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一番良いのをくれ・3


 レグナムからシェルキナまではおよそ十キロ程度の距離がある。


 元々は広大な耕作地だったその行程は長年放置されていたため立派な草原へと様変わりしていた。


 軍によって魔法で乱雑に処理されたおかげでそれなりの範囲が土が見える程度まで掘り起こされ、中央には街道と呼ばなくもない道ができている。


 シェルキナへの行程を半分ほども進めば遠目にも長大な山脈が姿を見せており、その雄大さが見る者を圧倒する。


 馬車が通れる道はおおよそ六割の位置までであり、そこに“草原の餓狼”と“赤撃”のパーティーが馬車を止めて探索へと移っていた。


 ただネアンストールとレグナム間の探索時と違い、途中数箇所に簡素な小屋が建てられており、軍が交代で兵を置き警戒させている。


 馬車道の終着点でも同様であり、十名ほどの軍人が冒険者らを見送っていた。


 ところはそこから東に二キロ地点。


 “赤撃”及びエミリア、セシリー、ユリアの十一名は周囲を警戒しながらシェルキナを目指して歩みを進めている。


 彼らの目標はシェルキナの目視だ。


 内部に入るつもりは無く、あくまで遠目でシェルキナの様子を確認し、軍に報告することを目的としている。


 ツーヴァ、スルツカの二名が先行で偵察し、ラインとウルズが左右を固めてセレスティーナが後方を警戒する布陣だ。


 敵地の只中で緊張感を持って警戒する前衛陣を他所に、中央に固まる女性陣には弛緩した空気が流れていた。


「へえ、じゃあセシリーとユリアはオサーン男爵に雇われているのね」


「そうさ。あの旦那は子煩悩な人でね、同じ体質だからだろうね、子供らの中でもお嬢は特に可愛がられているのさ」


「私たちも何度も頼み込まれまして、それで護衛を受けることにしたんですよ」


「娘のためにBランク冒険者をね。やるじゃない、オサーン男爵も」


「だろ? あれだけの男の頼みを無碍にもできないしさ。けど実際会ってみたらお嬢はとんでもなく強くてさ。あたしらと違ってBランクに収まる器じゃないよ」


 レイアーネ、セシリー、ユリアの大人組が交流を深める後ろで年少組も徐々に打ち解け始めている。


 ティアーネを真ん中に、エミリアとミーナが左右を挟んで会話していた。


「ふひっ。モッチーと良い勝負の馬鹿力なの」


「身体強化を使わなくても私の方が強いよ。でも、モッチーは普通の人なのに私くらい力があってびっくりした」


「ふひっ。モッチーはそれだけが取り柄なの。武術の基礎も知らないからいつも危なっかしくて見ていられないなの」


「でもちゃんと面倒を見てるんだよね」


「ふひっ。当たり前なの。揶揄い甲斐があるヤツなの」


 左右を交互に見ながら真ん中を歩くティアーネはモッチーの話題に小さく口角を上げている。そして時折エミリアが口にする携帯食を見て不思議そうにしていた。


「ティアーネも干し肉食べたいの?」


 視線に気付いたエミリアが一切れ差し出すと、ティアーネが顔を真っ赤にして首を振った。


「ふひっ。キングファングの肉なの?」


「そう。いっぱい作ったはずなんだけど、もう無くなりそう」


「ふひっ。困った食いしん坊さんなの」


 三人は年が近いことやモッチーという共通の話題があったことであっという間に打ち解け、頻繁に笑顔が溢れるほどに仲良くなっている。


 後方で警戒しているセレスティーナも会話の輪に入りたそうにしていたが、敵地の中でもあり自重していた。


 彼らの歩みは見通しの良い草原ということもあり、順調そのものと言える。馬車道が早い段階で伸びたのも同様の理由からであり、南の遥か先まで続くかつての耕作地帯の調査は速やかに達成されるものと見なされている。


 反対に“草原の餓狼”が向かった北側には大小様々な山が点在し、見通しも悪くなっていることから調査の進行は緩やかであり、また彼らがAランクモンスターを乱獲できたように魔物との遭遇率が高い地域となっていた。


 とはいえ“赤撃”が魔物と遭遇しないのかと言えばそうではない。


 前方のスルツカからのハンドサインが届き、パーティーメンバーが警戒態勢に移る。


「魔物?」


「ふひっ。どうせまた猪系の魔物なの」


「多いの?」


「ふひっ。そこら中にいるなの。でっかい牧場なの」


「……食べ放題」


 口元から涎を垂らしたエミリアがハッとして拭い、背中に担いでいた戦斧を手に取った。


 現れたのはBランクのバンキッシュファング。攻撃力だけならAランクに匹敵する魔物が五体、突撃してきていた。


 ラインが素早く指示を飛ばす。


「俺、ツーヴァ、ウルズ、セレスティーナで一体ずつ相手する! 残り一体はセシリーたちに任せるぞ!」


 そう言うや否や、一番遠い位置にいたバンキッシュファングから炎が吹き上がった。


 巨大な図体から頭が焼け落ち、力を失った胴体が倒れ込む。


 その側ではツーヴァが刺突剣を鞘に納めていた。


「……早い」


「ふひっ。あれくらいは当然なの」


 エミリアが目を丸くする間にラインとウルズが戦闘を始める。


 側面から頭部にシールドバッシュを加えたラインがよろめいたバンキッシュファングの首に大剣を振り下ろす。その一撃は首を根本から断ち切り、絶命させた。


 そしてウルズは側面から頭部に正拳突きを放つ。頭蓋すら砕くその一撃はバンキッシュファングを体ごと地面に叩きつけた。


 ビクンビクンと痙攣する魔物に拳を振り下ろし、頭部を砕いてトドメを刺す。


「ふひっ。眺めていないでさっさと倒してくるなの。Bランクなんだから勝てるはずなの」


「……そうだね。私たちの戦いを見てて」


 残った二体のバンキッシュファングの内、一体をセシリーが相手取り、エミリアとユリアが援護に入る。


 突撃を躱したセシリーがすれ違いざまに胴体に斬撃を入れつつ、駆け抜ける魔物を追いかける。


 バンキッシュファングは旋回してセシリーを狙う構えを見せ、意図を察したセシリーが停止して待ち受ける構えを取った。


 勢いに乗った魔物がセシリーにぶつかる寸前、セシリーの身体と入れ替わりにユリアが放った水流がバンキッシュファングを迎え撃つ。


 面で受けた水流はバンキッシュファングの突撃の勢いを殺すには至らないが、飛沫によって視界を狭める。


 そしてできた死角から接近したエミリアの戦斧がバンキッシュファングの胴体に吸い込まれた。


 勢い良く振り抜かれた戦斧は勢いを削がれることなく魔物の脇腹を切り裂き、地面に接触する寸前にビタリと静止する。


「お嬢、下がって!」


「分かった」


「ユリア!」


「分かってる!」


 セシリーの合図にエミリアが素早く後退し、ユリアの放つ水流が大量の血液を噴出するバンキッシュファングの頭を覆い尽くした。


「お嬢!」


 セシリーがエミリアの対面に周り、バンキッシュファングに突きを放つ。


 皮膚を突き破る攻撃に魔物が反応し、反射的に頭を向けた。


 そこに再び接近したエミリアの戦斧が叩き込まれる。


 大上段から振り下ろされたその一撃はバンキッシュファングの太い首を力尽くで切断した。


 ふう、と一息吐いた三人の耳にパチパチと手を叩く音が届く。


「ふひっ。良いコンビネーションなの」


「そいつはありがとうよ、ミーナ。で、もう一匹は……」


 セシリーが残った最後の一体を探して視線を彷徨わせると、頭部が綺麗に切断されたバンキッシュファングの亡骸があった。


「いつの間に……」


「ふひっ。すれ違いざまにスッパリなの」


 唖然とするセシリーに、それをやってのけたセレスティーナが控えめに笑みで答える。


「まったく、ほんとSランクパーティーだけあってどいつもこいつもとんでもないよ」


「Sランクモンスターを単独撃破しちゃうくらいだものね。私たちに同じ装備があってもできるかしら」


「無理無理。動きからして違うよ、あたしらとは。お嬢みたいに一芸持ってないとね」


 セシリーとユリアが呆れながら雇い主の娘を見ると、すでに一心不乱にバンキッシュファングの解体作業を始めていた。


 それに目を丸くするも、お互い顔を見合わせて小さく笑い、手伝いに向かう。


 血抜きをしている間にラインとレイアーネの二人が話し合っており、バンキッシュファング5体をまるまる運ぼうという結論を出したようだ。


 そのことにエミリアが涎を垂らしながら目を輝かせ、方々で小さな笑みが溢れるのだった。

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