新生・赤撃とパワーレベリング
ネアンストールの街。
人口五万人を超え、目と鼻の先にネアンストール城砦を構える最前線となっている。また城砦からは南北に見渡す限りの防壁が築かれていて、その高さはゆうに二十メートルを超える。
そしてネアンストールは城砦都市であると同時に冒険者の街でもあった。
各国においても言えることであるが、最前線の街は魔王軍の戦力を削るため、冒険者を数多く受け入れている。
そして冒険者が倒した魔物の素材を扱う商店が集まり、鍛冶師を始めとした技術者たちも集う。そうして民間の一大拠点としての側面を得ているのだ。
道行く先々で活気のある様子が見て取れ、否が応でも気分の盛り上がる雰囲気ではあるが、“赤撃”の行く馬車で俺はグロッキー状態になっていた。
「大丈夫、モッチー?」
「……なんとか」
馬車で酔ったとか病気とか、そんなんじゃなく。
眠い。
「無理しすぎ。ずっと徹夜」
「ごめん。でも間に合わせたかったから」
精密操作スキルを手に入れてからずっと魔法石の加工に腐心してきた。起きている間はずっと加工し、寝落ちから覚めたらまた加工の練習をする。ティアーネとレイアーネさんの新しい杖を用意するために必死で打ち込んできたのだ。
そうしてなんとかプロトタイプを仕上げ、激しい睡魔に襲われながらもこれから暮らすネアンストールの街を眺めている。
この活気ある街でこれから暮らすのかという実感も、雑多な雰囲気も、心を浮つかせてくれるが瞼までは持ち上げてくれないようだ。
ぼーっと眺める俺を乗せた馬車は街の南東へと馬首を向ける。
この街に限ったことではないが、特にこの街では至る所に厩がある。大きさはまちまちだが馬車の停留所を兼ね揃えたものが多い。
これは商人に限らず冒険者も馬車を常用することから、大量の馬を世話する必要があるからだ。居住区一区間ごとに一つは設置されているようで、管理人もそれぞれいるらしい。
俺たちの馬車はその内の一つで停車し、管理人に引き渡される。
「ティアーネ、荷物は俺たちに任せてモッチーを先に連れてってやれ」
「ん。モッチー行こ」
「わかった。とりあえず持てる荷物は先に持っていくか」
両手に抱えられるだけ持っていくことにする。
リュックを背負ったティアーネに案内されて向かったのは二階建ての一般的な住居だった。ここにパーティー全員で住んでいるらしい。
中は一年以上空けられていたにもかかわらず綺麗なままだ。後で聞けば知り合いに保守点検を頼んでいたらしい。
そして空いているという二階の部屋を用意してくれる。中は空っぽで奥に窓があるだけだ。
「自由に使って」
「ありがとう。早速だけど、ちょっと仮眠させてもらうよ」
「ん。ゆっくり寝てて」
馬車に戻るというティアーネを見送った俺は、荷物から出した本を枕にして床に寝そべった。寝心地よりも今は睡眠こそジャスティス。
荷運びしている仲間たちに申し訳なさを感じながら俺は睡眠欲に身を委ねた。
俺が目を覚ましたのはもう日が沈もうかといった頃だった。
結構深く眠っていたらしい俺は空腹感に誘われて寝ぼけ眼で階下へ降りる。
一階は広めのリビング兼ダイニング、キッチン、物置き、居住部屋が一つだ。ここにはラインさんが泥棒対策を兼ねて控えている。
対して二階は全て居住部屋となっていて、今回俺が入ることで四部屋全て埋まった。
トイレや風呂については区画ごとに共用のものがあるとのことだ。大掛かりな刻印魔法が使われていて、魔力操作スキルがあれば衛生面は問題ないらしい。
リビングには机に男四人が向かい合っていた。
俺に気付いたツーヴァさんが手を挙げる。
「やあモッチー君、ようやくお目覚めかい?
こっちに来て座りなよ」
「え? あ、はい。わかりました」
ようやく少しずつ冴えてきた頭で観察すると、テーブルを囲っているのはラインさん、ツーヴァさん、そして見知らぬ二人の男性。
一人は筋肉ダルマと表現するのが正しいような筋骨隆々な男性。巨躯を丸めて縮こまるように座っている。燃えるような赤髪と厳しい顔つきから受ける圧力はかなりのものだ。
もう一人は年嵩の男性だ。白髪混じりの黒髪で、細身の体躯。茶色がかった魔法石をはめ込んだ杖を机に立て掛けてあるから魔法使いなのだろう。物腰も柔らかく、落ち着いた感じの人だ。
「二人とも紹介するよ。新しくパーティーに加わったモッチー君だ」
「どうも、モッチーです」
二人からの値踏みする視線が痛い。というか非友好的な気がするんだが。
数秒ほど睨むように威圧されたあと、筋肉男が口を開く。それははっきりとした非難の言葉だった。
「おいおい、ラインよ。俺ぁお前のことは認めてる。が、こいつはいけねぇ。才能のかけらもねぇガキ抱えてどうしようってんだ」
空気が凍る。もう一人の魔法使いも続く。
「儂も同じじゃな。こやつからは取り立てて優れた点は感じられぬ。魔力圧もない。魔法使いとしては未熟に過ぎる。荷物にしかならんぞ」
「それとも何か、荷物運びの下男か肉壁にでもしようってか?
それなら他に腕の立つヤツはいくらでもいる。この街じゃ特にな」
うわぁ、ボロックソに言われてるし……
そりゃ戦闘スキルも魔法スキルもないけどさ。初対面でいきなりここまで言われなきゃならないのかよ。
水を向けられたラインさんは二人をジッと見返した後、静かに口を開いた。
「お前たちの言う通りモッチーには戦闘能力がない。魔物と戦わせりゃあっさりと死ぬだろうよ。……でもな」
一度そこで言葉を止め、立ち上がると俺の後ろに周って頭を鷲掴みにしてくる。ラインさんはニッと不敵な笑みを浮かべていた。
「こいつは面白い。未来に賭けてみたいと思える程度にはな」
「いで、いてて、ラインさん、力加減!」
グリグリと撫で付けられて毛根が悲鳴を上げそうだ。俺はこの年でまだ禿げたくないぞ。
「そのガキがそれだけの器だってぇのか?
ライン、てめぇ耄碌したんじゃねぇだろうな。戦えもしねぇヤツにどんな未来があるってんだ」
「儂も後学のために聞いておきたい。才無き若造のどこに価値を見出したのかをな」
凄みのある二つの形相がラインさんを射抜いた。
ああ、多分この人たち俺を戦闘要員だと思ってるんだな。そりゃ冒険者なんだから当たり前だけどさ。というか未だに誰だよって感じだけど。
「まず一つ目はホーリーライトを始めとしたあらゆるエンチャントが使えることだ」
「む?」
「ほう、その若さでか」
二人の眉が上がったのが見えた。それだけホーリーライトのインパクトはあるらしい。
とはいえその程度の希少性ならそこまで大きな理由にはならない。必要な時だけ雇えばいいのだから。
それはラインさんも分かっているので、始めからそうするつもりだったのだろう、リビングの片隅に積み上げられた俺の荷物からプロトタイプを一本取り出した。
あれはレイアーネさん用に作った魔法制御に特化した杖だ。制御と威力向上を半々にして組み込んである。
「二つ目はこの杖。これが最も重要な理由だ。見れば全てがわかる」
「杖だぁ? なんでえ数打ちの安物だろ。これをそいつが作ったとして何の意味がある?」
「魔法石技師でも志しておるのか? それなら向いておらん冒険者など辞めてどこぞの工房に弟子入り…………なんじゃこれは」
老魔法使いの目が大きく見開かれ、杖の先端、魔法石に釘付けになる。角度を変え、距離を変え、やがて息を呑んだ。
唸り声を上げ、おもむろに杖を振り上げ魔法を唱える。
「エリアハイヒール」
俺たち五人の身体を仄かな光が包み込み、光の波紋が頭から足先へと流れた。
なんだ、これ。眠気どころか疲れも取れて爽快な気分になってくる。
「ううむ、制御補助と威力向上の効果が付与されておる。このようなことが……魔法石一つでここまでの効果を生み出すとは……バカな、信じられぬ」
彼は壊れ物を扱うかのように杖を丁寧にテーブルに置き、自らを抑えるように小さく息を吐いた。
そうしてから二度、首を振って俺を真っ直ぐに見据える。
「先ほどまでの発言は撤回させてもらおう。儂はノルン。パーティー“猛き土竜”で魔法使いをやっておる。若き才能よ、確かに“赤撃”が目を付けるだけのことはあるようだ」
「おいおいノルン爺、いきなり手の平返してどうしたよ。このガキのどこに才能なんかあるってんだ」
「……主は細かいことは気にせん性質じゃからの。ほれ、その魔法石を見てみい。そこに刻まれている刻印は魔法石の内部にある。外に刻むのではなく、内に。これがどういうことか分かるか?」
「なんだってんだ?」
「これまで魔法石は外部に刻むのが常道じゃった。いや、そうすることしか出来なかったと言うべきか。それゆえ杖を強くするというのは性能の良い魔法石を手に入れるか、魔力伝導率の高い素材を使うことじゃった。ゆえに魔法石に手を加えようなどと考えるものはおらん」
「だからなんだよ」
「良いか? 今、世に流通しておるのはお前の言う数打ちの安物ばかりじゃ。それは良質な素材は全て軍に接収されておるからに他ならん。ゆえに“赤撃”はエルネア王国まで出張ったのじゃからな」
「それで?」
「お主も少しは考えんか! ……まあ良い。つまりじゃ。こやつの技術があれば儂らの装備も今より一段、いや二段も三段も上のものが手に入るかもしれんと言うことじゃ」
「おおう、そういうことか。なら早速作りやがれ」
この人はたぶん頭の悪い人なんだな。いろんな意味で。
さっきまでボロクソ言ってたくせして俺が作ると思ってるらしい。ありえん。断じてゴメンだわ。
こっちのノルンって爺さんの方がよっぽどまともだな。たぶん俺のこと否定したのも“赤撃”のみんなを心配してのことだったんだろうし。
「ま、そういうことだ。モッチーは将来有望な鍛冶師でな。これから俺たちがレベル上げしてやることになった。仲良くしてやってくれ」
「ふむ、儂は主らの投資に興味を持った。ゆえにこちらこそ友好な関係を築かせてもらいたい。よろしく頼むぞ、才ある若者よ」
「へっ、ノルン爺が言うならしゃーねぇな」
こうして俺は“猛き土竜”と釈然としない初顔合わせをしたのだった。