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一番良いのをくれ・7

「死人はいないわ。運が良いわね、あなたたち」


 “赤撃”のヒーラー、レイアーネに声をかけられたシュライグは大きく息を吐き出した。


「……そうか。全員無事だったのか」


「無事、とは言い切れないんだけど」


「なんだって?」


 思わず顔を上げるとレイアーネは端正な顔に憂いを浮かべる。


 視線を向けた先に目を向けると、幼馴染でありパーティーの斥候・ピエールが右手で顔を覆っている姿が見えた。


 シュライグは思わず目を見開く。


「う……腕が」


 ピエールの、左腕の肘から先が、、、無かった。


「噛みちぎられたんだと思うわ。腕が残っていたらなんとか接合も可能だったけれど、ごめんなさい、腕を探している時間は無かった……」


「…………」


「すぐに治療しなければ命に関わったの。本当にごめんなさい」


「………………そう、か」


 何も、言えなかった。


 腕が無くなったことを悲しめばいいのか、生きていたことを喜べばいいのか。


 ただただ思考が空転していた。


 他のメンバーはすでに回復魔法で手当てされており、ピエールのように四肢を欠損している者はいないようだった。


 気付けば目の前にフルプレートメイルの大男が立っていた。


「シュライグ」


「……ライン」


「動けるか?」


 怪我はすでに回復している。


 だが受けたダメージで体力をゴッソリと奪われていて倦怠感があった。


 ちらりと自身の身体に目をやる。


 防具の右腕、そして右脇腹の部分が大きく損傷している。その下の服も破れて肌が露出していた。


 小さく息を吐く。


「大丈夫だ、動ける」


「そうか。なら他のメンバーを纏めて獲物を運ぶのを手伝ってもらいたい。お前らもケルベロスを換金しておかねえと不味いだろう?」


 思わず苦虫を噛み潰したように顔を顰める。


 防具は全損だ。


 それに他の面子も軒並み新装備を破壊されていて、無事なのは斥候のクリムだけだった。


 ……買ったばかりだったのによ。


 大枚叩いて揃えたのに、また買いなおさなければならなくなった。正直、ラインの申し出はありがたい限りだ。


 シュライグは立ち上がるとゆっくりとマンティコアの側へと近寄る。


 “首狩り姫”が討伐した個体は前腕、後脚、尻尾、黒翼、そして首。どれもが恐ろしいほどに綺麗に切り落とされており、強靭な肉体を紙切れのように切り裂いていた。


 もう一体のマンティコアには全身に十数センチの切り傷があり、皮膚の下の筋肉が剥き出しになっている。双剣士ツーヴァの攻撃は着実にダメージを与えていたことが分かる。


 ……双剣使いのツーヴァの攻撃でもこれだけのダメージを出しているのか。片手での攻撃でもこれほどに。


 頭部を確認すると脳天が爆散している。光を失った眼を見た時、ようやく自分達が危地を脱したのだと理解し、張り詰めていた精神が一気に脱力した。


「シュライグ」


「……ライン」


「上出来だよ、お前らは。俺らが到着するまでの間、マンティコア相手に粘り続けたんだ。やろうとしてできることじゃない」


「だけど、負けた」


「勝ちだ。何言ってる。生き延びたんなら勝ちだ。俺らは冒険者だろう?」


「生き延びたから、勝ち。……そうだな、お前の言う通りだ」


 冒険者にとって逃げることは恥では無い。敗北でも無い。死なないこと、それが一番大切な目標なのだから。


 シュライグは俯きがちだった顔を上げ、パーティメンバーたちに声かけに向かう。失った装備を悔やむ者や生き延びた安堵に座り込んでいた者たちもゆっくりと行動に移していく。


「ピエール」


「…………リーダー」


「その、なんだ。腕は痛むか?」


「リーダー。……痛いさ。いや、痛いなんてもんじゃないよ。こんなところで冒険者生命が絶たれるなんて思っても見なかった。……なんて痛いんだろう、シュライグの兄貴」


「ピエール」


「ははっ、引退したら何をしようか。何も考えてないや。兄貴、何か良い仕事無いかな?」


「……ピエール」


 空元気を見せるピエールの目から涙が溢れる。


 シュライグは無理な笑顔でケルベロスの運搬に向かう弟分にかける言葉が見つからなかった。









「で、昨日の今日でまた装備の作り直しか」


「ああ、済まねえが頼むぜ」


 大挙して現れた“草原の餓狼”を前に、ロックラック工房の親方であるロックラックは深々と溜め息を吐き、呆れた顔で肩をすくめた。その横で一番弟子のガジウィル、そしてモッチーの二人がなんとも言えない表情を浮かべていた。


「金はあるのか?」


「ああ、ケルベロスを換金したからな。魔法石2つが軍に良い値段で売れたんだ」


「ふん」


 ロックラックは腕組みすると“草原の餓狼”の面々を見回し、眉を寄せて不機嫌な表情になった。


 そしてしばらく沈黙した後、首を振る。


「今のお前らに売るもんはねえ。とっとと帰りな」


「なっ! どういうことだ!?」


「言葉の通りだ。ヘタれたガキどもに俺の武器は使わせねえ。こっちだって命かけて装備作ってんだ」


「っ……!」


 胸に深く突き刺さる言葉にシュライグは言葉を詰まらせ、唇を噛み締めて俯く。


 そんなリーダーの姿にロックラックが氷のように冷たい視線を向ける。そしてもう一度鼻を鳴らすと背を向けて歩き出した。


「ちょっと待ってくれ! 頼む!」


 その背中に向かって声を張り上げたのは魔法使いのマーモットだった。


 ロックラックが足を止め、無表情で振り返る。


「俺たちは折れてなんかいない! 今はまだマンティコアの衝撃を引きずってるだけなんだ。すぐにいつもの調子に戻るさ。なあ、リーダー! みんな!」


「マーモット……」


「最高のパーティーになる。最高のパーティーを目指す。そうだろう!? 俺を勧誘した時、確かにそう言ったはずだ!」


「…………」


「ならばマンティコアだって倒さなければならない。リーダー。あれは俺たちには敵わない相手か? 俺はそうは思わない。俺たちの力はマンティコアにだって通用する! 技術も経験も、十分に足りていると俺は思ってる! 足りないのは、“赤撃”との差は装備の差でしかない! そうでなければならない!」


 彼の檄に一人、また一人と目に火を灯していく。


 皆の顔が上を向いた。


「ああ、その通りだ。俺たちは世界最高のパーティーになる。“赤撃”にだって負けてやらねえ! そうだろう、みんな!!」


「「「「「おう!!!!」」」」」


「どうだ、ロックラックさん。これでもまだ俺たちがヘタれてるなんて言えるか?」


 不敵に笑うシュライグと睨み合うロックラックは数秒の後、小さく鼻を鳴らした。


「少しはまともな顔になったようだな。……いいだろう、受けよう」


「っしゃ!」


「ふん。で、装備はどうするんだ。また魔法銀装備で良いのか?」


 ガッツポーズを取っていたシュライグはキリッと真剣な表情を見せるとパーティーメンバーを見回す。振り向いたシュライグの表情は覚悟を決めた男の顔をしていた。


「ロックラックさん。一番良いのをくれ」


「……精霊銀装備だな。金はどうする。全員分揃える金はあるのか?」


「今は無い。けど金を作って必ず払う。だから全員にフル装備を作ってくれ。この通りだ」


 シュライグは両膝を折り、両手を床に付けて深々と頭を下げた。


()()にしろと?」


「ああ」


「払う保証がどこにある。お前らはいつ死ぬかも分からん冒険者だろう」


「分かってる。だが俺らは必ず払う。次はヘマをしない。マンティコアだってぶっ殺してやる! だから頼む。作ってくれ」


 一人、また一人とシュライグに続いて土下座をしていく。


 そして全員が頭を下げた後、ロックラックは小さく鼻を鳴らした。


「おい、モッチー。こいつらの勘定分を立て替えておけ」


「……へ?」


 唐突に槍玉に上げられたモッチーが間の抜けた声を上げる。


 “草原の餓狼”のメンバーたちがハッとして頭を上げた。


「金はあるだろう?」


「ええ、まあ。けど良いんですか?」


「構わん。借りる相手がお前ならこいつらはたとえ死んでも払わなければならない。敵に回す度胸はあるまいよ」


 露悪的に笑うロックラックの凶悪な顔に“草原の餓狼”が怯んだ。だが装備を作ってもらえることを理解して次第に喜色を浮かべていく。


 こうして“草原の餓狼”はモッチーに膨大な借金をして最新装備を揃えることになった。


 そんな中で「隻腕、か……」と呟いて考え事をしていたモッチーが「そうだ」と声を上げる。


「借金の担保ってわけじゃありませんけど、ピエールさん、実験台になってくれませんか?」


「…………はい?」


 モッチーの提案に居並ぶ面々は揃って目を丸くするのだった。

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