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精霊銀・8

「あらあん、レグナムへ? 行くわよぉ、モチのロン! 本当に土地も用意してもらえるの?」


「交渉次第ですけどね。ツーヴァさんの予想だと上手くいく公算が高いらしいです」


「ツーヴァちゃんの。なら安心ね」


 解体野郎ゴリアンヌに向かって師匠に移転の話をしたら二つ返事でオーケーをもらえた。


 師匠の顧客は“赤撃”を始めとして高ランク冒険者が多く、レグナム周辺に足を伸ばしているパーティーがほとんどなので渡りに船といったところなのだとか。


「あ、そうだ。せっかくだから大きめの氷室も欲しいわ。ちょっと広くなっちゃうけど頼んでみてもらえるかしら?」


 なるほど、冷蔵倉庫か。


 元の世界での氷を保管する場所の意味じゃなくて、この世界では刻印魔法を使った巨大な冷蔵庫を指す。


 この解体野郎ゴリアンヌにも十畳ほどの氷室があって、比較的値が付く魔物肉が眠っている。


「今くらいの大きさだと駄目なんですか?」


「それがねぇ……」


 どうも冒険者たちが良い装備を手に入れられるようになってから、魔物の討伐数が劇的に上がっているらしい。


 もともと鍛冶ギルドで販売されていた膨れた新型杖だけでもAランクモンスターと戦える代物であったため、数が出回るにつれてその傾向が顕著になっていったそうだ。


 そして魔物討伐が容易になれば、冒険者が考えるのは大きく二つのパターンだ。


 有用な素材のみを回収し、討伐数を稼ぐことで報酬を上げるパターン。


 そして今回の件に影響しているのは倒した魔物を荷物運びを雇って丸ごと運んでくるパターンだ。


 本来であれば大きな荷物を運ぶのはリスクが高い。何より血の匂いに惹かれて魔物が寄ってくるのだ。よほど腕に自信が無ければできない。


 だが今やその魔物を跳ね除ける力を得た。返り討ちにして追加ボーナスにしてしまう力を得た。


 結果、運び込まれる魔物の肉の量が跳ね上がっているのだ。


「もうあっという間に氷室が満タンになっちゃうのよねぇ。卸値だって下がってるし、痛し痒しよ」


「へえ、じゃあ収入が下がってるとかですか?」


「トータルだと上がってるわ。けど、魔物一体当たりの収入が下がってるから数をこなさなきゃ儲からないのよ」


「あ〜、なるほど。痛し痒しだ」


 単位時間当たりの収入は減って仕事量は増えてる、と。


 俺なら収入上がっても自由な時間が減るのはちょっと嫌だなあ……。


「もういっそ人を雇ってしまっても良いんじゃないですかね。規模拡大しちゃいません?」


「う〜ん。それって実際にやるとお給金のことでずっと悩み続けなきゃならないでしょう? だから踏ん切りが付かなくて。そうした方が良いのは理解してるんだけどね」


「あー、確かに。自営業って大変ですね」


「そうなの。私が気安く雇えるのはモッチーちゃんだけよ」


「……エンチャント要員って本気の話だった?」


 軽く戦慄を覚えた俺の腕をがっしり掴んだ師匠にドナドナされ、解体中の魔物の前で鉈を手にした師匠にニッコリと良い笑顔を向けられる。


 いまだに恐怖を感じるのは本能からだろうか。


「あーっ! やっぱりいた!」


 そんなところに大声が耳に届いた。


「あら。お客さんね」


「みたいっすね」


 それにしても聞いたことのある声だ。しかも直近で。


 振り返ると先日の三人組が入り口に立っていた。


「エミリアにセシリーさん、ユリアさんじゃないですか。昨日の今日でもう狩りに行ってたんですね」


 “深淵の戦斧”と“白百合”の三人だ。


 エミリアとユリアさんが小さく手を振ってくれていて、俺も振り返す。それにしてもセシリーさんがやけに良い笑顔だ。


 まるでデジャヴのようにエミリアが馬鹿でかい荷物を背負っていて、また魔物の肉なのだろう。それにしても昨日の倍くらいの量がありそうだ。


 ……今日はセシリーさんとユリアさんも荷物があるな。そういえば肉以外の有用な素材は二人の取り分って言ってたからあれがそうなのかな。


「さっきモッチーを見たってヤツがいてね。もしかしたらと思って来てみたのさ。そうしたらやっぱりここにいた」


「……あれ、もしかして俺に用事ですか?」


「まあね。ああ、別に警戒なんてしなくていいよ。昨日は騙すような形になって悪かったね。今日は普通にお願いがあってね」


 うっ、ちょっと身構えたのがバレてた。


 昨日はそれなりの金が飛んだからなぁ。日本だと普通に十万円以上だからな。最新のゲームハードくらい買える額だ。


「お願い、ですか?」


「ああ。ちょっと浄化をしてくれないかなってさ。時間があったらで良いんだけどね」


「浄化ですか。なるほど。まあそれくらいなら良いですよ。ちょうどこっちもその予定でしたし」


「本当かい!? いやあ、助かるよ。ここのところ教会の連中、嫌に粘っこくてね。あまり近づきたく無いのさ」


「ジロジロ見られるんですか?」


「それはいつものことさ。違うのは空気さね。ピリついてるというよりは淀んでるというか。ま、なんかあったんだろうね」


 へえ、教会が。ますます関わらない方が良さそう。


 浄化作業はセシリーさんがするようだ。


 俺は師匠の鉈とセシリーさんの解体用ナイフにエンチャント・ホーリーライトをかける。


 ちなみに浄化作業は見た目にも分かりやすい。赤黒い肉がホーリーライトの光によって赤い艶が生まれてくる。元々の肉の色が出てくるわけだ。


 次第に赤く塗り変わっていく光景は何故かぼーっと見ていられる。


「モッチー。少し聞いても良い?」


 椅子に腰掛け、何度かエンチャントを掛け直しながら眺めていると、いつの間にか隣に座っていたエミリアが話しかけてきた。


「ああ。何?」


「モッチーはどうして冒険者をしているの?」


「へ?」


「鍛冶師で魔法石技師で薬師なんでしょう? どうしてわざわざ冒険者なんて危ないことをするの?」


「ああ……なるほど」


 薬師を名乗った覚えは無いけどまあ……冒険者になった理由かあ。


 最初はパワーレベリングのつもりだったんだよな。レベルを上げて、スキルレベルを上げようとした。……上がったのは筋力ばっかりだけどさ。


 今は……仲間と一緒にいたいから、とかそんな感じかな。どうしても冒険者をやらなきゃ駄目ってわけじゃないし。実際、装備の性能を自分の目で確認するのがメインになってる。


 それでもやっぱり、


「楽しいから、かな」


「楽しい……」


 エミリアがじっとこっちを見る。


「俺、バトルとかしたこと無くてさ。物語なんかでは見たことはあったけど。でさ、俺なんかが本当に戦えるのかなって不安はあったけど、実際にやってみたら意外とやれてさ。フォレストウルフだけど一人で倒せたんだよ」


「フォレストウルフ……。Fランクの魔物だね」


「ああ。身体強化は使えないけど、俺だってエミリアほどじゃ無いけどパワーはあるし、ちょっとくらいは冒険も楽しめるなってさ。“赤撃”のみんなにはおんぶに抱っこしてもらってるけどね」


「ふふっ、そんなことないよ。モッチーは誰よりも凄いことをしてるって父から教えてもらった。私の戦斧にある刻印だってモッチーのおかげで父が入れてくれたの」


「へえ。もしかしてオサーン男爵が自分で? 良い父親なんだな」


「うん。大事にしてくれる」


 エミリアの言葉は真っ直ぐだった。よほどに父親を慕っているのだろう。


 ウチの親は…………あれ、ウチの親って……………………


「モッチー?」


「ああいや、なんでもないよ。オサーン男爵も子煩悩なんだなって思ってさ。昨日はたらふく食べれたの?」


「うん。父がモッチーに礼を言っておけって。モッチー、ありがとう」


「いいよ、あれくらい大したことじゃないからさ。それより俺も珍しい武器を見れたし、作り方も覚えた。ちゃんとリターンはあったよ」


「凄いね。聞いていた通り」


 実際、そこまで難しく無かったし、再現は容易だった。それなりに修行はしてたからな、技術的な問題は無い。


 まあおかげで作ってみたいパターンがいくつかできたのに、使用者がいなくてどうしようってなってるけどさ。


 エミリアが使ってくれたら良いんだけど、購入ライセンスがCだからなあ。鍛冶ギルドに所属したのは失敗だったかもしれない。Sランクのライセンスを手に入れたせいで流通先に制限ができてしまった。……もともと機密保持云々で制限はあったからあんまり変わらないけども。


 販売だけじゃなくて譲渡もできないってのはなあ。なんとかエミリアのライセンスを上げれば良いんだけど、方法は……ウチのパーティーに入るとか?


 けど流石に許可してもらえないよな。エミリアの実力だって分からないしさ。


 うーん、なんとか説得してみるか? けど仲間に入れる理由が戦斧を作りたいから、ってのもなぁ。他に理由とか無いかな。


 そういや戦闘もできる荷物持ちを雇うって話もあったか。エミリアなんかはピッタリだけど……

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