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精霊銀・5

「それじゃあエミリアさんは貴族なんですか」


「そう。私は次女だけど。家計を助けるために冒険者になった」


「へえ。あ、じゃあもしかして俺の知ってる人の子供かな? どの家?」


「オサーン男爵家。父は当主のゴツィーナ・オサーン。知ってる?」


「ああ、あの人か。知ってるよ、何回か挨拶したことがあるね。すごく丁寧な人だったと思う」


 ぶっちゃけ、名前が特徴的過ぎて一発で覚えたわ。確か騎士団派の人で、内勤だっけか。


 割と大人しそうというか、痩せて覇気が無さそうなんだけど、目だけは力強い印象だった。


 というか男爵家なのに困窮しているのか。そういえば前にセレスティーナさんが貴族もピンキリだって言ってたっけ。


「この戦斧も父が特注で作ってくれた。大事なもの」


「へえ、特注ってことはやっぱり一般的に置いてないのか。けどどうして戦斧を選んだんですか?」


「……モッチー、敬語は要らない。普通に喋って。それに呼び捨てでいい。多分、私が年下」


「へ? ……あ、じゃあそうさせてもらうよ、エミリア。これでいい?」


 敬語を止めるとエミリアさん、もといエミリアが満足そうに頷いた。……てかよくよく考えたら俺の敬語、割と適当だったかもしれねえ……。


「いい。私は剣が苦手。早く動けないからリーチのある武器が良かった。力はあるから重たい武器が良い。そうしたら戦斧を勧められた」


「なるほどなあ。重たくてリーチがあって、か。戦法は一撃重視? それとも手数?」


「一撃重視の方。私はアームストロング流剣術が使えるから」


「へえ、アームストロング流剣術か! すげえなあ」


「父が教えてくれた。父はすごい使い手」


「マジ? 意外だな。全然気付かなかった」


 あんな体格でアームストロング流剣術を使うのか。ちょっと想像しにくいけど、意外と体格に左右されない流派なのかな?


 エミリアが戦斧を渡してきたので手に取ってみる。


 ずしりとした重さがあった。


 元の世界にあったような、槍の先に手斧みたいな小さい斧が付いているタイプではなく、直径五十センチ程度の扇形の斧が付いていて、反対側に三又スパイクのアタッチメントが付いている。


「へえ、対魔物用の大型の斧と対人用で鎧破壊を主眼に置いた鉤爪って感じか。先端の槍はあまり使った形跡が無いけど、もしかして刺突は得意じゃ無い? それにこの接続部の消耗具合的にほとんど斧の方を使ってるみたいだね。何回か接合パーツを取り替えた形跡もあるし」


 まああまり対人戦をしないと思うし、三又の鉤爪の方は使用しないか。こっちは特にパーツの取り替えもしてないみたいだし。


 てかこのサイズと重量でこの接合部の形状だと負荷が強過ぎて消耗が激しいはずだけど、それにしてはそこまでガタが来てないな。メンテナンスは丁寧にしてるみたいだけど、それだけじゃここまで長持ちしないと思うけど。


「ってことはどこかにギミックがあるはず……。持ち手が石突に向かって太くなってるな。滑り止めか。石突は……普通か。いや、材質が違う……しかもこの重さってことは芯ごと違う金属を使って重くしてるんだな。接合部は溶接か。ってことはここじゃない。となると」


 手首を返して戦斧を裏返す。


「あった、これか。斧の表面に耐久強化の刻印か。結構深く掘ってあるな、削れた時の対策だな。ここに刻印で、材質は鉄……効率が悪いな。ってことは芯の方の金属は魔力親和性が高いやつだな。魔法金属じゃなさそうだけど」


 たぶんエミリアの体格を考えて重心のバランスを取ってあるんだろう。遠心力で振り回されないよう石突の方を重くして重心を手元に寄せている。滑り止めのために太くしてるのも重量を増やすのと一石二鳥ってわけだ。


 それに石突の方を持つと斧の方に大きく重心が寄って、特に振り下ろしの威力が凄まじくなりそうだ。


 これ、相当考えて作られてるな。普通にかなりの業物だぞ。


 もし精霊銀を使って魔法剣、いや魔法斧にしたらバカ強くなりそう。……作りたくなってきた。


「すごい、見ただけで全部分かっちゃう。それにあなたもすごく力があるんだね」


「へ? 力?」


「その戦斧、すごく重たいもの。それをそんなに軽々と扱ってる。身体強化も使わないでそれだけの力があるのはとてもすごいと思う」


 ああ、そっか。筋力が異常に上がったもんな。


 確かに五十キロ近くの重さがある。人一人分だ。


「エミリアも凄いじゃないか。背負ってた荷物も合わせたらとんでもない重さを運んでたんだし」


「私は生まれつきそういう体質だから。たぶん力だけなら誰にも負けない」


「へえ、羨ましいなそれ」


「……そうでもないよ」


「へ?」


 エミリアが小声でポツリと呟いて顔を伏せた。


 あれ、なんか地雷踏んだ? もしかして体質のこと気にしてるとか?


「エミリア? 気に障っちゃったか?」


「大丈夫、何でもない」


 大丈夫って……。とりあえず深掘りはしない方が良さそうだ。


 話題変えるか。


「ところでエミリアの購入ライセンスは?」


「Cだよ。モッチーは?」


「俺はライセンス無しだね。てか俺、まだ冒険者ランクFだし」


 エミリアが目を丸くした。ポケットからギルドカードを取り出して見せるとエミリアの表情が和らいだ。


「本当だ」


「ちなみにあと二年くらいしたらEに上がれるかも、ってレベル。Cランクに上がれるのは百年くらい先かも」


「ふふ。その頃には私はSランクになってるかもね」


「分からないぞ。SSSランクかも」


「そうなれたらいいね」


 エミリアは冗談のつもりで笑ってるけど、彼女のパワーとアームストロング流剣術があれば装備次第であっという間に駆け上がりそうな気はするけどね。


 ただアームストロング流剣術は単独での戦闘にはあまり向いてないから、そこら辺がどう影響するかだけど。


 ……エミリアが“アームストロング流決戦装甲”を使ったらどうなるか、見てみたいな。


 まあ購入ライセンスで入手できる代物じゃないけど。あれ、結局は軍事兵器扱いになったから製造には国の許可がいるし、民間での使用は禁止されたんだよね。悪用されたらめちゃくちゃ危ない代物だしな。


 ちなみに、俺は作っても良いんだけどね。作ったところで使う人がいないから作らないけど。…………使う人、か。









 ネアンストールに戻り、解体野郎ゴリアンヌにキングファングを運び入れた。ちなみにウチの女性陣は相変わらず倉庫にこもる臭いを嫌って外で待機だ。


 俺は久々にゴリアンヌ師匠に会ったが、相変わらず英気に満ち溢れていて血染めのナタをふるい、抜群に上手い化粧を仕上げている。


「あらあ〜、モッチーちゃん久しぶりじゃないのよう。どうしてもっと会いに来てくれないのお!???」


「うぐっ!? 師匠、首締まってる、あかんとこ締まってますそれ!」


 片側とはいえ頸動脈を圧迫していた腕をタップすると力を緩めてもらえた。ただ強靭スキル持ちの俺じゃ無かったら落ちる人いただろ、これ。


「あらん。ついつい強くしちゃったわ、ごめんなさいね。モッチーちゃんってば丈夫だから力加減間違えちゃった」


「本当に間違えたんですか? 普通にわざとやってますよね」


「そんなわけないじゃないのよう。大事な弟子を壊したくないもの」


「その本気でやれば壊せるかのような言い方は怖すぎるんですが……」


 溜め息を吐くと師匠の視線が後ろのエミリアたちに向かった。


「あら、お客さん。確か……“深淵の戦斧”と“白百合”のお二人だったかしらね」


「知ってるんですか?」


「もちろんよ。それなりの有名人なの。あなたたちほどでは無いけどね」


「へえ、そうなんですか」


 まあエミリアは二つ名があるくらいだし、“白百合”の二人も普通に美人だからな。こんな女三人パーティーなら有名にもなるか。


 水を向けられた三人は少し顔を見合わせ、セシリーさんが応対することにしたようだ。


「あたしらはそのモッチーからキングファングの肉を譲ってもらう約束でね。()()()、取り分けてもらえるかい」


 セシリーさんがにいぃ、と口角を上げると師匠が目を丸くして俺を見た。


「あら。随分と奮発したのね。それじゃあ“深淵の戦斧”のお嬢さん、どのくらい食べるのか教えてもらえるかしら」


 …………ん? なんだこの流れ? なんでエミリアだけ指名したんだ?


「せっかくだしお嬢、一番良い部位を頂いちまおうぜ」


「セシリー」


「別に構わないって。どうせ魔物の肉なんだから部位でそんなに価値も変わらないしさ。駄目なら止められるはずだろ?」


 エミリアが俺を見た。


 流れが掴めない俺はラインさんやツーヴァさんに視線を送るが、苦笑で返される。


「えっと、じゃあどこでもいいですよ。どのみち俺たちは食べませんし」


「そっか。じゃあ遠慮なく。背ロースの一番脂が乗ったところをもらうよ」


「へえ、そこが一番良いんですか」


「キングファングが他の猪系魔物と同じ肉質ならね。魔物肉の特徴のえぐみも濁った魔力を抜いてやればかなりマシになるのさ。そうすれば全然食べれるよ」


「濁った魔力を抜く?」


「ああ、あんた知らないのか。魔物の魔力は濁ってるって言われててね、それがえぐみの原因らしいのさ。ある裏技を使えばその魔力を消すことができるんだけど……」


「へえ、一体どんな裏技があるんですか!?」


「ん〜、どうしようかなあ」


 セシリーさんが親指と人差し指で丸を作った。あれ、日本でのサインと同じなら金かな?


「情報料ですか?」


「分かってきたじゃないか。……ああ、その様子じゃ他の面子も知らないみたいだね。ま、知る人ぞ知るってヤツさ。そう簡単にできる方法でもないし」


「いくらですか?」


「そうさねえ……五日分、でどうだい?」


「キングファングの肉を五日分、ってことですか? それなら全然良いですよ」


「よし、言質は取ったよ。なら交渉成立だ」


 なんとなくで安易に受けてしまったが、ゴリアンヌ師匠が俺の肩にポンと手を置いた。


「モッチーちゃん。残念だけど今回のことは良い教訓だと思って諦めなさいね」


「へ?」


「すぐに分かるわ。……“深淵の戦斧”のお嬢さん。あなた()()()()()()()()の?」


 ……ん!?!?


 エミリアを見ると、申し訳なさそうに顔を伏せながら俺を見る。


「……二十キロくらい」


「は!? ……い、いや、五日分だから三食でかける五で十五食として一食あたり一キロちょいか? け、結構食べるんだな」


「違うの、モッチー。一食で二十キロくらいは食べるの。……ごめん」


「は、はああぁぁ!? え、ちょ、そんなんどうやって、どう見てもその身体の大きさで入る量じゃ無いだろ!?」


 大食いファイターも腰抜かすって! ってかまさか毎食それだけ食べるってんじゃ……ああっ!? だからオサーン男爵家が困窮してるのか!?


 衝撃で口があんぐり開いたわ!


 後ろでラインさんの大笑いが聞こえた。


「ははははは! こりゃあ痛快だ。たまには驚かされる俺たちの気持ちが分かったかモッチー。いいか、“深淵の戦斧”って二つ名はな、底なしの胃袋を持つから“深淵”なんだよ」


「いい!? 闇魔法の使い手とかじゃなくて!? めっちゃカッコいい名前だと思ったのに!」


「だろうと思ったわ。モッチー、一度交わした約束だ。五日分となれば三百キロか? 自腹で払ってもらうぞ」


「は、はあ。そりゃ払いますけど……」


 それでみんな変な態度だったのか。てか誰も教えてくれないのかよ。愉悦部か!?


 くそ、なんかミーナのあの表情を思い出して無性に腹が立ってきた。てかこっち指差して腹抱えて笑ってんじゃねえかよ! お前ミーナマジお前!!


「ごめんね、モッチー」


「いや、エミリアには怒ってないよ。……本当にその身体に二十キロも入るの? 実は盛ってたりしない?」


「うん。私、魔力変換スキルがあるの。食事を魔力として吸収するスキル。これがあるから力が強いの。でも勝手に魔力に変えてしまうからいつまでもお腹いっぱいにならなくて」


「は〜、なるほど。筋力のデメリットが空腹と。そりゃあ良いことばかりじゃ無いよな」


「そう。父から遺伝したのは私と、四つ下の弟。弟はまだ戦える年齢じゃないから私が冒険者になった」


「そうだったのか。……ん? ってことはオサーン男爵も同じ体質?」


「うん。父は私たちのために食事を我慢して、お腹が空かないように内勤の仕事をするようになった。だからどんどん痩せてしまった」


 なるほどなあ。てことは昔はバリバリの戦士であの眼光の強さはその名残りなのか。


 ちょっとオサーン男爵を見る目が変わったわ。めちゃ家族愛の強い紳士じゃん。

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