意識が強いものが多い。ゆえに同士討ちが発生して軍が弱体化するのだという。
なんというか魔物側も大変なんだな、と俺はとりとめのないことを考えてしまった。
その後俺たちはクレイウルフの素材を回収し、一部が帰還することになる。ウルズさんやラインさんを始めとして不完全燃焼の者が多かったからだ。
そんなわけで俺とティアーネ、ノルンさんの三人で帰還することになる。ノルンさんに御者を任せ、俺たちはクレイウルフの素材と共に馬車の中だ。
そうして俺はひとまず冒険者としての活動に休止符を打った。