一番良いのをくれ・4
レグナム・シェルキナ間を結ぶ馬車道の終着点に詰める兵士たちは狼煙を上げ、後方にいる仲間へと連絡を送った。
「全く、次から次へとよく魔物を運んでくるもんだ」
「だよな。調査してんのか狩りしてんのかわっかんねぇよこれ」
調査スピードを上げるために軍は試験的に冒険者への獲物の輸送サービスを始めていた。
狼煙の合図で後方から来る交代要員に合わせて輸送用の馬車を要請するのだ。
もちろん無料とはいかず、魔物一体につきその魔物の持つ魔法石を代金として徴収する。
これは魔法石の慢性的不足を補うための策の一つであり、同時に新米兵士の行軍訓練も兼ねていた。
魔物の大小、ランクの高低に関わらず魔法石を要求されるので高ランクの魔物になるほど冒険者にとってマイナスにはなるが、肉や毛皮などの素材は自分達の取り分にできるので、数を倒せるようになった今ではそれでも十分な収入となる。
最前線となるここまで遠征する冒険者はAランク以上であり、パーティー数は多くない。片手で数えるほどだ。
その中でも先のレグナム奪還戦で活躍した二つのパーティーは撃破数が飛び抜けて多い。
「これで“草原の餓狼”は今日二十四体目。しかも十体はAランクだ」
「あいつら装備揃えるのに金が要るからな。必死なんだよ。けどあれだけ狩っててほとんど消耗してないのはヤバいぜ。傷口見てみろよ、ほとんど一撃で仕留めてる」
「ああ、接近してザクッて感じだ。まるで家畜の屠殺だよ」
「言えてる。ま、それでもあっちに比べれば可愛いもんだってのもおかしな話なんだけどな」
兵士らが視線を向ける先ではもう一つのパーティー“赤撃”が運んできた魔物を引き渡していた。
魔法石を徴収する兵らが特徴的な剣を腰に差した少女に熱のこもった視線で話しかけている。
それを見て呆れたように肩を竦めた。
「あいつらほんと“首狩り姫”にぞっこんだよな。確かケルベロスに殺られる寸前のところを助けられたんだっけ?」
「そうそう。ビビって目を閉じてる間に首が無くなってたらしいぜ。目を開けたら三つの首が転がってて、吹き出した血で真っ赤になってたらしい。それ以来、“首狩り姫”の大ファンさ」
「ま、初のSSSランク冒険者だからな。Sランク討伐数も世界一なんだったか?」
「ああ。一人で二十体近く殺ったらしい。……Sランクモンスターって一軍で戦うような相手だぜ? それを何十体もって、もはや一人で師団級みたいなもんだよ」
「だな。装備の力もあるだろうけど、それだけじゃあ説明できねえよ」
“赤撃”が運んできたのはバンキッシュファングが五体だ。
頭が焼き切れている個体、頭が潰されている個体、頭が切り落とされている個体が二、そして胴体に大きな切断痕があり頭部が切り落とされた個体が一。
「あのまともに戦った形跡があるのが“深淵の戦斧”がやったヤツだな。普通ならあれでも鮮やかな手並みってなもんだ。で、“首狩り姫”がやったっぽいのが」
「あの綺麗にスッパリ首を落とされてるヤツか。相変わらずすげえ切断痕だこと。知ってるか? あの武器のこと。カタナって言うらしい」
「ああ、聞いてるよ。なんでもカタナ部隊ができたんだっけ?」
「部隊じゃなくて検証用の人員だな。魔法使い筆頭様と次席様がな、躍起なんだよ。カタナの威力は“首狩り姫”で証明されてるからな、最強の突撃部隊を作ろうって腹らしい。あれだ、騎士団派にはアームストロング流があるからな。対抗したいのさ」
「アームストロング流か。あの威力はとんでもないもんな。一昔前までは脳筋だの三流だの散々陰口を叩かれてたのに、あの“アームストロング流決戦装甲”のおかげで今では『竜の鱗をも穿つ最強の矛』ってなもんだ。多分、今回の戦いで一番名声を上げたのはアームストロング流剣術だぜ」
「それな」
同意しつつ、もう一つとんでもなく名声を上げた存在は目の前にいるけどな、と内心で呟いた。
冒険者でありながら何十体ものSランクモンスターを討伐した“赤撃”は軍、民間、国家、それだけに留まらず今や世界中にその名声が広がり続けている。竜の討伐、領土奪還。それに伴って“赤撃”の武勇伝が細波のように伝播していた。
「おいおい、魔物肉を焼いてるぞ。“深淵の戦斧”が腹でも空かせたか?」
「だろうな。……あ? あの軽戦士、調味料を持ち歩いてたのか? って香辛料らしいぞ!?」
「金持ってるねえ」
「だな。ってそうじゃなくて探索に香辛料持ち歩く馬鹿がどこにいるんだよ」
「ま、貴族の“深淵の戦斧”がいるからな。気を利かせたんだろうさ」
「おいおい」
兵らが話していた通り、軽戦士のツーヴァが気を利かせて持ってきたものだった。目的の一つがスカウトであるため、ちょっとした好感度稼ぎだ。
“深淵の戦斧”が五キロくらいの塊肉に齧り付きながら、同じくらいの肉を五つほど焼いている。
大体十キロ程度を腹に納めてから、二十キロ近い肉を消臭効果のある葉っぱに包み、背に担いで再び探索へと向かっていった。
「初めて見たけど“深淵の戦斧”の食いっぷりはなかなかだったな。あっという間にどでかい肉をペロリだ」
「あのクソ不味い魔物肉をよくもまああれだけ食えるもんだ。……なあ、“赤撃”と共同で探索してるってことはさ」
「かもなあ。ほら、確か何とかって爺さんが引退しただろ? それの代わりなんじゃないか」
「ああ、なるほどな。確か“深淵の戦斧”はアームストロング流剣術の使い手だったはずだよな」
「ああ、オサーン男爵家の娘だからな。ってことは“赤撃”にも例の“アームストロング流決戦装甲”が導入されるのか?」
「……ヤバくね?」
「やべえな」
遠くなっていく“赤撃”を見ながら、兵らは薄寒いものを感じるのだった。
シェルキナ近郊、北部の山間部で探索を行なっていた“草原の餓狼”。
立て続けの高ランクモンスターとの遭遇にも鎧袖一触で蹴散らし歩を進める彼らは周囲の違和感を肌で感じていた。
魔物との遭遇率の高さだけではない。
どこかプレッシャーのようなものが周囲を包み込んでいる。
「リーダー、一度引くべきじゃないか?」
魔法使いのマーモットが提案すると、足を止めたリーダー・シュライグが深刻な表情で振り向く。
「お前もそう思うか?」
「ああ。レグナムの時のような圧がある気がする。みんなもそうだろう?」
パーティーメンバーに問いかけると次々と肯定の返事が返ってきた。
シュライグの逡巡は僅か。すぐに撤退を決めるとパーティーメンバーに指示を出す。
先行している斥候陣にも伝達しようとしたところで、それがすでに手遅れだったことを知るのである。
斥候のピエールが駆け込んできた。
「すまない、下手を打った! ヤツらが来る!」
“草原の餓狼”に一斉に緊張が走るーー