鍛治師スキルはチートの香り・4
控えめに言って、ティアーネは浮かれていた。
虐げられていた自分の唯一の特技、魔法。それを活かせる場として姉に誘われ冒険者となり、陽気な仲間に恵まれてBランクまで駆け上がった。
正直、初めはラインもツーヴァも姉が目当てだったから姉に取り入るために自分に優しくしているのだと思っていた。けれど彼らは魔法使いとしての自分を仲間として見ていると言う。
それが本当なのかどうか今でも自信がない。結局のところ姉がいるから自分もここにいられるのだとそう考えている。
だから自分は魔法使いとして彼らの役に立たなければならない。足を引っ張らないよう努めなくてはいけない。だから必死に強くなれるよう頑張ってきた。
なのに。
限界が来た。
強い敵と戦うにつれ、顕著になっていく杖の性能不足。自分がどれだけ努力しようと頭打ちになるジレンマ。
この世界では魔法使いが成功するには優秀な杖を手に入れられるかどうかが非常に大きな壁になっている。そして現状ではその優秀な杖を手に入れる方法がない。
だから初めて魔法ではない部分で役に立てるよう努力した。それが勇者の護送任務だった。
勇者に取り入って装備を回してもらえるよう計らう。そんな下心のある任務だ。
勇者は自分と同じくらいの年齢の男の子だ。相談して姉が応対することになる。私もそれがおかしいことだとは全く思わなかった。
姉はモテる。家庭的で見目も良く、人付き合いも上手い。勇者の相手をするのに適任だからだ。
そしては自分はもう一人の少年に魔法を教える役目になった。正直、初対面の人と話すのは怖いし、ちゃんと話せるか不安だった。……だったのに。
異世界から来たというモッチーは変わった人だった。
自分の目を見ても嫌な顔をしない。それどころか目を見開いてキラキラ輝かせている。とても好意的に接してくれるし、リアクションが大きくて面白い。
でも、姉がタイプじゃないらしい。とても変わってる。
気付けば彼と話すのが平気になっていた。いつもより饒舌になってた気がする。それに楽しかった。
だから彼が仲間に入りたいと言ったとき、すぐに受け入れた。協力してあげたいと思った。
それに彼は自分の目を好きだと言ってくれた。忌み嫌われる理由を聞いて自分のために怒ってくれた。
だからきっと彼は私にとって大切な人なんだと思う。大切な、初めてのお友達。
本心を言うなら彼が鍛治師として大成できなくてもいいと思っていた。もちろん優秀な鍛治師になってみんなの装備を作ってくれたら嬉しいけど、私は一緒にいれたらそれで良かった。
そして彼はすぐに頭角を現した。
魔法石の内部に刻印を施す技術の確立。世界がひっくり返る大発明だ。ラインもツーヴァも姉さんも驚いていたし、本当にすごい発明。……私も手伝ったのが密かな自慢だったり。
なんでも二割も性能が上がったらしく、私はいつもよりちょっと強い魔法が使えるようになった。
でも、それじゃ全然足りなかった。
キングファングとの遭遇戦で私はほとんど何も出来なかったのだ。彼が大怪我を負ってしまって、頭に血が上って幾度も魔法で攻撃したけど、全然ダメージにならなかった。
威力が足りない。新しい杖でも全然性能が足りていなかったのだ。
あの戦いは結局、ラインとツーヴァ、そして一番レベルが低いはずのモッチーの活躍で勝てたようなもの。
だから必死で魔法書を読み漁り、実力をつけようと努力した。それで強い魔法が使えるわけでもないのに。やっぱりもっと良い杖がないと……。
そしてしばらく後、ついにモッチーが新たな杖を開発した。
ノルン爺の杖から着想を得たというその杖は最高級品と比べても遜色のない、いやむしろカスタマイズ性能を考えればそれ以上の代物だ。
そして手に持った瞬間に理解した。これならキングファングにだって遅れは取らないと。
そして“猛き土竜”と合同での試し撃ちに向かった私たちはアースジェネラルモンキーに遭遇する。ラインが、ノルン爺が咄嗟の判断で撤退を支持し、ジリジリと戦線を下げながらの後退。
そんな中で私は強い確信を持っていた。
勝てる。私とこの新型杖ならアースジェネラルモンキーを圧倒できると。
そして私の放った上級魔法は大量のアースジェネラルモンキーを一撃で葬り去った。
皆が動きを止め、呆然としていた。姉さんで、さえも。
そして再度放った上級魔法がさらに大量の屍を築き上げて私の出番が終わる。勝ちを確信した仲間たちが攻勢に出たからだ。
私はみんなの戦闘の様子を見ながらギュッと新型杖を握っていた。もしかしたらこの杖なら全力で戦えるかもしれない。
アースジェネラルモンキーを殲滅した後、ウルズの発案で打ち上げを行うことになる。剥ぎ取りでかなりの時間を割かれ、これ以上の続行が難しいのと、新型杖の性能が想定以上で喜ばしいからと賛成多数で決まった。
早くモッチーに会いたい。
ガタゴトと進む馬車の中で私は逸る気持ちを抑える。
帰ったらお礼を言わなくちゃ。ありがとうって。
そして拠点が見えたとき、私は思わず馬車を飛び降りて駆け出していた。彼の姿を求めて。
ノックも無く部屋の扉を開け放ったのは青と緑、二つの異なる色を持つ目の持ち主、ティアーネだった。彼女は俺が渡した新型杖を手に、少し息を乱している。
「モッチー」
落ち着いた彼女にしては珍しい不作法だ。けれど俺がそれを不快に思うことはない。なぜなら今まで見たことないくらいの笑顔だったからだ。
可愛い。すげぇ可愛い。
満面、とはいかないけどティアーネが見せる精一杯の笑顔に俺は胸の高鳴りを抑えられない。それどころかいつもより輝く二色の双眸に夢中になってしまう。く、厨二病の血よ、静まれ!
「おかえり、ティアーネ。随分と機嫌が良さそうだけど、狩りが上手く行ったのか?」
「ん。完璧」
「そう、それは良かった。新型杖の方はどうだったかな、問題とか無かった?」
「無い。すごい性能」
ティアーネは言葉少なな分、無駄に飾ることもない。だからその言葉をそのまま受け取っていい。
ふむ、問題が無いなら新しく杖を作る必要は無かったかも……いや、あれはまた方向性が違うか。
「モッチーは何してるの?」
「今はポーションを作ってるよ。さっき新しい杖を作った時に魔法石の欠片が沢山出たから、再利用しようと思って」
そう、今テーブルの上には何本もの小瓶が並べられ、二つの大きなカップにはそれぞれ別のポーション素材が入っている。
体力回復ポーションと魔力回復ポーションだ。
作り方はそれぞれ似ており、体力回復ポーションは複数の薬草の効力を魔法石に含まれる魔力によって増強する必要がある。これはすり潰して水に溶かし更に漉した後、魔法石の粉を入れてカップを専用の台に置き、そこに刻まれた魔法陣を発動することで魔力を調和させる。
魔力回復ポーションは消化吸収の効能を持つ薬草と魔力増幅の効能を持つ薬草を使用する。工程は体力回復ポーションと同じで最後に使う魔法陣が異なる。
どちらも使用している素材が低級なので下級ポーションしか作れないが、安価で作れるので気軽に使用できる利点がある。これが店売りだとなぜか値段が跳ね上がるんだけど。
「新しい杖?」
ティアーネは聞き逃さなかったようだ。うん、切り出す手間が省ける。
「ああ。今の技術でどのくらいの代物が作れるのか試そうと思ってね。ティアーネ向けの調整もしてあるけど……見たい?」
この時の俺の顔は自信まんまんでうずうずしていたらしい。確かにとんでもない性能を発揮するだろうから見て欲しくてたまらなかったんだけど。
「ん。見たい」
「ようし、それじゃあお披露目だ。見よ、大量の魔法石を積み込んで作り上げた重量級の最新杖!」
俺はテーブルの死角に立てかけてあった最新型の杖を取り出す。
魔法石三つを連結させ、また魔法石を加工して作ったパーツを使用することで無理矢理性能を伸ばした試作型。
大型化し、重量も嵩み、威力に偏重させたこれはまさしく移動砲台としての役割を担うべく生まれたもの。
「大きい。魔法石いっぱい」
「魔法石を多く使えばそれだけ性能が上がる。問題はそれらを上手く調和させて一つの枠組みに収めることだけど……ってそんな説明はいいか」
俺はティアーネの杖を預かり、代わりに最新杖を手渡す。
「重たい。バランス悪い」
「そこが今後の改善点なんだけど、まぁ試作だからということで我慢して。それで性能なんだけど」
使用した魔法石の数、そして体積が増えることによる刻印の増加、それらを鑑みて…………
俺は驚きでティアーネが離してしまった最新杖をすんでのところでキャッチするのだった。