レグナム奪還戦・11
南5の部隊に二十に迫るケルベロスが襲いかかり、各所で戦線が崩壊した。
防御結界は立ち所に突破され、装備の劣る兵らが蹂躙されていく。
その中でも冒険者たちだけでなく、ある程度の装備が整った兵たちが気炎を吐いていた。
距離を離さず逃げ回り、妨害魔法で動きを阻害する。
そうして僅かでも時間を稼ぐことで冒険者らがケルベロスを仕留める時間を作っていた。
仲間が犠牲になっていく中で兵らの心が折れずに戦っていられる理由はいくつかあった。
ケルベロスを何十体と倒していること。
他部隊から応援が入り、兵力が増強されていること。
人類の進撃の大いなる一歩に携わっていること。
そして目の前で冒険者たちがケルベロスを屠る姿を見ているからだった。
猛攻にも怯まず懐に飛び込み致命打を叩き込む剣士たち。強大な魔法でレジストもろとも叩き潰す魔法使いたち。
それらは時間稼ぎという自身の役目が勝利に繋がると確信させていた。
しかし実際の戦況は部隊全体が壊滅的被害を被るという最悪の状況を迎えつつある。
ティアーネの広域殲滅魔法で大きく勢いを減じ、その後冒険者らによってすでに五体のケルベロスが討伐されているが、軍の崩壊速度が加速度的に上昇している状態でありケルベロスの掃討まで保たないことは火を見るより明らかだった。
「報告! 南3、南4より増援が到着します!」
「来たか!」
だが軍が何も手を打たなかったわけでは無い。南5の部隊が先行するに当たり緊急時の増援を用意していたのだ。
すぐさま増援部隊が一翼を担い、南5部隊の負担軽減に動く。
ケルベロスを討伐できる戦力では無いが、時間稼ぎには十分なる。……そう思っていた。
「報告! 冒険者らが次々と魔力枯渇! 撤退に入ります!」
「っ、何!? どの程度だ!」
「“赤撃”ライン、ツーヴァ、“猛き土竜”ウルズ、“草原の餓狼”主力全て!」
「〜〜〜〜っ!?!?!? “首狩り姫”は!?」
「急速に魔力を消耗しており限界が近いものと思われます!」
「まずい、前衛が軒並み……! このままではケルベロスを処理し切れないっ!!」
特務隊を呼び寄せようにも北の戦線からここまで駆けつけるまでに壊滅してしまう。それに本陣は竜との戦いに向けて温存しなければならない。つまり、Sランクモンスターに対抗できる戦力の援軍が見込めないのだ。
現状、ケルベロスを討伐でき得るのは“首狩り姫”と魔法使いの少女二人。対してケルベロスは十五体と白い個体。
一人五体、いけるか……?
無理だ。すでに消耗も激しい。
どうする!? どう動けばこの状況を凌ぐことができる!?
思考の袋小路に陥りつつも必死に打開策を探す隊員の耳に報告が届く。
「“首狩り姫”がケルベロスを討伐! さらに“猛き土竜”スルツカが“草原の餓狼”斥候八人と共に討伐に成功!」
「っ!」
まだ終わっちゃいない!
希望が見えた。
そう思った瞬間だった。
戦線が、崩壊する。
兵たちがケルベロスに蹂躙されていく。
組織だった抵抗すらできず、闇魔法で、膂力で、顎で殺されていく。
「ぐっ……冒険者を下げろ! 少しでも回復させるんだ!」
自身も魔法で援護するが、前衛の援護が無ければその俊敏性の前に回避されてしまうだけだった。
それは冒険者の少女らも同様であり、兵たちを巻き込まないよう魔法を使えばどうしても規模を抑えなければならず、悉くが回避される。
隊員は歯軋りをしながら少女らに撤退を命じた。
そして南5部隊は完全なる崩壊を喫することになる。
「閣下! 南5部隊壊滅! 南1、南2部隊から援軍が送られました!」
「冒険者の魔力枯渇! 特務隊の派遣を要請しています!」
「ケルベロスを討伐できる人員がいません! 押し込まれております!」
次々と押し寄せる危急の報告に首脳陣は瞑目し、拳を固く握りしめる。
想定されていた事態だ。各方面軍から指示通りに援軍を送り、魔物を押し留める。そして特務隊の到着を待ち殲滅を図る。
だがその想定は大きく外れていた。
謎の白いケルベロス。そしてここに来ての大規模なケルベロスの群れ。
竜への備えを除く全軍を差し向けているが、抑え切れる保証が無かった。
ここで南を突破される事態になれば作戦そのものが失敗となる。竜の突破が不可能になるかもしれない。
ゲイルノートは自身に言い聞かせるように口を開く。
「切れる札は切った。後は天に委ねるしかあるまい」
「バッハッハ。左様、腹を括るしかありませんな!」
ゴーリンキ子爵の言葉に将校らが頷いた。
戦線を引いた“赤撃”、並びに“猛き土竜”の面々は軍の後方で魔力の回復に努めていた。
“草原の餓狼”のようにレグナムからの撤退を許可されたわけではなく、一匹でも多くのケルベロスの討伐が命令されている。
「クソッタレが! 軍の連中、俺らを先行させてケルベロスの残党にぶつけるつもりだったんだ」
ラインが吐き捨てた。
「それは否定しないさ。でもあれだけの数を想定していなかったんじゃないかな。そうでなければ特務隊と同時進行で効率的に掃討を図ったはずだ」
「どうだかな」
ツーヴァの取りなしにもラインの憤懣は治らず、携帯していた干し肉を力任せに引きちぎる。
実際、冒険者の力で掃討戦を完遂させようとしたのは事実だとツーヴァは考えている。軍の立場からしてみれば本番である竜との戦いまで可能な限り戦力は温存しておきたいはずだからだ。
しかしそれでも戦力に不安があった。だからこそティアーネとミーナに竜との戦いに参加するよう通達が来た。
その点を考えると特務隊の戦力ですら竜に差し向けたかったのだと推測できる。
それゆえただ単純にあの白いケルベロスの存在が完全な想定外だったのだろうと。
そして今の状況を考慮するにその賭けは失敗したのだ。
「幸いにも僕たちの中に負傷者はいない。魔力が回復するまでは待機で良いし、特務隊を待つ事も可能だよ」
「……随分と軍の肩を持つな」
「そうでもないさ。僕だって不満はあるし、怒りもある。ただそれでも感謝していることだってある。それだけさ」
「あ? 感謝?」
「ははは、単純な話だよ。今回の戦いで僕はケルベロスを一人で討伐した。ということは晴れてSSSランクに昇格というわけさ」
ラインは意表を突かれて目を丸くした。
会話を聞いていたノルンが呵呵と大笑いする。
「ほっほっほ。確かに昇格条件を満たすにはSランクモンスターと戦う機会が無ければならんからの。その点で言えば確かに此度の戦いに参加できたのは僥倖と言えなくもないのう」
「ええ。しかも後ろで軍が控える万全の態勢で戦える。僕はこれを恵まれた環境と捉えていますよ」
「うむ、うむ。その通りじゃの」
ラインは意気投合して笑い合う二人を見て小さく溜め息を吐く。「たくよお……」と呟きながら頭を撫でた。
そういう側面があるのは認めるが、理不尽に負担を押し付けられているだけに気持ちを切り替えるのは難しい。
だがパーティーリーダーである以上、理性的に判断する必要がある。ラインは目を閉じ、心を落ち着けようと深く深呼吸をした。
「……?」
その耳に近付いてくる音が聞こえる。
振り返ると馬に乗った騎士が駆けて来ていた。
パーティーメンバーたちも気付き、一様に振り返る。
「まさか……次席騎士メリオン・フェイクァン?」
ツーヴァの言葉にハッとする。確かに以前、竜との戦いの時に見た騎士に間違いなかった。
メリオンは馬を止め、ラインらを見回す。
「動ける者はついて来い」
そう言って馬の腹を蹴り、前線へと向かった。
皆で顔を見合わせる。