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レグナム奪還戦・14

 軍は掃討戦を終え、竜の包囲へと入った。


 白いケルベロスを討伐して以降、Sランクモンスターは出現していない。Aランクが数体出たが、特務隊によって速やかに討伐されている。


 そして今、不気味なほどに静かさが漂っていた。


「閣下。竜の包囲完了しました。いつでも状況を開始できます」


 将校の報告に頷きで返し、ゲイルノートは鋭く遠目に竜の姿を見据える。


 体を丸めたまま微動だにしない。だがその眼だけは静かに軍を観察していた。


「メリオンを前に出す。魔導士隊には予定通り広域殲滅魔法で援護するよう念を押しておけ。ブレスの予兆があった場合は集中砲火で妨害しろとな」


「はっ」


 動かない。一体何を考えている?


 こちらから攻めるべきか、それとも動きを待つべきか。


 右の瞼は開いているが、眼球の色が濁っている。果たしてメリオンの付けた傷は視力を奪ったのか。


 ……ここまで来て躊躇する理由などあるのか? 待つことに何の意味がある?


「……始めるぞ。レインに合図を出せ!」


「はっ!」


 ゲイルノートの号令でピシリと空気が固まった。


 そしてレイン・ミィルゼムの放つ広域殲滅魔法が戦いの狼煙を告げる。









「壮観な眺めだなぁ、おい」


 “赤撃”リーダー・ラインは戦場に乱舞する広域殲滅魔法の嵐に感嘆の吐息を漏らした。


 ネアンストール防衛軍にしかできない数十名の魔法使いによる桁違いの包囲殲滅陣。まさに新時代を体現した圧倒的な暴力が竜を襲う。


「けどレジストされている」


 ツーヴァは鋭い眼差しで竜を観察しながら告げる。


 広域殲滅魔法は竜の動きを妨害するものの、レジストを突破することはできていない。つまりダメージを与えていなかった。


「さて。この連結杖ならばレジストを突破できるかどうか」


 そう言ってノルンの杖を持つのは魔導士隊のモルティア・クスハン。その表情には楽しげな笑みが浮かんでいた。


「おい、楽しそうだなモルティア」


「ははは、まあね。君も魔力を通してみれば分かるさ。この馬鹿げた性能がね。こんなもの笑うしか無いよ」


「楽しみだ。早く撃ちたいものだな。なんせ世界最高性能なのは間違いないからな」


 レイアーネの杖を持つ魔導士隊隊員と談笑しながら魔力を練り上げた彼はタイミングを測って広域殲滅魔法を放つ。


 雷属性広域殲滅魔法『雷撃の傘(サンダリング・ゲーレ)』。


 竜の上空に広がった黒き電撃が雷の如く幾つも降り注いでいく。


 その規模は他の広域殲滅魔法に比べて明らかに数倍に比するエネルギーを持っていた。


 雷撃が竜に接触する瞬間にレジストによって霧散していく。


 だが。


「っ! レジストを抜いた!」


 ラインは一本の雷撃が竜の鱗に到達し、表面を嘗めたのを捉え喝采を挙げた。


「いや、ダメージは入ってない!」


「それでもレジストを抜いたんだ! 竜の限界が見えたぜ!」


 竜の眼球が真っ直ぐに向けられる。


 そこには強烈な殺気が込められていた。


「警戒されたな。ブレスが来るか?」


「……どうかな。こっちに攻撃する余裕があるようには見えない。現にメリオン・フェイクァンを無視できないでいる」


 強烈な魔法を浴び続ける竜はしかし目の前で動く一人の剣士を明らかに敵視している。それはかつて自身の眼球に剣を突き入れた男だ。


 メリオンを無視できないが、自身に浴びせられる魔法も無視できない。そしてレジストを突破する威力を持つ敵もいる。


 傍目には優勢。だがダメージが入らない以上、膠着とも取れる。


 爆発的な魔力の高まりが迸った。魔導士隊隊員から広域殲滅魔法が放たれる。


 それは炎の渦だった。


 強烈に回転しながらレジストを抉ったそれは竜の背を広範囲に炙っていく。


「チッ、あれでもノーダメかよ。なんつう鱗してんだよ」


「広範囲の魔法だと分散するからダメージが入りにくいのか。もっと一点に集中した魔法じゃないと」


「それで鱗を壊せるのかって問題はあるがな」


 実際に魔法剣で攻撃を加えた経験のあるラインは鱗の馬鹿げた硬さを知っている。


 全力の身体強化で振り下ろした剣が簡単に弾かれたのだ。そう易々と傷付くような代物ではない。


 レジストは抜けても素の防御力が高すぎてダメージが入らないのだ。軍は一体どうやって竜を倒すつもりなのか。


 軍はひたすら広域殲滅魔法で集中砲火を続けている。……魔力切れを狙っている?


「まさか……」


「なんだツーヴァ。何かあったか?」


「いや、気のせいかもしれないけど……メリオン・フェイクァンは眼球狙いじゃないのかもしれない」


「……? 違うってことは気を引くのが目的か?」


「……分からない。ただ何かをやろうとしているように思えるんだ」


 竜の攻撃は一つ一つが致死級で攻撃範囲も恐ろしく広い。


 だが『聖光領域』による身体強化を駆使すれば回避できない攻撃じゃない。それどころか反撃することも可能。それを二人は良く分かっている。


 そして人類最強の剣士であろうメリオン・フェイクァンは今より性能の劣る鎧で眼球を潰しているのだ。それならばもっと激しく攻撃を仕掛けていてもおかしくは無いはず。


 しかしメリオンは竜の眼球を狙えそうなタイミングでも仕掛けていない。いや、厳密には仕掛ける時と仕掛けない時がある。


 一体何を狙っているのか。


 その答えはしばらく後にハッキリする。


 メリオンが腰から何かを取り出した。


 そして竜の大振りの攻撃に合わせて懐に飛び込んでいく。


 大きな地響きを立てた前脚の薙ぎ払いは轟々と土煙を巻き上げる。


 その向こうで小さく光るものがあった。


 鱗に光が反射している……いや、違う!


「あれは……竜の体に目印を付けたのか? 一体何のために」


 冒険者にとっても見覚えのある色だ。


 いくつかの薬草を使って作る粘着性のある蛍光塗料。暗闇でも微かに発光し、なかなか洗い流すことができない強力な薬品である。


 ツーヴァの目が見開いた。


「まさか……竜の弱点を見つけた!?」


「弱点だと!? 馬鹿な、全身強固な鱗に覆われてるんだぞ!」


「だけどライン、他に理由が考えられない。それにほら、隊列が変わり始めた!」


 竜の側面の兵力を増強している。


 そして正面側が一箇所空き、そこに本陣から部隊が差し込まれた。


 兵らの中に頭一つ飛び出した姿が見える。


「あれは……ゴーリンキ・マチョン子爵? それにあの馬鹿でかい装備。あれが例の“アームストロング流決戦装甲”か!」


 巨大なスカートのように膨らんだ装甲を身に纏い、身長よりも大きな片刃の大剣を手にしていた。


 重量杖の数倍に比する性能。それは連結杖と比較しても遜色の無い代物だ。


 にわかに全軍が動きを活性化させる。


 竜の左右から盾兵がせり出し、至近距離で『防御結界』を展開していく。


 またその上部からは広域殲滅魔法がテンポを増して撃ち込まれる。


 それは竜の意識を側面と頭上に誘導させるため。そして驚くべきことにメリオンは広域殲滅魔法の飛び交う竜の頭に飛び乗り、眼球を狙う構えを見せた。


 竜が頭を上げ、メリオンを振り落とそうとする。


「ゴーリンキ子爵が動いた!」


 ツーヴァの目は恐ろしい速度で直進する巨体を追いかけ、巨大な大剣を最上段に振り上げるのを捉えた。


 狙うはただ一点。


 アームストロング流剣術。その最大最強の一撃がメリオンの付けた目印へと轟音と共に叩きつけられるーー

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― 新着の感想 ―
[一言] スゲェいいシーンのはずなんだけど ゴーリンキ・マチョン子爵の名前でギャグシーンに見えてくるw
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