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一番良いのをくれ・8

 モッチーから莫大な借金をして装備を揃えた“草原の餓狼”は二週間ぶりに活動を再開し、ネアンストールから北東に1キロほど離れた地点で装備の慣らし運転に入っていた。


「ヒィィイイッッッッヤッハー!! 最高だずぇいあばああぁぁぁぁ!?!?!?」


 全力の身体強化で限界ギリギリの動きを試していたシュライグが盛大にバランスを崩して転倒し、二十メートル以上も地面を転がってしまう。だが立ち上がった彼の顔には満面の笑みが溢れていた。


「おい、リーダー! ったく、はしゃぎ過ぎだぜ」


「いや、お前もさっき転んで顔面血だらけになってただろうが」


 呆れた顔をする前衛陣や斥候陣も皆防具のあちこちに草や土の汚れが目立っている。全員が精霊銀装備の力で一気に倍以上跳ね上がった『聖光領域』による身体強化に慣れるため、怪我などもろともせずに訓練に励んでいた。


 精霊銀は魔法銀の完全上位互換。


 その事実を身をもって理解した彼らは同時に、絶大なる力を持つ装備がもたらす恩恵に歓喜した。


 それぞれが綿密に打ち合わせをした完全なオーダーメイドであり、魔力消費、重量、関節の可動域、そして武装の選択まで精霊銀装備の増幅分を計算した調整がなされている。そして調整はモッチーの感覚と知見にそのほとんどを頼っていた。


「全くよ、あの“新入り”は最高だぜ。一体どんな頭してたらこんな装備が作れるんだか」


「あいつ一人でほとんど開発してんだろ? ありゃあ突然変異ってやつだな」


「なんでも良いさ。おかげでこっちは強くなれる。“新入り”様様さ」


 攻撃魔法を内蔵した刺突剣や防御結界を採用した盾。中には魔導剣を装備する者もいる。メンバーの能力を考慮し、それを最大限活かせる装備を提案し、細かい調整を行うだけの知識と技術。そして未だ未知の精霊銀装備を個々人の要求通りに性能をドンピシャに合わせる計算能力と感覚はロックラックやガジウィルでさえ口を挟むことができないものだったのだ。


 もし真正面からモッチーとやり取りできる者がいるとすれば、それはまさに天賦の才を与えられた人物だろう。


「おい、お前ら。借金して正解だっただろ?」


 顔を土で汚したシュライグが問いかける。


「ああ、間違いない。ただもっと早くこの装備にしておけば、マンティコアを倒したのは俺たちだったのにな」


「負ける気がしねえよ。精霊銀装備はマジで頭オカシイ」


「値段もな」


 一人が叩いた軽口に方々から乾いた笑いが出た。


 なにせ代金の総額はゆうに白金貨を超えたのだ。しかもそれを涼しい顔してポンと出すモッチーにも驚かされた。裕福だとは知っていたが……


「それに魔法使いの装備も完全に揃えた。これで全員が一線級だ。俺たち“草原の餓狼”に死角はねえ」


 シュライグの視線の先には重量杖タイプを三つ接続し、全開モードでの魔法制御をトレーニングする魔法使いたちの姿があった。


 杖の接続は“赤撃”でも採用していた魔法使いの火力増強手段だ。その火力は直撃すればケルベロスすら消し飛ばしたほどの威力を誇る。


 だが“赤撃”と違い、“草原の餓狼”の魔法使いは全員が重量杖級を扱える人材であり、杖を接続すると威力や魔力許容量が跳ね上がり制御が困難になる。そのため外部制御端末と呼べる物を新たに採用した。


 それが上着の下に着込んだジャケットである。


 精霊銀の糸でプレート状の魔法石を編み込んでおり、そこに制御補助を軸とした魔法陣が組み込まれている。さらに魔力回復スキルを持つ者には魔力回復促進の魔法陣が入れられていた。


 そのジャケットは杖と接続できるようにされており、杖の接続による魔力制御を補助する役割を果たしている。また純粋な魔法石の体積増加も相まって火力増強にも寄与していた。


「あいつら、杖の接続は三本までが限界か。制御補助もあるんだろう?」


「魔法は規模がデカくなるほどに制御力の要求値が跳ね上がるからな。三本と四本だと一本分どころじゃない差がある」


「現時点だと四本以上でコントロールできるのはトップクラスの才能があるやつくらいだろうさ。それこそ“氷雪の魔女”みたいなな」


「ヒーラーのミーナもそうだろう。……さすがにあの二人にはまだ勝てねえか」


「“首狩り姫”にもな。向こうは“新入り”も含めて若いのが粒揃いすぎる」


「言えてる。これで“深淵の戦斧”が加わったらますます手が付けられないな」


「へえ、“深淵の戦斧”って強えのか?」


「分からん。だがアームストロング流剣術が使えるんだ。ということは“アームストロング流決戦装甲”を運用できるってことだろう」


「あ〜……。パネェわ」


「マジキチ」


 “アームストロング流決戦装甲”の驚異的な破壊力は誰もが知っている。当然、“草原の餓狼”の面々に侮る者はいない。


「最高のパーティになるならよ、それでも勝たなきゃならねえよな」


「ああ、その通りだリーダー。死んじまったピエールのためにもな」


「ピエール……惜しいヤツを亡くしたぜ。最高のパーティになって弔ってやろうぜ」


 全員が真剣な顔になり、黙祷した。


 沈黙が、落ちる。




「いや、勝手に俺を殺さないでくれるかな。なんでリーダーも悪ノリしてるのさ」




 糸目の男が憮然とした顔で突っ込みを入れた。


「どうしてだろう、ピエールの声が聞こえる。……そうか、アイツは俺の心の中でまだ生きてるんだな」


「おい、リーダー。まだそのノリを続けるのかよ」


「だはは、すまんすまん。でもお前が引退しなくて本当に良かったぜ。その()()の具合はどうだ?」


 シュライグの言葉に全員の視線がピエールの左手に向く。


 ピエールの左腕は二の腕から手首にかけて黒いアームカバーを付けている。そして黒い手袋をその上から付けており、そこだけがやたらと目立っていた。


「義手だけど、実際に動かせるわけじゃないからね。やっぱり本物の手とは全く違う。それにあの“新入り”が色々と弄っていたからただの飾りってわけでもないんだ」


 ピエールは手袋を外して見せる。


 そこには握り拳があり、精霊銀の輝きで薄く緑色に発光していた。


 これは肘の方にかけて精霊銀で薄く覆われており、内部は魔法石で占められている。


「へえ、なんかのギミック付きか。どんなのだ?」


「おっ、リーダー気になるのか? 良いぜ、披露するよ。良く見ててくれ」


 ピエールは胡散臭い笑顔を浮かべると手を前に突き出した。


 シュライグは興味津々に凝視しているが、他の面子はピエールの作り笑顔を警戒して少し距離を取る。


「行くぜ」


 ピエールは義手に魔力を流して内部に仕掛けられた魔法陣を起動させた。


 瞬間、義手の拳が強烈な閃光を放つ。


「ぎゃああああぁぁぁぁっっ!!!! 目が! 目があああぁぁぁ!?!?!?」


 それを直視してしまったシュライグが目を押さえて絶叫した。


 ピエールが楽しげに笑い声を上げる。


「おいおい。リーダー、何が起こるか分からないのに無警戒すぎるんじゃないか?」


「お、おまっ! わざとやりやがったな!?」


「心外だね。ただ警告を忘れただけさ」


「馬鹿たれかよ!」


 しばらく蹲って目を押さえていたシュライグはゆっくりと立ち上がって目を開く。


 目元は赤く充血していてダメージの大きさを見てとれた。


「……それ、目眩し機能が付いてたのか」


「ああ。そうだぜリーダー。便利だろ?」


「まあ便利は便利だが。鍛治ギルドで売ってる閃光弾でも良くないか?」


「はは、俺もそう思ったんだけどな。“新入り”曰く、こっちの方がカッコいいんだとよ」


「いや、ガキかよ。…………いや、そういやモッチーはまだガキだったわ」


「だな。まあ機能はそれだけじゃ無いんだぜ。他にも付いてる」


 そう言って腰に付けたホルスターから取り出したのは刃渡り四十センチ程度の三本の鉤爪で、三十センチ弱の格子状のアタッチメントが付いている。


 それは拳の隙間に差し込み肘部分とで腕に固定するよう設計されていた。


「へえ、鉤爪か。割とイカしてんじゃんか」


「実戦向きとは言いがたいけどね。だけどそれだけじゃもちろん無いさ」


 ピエールが義手に魔力を流すと鉤爪の先から爆炎が吹き出す。その威力は刺突剣に内蔵されている魔法の規模よりも格段に高いものだった。


「義手の中に埋め込まれている魔法石と連動させることで威力を高めているそうだ。この攻撃力ならギリギリ前線に出張れるかもね」


「んあ? 閃光の魔法陣があるのになんでそんなことができるんだ」


「魔導剣と原理は同じだそうだよ。なんか効力を失わせて云々とか言ってた」


「なんか良く分からねえができるならそれでいいか。で、その義手はいくらくらい借金したんだ?」


 シュライグは初めて背負った莫大な借金に怯えながら努めて冷静を装って尋ねた。他の面子も興味津々だ。


 皆の心情を察したピエールはあえて「ははははは」と笑い飛ばしてやった。


「心配しなくていいさ。実はこれはタダでね。しかもこれから色々試作する装備も含めて全部タダってことになってるんだよ。もちろん義手だけじゃなくて全身含めてね」


「「「「「な、なんだって!?!?」」」」」


 予想通りのリアクションにピエールは内心満足しつつ続ける。


「“新入り”にとっては金なんかよりも実戦で試してデータを取ってくれる存在の方が何倍も大事らしい。だから俺がこのパーティーで活動し続ける限り、ずっと装備を作ってくれるそうだ。……ま、たまには大外れを引くかもしれないけどね」


「な、なんて羨まけしからん奴だ……クッ、腕を失ったのが俺だったら!」


「馬鹿、デメリットでけえよ。けどまあ気持ちは分かる」


「最新装備ってどんどん値上がりしていってるもんな」


「けど半分ぼったくりでも俺らは受け入れざるを得ないんよな。実際、頑張れば半年かからずに返済するのも不可能ではないし」


「ロックラックさん値段設定が絶妙なんだよな。一見馬鹿高く見えても、装備の性能を踏まえると途端に安く見えるからなあ」


「くそお、“赤撃”が羨ましいぜ!」


「まったくだぜ」


 口では憎まれ口を叩きながらも彼らの表情に曇りはない。それは抜けてしまうはずだった仲間を再生してもらえた喜びがあるからだった。


 そしてそれを理解しているシュライグの口角も上がっている。


「よっしゃ! とっとと借金返済するために全力で訓練するぜ!」


「「「「「おうよ!!」」」」」

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