新生・赤撃とパワーレベリング・7
「ほら、そこはもっと情熱的に。星々の海で踊るように通すのよぉ」
「いや、具体的に言ってくださいよ。抽象的ですって!」
「感じるの。素材の声を聞いて、どう着飾るのが一番喜んでくれるか指先で判断するのよ!」
「だああぁ、意味が分からん!」
俺は今、安価なホーンラビットの毛皮を手に裁縫を行なっている。重ねた毛皮を繋いだり、立体縫製のやり方を師匠から教わっているのだ。
重ねた二枚を縫い合わせるのに針を刺す角度が云々、糸の選び方が云々、結びが云々。
コツがあるというのはスキルの恩恵で察するのだが、その指導がもう意味不明なのだ。この師匠は。
「ダメよモッチーちゃん。縫製はとっても大事なの。手を抜いたらほつれてしまったり歪んでしまったり耐久性が下がったりしちゃうの。肌触りだって違ってくるのよぉ?」
「それは分かりますけど、もう少し俺が理解できる表現をしてくださいよ、ゴリアンヌさん!」
「師匠よ! モッチーちゃん!」
「ア、ハイ……」
このオカマ、いや師匠は俺が毛皮防具の作り方を知りたいと言ったら二つ返事で受け入れてくれたのはいいんだが、なぜか呼び方にすごく拘る。
なんでも弟子を取ったことなどなく、師匠と呼ばれてみたかったらしいのだが、一度呼ばれたら気分が良くてやめられなくなったらしい。いやどういうことだよ。
「で、師匠。俺は裁縫スキルのおかげで問題なく裁縫できてるんですよね。強度は問題ないし、ほつれも起きてない」
「甘い、甘いわモッチーちゃん。あなたはただ糸を通すことができているだけ。そこには愛情が無ければ美しさも無いの。それは一人前とは言えないのよ」
うわっ、満面の笑みで顔を近づけてくるな!
「いや、だから具体的に……」
「そうねぇ、モッチーちゃんはプレゼントを包装するのにリボンを使うのは知っているわね?」
「ええ、見栄えが良いですからね」
「そう。でも今のモッチーちゃんは閉められればなんでも良いからって、ぐるぐる巻きにしたり、二重三重に巻き付けちゃってるの。それは無駄が多いし見栄えも悪い。受け取る側は嫌よね?」
それは確かにそうだけど。防具なんだから身を守れたらそれで良いじゃないか、重要なのは目に見えない部分の出来じゃなくて性能なんだから。
だが俺の考えはすぐに改まることになる。
「ねえモッチーちゃん。着心地の悪い防具を姫ちゃんに着せるの?」
「…………裁縫、大事」
「その意気よ!」
俺は師匠の指導の元、ひたすら毛皮にチクチクを繰り返すのだった。
あれからしばらくしてパワーレベリングは順調に進んでいる。レベルも順調に上がり、俺のステータスには新しい項目が増えていた。
モッチー。レベル22。人族。戦闘職:鍛治師。職業:冒険者。ギフト:強靭
なんとキングファングと戦った後、ギフト欄に強靭と書かれていたのだ。
この強靭というのはおそらく俺の筋力上昇や妙なタフさの原因ではないかと思われる。レベル2にしてランクAモンスターの攻撃から生還するなど普通は有り得ないからだ。
そしてスキル欄、固有スキル欄は変化がなかった。いや、厳密にはスキルレベルは上がっているのだが、それを確認する方法が無い。そもそもスキルレベルというのが概念でしか無いのだから。
俺は今、スキルレベル上昇の恩恵をしっかりと噛み締めていた。
リビングのテーブルには刻印魔法が施された魔法石がズラリと並んでいる。その数は十。
精密操作スキルの習熟により刻印にかかる時間が大幅に短縮された結果、量産が視野に入るようになってきた。
そして今日は久々の休養日で、赤撃のメンバーも拠点でのんびりしている。さらに俺にとって重要な客が訪れる日だ。
「邪魔するぞい」
「おお、ノルン爺。よく来てくれた」
現れたのは猛き土竜の魔法使い、ノルンさんだ。
続けて三人の男女が入ってきた。
細身で黒に統一された服装。黒髪に黒目、鼻は低く、口元は布で覆って隠されている男。
怪しい。シーフ系の人か?
続けて紫髪の小柄な少女。ティアーネと同じくらいの背丈だろうか。右目が前髪で隠れていて、ニタニタと怪しげな笑みを浮かべている。ミニスカに足元までの長い黒マントという出で立ち。
なんというか黒魔術に傾倒してそうな感じだ。
そして最後の一人は正直驚いた。
黒髪黒目、ややのっぺりした顔立ちに小さな唇、真っ白な肌。二重瞼の大きめの眼。驚くほどの和風美少女がそこにいた。
清潔感のある白のワンピースから伸びる手足はほっそりしていて無駄な肉が付いていないように見える。スタイルも良い。しかも異世界ゆえか日本人離れした大きな二つの膨らみが服を押し上げている。
すげえ、日本でも見たことないくらいの巨乳大和撫子だ……!
「こっちの三人はモッチー殿に顔合わせをさせようと思い連れてきた。みな猛き土竜のメンバーじゃ」
「斥候。スルツカ」
「うひっ、ヒーラーのミーナなの」
「魔法剣士のセレスティーナと申します」
三者三様。順番に自己紹介が入る。ああ、喋り方って外見にも現れるんだな。勉強になるよ。
「モッチーです。よろしくお願いします」
「うむ、改めてよろしく頼む。ところでその魔法石はもしや……」
「ああ、練習で彫ってるやつです」
「やはりそうか。少し見せていただこう」
ラインさんの対面に座ったノルンさんが早速一つ一つ覗き込む。真剣に、じっくりと。
どうも細かくて大変そうなので俺がいつも使ってるアイテムを貸すことにする。
「ノルンさん、このレンズ使ってください。この曲面越しに見ると大きく見えるんですよ」
魔法石を削って作った曲面レンズだ。ドローイングを使って削っているから表面もツルツルしてて傷が無く、非常に見やすくなっている。
「おお、これは便利だ。面白いものを持っておるな」
ノルンさんはレンズの性能に驚き、相好を崩した。そして再び魔法石に釘付けになる。
その間にラインさんが猛き土竜のメンバーに席を促す。
俺の隣にラインさん、向かいにセレスティーナさん、そしてその隣にミーナさんと並ぶ。
黒ずくめのスルツカさんはなぜか壁にもたれかかって立ったままだ。
「スルツカは気にするな。あまり喋らんし、いつものことだ」
「はぁ」
なんだろう、俺は影だ、みたいな人なのかな。それとも人付き合いが苦手とか。
五人が向かい合って座っている状況なのだが、メインであるはずのノルンさんが魔法石に夢中になってしまっているので俺は話の取っ掛かりに困っていた。
「おっ、みんな揃ってるね。お茶でもどうだい?」
そこにタイミングよくツーヴァさんが現れる。救いの神、来た! 赤撃きってのイケメンコミュ強、万能お兄さん!
三十センチくらいの木樽からみんなに配られたカップにキンキンに冷えたお茶が入れられる。冷却魔法の刻印が刻まれた箱で冷やしていたやつだ。俺はもちろん冷蔵庫と呼んでいる。
他にも風呂や炊事場なんかでも刻印魔法は随所で利用されていて、魔力操作スキルがいかに生活に必須スキルなのかが分かる。
ちなみにこのお茶を用意したのはレイアーネさんだ。あの人は料理やら掃除やら洗濯やら家事万能だからな。そりゃモテるわ。
ちなみに赤撃姉妹は部屋で魔法書を読んで勉強中だ。前々からよく魔法書を読んでたけど、キングファングの一件からさらにのめり込むようになっている。
「セレスティーナもミーナも久しぶりだね。しばらく見ない間に随分と大きくなったじゃないか」
「ふひっ、ジジ臭いの。ツーヴァは年取ったなの」
「……か、変わらないねミーナは」
俺の隣にツーヴァさんが座り、ミーナさんと向かい合う形に。そうなると俺は正面の大和撫子風美少女とバッチリ目が合うわけで。
気まずい。何から話せばいいんだ。あれか、本日はお日柄も良く……とかってヤツか!?
だが俺の焦りをよそにウチの年長組が会話をリードしてくれる。
「なんだモッチー。ティアがいながらセレスティーナに懸想か?」
「けそう?」
「浮気ってヤツだ」
「いやそんなわけ……って俺とティアーネはまだそんな関係じゃ」
「ほう、“まだ”、ね。そうか“まだ”か」
「ちょ、そのあからさまな含みはなんですか」
「クスッ」
ほら、セレスティーナさんに笑われたじゃないか。ラインさんは絡み方がオッサンっぽいんだよな。本人には言わないけど。
まぁマイナスのイメージを持たれるよりは百倍マシだけどね。
「そういやセレスティーナは今ランクいくつだ。Bランクに上がったのか?」
「はい、二ヶ月ほど前にミーナと揃って昇格しました。猛き土竜の皆さんのおかげです」
「そいつは良かった。ならいずれ祝いの一杯でもやろうや、盛大にな」
「はい、是非ともよろしくお願いします」
「ふひっ、少女を酒に誘うのは下心ありなの。貞操の危機なの」
「ミーナ……お前なぁ……」
うわぁ、このミーナって子なかなかキャラが濃いな……。あれだ、リアルだと四十超えた中年オヤジに気に入られるタイプのヤツだ。
にしても彼女たちもBランクか。ティアーネといい俺と同じくらいの年齢でそこまでなれるってのはどうなんだ。早熟なのか天才なのか。
「ところでモッチーさんはどういう縁で赤撃に入られたのですか?」
「ああ、それは青田買いだな」
「青田買い……才能を見込んで、ということでしょうか。魔法石技師だと聞き及んでいますが」
「いいや、それは違う。モッチーは鍛治師さ。いずれ世界最高になる、な」
「鍛治師……ということはもしかして」
「ああ、考えている通りだ。そこでノルン爺に頼みがあって呼んだんだが」
皆の視線がノルンさんに向く。
当の爺さんは俺が作った刻印を見比べてほー、うむ、などと感心している。とても周りに気付いているようには見えない。
まだ試作の練習段階とはいえあれほど感心してもらえると嬉しくなるな。創作意欲が湧くというか。今はまだ構想段階で研究中のものがあるから、それが完成したらノルンさん専用のを作ろうかな。
「ノルン爺よ、そろそろ本題の方に入らせてもらってもいいか?」
「んぬ? おお、そうじゃったな。つい夢中になっておったわい」
名残惜しそうに魔法石を手放し、咳払いを一つ。
ここからは俺が話さないといけないことだ。
「ノルンさん、実は鍛冶屋にツテがあれば紹介してもらいたいんですが」