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精霊銀・2

「ノーフミルはほぼ損耗無しで作戦を完遂したか」


「ああ。Sランクモンスターは片手で数えるほどしか出なかったようだ。しかも全てグラスト・アームストロング自らが討伐したようだね」


「アームストロング流の面目躍如と言ったところか。……これでアームストロング流剣術は一躍実戦級の流派となったわけだ」


 ゲイルノート・アスフォルテとレイン・ミィルゼムの言葉にネアンストール防衛軍の将校ら、そして次席騎士メリオン・フェイクァン並びに騎士第四席ゴーリンキ・マチョン子爵が頷いた。


「バッハッハ。筋肉こそ至高。それがようやく世に示されたというわけですな!」


 ゴーリンキ子爵の言葉に幾人かの将校が頷く。竜との戦いを経て、ネアンストール防衛軍内で彼への評価が急激に上昇していた。


「確かにアームストロング流剣術が此度の戦いにて多大な成果を挙げたことは疑いようは無い。騎士団派としても面目を保ったと言うところであろう」


 ゲイルノートの言葉にゴーリンキ子爵の目がギラリと光を放つ。


「それは功一等を認めていただけると言うことですかな」


「ふっ。卿は冗談も上手いようだ」


 二人の視線が重なった。


 その光景にレイン・ミィルゼムが肩を竦める。


 レグナム奪還戦からこちら、ゴーリンキ・マチョンはゲイルノートの言質を得ようと隙あらばアピールを続けていた。


 狙いは分かる。騎士団派として少しでも貸しを作っておきたいのだろう。


 ここのところネアンストールからの技術提供によって派閥間のパワーバランスが大きく傾いている。一方的に借りを作り続けている状況だ。しかもそれは魔法使い派がモッチーを抱え続ける限り続くであろうことは間違いない。ともすれば大差をつけられる恐れもあるのだ。


 今回、メリオン・フェイクァンの派遣要請にゴーリンキ・マチョンが付随してきたのも実績の面で大きく貸しを作るためだろう。そしてその目論見は竜の討伐、そしてケルベロスの掃討戦において大いに達成されている。


 ここでその実績を梃子により大きな貸しとして認めさせようとしているのは間違いない。


 ……不幸なのはそれとは違う狙いが生じてしまったことだろうな。


 そのことに考えを巡らせてレインから苦笑が漏れる。


 こればかりは天災のようなものだ。青天の霹靂であり、予想しろと言うのも酷な話だった。


 “精霊銀”


 まさかそんなものが生み出されるなどネアンストールの者ですら予想出来なかったのだ。


 精霊銀は強度や靭性、耐久性など魔法銀と遜色無く、しかし魔力の許容量は倍に比する。


 そしてその性質の最大の特徴として魔法陣を含む魔法の効果を増幅するのだ。それは温度、体積、形状など現時点で確認できるあらゆる条件に関わらず二割以上の増幅率となる。これを同体積の魔法銀と比較すると二・五倍にも及び、完全なる上位互換と目されていた。


 そして騎士団派にとっては喉から手が出るほどに欲しい物質であり、その製造法についてどんな手を使ってでも知りたいはず。


 ゴーリンキのアピールはただ貸しを作るだけが目的では無く、貸しを大きくできなくとも引き換えに精霊銀の製造法を引き出すことも含まれているだろう。


 ゲイルノートもそれは理解している。だがわざわざ仏心を出して安売りしてやる理由も無い。だからこそ連日に渡って平行線となっていた。


「……少し長くなった。一度休憩を挟むとしよう」


 しばらく話し合いが続き、ゲイルノートが中断を宣言する。


 それぞれの前に紅茶と茶請けが配られ、思い思いに一息入れていると軍人が一人入室して何やらゲイルノートに耳打ちをした。


 魔法使い筆頭の口角が僅かに上がる。


 その軍人がレインの元へ来て同じように耳打ちする。


「技術顧問殿が来られ、精霊銀を用いた次席騎士閣下並びに騎士第四席閣下の試作装備一式を届けてまいりました。また“アームストロング流決戦装甲”の設計図を共に」


「……ほう? 現物は預かっているのか?」


「はっ。すでに隣室へと」


「少年は?」


「技術顧問補佐殿と打ち合わせをしております」


 ……なるほど、実に良いタイミングだ。


 ゲイルノートを見ると視線が交わった。どちらからともなく笑みを浮かべる。









「へえ、そのシェルキナって町周辺の調査ですか」


 レグナムから南に進んだ森林地帯で“赤撃”と共に探索していた俺は頭の中に地図を浮かべながら相槌を打った。


「ああ。そこを越えれば後は旧国境のネオラント砦だ」


 クルストファン王国は元々東に位置していたベイル帝国との間にある山脈を国境としていた。


 レグナムからでも遠目に見える長大な山脈で、標高は二千メートルをゆうに超えるだろう。


 その山脈はレグナムから東北東に位置する場所と、王国北部のスイヌウェンからさらに東北に進んだ位置にある峠から双方に行き来ができる。かつては交通の要衝でもあり、特にここから東北東にある峠街道は交通、交易の面で重要な地点となっていて、重厚な砦であるネオラント砦が構えられていた。


「じゃあ次の目標はそのネオラント砦ってわけですか」


「だろうな。旧領回復は王国の悲願だろうさ」


 ラインさんの説明になるほど、と頷く。


 レグナムを奪還したことで冒険者ギルドに向けて新たな依頼が舞い込んだ。


 それがレグナムの東に位置する町シェルキナ並びにその周辺の調査。


 これには“赤撃”と“草原の餓狼”が強制依頼であり、その他Aランクの冒険者パーティーには任意となっていた。


 それも仕方がない。レグナムで大量のSランクモンスターが出現した以上、ここから先はいつSランク以上のモンスターが現れるか分からないのだ。討伐実績の無いパーティーではあっという間に全滅だろう。


 ちなみに当然ではあるが、“赤撃”所属であるモッチーは例外的に除外されている。


 今回、探索に同行しているのもかなりグレーであり、ネアンストールを出立する際に門衛が渋面を浮かべていたほどだ。


「ま、ケルベロス程度なら今の俺たちには然程の脅威にはならんさ。この精霊銀の装備にはそれだけの力がある」


 実際、旧来の魔法銀装備と比較して精霊銀装備は『聖光領域』の出力が倍、さらに消費魔力も同程度とシンプルにアップグレードされている。完全上位互換と言えるだろう。


「マンティコアレベルだとどうでしょうね?」


「マンティコアか……。ツーヴァ! ちょっと良いか」


 前方を進んでいたツーヴァさんが反応して合流する。


 ラインさんの説明に少し考えるような仕草をした。


「スピードだけなら十分に対抗できるよ。少なくとも一方的にやられるようなことは無いだろうね。ただ決定打が出せるかどうかはもう一度実際に戦わないと分からないかな」


「でも倒してますよね?」


「カタナのおかげでね。あれの切断力はいかんせん飛び抜けているから比較が難しいんだよ。普通の剣と比較できるものじゃないさ」


 へえ、そこまでやばいのか、刀。


 まあレグナム奪還戦でもケルベロスを斬り刻んでいたらしいし、骨までスッパリいってたそうだからな。尋常じゃないのは分かってたけども。


 そういえばネアンストール防衛軍の中で刀を希望する兵士が後を絶たないんだとか。セレスティーナさんの無双振りに脳を焼かれた人が多かったらしい。なんなら親方は大量の注文が舞い込んで面食らってたからな。


 ただ普通の剣でセレスティーナさん以上に無双していたメリオンさんってほんと意味不明だよな。ケルベロスの白い上位個体とかも瞬殺していたらしいし。竜との戦いでも一番危険な最前線で暴れ回っていたとかバグみたいな人だよマジで。


 ちなみに余談だけどアームストロング流剣術が一部でブームになりつつあるらしい。なんてったって『竜の鱗をも穿つ最強の矛』だからな。アームストロング流剣術を体得した剣士たちで決戦部隊を結成するかもしれないってレインさんに聞いた。


「それにマンティコアレベルと戦うと才能の壁に直面する。特に反応速度だね。どれだけ身体能力を上げられても対応できなければ意味は無いさ」


「そんなにヤバいんですか?」


「ああ。初動を見誤ると即お陀仏なくらいさ。見てから対応なんてそんな生優しいものではなくてね。常に限界を求められたよ」


「うわぁ……。反応速度って魔法で上げられないんですかね?」


「身体強化で上がるけど微々たるものさ。いや、厳密には違うかな。動体視力も向上するし身体のレスポンスも向上する。スペックそのものの底上げさ。けど脳で処理できないと行動に移すことができないんだ。脳の回転力ばかりは才能が物を言うのさ」


「は〜……。じゃあ精霊銀装備をフルに扱える人はその脳の回転が凄い人ってことですか」


「そうだね。より高い魔法の制御と聖光領域に振り回されない身体能力、そして脳の処理能力。いよいよもって装備の性能に追いつけない人が続出し始めるだろうね」


 なるほどなあ。杖と同じか。扱えなきゃ強くなれないと。


 杖の場合は制御向上の魔法陣があるからそこで調整が効くけど、剣士の方は聖光領域しか無いから全体を画一的にブーストするしか無い。となると、身体強化魔法自体に手を入れなきゃならないのか。これも研究対象だな、提案しておこう。


 それにしても身体強化をとにかくブーストすれば最強ヒャッハーできると思ってたけど、思った以上に簡単じゃないようだ。

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