精霊銀・7
「また妙なもんに興味を持ちやがって」
ロックラック親方は嘆息してみせるが、表情は普段通りだ。
「戦斧ですか。親方、オサーン男爵の令嬢といえば、確かドンキノルウィル氏が関わっていたのでは?」
「そうだ。あの時は俺が手を貸した。だがこの斧の表面の刻印には見覚えが無いな」
ドンキノルウィルって人は確か親方の友人で今はSランクライセンスを取るために弟子入りした人だっけ。
確かライセンスはBで、今は二番弟子のブルームさんの弟子としてAランクライセンスの取得を目指しているところだ。
「なら後付けですかね? 表面への刻印自体はオサーン男爵であれば知ってるでしょうし。……いや、それだと芯の部分をわざわざ別の金属を使った理由に説明が付かないような」
俺がエミリアさんの戦斧を模倣して一本作成したところで親方とガジウィルさんが見にきた。ちょうど作った理由を説明したところだ。
「その部分は始めから質量を増やす目的で入れていた。刻印と相性が良いのは偶然だ」
「そうなんですか。じゃあたまたま相性の良い金属が使われていたから後付けで刻印を入れたってところですかね。てことは手を入れた人はそれなりに知識がある人ってことになりますね」
まあ誰が手を入れたのかは別にどうでもいいんだけどね。
「で、親方とガジウィルさんは何か用があったんですか? まだ昼過ぎですけど」
「ああ。モッチー、少し知恵を貸せ。厄介な問題が起きた」
「へ? 厄介な問題?」
親方に連れられて一番炉に向かう。
弟子たちの姿は無く、金床の上に一振りの刀の刀身が無造作に置かれているだけだった。
そういえば親方のライセンスがSだから、今の弟子はAランクのブルームさんだけになったんだっけか。そのおかげで精霊銀の鍛造法の研究と軍への納品用装備の生産、それに“草原の餓狼”の注文分をガジウィルさんとこなしているはず。かなり熱中して打ち込んでいるせいか最近はずっと目がギンギンになっている。
「精霊銀の鍛造の際に魔力安定化の刻印で性質崩壊を防ぐ。ここで問題が起きた」
「? 魔法銀のように火箸に刻印入れるやり方がダメだったんですか?」
「安定化そのものは問題無くできている。……打ってみろ。そうすればすぐに分かる」
親方に促され、試しに鍛練してみる。
すぐに問題が分かった。
魔力が吸われていくのだ。
「……なるほど」
一言、呟く。
俺の頭の中ではいくつかの思考が回転していた。
「おい、小僧」
「黙っていろ、ガジウィル」
「うぐっ!? お、親方、鳩尾は効きます……」
魔力安定化の刻印にぐんぐんと魔力を吸い取られていく。いや、厳密には魔力を安定化させるためにかなりの魔力を必要としているというべきか。
感覚的に鍛錬でハンマーを打ち込むたびに魔力を必要とする……いや、性質崩壊を……崩壊か? むしろこれ性質を変化させようとしているようにも感じるぞ。
鍛錬しようとしているから性質変化が起ころうとしているのか、それとも熱や衝撃が影響しているのか……。魔力が影響、というのは考えづらい。だが特定環境において魔力が影響している可能性は否定できない……。
徐に高く持ち上げたハンマーを全力で打ち込む。
ビリビリと火箸から振動が伝わってくる。
「……変わらない?」
なら。
「エンチャント・ファイア」
ハンマーに火属性のエンチャントをかけ、再び鍛錬を行う。
今度は変わった。
「熱……いや、魔力……」
どちらが影響しているか、それとも両方か。
「エンチャント・ウォーター」
ハンマーで叩くと急冷されていく。
だが。
「これも変わる?」
魔力安定化のための消費は大きいままだ。熱は関係ないのか? いや、一定以上の温度という可能性はある。
近くに常温のインゴットがあった。
「エンチャント・ファイア」
火箸で掴み、徐にそれを叩く。
……変わらない。なるほど、一定以上の温度と魔力の両方か。
温度の大小と魔力の大小に関連があるかは分からないけど、少なくともその両方の条件を満たした時に性質変化を起こそうとするらしい。
問題はこの性質変化が良い方向に作用するかどうかだ。
……おっと。また没頭していた。
「親方。鍛錬が終わるまで魔力が保ちませんか?」
「みくびるな。……と言いたいところだが、保たん。七割が限界といったところか」
「なるほど。ひとまずは魔力回復薬を使用しながらの方が良いですね。今はまだ性質変化がどんな結果になるか分かりませんし」
「性質変化? 性質崩壊では無いのか?」
「性質変化、だと思います。それを無理矢理抑え付けようとするので魔力消費が跳ね上がるんじゃないでしょうか」
つまり逆を言えばそれだけの魔力を使うことで性質変化を起こすことができる、ということになる。
親方の魔力量で足りないなら俺だとギリギリいけるくらいか。けど普通の鍛治師だと魔力が足りないよな。魔力回復薬一つで足りないかもしれない。
最悪、火箸を銀糸で繋いで魔力量の多い人に魔力タンクをやってもらう必要があるかも。
「ひとまず性質変化の方は俺の方で検証してみます。親方は魔力回復薬を自由に使ってください」
「ああ。だが金は払う」
「え? 別にいいですよ、余ってますし」
「そうはいかん。ただ心配するな、その分客からふんだくるからな」
「あ、ああ〜なるほど」
価格に転嫁するのか。まあ必要経費ではあるもんな。
でもそっか、魔力タンクを雇おうにも機密情報だから下手に人を入れられないのか。それがあったか。
あ、でも。
「それならノルンさんに魔力供給を頼んでみたらどうですかね? 魔力は余ってると思いますよ」
「あの爺さんか」
「ずっと魔法石に向き合ってると肩がこりますから良い息抜きになるでしょうし。それに機密保持の点でもノルンさんなら問題ありませんからね」
“猛き土竜”を率いていた時点ですでに機密情報に触れまくっていたから機密保持なんて今更な話。それに魔法石技師としてウチで働くようになったから声もかけやすい。
ちなみにノルンさんはブルームさんやローンティズさんと打ち合わせしながら初期の重量杖レベルの内部刻印を日々こなしている。スピードはともかく、鍛治師で言えばAランク相当の仕事なので頼りにされているようだ。
最近は仕事終わりに漬物と一杯の酒で晩酌するのがマイブームだとか。
「そうだ親方、レグナムに支店を出しません? 向こうで土地がもらえそうなので、鍛冶場を作るのはどうかと思うんですけど」
「レグナムか。……無理だな。弟子志願者をまとめて連れて行けないし、ブルームも頼りない。まだ俺がここを離れるわけにはいかん」
「そうですか……」
「行くならガジウィルを連れて行け。他に何人か見繕って出してやる」
え、それって……。
「お、親方!?」
ガジウィルさんが目を剥いた。まさか自分が指名されるとは思わなかったのだろう。
「ガジウィル。防具職人上がりのお前は元々独り立ちできる能力があった。俺の下で剣を学ぶのもいいが、いい加減に自分の道を進め。ついでにそのじゃじゃ馬の面倒も見ておけ」
「あ、いや、しかしですね親方……」
「フン。免許皆伝でも出せば踏ん切りが付くか? なら言ってやる。お前に教えるべきことはもう教えた。後は自分の力で高めていけ」
「親方……」
ガジウィルさんは小さく口を開けたまま放心状態だった。
防具職人だったガジウィルさんはもともと技術力があって瞬く間に一番弟子まで序列を駆け上がった。そして剣職人としての技能も一流と言って差し支えない。実際、未だに弟子に甘んじているのがおかしいくらいだった。
それでも一番弟子として修行を続けていたのはたぶん、親方への憧れだったのだろう。かつて当代最高と謳われた剣を打ち、いまだに頂点を極める者としての技術の冴えを見せるその姿への。
ガジウィルさんはやがて納得し、レグナムへの出向が決定した。そしていつの間にか俺がレグナムに移るのは確定事項となっていたのだった。