表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/146

新生・赤撃とパワーレベリング・3

 最初に気付いたのは先頭を歩くツーヴァさんだった。


 手信号で停止を合図し、皆が武器を構えて警戒する。俺はラインさんとツーヴァさんの武器にエンチャント・ウォーターをかけて刀身を保護し、一番後ろに移動。


 ラインさんを先頭にツーヴァさんが続き、姉妹が後ろから援護する形になる。俺は後方警戒と敵に合わせてエンチャントを重ねがけする役目だ。


 遠くから草木を掻き分ける音が聞こえる。音の大きさから考えたらこちらを目指して進んできているとみて間違いない。


「モッチー君、音の大きさからみて大型よ。危ないと思ったらすぐに下がってね」


「はい、わかりました」


 俺には武器は無いし、盾もない。文字通り戦闘力は皆無だ。出しゃばって痛い目に合うつもりはない。


 はたして魔物と思われる気配はもうそこまで近づいていた。


 ラインさんが大盾をしっかり構え、ツーヴァさんが挟み込むように位置取りをずらしていく。


 そして耳をつんざくような鳴き声が上がった。


 これ確か豚じゃなくて……イノシシ!?


 影が飛び出してくる。


 それは予想した通りのシルエットだったが、その大きさは尋常ではなかった。


「避けろおぉっ!!」


 ラインさんが必死の形相で飛びすさり、横をイノシシが駆け抜ける。その矛先は俺たちが……後衛の三人がいる場所だ。


 レイアーネさんもティアーネも咄嗟に地を蹴ってバラバラに駆ける。俺も慌てて逃げたが一番遠い位置にいたことが災いしてしまった。距離が離れるほど左右に大きく動かなければならない。


 避けきれねぇ!


 イノシシの巨体が眼前に迫る。ゆうに見上げるほどの高さのそれは三メートルに届いているだろう。俺の身体と同じくらい大きな牙が二本……命を刈り取ろうと、


「お、おおおおああっ!」


 間に合え、間に合え、間に合え!!


 遠くへ、少しでも遠くへ、地を蹴って少しで




 ゴズッ




「あ 」




 身体が吹き飛ぶ。


 俺は息をすることすらできず、浮遊感すら覚えることなく、


 勢いのまま木に直撃した。


「が、ふ」


 背中を強打し、肺の中の空気が吐き出される。


 ……息が、できない。


 全身で痛みが暴れ回る。


 意識が、飛びそうだ。


「モッチー!」


 誰かが呼ぶ声がする。


 視線を巡らす先で巨大なイノシシが声の方へ駆け出しているのが見えた。


 ヤバイ、もう意識がもたない……みんな……







「モッチー!」


 ティアーネの悲壮な声が響いた。


 ラインもツーヴァもレイアーネも、声を出せずに見ていることしかできないでいる。


 その間にも方向転換した魔物、彼らの知識ではキングファングと呼ばれる“A”ランクモンスターが今度はティアーネを目掛けて突進していた。


 混乱はある。


 しかし長年の冒険者としての経験が彼らの身体を動かす。


 ティアーネが紙一重のところで回避。勢いのままキングファングが進路上の木々を薙ぎ倒す。


 ラインは決断を迫られていた。


 正体を現し、突進を受け止められないと判断して回避したのは彼の勘の為せる技だった。もしあそこで不用意に受け止めていたら彼は今頃押しつぶされ、轢き殺されていたかもしれない。


 そして後衛二人は高いレベルゆえにある程度の身体能力を持っていた。だから回避することができている。


 しかし一番後ろにいたモッチーは違う。


 彼はまだレベル2でしかない。身体能力も素人と変わらない。避けきれないことは冷静に考えれば当然なのだ。


 そしてまともに食らって吹き飛ばされ、倒れ伏している。


 何が現れるか分からないリスクがあったとはいえ、明らかに危機管理に問題があったのだと思い知らされた。


 キングファングは三メートルを超える巨体を持ったイノシシ。相応の巨大な牙を持ち、全身を異常なほど分厚い筋肉で覆われている。


 刃は筋肉を通らず、魔法も強靭な毛皮が防ぐ。まともに戦える相手ではない。


 Bランクパーティーである“赤撃”なら逃げるしかない相手だ。


 だが怪我人を抱えて逃げられるのか。


 いや、そもそもモッチーは生きているのかすら分からない。


 ラインはリーダーとして決断せねばならない。モッチーを助けて逃げるか、見捨てるか。




「……はっ、ここで仲間を見捨てたら目覚めが悪いってもんだ」




 大盾を投げ捨て、覚悟を決めた目でキングファングを睨みつける。


「ライン、どうするんだい。僕たちの手に負える相手じゃないよ?」


「それは分かってるんだがな。仲間を見捨てて逃げられん」


「ふふっ、とんだ貧乏くじだね。初っ端から格上と出くわすなんて」


 ツーヴァも言葉と裏腹に全身から闘気を吹き上げて構えた。


 これでも歴戦の冒険者としてのプライドがある。仲間を見捨てられない程度には低くないプライドだ。


「ツーヴァ、俺たちでヤツを引きつける! レイアーネとティアーネを攻撃させるな」


「了解、リーダー」


 二人が地を蹴り、キングファングに劣らないスピードで突っ込む。


 キングファングは二人に気付き、雄叫びとともに迎え撃つ構えを見せた。


「レイアーネ、モッチーを頼む!」


「え、ええ、了解よ」


 混乱していたのだろう、レイアーネの返答に間が空いた。だがすぐさまモッチーの元へ駆け出す。


「ティアーネ、時間を稼ぐぞ!」


「…………」


「ティアーネ!?」


「……許さない」


 対するティアーネは完全に目が据わっていた。


 振り上げた杖から氷の槍が出現し、キングファングへと打ち出される。


 だが分厚い毛皮を傷付けることはできず、弾かれてしまう。


 ティアーネが眉を寄せ、不機嫌を露わにした。


「……凍らせる。エターナルフリーズ」


 続けてキングファングの巨体が凍てつく冷気に包まれる。


 あらゆるものを凍らせる極寒の領域。それはキングファングの体を白く染め上げていく。


 激しく怒りの声を上げるキングファングが矛先を変えた。


「効いてない?」


 分厚い毛皮は凍らせたのは表面だけ。その動きが鈍るような様子は見られない。それどころかさらなる勢いを持ってティアーネへ肉迫する。


 咄嗟に地を蹴り回避を試みるが、動揺から出足が鈍ってしまう。


 背筋が、凍る。


 ティアーネの頭を先ほどの光景がよぎった。


 跳ね飛ばされたモッチーが木に叩きつけられ崩れ落ちる様を。


 次は、自分がそうなる。


 そうしたら、死ーー


「ティアーネ!」


 キングファングの側面から影が躍り出た。目にも留まらぬ速度で進むそれはキングファングの頭部に向かって刃を突き立てる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ