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桃色髪の悪魔

 ネアンストール防衛軍の駐屯地で報告を受けたゲイルノート・アスフォルテは速やかに各将校を招集し、全員が揃うまでの間、目を閉じて思考の海に沈んでいた。


 ただならぬ雰囲気を感じ取った将校らは口を固く結んで全員が集結するのを待つ。


 そして最後の一人、魔法使い次席レイン・ミィルゼムが入室した。


「お、どうやら俺が最後だったのかい。どうしたんだ、筆頭殿。厄介ごとかい?」


 張り詰めた空気に緊張が増していた将校らはレインの軽口に反応したゲイルノートの表情が至って平静であったことに胸を撫で下ろす。


「うむ。急ぎでは無いがな。とりあえずは席につけ。今から説明する」


 レインが着席したのを確認し、ゲイルノートが一つ頷く。


「先日、シェルキナ近郊にて冒険者らがSランクモンスター4体と遭遇し、これを討伐。そのうち2体がかのマンティコアであったことから、シェルキナに巣食う魔物の中にマンティコアレベルの魔物が複数体存在する可能性が指摘された」


「ああ、例の“草原の餓狼”がケルベロス2体を、“赤撃”がマンティコア2体を討伐したやつか。大騒ぎになったな」


 レインの言葉に部屋の空気が若干弛緩した。どうやらゲイルノートの機嫌が悪いわけではないと将校らが判断したためだ。


「うむ。今回はその続報だ。“赤撃”がシェルキナに接近し、その状況を視認した。その内容が看過できないものとなっている」


「……なるほど、伏魔殿にでもなってるのかい」


「似たようなものだ」


 ゲイルノートが手元にあるベルを鳴らすと軍人が入室し、各将校に資料を配布した。


「少なくとも二十体近いマンティコアの群れ。そして悍ましいほどの腐臭。街は黒い霧に覆われ、巨大な大蛇らしき影をその中に確認したとのことだ」


「……筆頭殿、まずは一つずつ咀嚼していこうか。まずはマンティコアの群れだが、少なくとも目視でこれだけの数を確認したということで間違いないね?」


「ああ。そして総数は不明だ」


「ふむ。マンティコアは確か“首狩り姫”が単独で討伐したんだったか。もう一体は四人がかりで優勢に戦った。そのことから考察するに、精霊銀装備の力ならば少数での討伐が十分に見込めると言える。カタナのような有効打があれば消耗も少なく討伐できる」


「だが魔法銀装備の“草原の餓狼”は壊滅した。精霊銀装備の有無が明確に勝敗に直結すると判断できる」


 将校らが唸った。


 かつて“赤撃”がマンティコアを討伐した時は魔法銀装備だった。もちろんカタナというイレギュラーはあったものの、数の力で十分に討伐が可能ではないかとの予測が立てられた。


 だが頭数の多い“草原の餓狼”が壊滅したことでその予測は完全に否定される。魔法銀装備では多くの犠牲者を見込まなければ討伐の見込みが立たない。


「となると精霊銀装備を百人分以上は揃えて、特務隊も拡充が必要だ。時が要るね」


「うむ。次は腐臭だが、これは正直予測が立たん。可能性としてはアンデッドやグールなどの魔物の存在だろう」


「面倒なら丸ごと焼いてしまうか。シェルキナの再建は?」


「考えていない。更地にする前提で良い」


「よしきた。なら疫病があっても面倒だし、基本全て燃やしてしまおう」


 将校らも互いに顔を見合わせて頷き合う。


 ただでさえ先のレグナム奪還戦で馬鹿にならない数の兵を損失したのだ。この上疫病などに見舞われてはかなわない。


「で、次は黒い霧か。誰か、魔物に詳しい者はいるかい?」


「はっ。では私が。現存する資料の中で黒い霧の表記があるのはリッチというアンデッド系の魔物になります。この魔物は日光に弱く、反面膨大な魔力を持ち闇魔法を得手とするとあります」


「ランクは?」


「Sになります」


「つまり実質未知数ってわけかい。参ったねどうも」


 それでも記録から僅かでも情報を得られるだけマシではあるのだが。情報提供した参謀将校は開きかけた口を閉じた。


「最後に大蛇らしき影だ。暫定にはなるが、家屋と同程度の高さまで胴があったようだな。そこから推測すれば全長は百メートルを超える可能性がある」


「とんでもない大きさだな。それだけの大きさなら突っ込んで来られると蹂躙されかねない。こちらも対策が必要だ」


「それでは『防御結界』の重ねがけで防ぐというのは如何でありましょうか?」


 将校の一人が提案し、それぞれが思案する。


「単発攻撃ならそれでも良いとは思うがな。連続でやられると突破されかねないから本命を別で用意して、重ねがけでの防御は本命が突破されそうな時のフォローに回すべきじゃないかい」


 レインの言葉に皆が頷いた。


「誰か正体に心当たりのある者はいるか?」


 ゲイルノートが問いを発するが答える者はいない。先程の参謀将校に視線を向けると、彼は咳払いをした。


「記録上では確認されておりません」


「新種の可能性がある、ということか?」


「はっ。あるいは既存魔物の突然変異体、という可能性も」


「ふむ」


 ゲイルノートが瞑目し、思案する。


 少なくとも目撃情報だけで全てを確定することはできない。裏取り、再調査、その他為すべきことは多々ある。


 その中でもこの場で方向性だけは意思統一は計っておかねばならない。


「半年後を目処に装備の配備、特務隊の増員、対策法の確立をさせる。意見は?」


 ゲイルノートが視線を巡らせる。


「じゃあ俺から一つ良いかな」


「レインか」


「冒険者の調査依頼はどうする。シェルキナに接近させるのは自殺行為。それに万が一ヤツらを刺激してレグナム、ないしはネアンストールまで一気呵成に攻めて来られては今のままではこちらが壊滅しかねん」


「ふむ。……皆、案があるか?」


 将校らに意見を求めると、しばしの沈黙の後、それぞれに意見を出し始めた。


「シェルキナ周辺を調べさせては?」


「マンティコアを誘き寄せて削らせる、というのも無くはありませんが非現実的ですかな」


「依頼は中断しても良いのでは無いですかな。冒険者ランクの上限が上がったことで依頼料も高騰しておりますからなあ」


 その中でも参謀将校が一つの意見を出す。


「“赤撃”並びに“草原の餓狼”を北側危険区域の調査へ。そしてその他の区域を他の冒険者の割り当てとし、購入ライセンスの選考評価の場としては如何でしょうか」


「それは面白いね。鍛冶師の方もランクアップする者がポツポツと出ている。Sランク程度の冒険者パーティーが増えても生産能力が不足することはないだろう。筆頭殿、Aランクの購入ライセンスを3パーティー分くらいが目安でどうだろうか」


 レインがすぐさま便乗すると、ゲイルノートは二、三秒ほど思案し「なるほど」と漏らした。


「確かに前線投入可能な冒険者が二パーティーのみではいささか心許ないところではあった。それに塩梅もちょうど良い。反対意見のある者は?」


 将校らが首を振り、ゲイルノートは頷いた。


「では決定だ。仔細は任せる。纏めた後、オサーン男爵を冒険者ギルドとの擦り合わせに向かわせろ」






「…………と、言うわけだ」


「なるほど。ライセンスの大盤振る舞いでありますな」


 ネアンストール冒険者ギルドのギルドマスター、スレイニン・シェイルクラフトが、上座で薬草茶を飲むゴツィーナ・オサーン男爵に相槌を打った。


 スレイニンもギルドマスターの立場ゆえ軍内部についてそれなりの情報を得ている。それゆえゴツィーナが面倒な立場に置かれていることも把握していた。


「先に言っておくがシェルキナの一キロ圏内への接近は厳禁である。それは徹底してもらう」


「はっ。功を逸ることなきよう念には念を入れて頭に叩き込んでおきます」


「うむ。またギルドマスターの権限で依頼対象では無いパーティーを捻じ込んでも構わない。さじ加減の方はそなたに任せる」


「なるほど、才能発掘ですか。……ですが一番の有望株はすでに引き抜かれてしまいましたね」


 スレイニンがじっとゴツィーナを見ると、見返していたゴツィーナが眉根を寄せて唸った。


「おめでとうございます。で、よろしいのでしょうか」


「……それでよろしい」


 ゴツィーナが顰め顔で薬草茶を喉に流し込む。


 先日、ゴツィーナの次女である“深淵の戦斧”がSランクパーティー“赤撃”に正式に所属した。ギルドで手続き後、その場でSランクの購入ライセンスが発行され、スレイニンが自ら確認のサインを入れた。事前に軍、正確には魔法使い派から指示があったためだ。


 スレイニンの目から見ても“深淵の戦斧”の才能は同じBランク帯の中でも抜きん出ていた。体質の問題から継戦能力に大きなハンディキャップがあるものの、爆発力では他の追随を許さないところがある。“白百合”と組んだ当初はDランクだったが、Bランクまで瞬く間に駆け上がっているのも決してキャリーによるものではない。


 だが“深淵の戦斧”は貴族の娘。それも騎士団派に所属している。まさかあのモッチー少年のパーティーに入ることを許されるとは、という驚きがあった。


「ところでオサーン男爵は現場への復帰は考えておられぬのですか?」


 ゴツィーナが目を丸くする。


「今の技術力ならば、男爵であれば相当の戦力になりましょう。軍からそのような要請があってもおかしくはないと私には思えますが」


「……命令があればそうしよう。しかし今時点で私にそのような考えは無い」


「左様でしたか。これは失礼をいたしました」


 ゴツィーナは三男に強い期待を持っていると聞いている。まだ幼いが、男爵と同じ体質で将来性が高い。“深淵の戦斧”同様、子供らの中でも特に目をかけているとか。


 おそらくはその三男に家を託すつもりなのだろう。


 スレイニンはゆっくりと薬草茶を喉に流した。

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