レグナム奪還戦・10
冒険者らの戦闘の様子は軍の首脳陣をしても感心する内容だった。
「杖の連結は火力だけなら文句なしだな。だが動きが制限され致命的な隙を晒しかねん」
「前衛の働きあってこそだな。しかし例の“首狩り姫”とかいうSSSランク。単独でケルベロス十体討伐とは恐れ入る。例のカタナを使うヤツだろう?」
「うむ。マンティコアを仕留めたのもその娘の働きが大きかったと聞いた。よほどにカタナとの相性が良いらしい」
伝令は戦闘の様子を観察しており、特に“首狩り姫”のカタナを振るう姿に魅せられてしまったらしい。途中から段々とヒートアップして鼻息が荒くなっていたほどだ。
「魔法使い二人は竜との戦闘でも使えるな。魔力切れを起こしても杖を魔導士隊に使わせればいい」
「杖だけじゃ駄目なのかい?」
「実力に疑いは無い。その手が猫ではなく獅子のものならば借りるのに不安は無かろう」
「それもそうだ。剣士は?」
「竜が相手だ。どれだけ腕が立とうと攻撃が通らなければ意味が無い。カタナが通用するか試すなら意味があろうが……」
「一応、SSランクの双剣士がケルベロスを単独撃破しているが」
「果たせる役割が無かろう」
竜との戦いにおいて前衛を務める兵には特別な訓練を施している。
連携力を重視し、後衛へ被害が及ばないよう綿密に打ち合わせしてあるのだ。
そこに囮にしかならない剣士を入れたところで邪魔になるだけだ。連携を乱すことになれば敗北に繋がる可能性は大。
「で、その竜は?」
「この先、元領主の館の裏手に私兵の訓練場がある。防壁にかけて広いスペースがあったようだな。おそらくはそこにいるだろう」
「なるほど。ここからちょうど東か。なら北と南を包み込むように進めて包囲する形になるか」
「ああ。特務隊、冒険者共に魔法使いの消耗を抑え、それを竜への援護に回す」
「掃討戦は前衛陣を中心に行う、ということかい。Sランクが打ち止めなら良いがね」
「言っても仕方なかろう」
方々に伝令を飛ばし、あらかたの作戦を決定する。
対ケルベロスにおける前線の消耗で負傷者、無視できない程度の死者が出ているが、それ以上に装備を破損したことによる戦力低下が馬鹿にならない。
本来竜との戦闘を想定した兵らに損害が出たことは痛恨の極みだった。
ゲイルノートは頭の中で冷徹な計算を走らせ、一つの方針を決定する。
それは南5部隊の先行だった。
南5の部隊では南1から補充された魔導士隊隊員を加え、二人が交互に広域殲滅魔法を放つことで他部隊よりも早いサイクルでの進軍を行っている。
「気のせいじゃねえな。俺らの受け持ちが広くなってる」
「僕らの消耗が少ないからね。まだまだ働かせたいわけさ」
「けっ。ティアとミーナを封印させといてもっと働けたあいいご身分なこった」
「ははは」
ライン、ツーヴァは軽口を叩きながらも剣を振り、炙り出される魔物を切り伏せていく。
現れるのは広域殲滅魔法で生き残ったAランク、Bランクの魔物ばかりだ。だがケルベロスの後では役不足感は否めない。
とはいえそれはモッチーの手により万全の装備を揃えられているからこそであり、軍の一般兵らが相対すればある程度の損害は免れないだろう。
「しかしこの調子だとあっという間に魔力が空っけつになりそうだ。ウルズなんて見てみろ、もう最後の魔力回復薬だ」
「あれは単に飛ばし過ぎだったからだろう。その点、まだまだ魔力に余裕があるスルツカの動きは見習わなくちゃならないね」
スルツカは剣や魔法でオールラウンドに活躍しているが、的確な弱点攻めにより消耗を抑えているので魔力消費は思ったほどには多くなかった。
ケルベロスとの戦いでもライン、ウルズと連携を取ることで消耗が少なかったこともあげられる。
その分だけ撃墜スコアは控えめだが、ケルベロス相手に致命傷を叩き込むなど実力の高さは多分に発揮していた。
「……あ? あれ、防壁だよな。俺らどこまで進んだ?」
「パッと見た感じだとそろそろ内側に方向転換する頃合いか。なら進行度は八割ってところじゃないかな」
「てことはもう少しであの竜と御対面か。……正直、見たくもねえが」
「同感だ。けどそうも言ってられない」
「ま、ティアとミーナだけ送り出すってわけにもな」
軍からは二人を竜への援護に派遣するよう命令が届いた。
杖の連結による攻撃力は破格だ。猫の手も借りたい状態なのだろう。
そのため対竜に向けて魔力を温存するよう命じられ、二人は後ろから手持ち無沙汰についてきているだけだ。
手を借りられたら何倍も楽になるのだが。
残念ながらレイアーネやノルンでは二人の代わりは務まらない。せいぜいがBランクモンスター相手が精一杯だろう。
この奪還戦の後、ノルンが冒険者を引退することを考えれば……
「ライン」
「っ、なんだ?」
思考に耽っていたラインをツーヴァの声が呼び戻した。
鋭い視線である方向を見ている。防壁の方だ。
視線を辿って防壁の上、あるポイントに目を向けると、そこには遠目にも大柄な体躯が陣取っている。
白い。
そして頭らしきものが三つあり、そのいずれもがこちらを見据えていた。
「白いケルベロス……か?」
「特殊個体……? 何か嫌な予感がするのは何故だろうね」
「奇遇だな、俺もだ」
目が合っているような気がした。
いや、この寒気は予感では無い。明らかな殺意が向けられている!
白いケルベロスが立ち上がった。
「っ!」
耳を劈くような遠吠えが響く。
攻撃では、無い?
僅かの時が経ち、その意味を知る。
防壁を伝って北から幾つもの黒いものが高速で近付いてくる。
それはケルベロスの群れだった。十、いや二十に近い。
「ティア、ミーナ! 戦闘準備だ! 全員引くぞ! 俺たちだけであの数はどうしようもねえ!」
指示を出し、軍の隊列まで駆ける。魔物の残党は構っている暇など無く無視する。
「おい、お前らいくつかグループに分かれろ! 軍が時間を稼ぐ間に各個撃破するんだ!」
魔導士隊の隊員の指示に従い、セレスティーナ、ツーヴァ、そしてその他前衛の三チームに分かれた。
ティアーネ、ミーナ、ノルン、レイアーネは杖の連結をするため軍の後ろに回る。
「いいか、お前たち! あの数の勢いは止められない。広域殲滅魔法で勢いを削ぐんだ!」
指示を受け、ティアーネが魔法の構築を始めた。
「ケルベロスの群れだって!? 俺たちはどうする!」
「“草原の餓狼”か! お前たちは一体受け持て!」
「了解した! なら俺たちは向こうに!」
後方から駆けてきた“草原の餓狼”が南側の大外に移動し、迎撃態勢を取る。
伝令が走り、援軍の要請が方々に飛ばされていく。
そしてケルベロスの大群が軍と邂逅する。
「アブソリュート・ブリザード」
ティアーネの広域殲滅魔法が轟いた。