鍛冶師を始めよう・5
かつてクルストファン王国は大陸でも有数の大国として栄えていた。また軍事、技術、学問、あらゆる分野で他国をリードするリーダーの一つでもあった。
しかし魔王が現れ各国が滅ぼされていく中、次第にクルストファン王国は事実上の世界の盟主へとなっていく。
生き残った各国はクルストファン王国を頼り、その指揮下に入る形で防衛線を構築する。
そして現在、魔王軍との戦争の最前線になっていた。
魔王軍は圧倒的な物量を投入している。だがクルストファン王国は滅ぼされた隣国との元国境線付近で魔王軍の侵攻を抑えていた。
未だ持ち堪えているのは後方各国からの物資、人材の支援と回復魔法を持つヒーラーの充実。そして最終防衛ラインとしての誇りと覚悟があってのものだった。
そして今、激しく戦いながらも膠着状態となっている。
“赤撃”のメンバーがエルネア王国への出立を認められたのもこの膠着が理由だった。
「というのが現在の状況だね」
「なるほど、守りに関しては多少の余裕があるけど攻めに転じるには決定打がない、と」
「その通り。モッチー君はなかなか理解が早いね。戦術や戦略に理解があるのかい?」
あー、それゲーム知識です。
なんてことは言えずに否定しておいた。面倒になりそうだったから。
それにしてもツーヴァさんは説明が上手いな。するすると頭に入ってくる。たぶん頭も相当良いんだろうな。
「いずれ“赤撃”は魔王軍との戦いに赴くんですよね。その、冒険者って強制的に召集されるんですか? それとも各人の意思に委ねられるとか」
「人類の存亡がかかってるからね、冒険者や兵士の垣根は無くなる。つまるところ自由参加ではあるけど、それは建前。半強制参加になるよ」
「やっぱりそうですか」
「だから……」
ぽふん、と頭に重しが加わる。柔らかい感触と甘い匂い。こんなことするのは一人しかいない。
「生き残りたいから早く装備作ってね、モッチー君」
ツーヴァさんの台詞にお色気お姉さん、もといレイアーネさんが戯けて被せる。
彼女の行動もなんとなく分かってきた。からかうのが好きな人なんだ。分かってても心臓が早鐘みたいになってしまうけど。仕方ないだろ?
「レイアーネの言う通りだ。俺たちは魔王にくれてやる命なんざ持ってねぇ。もちろん他のヤツラもな」
「モッチー、責任重大」
ラインさんもティアーネも、生き残ることを諦めていない。そして今は出会ったばかりの俺を信用して頼ってくれている。
なら俺はその期待にしっかり応えなきゃならないな。
「そのためにもモッチー君のパワーレベリングを急ごうか。幸い魔王軍は自由に削っていいことになってるからね」
「どういうことですか?」
「向こうは便宜上軍と表現されてるけど、実際は人間みたいに街や城で兵隊が控えているわけじゃない。一口に魔物と言っても種類も多ければ統率なんかも取れない。だから魔物達はそこら中に野放しにされてるわけだ」
そして攻めるときだけタイミングを合わせて一気呵成に攻め立ててくる。
「軍は砦の守りであまり自由に戦力を割り振ることができない。そこで僕たち冒険者に魔物を間引かせてしまおう、というわけさ」
「はぁ。発想は理解できますが、冒険者がヘマやらかして魔物の軍勢を引き連れて逃げてくるようなことがあったらマズイんじゃないですか?」
「そうでもないよ。常に魔物の侵攻は警戒されてるし、軍隊規模で襲ってこない限り対応できる。それに戦力を小出しにしてくれるのなら被害も少なく処理できるから、むしろありがたがられる側面もあるね」
それってあれか、釣りってやつか。確かネトゲとかでモンスターを誘い出して戦うっての。
なるほど危険な役目を勝手にこなしてくれるのなら、そのぶん斥候兵の損耗を抑えられるってわけか。上手くできているな。
「ではこれからの方針は魔物の中でもハグレになってるヤツラを片っ端からすり潰していく感じですかね?」
「そうだね。てか中々恐ろしいこと表現を使うね。君はバーサークのタイプには見えなかったけど」
「ああいや、俺の世界でのスラングみたいなものです。気にしないでください」
危ない危ない。オタ用語とかネットスラングとかは結構キツめの表現が普通に使われてたりするからな。向こうの感覚で話すと危ない奴に見られかねん。
「ひとまず国境近くの街ネアンストールに向かう。僕たちの拠点もそこにあるからね」
ネアンストールの街は国の反対側。馬車で一ヶ月の道のりだ。さすがは大国、国土も広い。
「移動するだけでも大変ですね。まあ俺は練習時間が多いに越したことはないですけど」
「ああ、あの大発明だね。聞いた限りじゃ精密操作スキルが必要みたいだからレベルが足りないのかもしれないよ」
「……精密操作スキル?」
「あれ、ティアーネから聞いていないのかい? 君がやろうとしているドローイングは精密操作スキルがないと使えないんだ。……ティアーネ、伝えて無かったのかい?」
水を向けられたティアーネはススス、と視線を逸らし、
「……忘れた」
バツの悪い顔でポツリ。でも可愛いから許します。
「不確定だけど、スキルによっては一定レベルが無いと習得できないものがあるって話だよ。特に難度の高いスキルだとそういう事例が多いみたいだ」
「モッチー、スキル多いから習得しにくい?」
「ああ、それもあるのかもしれない。スキルが少ない方が習得しやすいって情報もあるね。それにスキルの習熟も早いと聞く」
それってスキルポイントが足りないとかそんな感じか?
いや、スキルそれぞれに経験値メーターがあるってパターンもあるかもしれない。まあ検証しようがないけど。
「とはいえレベルアップの恩恵を得るためにも他にも必要なスキルがあったら今のうちに取っておいた方がいいかもしれないね。モッチー君は何か考えているかい?」
んー、スキルについては一応調べたけど、生産系スキルに関しては種類が少ないんだよね。必要分はすでに取ってるし、固有スキルの鍛冶師があればなんとかなりそうな気がする。
それよりも問題は魔法系スキルの方だ。
戦闘技能に関しては鍛冶師スキルのデメリットで習得できないっぽいけど、魔法系スキルは魔法系の装備や道具を作るには必要になると思う。
魔力操作スキルに精密操作スキル、その他にも必要なスキルが今後あるかもしれない。それに刻印魔法のこともあるし、魔法に関しては今後も勉強した方がいいだろう。
「今のところは習熟度を上げることと精密操作スキルの習得がメインですね。魔法に関してはエンチャント以外に使えるものがあるかもしれないので、できるときに試していくつもりです」
「そうか。無理しないように、と言いたいところだけどね。ここのところの君の頑張りを見てたらそれも野暮ってものだ。僕たちで出来ることがあったら遠慮なく言ってくれ」
「はい、ありがとうございます」
つくづく良い人だなぁ。爽やかイケメンで性格も良いとか最強かよ。
それにみんなも出会ったばかりの俺にすごく親切にしてくれる。
死なせたくない。
そのためにも俺は少しでも早く知識と技術を身につけてみんなの新しい装備を作らなきゃならない。それができなきゃケントを助けることなんて夢のまた夢。
そして二週間の後、ネアンストールへの旅の途上で俺はついに精密操作スキルを手に入れたのだった。