精霊銀・3
「でよ、モッチー。ケルベロスの魔法石は使わねえのか?」
「ああ、それですか」
せっかく六つも手に入ったSランク魔法石だ。本来ならばティアーネとミーナの杖の強化に使うべきなのだろう。
だが、入手自体が困難なSランク魔法石。そんな貴重品を大盤振る舞いすることに躊躇を覚えているのだ。
「ティアもミーナも期待してるぜ? なんで使わねえのかって不思議に思ってる」
しかし一般的にはSランク魔法石を飾りにしておくような価値観は無いらしく、使えるものは使うのが冒険者の心得だ。
もちろん俺も安全マージンの確保を考慮すれば使うべきだと思っている。
それにみんなの能力ならこれからもSランク魔法石の入手チャンスはあるだろう。そしてそのチャンスをモノにするためには装備の強化は欠かせない。
「俺も使おうとは思ったんですよ。内部刻印の構成から完成図までレナリィさんに協力してもらって構想自体は出来上がったんですけどね」
「ならなんで作らねえんだ?」
「いやあ、すごく勿体無い使い方な気がしまして。こう、なんて言うんですかね。新しいアイデアが喉元まで出かかってて、ちょっと待った、って止めてくるんですよ」
とはいえ全く何もしないというのもバツが悪いというか、そうじゃ無いだろ感があるというか。
とりあえずティアーネとミーナに二つずつ使って杖を作ろうと思っている。今はレナリィさんと改めて調整中だ。
「なんだ、結局作るのか」
「ええ。たぶんネアンストールに戻る頃には設計図も完成するんで、すぐに取り掛かる予定ですよ」
そして手元に二つのSランク魔法石が残るので、これは使わずに新しいアイデアのために取っておく。
とはいえ一つだけこちらも確認しなければならないこともある。
「ところでラインさん。ノルンさんが抜けた分、魔法使いを補充とか考えて無いんですか?」
そう、魔法使いの人数はそのまま連結杖の火力に直結するのだ。それに内部刻印の性能配分にも影響してくる。
「確かに杖の火力を考えりゃあ痛いわな。だがよほどでも無ければフルパワーで使わんから普段使いには必要無いな。要るのはそれこそ奪還戦の時みたいに大掛かりな戦いの時くらいだが、なんなら杖を運ぶだけの荷物持ちをちょろっと雇うだけでも事足りる。こっちはティアとミーナの火力があるからな」
「なるほど。じゃあ普段はレイアーネさんのと三本連結までで運用して、決戦用に完全な補助装置としての杖を作っておくのが良いかな。……あ、それなら別に取り回しとか重量とかって考慮しなくても良いですよね? “アームストロング流決戦装甲”みたいな追加装置の運用で」
「……あんなに馬鹿でかい杖を作る気か?」
「どうですかね。流石に持ち運びそのものに支障をきたすような物だと不味いでしょう。身動きくらいは取れるレベルにしておかないと…………いや、それはそれでアリか?」
大砲とか破城槌みたいな大掛かりな装置を作るのも選択肢だ。軍なら運用にも困らないだろう。
というかそういう大型の魔法兵器について鍛治ギルドにちらっと話した記憶があるけど、音沙汰無いあたり動いて無いのかな。ならこっちで設計図を作ってゲイルノートさんに丸投げするか。ついでに軍事作戦の時にうちのメンバーも使えるよう頼んでみるのも良いかもしれない。
ウチのパーティー用の持ち運びできる補助装置の方はギリギリまで重量上げて、身体強化と魔力回復促進の合わせ技で長時間長距離の移動も耐えられるようにしておくか。荷物持ち募集に身体強化と魔力回復スキルを条件にすれば問題無い、はず。
「ははっ、流石に随分と考えているな。恐れ入るよ」
「いやいや、単なる思い付きですよ」
「馬鹿かよ。そんな簡単にあれこれ思い付けるならとっくの昔に技術が進歩してるわ」
うーん、それもそうか?
レナリィさんなんかを見てるとどうも腑に落ちない部分もあるけども。
「ま、どうせならただの荷物持ちじゃなくてある程度戦えるヤツがいいな。せめて自分の身は自分で守ってもらわないとな」
「……うーん、実に耳が痛い」
レグナムからネアンストールへの道を二台の馬車が進む。
前後を一人乗りの馬で挟み、前の馬車には数人が乗り込んでいる。そして後ろの馬車には巨大な猪が牽引されていた。
死神として有名なAランクモンスター、キングファングの死骸である。その顔面は執拗なほどボコボコに潰されており、それ以外が綺麗な状態であることから見て頭部への打撃のみでの討伐だったと見て取れた。
事実、それは“狼藉者”ことウルズがマシンガンのごとくタコ殴りにした痕だ。一撃一撃が頭をのけ反らせるほどの威力だったことを見るに、さぞ苦しんで死んだのだろう。
「は〜、もうみんな出会った時とは全くレベルが違うんだな」
「ふひっ。それを言えば出会った時とは装備のレベルが全く違うなの」
「ん」
キングファングを眺めながら呟いた言葉にミーナとティアーネから反応が返る。
「装備なあ……。そういや初めは魔法石を乗っけただけの杖だったもんな。それが今では竜も倒すってんだから随分と変わったもんだ」
この世界に来てからもう一年は経っているが、すっかり様変わりしてしまった。変わっていないのは俺の装備くらいだ。
「ふひっ。モッチーも自分の装備くらい作れば良いなの」
「ん〜。槌はともかく防具はなあ。身体強化が使えないから聖光領域の恩恵も無いし、今さらフルプレートに変えたところでって言うか。槌だってどんなのにすれば良いかさっぱりだ」
実戦経験どころか訓練も碌にしていないから自分に合った装備なんて思い付かない。柄の長さ、槌の重さ、重心の位置、形状……etc。
ぶっちゃけ気分転換がてらに槌を振り回しているようなものだ。素人の遊びでしかない。
「戦闘訓練だって誰かに教わってがっつりのめり込むほどじゃないし、そもそもそんな時間は無いからなぁ。中途半端なのは間違いないよな」
「ふひっ。困ったやつなの」
「ん、大丈夫。何かあっても守るから」
「おう、ありがとうなティアーネ」
純真な目で見上げてくるオッドアイの美少女に笑みを返し、俺は大きく伸びをした。
馬車の縁に腰を当て、頭をのけ反らせると逆さに進行方向が見える。
「…………ん?」
ふと、遠目に映ったシルエットに注意が向いた。
三人組だ。
おそらく冒険者だろう。武器や杖を携えている。
その中でも真ん中の、身体を隠すほどのどデカい袋を担いだ人物の持つ装備に視線が固定された。
「あれ……戦斧だよな。珍しい、初めて見た。しかも馬鹿デカい」
身長よりも大きいサイズだ。ならば重量だってそれなりのはず。よほどの怪力なのだろう。
「ふひっ。気になるなの?」
そう問いかけながらミーナが身体を被せてきた。
俺に触れないよう絶妙な距離感を維持しつつ、真上で身体を乗り出して同じ方を見る。
……こいつ、ワザとだな。
どうせ俺が動けなくてあたふたするところを見たいんだろう。
甘いな、押しのけるくらいわけないんだよ。いつまでも初心だと思うな。……いや、その……。
目が合ったら馬鹿にするように小さく笑いやがった。くそ、こんにゃろう。
「ふひっ。見たいなら声をかけてみれば良いなの」
「それもそうか」
ミーナが身体を戻す。
何の気も無しにだったが、俺の視線は追うように動いた。
それがたまたま、本当に何の意図も無く偶然だったが、重力で下がった服の襟元から白い肌が覗き、想像以上の大きさのモノがチラリと視界に入る。
一瞬、思考が停止した。
気付けばミーナがニンマリと悪い笑みを浮かべている。
「あ、いや……!?」
「ふひっ。見たいなら素直に聞いてみれば良いなの」
「ぶふぁっ!!!!??」
もれなく鼻腔が、決壊した。