新生・赤撃とパワーレベリング・5
キングファングが苦痛の叫びを上げた。
それは戦場に一拍の停滞をもたらす。ラインもツーヴァもティアーネも揃って事態の把握に遅れる。
「エンチャント・ボルテクス!」
一瞬の静寂を切り裂くように、その声は響いた。
キングファングの首に刺さった剣から電撃が迸り、瞬時に体内へと流れ込んでいく。
再び苦悶の悲鳴が上がった。
「これはモッチーか!」
「生きていたんだね!」
前衛二人がこちらを振り返って喜びの声を上げると、淀みない動作でキングファングを挟むように位置を変える。
もうひとりの魔法使いティアーネは驚きの表情で振り返った。
「モッチー……」
そのオッドアイを讃えた美しい双眸から涙の雫が流れ落ちる。
杖を力強く握り、胸元に抱きしめる。そして俯いて頭を振ると、ゴシゴシと涙を拭き取った。
「ん、やっつける」
彼女の目に闘志の炎が燃え上がる。それは今までよりも深い集中と魔力の高まりをもたらしていた。
「エンチャント・ボルテクス! ……もう一丁、エンチャント・ボルテクス!」
モッチーは電撃がキングファングの体内に吸い込まれるたびにひたすらエンチャントを重ねがけしていく。そのたびに魔物の苦痛が少しずつ、少しずつ大きくなっていた。
あいつ、さすがに体内に直接電気を流し込まれたら辛いみたいだな。とはいえこれはチャンスだ。俺の魔力が続くうちになんとか倒してくれ……!
赤撃は素人ではない。
彼らはこの千載一遇のチャンスを見逃すことはなかった。
悶え、動きが鈍ったキングファングをラインが盾で打ち据える。それは狙い違わず首元へ、刀身をさらに押し込むように叩きつけられる。
動きが鈍ってしまえば良い的だ。たまらず暴れて振り払おうとするキングファングの反対側からツーヴァが踏み込んだ。
「これだけスキだらけなら、ね!」
スピードを乗せた一撃。とうにエンチャントの切れた剣に自身の魔力を纏わせ、恐るべき動体視力を持って突き出したそれはキングファングの右目を貫いた。
キングファングがたまらず頭を振る。
ツーヴァは勢いで脳髄を破壊するつもりではあったが、無理せず剣を手放して距離を取った。
「エンチャント・ボルテクス!」
それをモッチーは見逃さなかった。すぐさま突き立った剣に電撃を纏わせる。視神経を焼き尽くし、あわよくば脳髄を焼くためだ。
目論見通りキングファングはことさら大きな叫びを上げ暴れ回る。
だがその動きは急速に悪くなっていく。
前脚から冷気が流れ出る。ティアーネの凍結魔法が前脚に集中してかけられているのだ。
「エンチャント・ボルテクス! エンチャント・ボルテクス!」
そうなれば頭部に電撃を流し続けられているキングファングは悶え身じろぐしかできない。
それは今この場において無力な抵抗と言えた。
土を踏みしめる大きな音が響く。それは重戦士ラインが己の持てる力を振り絞り構えた音だ。
「ぬぅ……ぬううううううぅぅん!」
振り抜かれた大盾はキングファングの眼球に、正確には突き刺さったままの剣の柄に叩きつけられる。
鋭利な先端は抵抗など許さないとばかりに根元まで押し込まれた。それは容易に脳へと達する長さがある。
キングファングがおおよそ生物の上げるものではない断末魔を上げ、三度、痙攣した。
「やったか?」
慎重に距離を取るラインの前で魔物の巨体が膝を折る。
いささかフラグ臭い台詞だったが、キングファングは頭部をだらりと落とし崩れ落ちていた。動く気配は、ない。
「うん、間違いなく死んでる」
「ふい〜、死ぬかと思ったぞ。モッチーのおかげで命拾いしたな」
手を振ってくれる二人に俺も手を振り返すが、実のところフラフラである。
あー、魔力使いすぎた。限界ギリギリまで消耗しちまったよ。
魔力を枯渇させても倒れるようなことはないが、精神的な疲労は激しい。それに俺はぶっ飛ばされた時にごっそり体力持ってかれたからなぁ。ダブルパンチだよほんと。
「ん?」
「モッチー」
そして目の前にはうるうる少女がいた。
「ティアーネは大丈夫だったか?」
「ばか」
「え、ティ、ティアーネ?」
小柄な身体が俺の胸にポスンと収まる。え、これどうすればいいの?
うわ、ティアーネめっちゃちっちゃい。肩幅とか全然無いし、背もちっちゃい。あ、髪の毛いい匂いする。
「死んだと思った」
「あ、ああ、よく生きてたよ俺。自分でも驚いてる」
「死んだら駄目」
「……そうだな。死んだら駄目だよな」
正直今回の戦いは意気揚々と乗り込んだ俺に冷や水どころか氷水を浴びせられたような気分だった。
杖を作って後は赤撃のみんながいるから大丈夫だろうなんて楽観視して、身の守りを疎かにしてしまったことがそもそも間違いだったのだ。
彼らにだって対応できない相手はいるし、そのための新しい装備を作る予定だったはずだ。なのに勝手に慢心して死にかけてたら笑い話にもならない。
早く新装備を作って足を引っ張らないようにしないと。
決意を固めているといつの間にかニヤニヤしているレイアーネさんが横にいた。
「な、なんですか?」
「抱きしめてあげたら?」
「なっ!?」
な、何を言っているんだこの人は。だ、抱きしめるとかそんなの恥ずかしいというかそういうのはもっと心の準備というか……い、いいの、かな?
そりゃあ俺だってこういうシチュエーションでそうするのは知識としてあるけど、そういうのは勇気が要るというか慣れが要るというか。
ああでもこの小柄な身体を抱きしめてみたい……そりゃあティアーネは可愛いしオッドアイとか至高だしいろいろ気にかけてくれるし、良い子だと思うし。
でももし拒否られたら俺立ち直れるかな?
今の関係が壊れて距離を置かれちゃうんじゃないか?
それ耐えられるか?
いや、ダメだ。俺まだ勇気出せない。くそ、情け無ぇ。
どうせ俺はクソ童貞野郎だよ、笑わば笑え。
「もう、ヘタレねぇ」
「どうせ俺はヘタレですよ」
結局俺はティアーネを抱きしめることができなかった。
こんな時ケントだったら迷わず抱きしめてただろうな。あいつリア充だし。
「モッチー」
青と緑の双眸が俺を見上げている。そこにあった涙はもう赤い跡へと変わっていた。
「あ、ああ、何?」
「解体手伝いに行こ」
ティアーネに手を取られ、キングファングのもとに連れられる。その後ろをレイアーネさんが呆れたような微笑ましいような複雑な表情で続く。
果たして前衛二人はキングファングの前でなにやら相談していた。解体はまだ手を付けていない様子。
「ライン、ツーヴァ。どうかしたの?」
「ああ。解体しようとは思ったんだがこいつの体が硬すぎてな。モッチーのエンチャントがあっても骨が折れる」
「これだけの巨体を運ぶのも難しいし、正直持て余しているといったところかな」
年長組が再び議論を始める。
キングファングは体長三メートルにも及ぶ巨体だ。体重などトン単位だろう。さらに丈夫すぎてバラバラにするのも一苦労となれば頭を抱えるのも仕方がない。
そういえば俺が持ってきた道具は使えないかな。
背負子を下ろし背版を外す。
重ねられた三枚の板をばらしてみたが、奇跡的に無事だった。相当な強さで木にぶつかったんだが。もしかしたら重ねてたおかげで耐久力が上がってたのかもしれない。うん、そういうことにしよう。
この板は裏側に刻印が入っていて、耐久力向上と凍結の魔法が組み込まれている。そして凍らせたこの板を荷物の下に敷くことで滑らせて運ぼうというコンセプトだ。
ちょうどキングファングの前脚がティアーネの魔法で凍っているので、後脚の下に二枚敷く。そしてなけなしの魔力で刻印魔法を起動する。
「おい、ちょっと待てモッチー。お前今何した?」
「え? これで運べないかと思って実験を」
そこになにやら険しい表情でラインさんが迫ってきた。なんだろう、何かやっちゃいけないことでもしたのだろうか。
だがラインさんの問いは全く違う意味の問いだった。
「違う。今、脚を持ち上げたな?」
「え、ええ。じゃないと下に敷けないので……」
「そうじゃない。“どうしてお前は持ち上げることができる”んだ」
「へ?」
何を言っているんだろう。持ち上げなきゃ置けなかっただけなのに。
俺の疑問をよそに赤撃メンバーはみな信じられないものを見たような目をしている。解せぬ。
「モッチー君って身体強化は使えないわよね」
「ん。無理」
「そうよね。ツーヴァは身体強化無しで持ち上げられる?」
「いや、無理だよ。ラインでもなんとかってところじゃないかな」
なにやらコソコソ話しているみたいだけど、何かそんなにおかしいことだっただろうか。ラインさんやツーヴァさんでも持ち上がると思うんだけど。
準備は出来たから試しに動かしてみたいんだが。
「とりあえずラインさん、運べるか試したいんで押すの手伝ってもらえませんか?」
「…………いや、お前一人でやってみろ」
「は、……ええ?」
「ものは試しだ」
いやいや一人で運べるわけないじゃないか。無茶にも程がある。
釈然としないけどとりあえずやるだけやってみることにする。
俺はキングファングの首下に入って頭を持ち上げ肩に担ぐ。そして両手で首をホールドして思い切り引っ張ってみることにした。
ゴリゴリと音を立てながら巨体が滑るように動いていく。
「くうぅ、重い! やっぱ一人じゃ無理ですって!」
「……おいおい、これは冗談か何かか?」
「ラインさん、見てないで手伝って下さいよ!」
さすがにフォロー無しは無理だ。俺は一旦手を止めてラインさんに抗議した。
しかし彼は惚けるばかりで動かない。珍しい姿ではあるが、実に反応に困る。
他の仲間たちに視線で助けを求めるがみんな似たり寄ったりの反応だ。何かあったのだろうか。