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一番良いのをくれ・2

 オサーン男爵はネアンストール防衛軍の首脳陣から呼び出しがかかったことで、苦虫を噛み潰した表情で足早に出頭した。


 頭の中では今回詰問されるであろう件についての弁明と今後の立ち回りについて思考を回転させていた。


 厄介なことになった。その一言に尽きる。


 会議室に出頭すると、魔法使い筆頭ゲイルノート・アスフォルテ、魔法使い次席レイン・ミィルゼムを始め、高官五名が揃っていた。


 ……いずれも魔法使い派の人間だ。


 しかしこの人選は?


 促されるままに中央の椅子に座ると、魔法使い筆頭が口を開く。


「忙しいところ来てもらって済まないな。オサーン男爵」


「いえ。呼び出しとあれば当然のこと」


 表情を観察するが、特に読み取れるものは無い。平常通りだ。


「今回呼び出された件は察しが付いているだろう。男爵の令嬢のことだ」


「はっ」


 やはりか。


 つい先日、次女のエミリアが技術顧問殿と接触した。


 技術顧問殿は魔法使い派、騎士団派のみならずクルストファン王国にとっても非常にセンシティブかつ重要な立ち位置にいる人間だ。特にレグナム奪還戦における竜の討伐という人類史に残る偉業を王国が成し遂げられたのもこの技術顧問殿の唯一無二の働きがあったからであるのは疑いようの無い事実である。


 そのため貴族が技術顧問殿に接触することは慎重に慎重を重ねる必要があり、ほんの些細なことが魔法使い派や騎士団派を刺激することにもなりかねない。万が一、技術顧問殿に危害でも加えようものなら文字通りに首が飛ぶことも覚悟しなければならないのだ。


 当然、オサーン男爵は接触の事実を騎士団派に、ノーフミルのグラスト・アームストロングに報告を入れた。


 戻ってきた指示は接触を維持しろ、というものだった。


 それゆえエミリアが“赤撃”から共同探索の提案を受けたと聞いたとき、当初は却下したが、指示を受けたことで了承することになった。


 この査問はそのことについてだろう。


「単刀直入に聞こう、男爵。卿は娘をモッチーのパーティーに入れる心算があるのか?」


 想定通りの質問だ。


 当然、心情としては否、だ。


 愛する娘をどこの馬の骨とも分からぬ者どもに預けるつもりはない。聞けば粗暴な者もいるとか。


 技術顧問殿とは面識があり、それなりに人となりは理解している。だが、やはり男なのだ。娘を近付けるわけにはいくまい。


 だが貴族として、騎士団派の一員として方針に否と言える立場にないことも重々理解している。エミリアに貴族の娘としての責務があることも。


 だからこそ。


「流れに任せようかと。聞けば相手方から誘いがあったという話でありますから、娘が相手方と同意するのであれば了承もやむなしと考えております」


 魔法使い筆頭が相槌を打ち、左右に視線を送った。


 それに対して高官たちが首肯する。


「男爵。我々としてはモッチーのパーティーに入ることになろうと口を挟むつもりは今のところは無い。その点は安心して良い」


「ははっ、俺も少年に話を聞いてきたがな、この話は少年から提案したそうだ。なんでも男爵の娘に試作装備を使わせたいらしい。アームストロング流剣術に珍しい武器を使うからな。それで自分のパーティーに入れば購入ライセンスが上がると思っていたようだ」


 ……なるほど。


 技術顧問殿はエミリアの戦斧に興味を示していたと聞いている。アームストロング流剣術についても好感触だったと報告があった。


 そうか。軍でも戦斧を扱う者はいない。少なくともこの町では。だからエミリアに目をつけたと、そういうことか。


 悪くない。


 エミリアにはこれまで新しい装備を与えてやれなかった。何度も補修とメンテナンスを繰り返していたおかげでまだ使用に耐えているが、今以上の飛躍のためには装備の刷新が必要不可避だったのだ。


 技術顧問殿は自らのパーティーには装備の支給は惜しまない。エミリアにとっては千載一遇の好機と言えるだろう。


 ……あくまで客観的に見れば、だが。


「そのような経緯でありましたか。念のため娘には欲心を出すなと釘を刺しておきましょう」


 あくまで言質を取られぬよう殊勝に応えると、魔法使い次席が含み笑いを漏らした。


「そう警戒しなくてもいいさ。なに、俺らは別に少年の保護者ってわけじゃ無い。それに子供同士で仲良くするのにどうのこうの口を出すほど野暮でもない。男爵が身の丈を自覚しているのなら何も問題はないさ」


 身の丈……


 なるほど、男爵の家格で欲心を出せばいつでも潰せるという警告か。いや、あるいは親切心やもしれん。


 娘を使って技術顧問殿を利用し、出世の道具にすれば赦さない。だが接触し、懐に入ることは止めない。


 回りくどい。面倒になるかもしれぬのに中途半端な対応を取るのはなぜだ。拒否すれば話が早いはず。


 私の、オサーン男爵家の取り込みか?


 今の私にその価値があるとも思えないが。吹けば飛ぶような弱小男爵家だ。わざわざ高官で囲って取り込むほどなのか。


 それとも技術顧問殿への遠慮が関係しているのか。


 可能な限り彼に制限をかけないという方針は一貫している。エミリアが接近するのは面白くはないが、彼の希望を無碍にするのも好ましくないといったところか。


 なるほど、それならば多少は納得できる。軍としてどれほど彼に配慮しているのか、そしてその配慮の大きさが今回の中途半端な対応に現れたのだとするならば。


 だが、もし他に理由があるとするならば……


 魔法使い筆頭と視線が交錯する。


「ところで男爵。一つ頼み事があるのだが受けてもらえないだろうか?」


 来たか。本題が。


「はっ。なんなりと」


 断ることは許されない。無茶な要求をされることは無いだろうが、面白くない結果になるのは間違いなかろう。


「うむ。男爵の娘には防波堤の役割を担ってもらいたい。下手な者がモッチーに接触することがないようにな」


「防波堤、でありますか」


 軍が監視しているにも関わらず防波堤に?


 不届者が接近するような下手を打つとは思えない。また魔法使い派の統率はここ最近の躍進で非常に強くなっている。


 であるならば……なるほど、()()()()か。許容するのはエミリアまで、ということ。それ以上の接触を図ることが無いようコントロールしろということだ。


 この弱小男爵家を随分と高く買ったものだが……しかしやらぬという選択肢は無かろう。魔法使い派の機嫌を上手く取りつつ、騎士団派の要求を可能な限り実現する。胃の痛くなる仕事だ。


 眉が寄りそうにやるのを気合いで抑え、表情を殺す。


「男爵。モッチーとは長い付き合いになるだろうが、欲心だけは出してくれるなよ」


「まあ気に入られなければそれまでだがな」


 ……そうか、そういうことか。


 これは本当に厄介なことになったようだ。


 参った。今日は腹の減りが多い。









 ネアンストールを出てレグナムに入り、東門へと冒険者らが集まった。


 いずれも名のある者たち。軍人であろうと目を引かれるだけの実績と存在感を発する者らが三十一名。


 厳密には特に名のある数名が注目を浴びているが、それは些細なこと。


「おう、お前らもこれから探索か?」


 全身フルプレートの重鎧を身につけたスキンヘッドの男が気さくに声をかけた相手は、流線型のスタイリッシュな軽鎧を身につけた長身の若者だ。


「ああ。今回はシェルキナの近くまで足を伸ばそうと思ってな。どうだ、随分と揃えただろう? 必死こいて金策したんだぜ」


 “草原の餓狼”のリーダー、シュライグは後ろにいるパーティーメンバーに親指を向けて不敵に笑んだ。


 前衛陣、そして斥候のうち数名が真新しい装備を誇らしげに身につけている。それらはどれも一線級の装備と言って差し支えなく、少なくともレグナム奪還戦の時点では最先端の装備であることは間違いなかった。


「ああ、やるもんだ。モッチーから聞いたよ、Aランクモンスターを乱獲してたってな。やっぱ前衛が優先か」


「まあな。お互いにだろう? ま、そっちのように精霊銀のフル装備を揃えられるのはまだまだ先だ。だがいずれこっちも揃える。それまでせいぜい運用データを集めといてくれや」


「はは、違いねえ。まあその頃には更に上の装備ができてるかもしれんがな」


 スキンヘッドの大男、“赤撃”リーダーのラインが呵呵と大笑いするとシュライグはげんなりと肩を落とす。


「それがただのジョークじゃ済まないってのは身を持って知ったよ。正直言ってお前らが羨ましくてたまらないが、客観的に見て俺たちも羨ましがられる立場になったんだなって思うとそうも言っていられない。素直に今の立ち位置を喜ぶさ」


 そう言ってシュライグが“赤撃”の後方にいる三人の女に目を向けた。


「で、あっちの三人は? “深淵の戦斧”に“白百合”と共同探索するのか?」


「ああ、ノルン爺の抜けた穴を埋める候補を探していてな。槍玉に上がった」


「ほう。……で、本音は? どっちに粉をかけるつもりだ?」


 シュライグが顔を寄せ、下卑た笑みを浮かべる。


 言わんとすることを理解したラインが小さく溜め息をつく。


「モッチーが“深淵の戦斧”にご執心でな。あれだ、アームストロング流剣術。琴線に触れたらしい」


「ほう。貴族の娘だが良いのかね。まあそうそう問題には()()()()()()だが。で、“白百合”の二人はお目付けってところか。……ライン、お前も男だろ? どっちだ?」


「はあ……。狙ってるわけじゃねえんだがな。どっちかってえとセシリーだな。あの尻は一級品だ、間違いない」


「確かにな。見ただけで分かる。俺も昔口説こうとしたんだが、脈が無さそうだったから諦めた。ま、頑張れや」


 捨て台詞と共に手を振ったシュライグがパーティーメンバーを連れて探索へと向かった。


 ラインは小さく溜め息を吐き、気分を切り替えてこちらも共同探索に向かうのだった。

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