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新生・赤撃とパワーレベリング・4

 飛び出した影はツーヴァだった。


 双刃が煌めき、側頭部へ叩き込まれる。だが、皮膚を穿つこと能わず弾かれた。


「それでも構わない!」


 歯をくいしばり、彼は勢いのままにキングファングに体当たりを敢行する。


 無謀だ。


 誰もがそう思った。いくら身体強化しているとはいえ、相手は三メートルを超える巨体。歯が立つわけがないと。


 事実、ツーヴァは弾き飛ばされる。


 激しく脳を揺さぶられ気を失いそうになりながら、それでも彼は笑みを浮かべていた。


 わずかに。ほんのわずかにキングファングのルートが逸れる。


 そのほんの少しがティアーネを死の淵から救い上げたのだ。


 地を転がるツーヴァの横をさらに影が走り抜ける。


「無茶しやがってバカが、よくやった!」


 速度に秀でているからこその功績。ラインは仲間の身を捨てる度胸に舌を巻き、同時に希望の一端を見た。闘志が充溢しているのなら可能性だって生まれる。心を切らせなければ戦えるのだから。


 ツーヴァは前衛に必須の身体強化魔法によって特に脚力が優れている。そしてラインが優れるのは腕力。


 キングファングが方向転換のため側面を向ける。相対速度が上がり、縮まらなかった差が埋まった。


「っおおおおおおおおおおお!!」


 細かな狙いなんてつけられない。牙に当たらなければそれでいい。


 上段に振りかぶった大剣を力尽くで叩き込む。


 果たしてそれは偶然にも首元を捉えた。


 刀身が分厚い毛皮を裂き、猛烈に勢いを減じながら強靭な筋肉を断ち切っていく。


 どれだけ強靭な肉体を持っていようとも首を切り落とされれば死は免れない。


 だが。


 果たして返ってきた音は肉を断つ音でも骨を砕く音でもない。それは金属が割れる音だった。


「ばっ……このナマクラめ!」


 根元近くから折れ、小さな破片が飛び散る。刀身は首元に食い込んだままだ。


 ラインの大剣は決して粗悪品というわけではない。オーソドックスではあるものの、一定の品質を保持している鉄剣であり、これまでも十分な結果を出してきている。


 だが相手はAランクの魔物。たかだか“それなりの”武器などでは歯が立たないのだ。


 それゆえに剣士などの近接職はBランクから昇格するためには大きな壁にぶち当たる。Aランクを相手に立ち回れる武器が手に入るか否か、という大きな壁に。


 そして赤撃はまさにこの壁に直面していた。


 ラインは役に立たなくなった剣を投げ捨て、怒りで牙を振り回してくるキングファングから逃げ回る。乾坤一擲の一撃が不発に終わり、明らかに焦りを浮かべている。


「ライン、盾を回収しておいたよ」


「助かる! ツーヴァ、大丈夫なのか?」


「柔な鍛え方はしてないからね。まあ君ほど丈夫じゃないけど」


「冗談が言えるなら問題ないな」


 大盾の受け渡しで動きを止めた瞬間を狙ってキングファングの突進が来る。それをバラバラに飛び退いてかわす。


 突進のエネルギーは異常に高い。一度受けるだけで大盾はひしゃげて使い物にならなくなるだろう。そしてそれを受け止めるラインもいくら重戦士といえどダメージは避けられない。


 だが裏を返せばそれは一度なら受けることができるということでもある。


「せめてもっと良い盾なら何回でも受けられるんだろうけど、な!」


 突進をいなし、横腹にシールドバッシュを叩き込む。


 返ってきたのは手応えなどではなく、鋼鉄のような硬さと腕に伝わる痺れだ。


 ラインもツーヴァも立ち回ることはできる。キングファングは強靭な肉体を武器に圧し潰す相手だ。身体強化でスピードを上げた彼らにとって、回避に絞れば余裕ができる。


 だが、攻撃を通すとなると別だ。ラインの武器は折れ、ツーヴァの武器は毛皮すら突破できない。


「ちっ、このままじゃこっちが先にスタミナが尽きちまう。ヤツは無尽蔵だってのによ」


 キングファングの持久力は人間の比ではない。それこそ何日も走り続けるほどだと言われている。疲れ知らずの身体で獲物が疲れて動きを止めるまで攻め立て続けるのだ。


 ゆえに逃げることすら容易ではなく、格下の冒険者にとって出会ったら死を覚悟するほどの魔物でもあった。


 武器を失ったライン、有効打を持たないツーヴァ、威力の足りないティアーネ、回復職のレイアーネ。


 この場には現状を打破できる力を持つものもアイディアを持つものもいない。


 新生・赤撃に今、刻一刻と死の足音が近づいてきていた。








 そこは真っ白な空間だった。


 見渡す限り何もない。自分が立っているか浮いているのかさえ分からない、不思議な空間。


 モッチーこと須藤元晴は自分の置かれた状況が理解できないでいた。


「どこだここ……俺、死んだのか?」


 それにしては何も無さすぎる。三途の河も無い。


 前に死んだ時はどうだったかと思い浮かべても何も覚えていない。それよりも今の状況はどうすればいいのか考える方が先だろう。


 呼吸は、できる。喋っているから当然なんだけど。


 てことは空気はあるのか。臭いは全く無いけど。


「……ん?」


 そういえばさっきからほんのちょっとずつだけど体に力が入るようになってきている。なんでだ?


 体は動かない。試しに手を握ろうとしたけど、ピクリとも動かなかった。


 謎だ。


「もしかして息を吸えばちょっと力が入るのか?」


 深呼吸したらさっきより大きく力が入る感覚があった。おそらく当たりだ。


 ということはここの空気がエネルギーに満ちているのだろうか。それならそれを取り込めば体が動くようになるかもしれない。


 意識した瞬間だった。


 全身に周りの空気が吸収されていくような感覚が生まれると共に、どんどんと暗くなっていくのが分かる。


 いや違う、これはこの空間そのものが薄く小さくなっているんだ。


 直感だった。


 このままではこの空間が消えて無くなる。でもそれが問題ないという感覚がなぜかある。


 空間を吸い込むと同時に元晴の体に力が漲っていく。


「そうだ、帰らないと。俺にはまだすることがある」


 そして空間全てを飲み込み、元晴の意識は覚醒した。






「モッチー君!」


 目を開けると青髪の美しい女性の顔があった。


 ああ、この人はレイアーネさんだ。


「大丈夫!? 意識はある?」


「……レイアーネさん」


「はぁ……良かった。死んだかと思ったわよ」


 モッチーは自分の身体を確認すると、服はボロボロの割に怪我は見当たらない。痛みも無かった。


「大丈夫よ、回復魔法をかけたから。モッチー君の作ってくれた新しい杖のおかげでしっかり回復できたはずよ」


「そうでしたか、ありがとうございます。それで状況はどうなってますか?」


「今はラインとツーヴァがなんとか相手をしているわ。ティアは打つ手がないみたいだし、かなり危ないわね」


 視線を巡らせるとラインさんは大盾だけで立ち回っているし、ツーヴァさんはボロボロ、ティアーネは何度か魔法を打ち込むもののダメージはほとんどないようだ。


 しかしキングファングの首には剣の刀身が食い込んでいて、奮闘の跡が見える。


 あの剣はラインさんのか。折れてるってことはよっぽど硬いのか。巨体に違わぬ肉体ということだろう。


「もはや重機みたいなヤツだな。……ってよく生きてたな、俺」


「ええ、レベル2なのに突進食らって生きてるなんて呆れたタフさね」


「いや、自分でもビックリですよ。それより今はアイツをなんとかしないと」


 今は前衛二人で相手をしているが回避しかできていない。有効打が無いからだろう。


 剣が効かないとなれば魔法だが。


 ティアーネは氷の槍や風の刃で攻撃するものの毛皮を裂くことすらできていない。見た目には威力がありそうなのだが、レジストされてるのかそれ以上に守りが固いのか。


 俺にも何かできればいいけど、せいぜいエンチャントくらいしか……


「エンチャント……できる、か?」


 キングファングの首に刺さった剣。あれにエンチャントできればダメージを与えられるはずだ。


 直接触れなくてもエンチャントは可能。あとはどのくらいの距離まで届くか、だが。


 頼む、届いてくれ!


「エンチャント・ボルテクス!」


 俺の願いが届いたのかは分からない。


 だが、次の瞬間キングファングの首から電流が迸った。

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