精霊銀
キッカケは本人曰く、普通に考えること、だった。
「銀が多ければ多いほど魔力含有量が多くなりますよね」
それを聞いた者はそれはそう、と納得する。
だがこう反論した。
「銀は柔らか過ぎる。魔法銀だって鉄と混ぜてようやく鉄の半分の強度だ。いくら魔力含有量が多くても柔らか過ぎたら武器としては使えないぞ」
しかし。
「何も硬い金属を多く混ぜなければ強度が上がらないわけじゃないんですよね。組み合わせ次第ですよ」
こう答えた少年は様々な金属が並んだ棚を一通り眺め、一つの金属を手に取る。
それは見た目が銀とよく似ており、古くは銀と偽られて取り引きされていた亜銀と呼ばれる物質だった。
そして少し考え込んだあと、いくつかの金属を手に取り、炉へと向かう。
そこから何回か組み合わせを試行錯誤し、僅か一日で一つの合金を完成させる。
それは魔法銀と同等以上の硬さを持ち、倍を超える魔力含有量を持った合金だった。
「やっぱり配合率はそう変わらないんだな」
驚きを持って見る男に少年は何のことは無い、という風に嘯きレシピをメモしていく。
「あ、そうだ。とりあえずこれで何か作ってみますか。……あれ? ガジウィルさん?」
一番弟子のガジウィルは深く長い溜め息を吐き、そして力強く頬を叩いて気合いを入れた。
「おいおい、良いのかこれは。とんでもないぞ」
新作の鎧を身に纏い、レインさんがまるで困惑しているようには見えない笑顔で呟いた。
「魔力含有量が倍くらいになってるので、単純に性能も倍になってると思うんですけど。感触はどんな感じですか?」
「倍……で済むのか、これは? 五割り増しくらい上がってるように感じるぞ」
「五割り増し? ってことは二・五倍になってるってことですか。重量を同じにしてるから魔力含有量はほぼ倍で間違いないはずですけど、やっぱり何か変な現象が発生してますね」
新たな魔法金属を作成し、軍に持ち込んだ。
魔法銀は銀が四割程度の配合だったのに対し、新しい魔法金属は九十九パーセントが銀だ。それをスライムの粘液を用いて限界まで魔力を含ませた。
銀が多くなった分、重量が増えているので同体積で比較して大体二倍の魔力含有量になっているはずである。
しかし……
「レナリィさん。これ薄く緑色に発光してるのって何でか分かります?」
俺は資料を読み込んでブツブツ呟いているレナリィさんに水を向けた。
実はこの魔法金属、魔力を流すと何故か緑色に発光するのだ。それもかなり薄い。色合い的にはエメラルドに似ているかもしれない。
「魔力に反応している。それ以外には考えられないわ」
チラリと目線だけで振り向いた彼女が断定する。
確かにその通りだよな。ということは銀もしくはこの合金に魔力と反応して性能を底上げする不思議反応があることになるわけだ。
「そうなると魔力と反応する条件を知らなきゃならないのか」
とりあえずこの魔法金属の体積に因るのか、魔力含有量の総量に因るのか、込める魔力に因るのか。それとも別の要因か。
色んなパターンで検証する必要があるな。結構時間がかかりそう……
「いや、そうか。レインさん、軍の技術部と国立魔法研究所の方でも検証に協力してもらいたいんですが」
「よし来た。ウチの連中はともかく研究所の奴らならいくらでも使い倒してやれ。検証のリストを作っておくと良い。押し付けてきてやる」
「はは。よろしくお願いします」
「それはそれとして少年、ウチの特務隊にこれを使った装備を用意しておいてくれよ。できるだけ早めにな」
「はい。設計図の方も纏めて作っておきます」
特務隊だけじゃなくてウチのパーティーの分もそうだし、メリオンさんの分や“アームストロング流決戦装甲”の方も改良版を作っておかないとな。
とはいえ素の重量と性能設計は当人の意向を聞いておかなきゃならないし、性能上昇が一律二・五倍なのか体積や魔力含有量に比例して増えるのかで細かい部分での調整が変わってくる。
レインさんは今日中に全員から意向を聞いておくと頷き、「ところで」と話を振ってきた。
「この合金はなんて名前にするんだ?」
「……名前? ああそっか、それもあるんでしたね」
全然考えて無かったわ。正直、分かりやすければ何でも良いんだけどね。
頭を悩ませているとレナリィさんがポツリと呟く。
「……精霊色…………」
え、何? 精霊色?
レインさんに視線を向けると説明してくれた。
「精霊ってのは自然の中に存在する物って考えられてるからな。自然を表す緑を精霊の色として定義しているわけだ。ちょうどこの合金の色が精霊色に良く似ているのさ」
「へえ。精霊色の合金ってわけですか。なら精霊銀ってのはどうですか?」
「いいじゃないか。なら正式名称を精霊銀として定めよう」
こうして新たな魔法金属あらため精霊銀を使った装備の開発が始まる。
ちなみに当日中に特務隊の一人であるグレイグ・ヌンフェイルの装備一式を作らされることになった。
彼がメリオン・フェイクァンの模擬戦相手として差し出され、連日に渡り精魂尽き果てるまで戦い続けることになったのを知るのはまだ先の話である。
「……こりゃあまた、とんでもねえな」
「そうだね、ライン。僕も他の感想が出てこないよ」
ネアンストールから一キロ程度離れた草原で冒険者パーティー“赤撃”がフルメンバーで揃っている。
揃っているのは人だけでは無い。新たな魔法金属、名称精霊銀を用いた装備もまた各人揃えられていた。
唯一足りないのはセレスティーナのカタナだけである。これについては精霊銀の鍛造法が確立していないことが理由に挙げられる。
「重さとか取り回しなんかは不都合とかあります? 一応、関節回りはゆとりを持たせた設計にはなってますけど」
同行していた俺は肩慣らしで模擬戦をしているスルツカさんとウルズさんを見ながら問いかけた。
ラインさんとツーヴァさんが顔を見合わせる。表情には苦笑いが浮かんでいた。
「いや、なんも無えな。敢えて挙げるならフルで起動すると制御がギリギリになることくらいか」
「ああ、なるほど。なら少し魔力許容量を落としますか? その分、制御に振るか消費魔力を下げるのもアリですよ」
「……贅沢を言ってすまんが、制御に振ってくれ。魔法制御に手を取られるのは避けたい」
「了解です。ツーヴァさんはどうですか?」
「そうだね、僕は特に無いかな。……いや、そうでも無いか。刺突剣の方だけど、柄の部分をもう少し改善できないかな」
「滑る、とかですかね」
「そうだね。手汗もかくからね」
「なるほど。親方に相談してみます。セレスティーナさんは何かありますか?」
「そうですね……関節回りの可動域をもう少し広くしてもらえるとありがたいです。以前とは身体の動かし方が変わりましたから」
「そう言えばそうでしたね。ん〜……脇とか腰回りをスッキリさせる方向が良いですかね?」
「はい! さすがモッチーさんですね。まさにその通りです」
打ち合わせをしていて感じるのはみんなの遠慮がだんだんと無くなってきた、ってことだ。
たぶんSランクモンスターを単独で倒してから自信がついたんだと思うが、積極的に要望を伝えてくれるのは作る側としてもありがたい。
というかレイアーネさんとウルズさん以外はSランクのケルベロスを単独撃破してるんだよな。ミーナとティアーネは支援ありだったけど、SSSランクに昇格してるってことは単独でSランクモンスターと同等以上の力があるってことだし。
親方とかガジウィルさんもみんなの装備を作るのは積極的に協力してくれるし、成果を上げたら喜んでくれる。なんか全員で回ってる感じするよな。
まあスルツカさんは器用すぎてどんなものでもある程度使いこなせてしまうから意見を言わないし、そもそもウルズさんはもっと強くしろとしか言わないんだけどね。
けど魔法銀の時でもSランクに勝てるくらいなんだから、精霊銀に代わって性能が飛躍的に伸びた今ならとんでもない強さになってるかも。
まあ俺の目にはどのくらいすごくなったかは分からないんだけどね。もともとレベル高すぎて全然理解できなかったしさ。
ただSランクに引けを取らないんならしばらくは精霊銀装備でやっていけそうかな。
まだ合金作りに魔法的なアプローチはやってないし、そっちの成果が出るのはまだまだ先になりそうだからな。それまでの繋ぎにはなりそうだ。
炉のこととかもあるけど、そろそろ魔法使い側の装備についても本格的に開発していく必要があるな。しばらくはそっちで頭を捻ろうか。