鍛治師スキルはチートの香り・3
あれから一週間、俺は師匠の元での修行をこなしながら新型杖を量産した。
まずは赤撃姉妹にアンケートを取り、魔力許容量と威力に大きく振ったティアーネ用、制御向上と魔力許容量に重点を置きバランスを取ったレイアーネさん用を作製。
そして試作品と同じ性能をノルンさん用、範囲拡張と威力にガン振りしたミーナ用を作る。試作品は交渉に利用するということなので改めて正式版を作ったのだ。
まぁ実際には杖の部分は全て同じものだ。魔法石の刻印をそれぞれ変えているだけである。
それぞれ当人に渡したところ実地で試したいとのことで、赤撃と猛き土竜の合同で狩りへと向かっている。念のために安全マージンを取るらしい。
「お祭り騒ぎだったな、みんな」
当然と言うべきか。最高級品と同性能の杖が降って湧いてきたのだ。それも自分専用のカスタマイズ状態で。
当人たちはもちろんラインさんやツーヴァさんまで舞い上がって肩をバンバン叩いてくるものだから服がよれてしまった。強靭な肉体は全くダメージなかったんだけどさ。どうなってんだ俺の身体。
ま、それはいいとして。
俺は今、拠点に篭ってティアーネへのサプライズプレゼントを……もとい更なる新型杖を作製するところだ。
これから鍛治にシフトしていくことになるだろうから、今の俺に作れる最高の一品を用意しておこうと思ったのだ。
「じゃあ取り掛かるか」
これまでの作製で一つの魔法陣の枠内であれば複数の魔法陣を重複させても魔力配分が正しく行われることが分かった。
そしてもう一つが魔法石は粘液に変えると性能が落ちること。まあ不純物が混ざるから当然なんだが。
俺の計画では至る所びっしりと粘液で埋めてしまえば勝手に性能が上がるものだと考えていたのだが、同じ体積なら魔法石の方が圧倒的に性能が高い。なので極力魔法石を使う形で作製する方向にシフトした。
コンセプトは『ぶちかませ一撃必殺!』だ。取り回しや使い勝手を考えずにとにかく攻撃偏重でキングファングの防御を撃ち抜くことを前提に作る予定。
そして一つの杖のために俺は十個もの魔法石を用意した。おそらくこれで足りるだろう。
今回、挑戦するのは先端に三つの魔法石を輪のように配置して繋げる方法だ。その分重量が増えるが仕方がない。
そして極力魔法石を用いて作りたいので、思い切ってパーツごとにカットして継ぎ接ぎする形を取ることにした。それための大量の魔法石だ。
まずは軸となる杖に芯となる穴を開ける。そして魔法石を削り、ドローイングで円柱型に整形した後に粘液と共に注ぎ込む。それを先端から飛び出るまで繰り返す。
これで内部は隙間なく埋め尽くされたはずだ。続けて先端に取り付ける魔法石へと移る。
三つの魔法石をくっつけ、そのどれもに接する円を台に刻む。そしてその円になぞるように魔法石を削って一周分の輪っかを作る。パーツの接合は凹凸をはめ合わせる形にし、魔法石に接する部分には凹みを作っておく。
それらを組み合わせると大きな丸の中に三つの魔法石がぴったり嵌まっている形になる。
さらに輪っかの外側にぐるりと溝を作って銀糸を巻いておく。これが魔法陣の枠として機能するのだ。
そして次はそれらの台座だ。
新しい魔法石の上半分に三つのクレーターを作る。これが先の魔法石を乗せる場所になる。
そして下半分は円錐型にして先は平坦に削り、さらに凹みをつける。これが杖の出っ張りを差し込む場所になる。
試しに三つを組み合わせてみたら頭でっかちになってしまった。それにグラグラしてバランスが悪い。一番上は乗っけてるだけだし。
「ふむ……とりあえず固定パーツを付けるか。見た目も改善しないといけないよな」
軸部分も手を入れないと釣り合いが取れないだろう。となると外付けパーツで全体を固定するか。
うーん、でもどうやって用意するかな。材料はどうしよう。
「昇り竜とか格好いいけど遊びすぎだしな。てか時間かかるし。んー……」
日本で見た杖のデザインってどんなのがあったっけな。なんか魔法少女っぽいやつばかり頭に浮かぶけど、ぜんまいみたいなくるくるもあったっけ。他には先っぽに立方体が付いてたりとか翼の意匠が付いてたりとか。
あれ、全然参考にならん。
んー、杖の素材がなんかの木だし、植物チックな感じにでもするか? 根を張って固定みたいな。
「あー、いいなそれ。二股に分かれて魔法石二つに根を張ってる感じで。フォークボールの握りみたくなるけど、この際贅沢は言ってられん」
こんなこともあろうかと用意していた大ブロックの素材を引っ張り出し、ナイフを使って一気に成形していく。筋力が高いおかげかスパスパと面白いように削れる。
工芸スキルのおかげか思い通りのデザインに仕上がっていく。魔法石の大きさなどを配慮しながらの慎重な作業だ。
杖側は軸に巻き付くデザインにし、上から銀糸を巻き付けて固めるとしよう。
最後に全てを組み立て、振り回してもバラバラにならないことを確認する。とはいえあまり期待しない方がいいかもしれないが、その時はまた改めて設計を見直そう。
「それじゃあ仕上げに刻印していきますか。あー、こっからが一番長丁場だよ」
赤撃と猛き土竜の合同チームは非常に上機嫌で帰路についていた。斥候役である馬上のラインとツーヴァが笑顔で雑談しているほどである。
赤撃の馬車にメンバーが固まって乗り、その次にノルンが御者をする馬車が獲物の山を積み上げていた。
そして最後尾に黒尽くめのスルツカが一人淡々と馬で警戒している。
「はっはー、まさかアースジェネラルモンキーの群れを喰っちまうとはな。普通なら逃げ出すところだぞ」
赤撃の筋肉ダルマことウルズが籠手を打ち鳴らして何度目になるか分からない台詞を吐いた。
「そうね。単体でもランクB、群れならAランクにもなる魔物だもの。本来であれば私たちの力では勝てなかったわ」
レイアーネの台詞にセレスティーナも頷き、
「そうですね、それが百二十頭も……。しかし驚いたのはティアーネさんですよ。半数以上を一人で倒してしまったのですから」
注目を向けられたティアーネは羞恥で染まった顔を俯いて隠し、モッチーにもらった新型杖をぎゅっと抱きしめた。
相変わらずの妹の反応に苦笑を浮かべつつ、レイアーネは代わりにと胸を張る。
「ティアはもともと高い才能があったの。今までは杖が追い付かなくて本当の実力を発揮出来なかっただけ。今回使った上級魔法だってティアには容易いわ」
「ふひっ、爆裂的な強さだったの。一発でまとめて氷漬けだったの」
新型杖の試運転のために出向いたはずが視界を埋め尽くすほどのアースジェネラルモンキー、魔法で体に土石を纏う巨躯の“ゴリラ”に遭遇した時は真っ先に撤退が頭に浮かんだ。
一人で二、三頭なら相手にできるが、それを明らかに超えた数だったからだ。
先陣と戦いつつ後退していた彼らだったが、突然吹き荒れた猛吹雪がアースジェネラルモンキーの群れを突き抜けていった。
水と風の複合上級魔法『アブソリュート・ブリザード』。吹雪が吹き荒れる範囲から一気に熱量を奪い取る広域殲滅魔法だ。
そして夥しい数が周囲の木々ごと凍結し、動きも命も……全てが停止する。
それが都合二度放たれ、七十を超える数を死に誘った。
後は散発的に現れるアースジェネラルモンキーたちを各個撃破していくだけ。群れを根こそぎ倒したのかはわからないが、少なくとも向かってくる分は全て倒し尽くした。
そして長い時間をかけて解体し、魔法石を回収し、毛皮や牙、爪などの売れる素材を優先的に詰められるだけ馬車に積んできた。
「ミーナもノルン様も凄かったですよ。簡単に土石の装甲を剥ぎ取って膝までつかせるのですから。お陰で前衛は楽ができました」
「ふひっ、当然なの。新しい杖は洒落にならない性能なの」
「そんなに、ですか。私の魔法剣でも目に見えて性能が上がっていたのに、その杖はどれだけ優秀なのか」
セレスティーナが羨ましそうな目で見遣るが、彼女の獲物は魔法剣だ。こればかりは仕方がないだろう。
この中で攻撃性能の無いレイアーネだけがまだ杖の性能を実感できていない。彼女は光の回復魔法に特化しているため戦闘では補助に徹しており、実感できる状況に遭遇してなかった。そのような状況はパーティーとして好ましく無いものだろうが。
日が落ちきる頃、ネアンストールの城壁を超え東門をくぐった彼らは大きなざわめきの只中に放り込まれていた。
見る人が見れば分かる、アースジェネラルモンキーの素材の山だ。そしてその規模も容易に想像できるだろう。
「おいお前ら、アースジェネラルモンキーの群れとぶち当たったのか!?」
「最近冒険者殺しで話題になってた大規模集団じゃねぇか!」
「おいあれ! “猛き土竜”だぞ!」
「本当だ、“先導者”のノルンだ!」
口々に囃し立てる中を彼らは解体野郎ゴリアンヌの下へ向かう。素材の買い取りだ。
例によって女性陣は外で待機、ラインとノルン、ツーヴァの三人で入店する。
すると大作業場の右奥で解体作業をしていたマッチョ、ゴリアンヌが気づき、鉈を置く。
「あら、ラインちゃんじゃないの。ツーヴァちゃんにノルン爺様もご一緒なのね」
相変わらずの距離感で顔を近づけてくるゴリアンヌを押し返すライン。若干の冷や汗も出ている。
「今日の獲物はっと……あら、これってアースジェネラルモンキー? しかもこの数、冒険者殺しと当たったの?」
「ああ、アースジェネラルモンキーだ。それより冒険者殺しってなんだ。聞いたことないんだが」
「最近話題になってたの。とんでもない数のアースジェネラルモンキーが群れを作ってて、いくつもの冒険者パーティーが壊滅したって。しかも数を考えたら余裕でAランクでしょう? ギルドの方でも本格的に対策を考え始めているって聞いたわ」
「初耳だな。まあぶち当たったのが今日で良かった。人数も揃っていたからな」
「それでも倒せちゃうのはすごいわよぉ〜。あ、そうだ。ギルドにも報告に行ってあげてね、きっと喜ぶわよ」
「ああ。それじゃあツーヴァ、ウルズを連れてちゃっと行ってきてくれるか。ここはやっとく」
「了解。ではノルンさん、また酒場で」
ツーヴァがギルドへ向かい、それを三人で見送る。
馬車をいつものところに動かし、ラインが協力して素材を下ろしていく。
「そういえばモッチーは来てないのか?」
「来てないわよ。作りたいものがあるって言ってたからそれかしら」
ゴリアンヌが記憶を掘り起こすと、ノルンが食いつく。
「ほう。どんなものを作ろうとしておったのじゃ?」
「杖だったかしら。なんでも鍛治を本格的に学ぶ前に試したいことがあるって言ってたわ」
「……杖か。よもやこれ以上とは言わんじゃろうな」
頭をよぎった考えにひやりと恐ろしいものが走るが、それを飲み込む。まさかという思いと彼ならばという思い、モッチーを高く評価しているノルンでも自分の予想に半信半疑だった。
だから今は気にするのはやめよう、これ以上は心臓に悪いと詮索はやめておく。
「ゴリアンヌ、見積もりを出して欲しいんだがどのくらいかかる?」
「一時間あれば十分よ。ところで魔法石はどうするのかしら?」
「半分はモッチーに渡す。残りを売却で頼む」
「はあーい」
ゴリアンヌに任せ、二人は店を出る。一時間後に戻ってくることを決め、行きつけの酒屋を貸し切りに向かうことにした。
店の外で女性陣と合流し、一度拠点に荷物を片付けに戻る。そのついでに今回の立役者であるモッチーを回収する予定だ。
意気揚々と向かう彼らは知らない。この後とんでもないサプライズが用意されていようとは。
……唯一ノルンだけが薄ら寒い予感を抱えていたが。